30 / 239
第一章 ナルス
本当に伝えたい一言(上)
しおりを挟むーーー
朱己が、来ない。
辺りを見回しつつ、近くで同様に探しているであろう彼女の姉、妲音に話しかけた。
「朱己はどうしたのだ?」
婚約の儀がもうすぐ始まる時間になっても、朱己が来ない。儀は祝舞から始まるため、朱己が来ないと始まらない。妲音は眉をひそめながら腕を組み、俯いた。
「部屋には居なかったですわ。それにしても……なんだか寒気がしますわ。嫌な予感というか」
妲音の顔色が悪い。
いつもは悪態をつく高能も、眉間にしわを寄せながら舌打ちしていた。
「壮透様!」
物凄い剣幕で、叔父上の側近の光尽殿が、婚約の儀が行われるこの広間に入ってくる。
「どうした」
「執務塔から抜けた先の草原で、暴走が起きています。隠密室によると、少し前まで時雨殿の気配があったそうですが、どうやら暴走しているのは……」
ーー嫌な予感がする。
「光尽殿! それは、朱己ではありませんか? 先程から、嫌な予感がするのですわ」
妲音が更に顔色を青くしながら詰め寄る。
心拍が早くなる。思わず心臓の辺りに拳を置いて生唾を飲み込んだ。
「ええ。恐らく、そうであろうと。隠密室からもありました」
叔父上が光尽殿と瞬移で向かうのをただ見ていた。夏能殿は既に向かったのか、姿がない。
背後から父が現れるのにも気づかないほど、動転していた。
「葉季。朱己なら壮透たちに任せておけば大丈夫だ。君は、予定どおり婚約の儀を」
「そんな場合ですか!!」
怒鳴った直後、父上の背後にいる瑪瑙を見て我に返った。
綺麗に着飾った瑪瑙は人形のような美しさで、見る者を魅了する。恐らく何時間もかけて着飾ったのに、そんな場合と言ってしまったことを反省した。
「瑪瑙……すまぬ」
心がざわざわする。
深呼吸して、自分はどうしたいのか、どうするべきなのかを今更考えるが答えなど。
わしは。
手を握りしめ俯く。奥歯を噛んだのは、言葉を殺すためだ。
「葉季」
気がつけば、瑪瑙が目の前にいた。
「あなた、申し訳ないと思わないの?」
彼女の問いかけにしばし瞠目した。
「……いや、思っておるが」
「違うわ。心がない婚約に、いえ、心があるのは私だけで、仕方無しに婚約されることについて、私に失礼だとは思わないの? 何より、私達の長となる朱己の緊急事態に、のうのうとこんなところでこんなことをして、あなたは本当にそれでいいの?」
いつも必要以上のことは言わない瑪瑙が、捲し立てるように、矢継ぎ早に言うことに呆気にとられた。
「葉季、はっきりしなさい。惚れたんなら気概を見せなさい!」
自分より年下の、妹と思ってきた存在が一気に母のように見えてくる。思わず背筋が伸びた。
「すまぬ、瑪瑙。わしは、お主と婚約は出来ぬ」
「ええ」
「すまぬ……すまぬ! わしは……っなんと、酷い」
膝を握りしめて、頭を下げる。
周りはざわついているが、最早どうでもいい。
確かなのは一つだけだ。
わしが壊したのだ、瑪瑙の幸せを。
それでも。壊してでも、貫きたいものがある。
今、この瞬間に。瑪瑙にだけは、蔑まれてもいい。それだけのことをした。
彼女が頭を下げているわしの肩に手を置く。
顔をあげると、彼女は小さく微笑んでいた。
僅かに涙をためて。
「早く行って、葉季。必ず朱己を助けて」
「かたじけない! 必ず!」
髪についていた飾りを投げ捨て、堅苦しい上着も脱ぎ捨て、瞬移であの秘密基地に行く。
間に合え。間に合わなくてはならぬ。
もう二度と、失わぬために。
着いた秘密基地は、地獄のような業火に包まれた、見たことのないおぞましい空間になっていた。
「朱己!」
朱己は白金色に光る球体のような中に格納されていたが、そこから漏れ出る炎はどんどん辺りを焼き尽くしていく。
「叔父上、これは」
朱己を必死に白金色の球体に格納する壮透叔父上のところまで行くと、隣りにいた夏能殿が教えてくれた。
「今壮透が氷雪系と水系の混合技で満たして、更に光属性で格納の強度を上げて無理矢理閉じ込めてる。だが、朱己のセンナの暴走が予想以上すぎて炎が伝って周りを燃やしちまうんだ」
「そんなことが……!?」
「ああ、俺たちもビビってる。朱己の炎が伝ってきたところから、俺の闇属性の空間にして無効化するのを続けてるんだが、それでも消えねえ。正直きりがねえな」
叔父上が閉じ込める球体を見上げながら、口を真一文字に結んだ。叔父上のすることも中々尋常ではないのに、それでも漏れ出る炎とは、一体。
「朱己を止める方法は……」
何かないのか。何か。
必死に頭の中を探す。何かないのか。
いや、ある。あるではないか、胡散臭い書物が。
まるで視界が拓けるように、思い出した。
「叔父上! 試したいことがあります」
「……言え、なんでもいい。夏能! 万が一のときのために高能を呼んでおけ」
夏能殿は頷き、駆け出した。
わしは叔父上に胡散臭い書物を二条家の書斎で見つけたことを話した。
「時雨伯父上の筆跡の紙に書いてあった気がします。センナが発動させている属性と逆の属性をセンナに撃ち込むと暴走が起き、相性のいい属性で相殺すると暴走が止まると。朱己は炎ですから、わしの風属性を朱己の出力と合わせられさえすれば、なんとかならないでしょうか」
「……一理あるな。葉季、お前は全属性だから、センナに触れることができる。私が必ず後方支援する、……朱己を、頼む」
そこにいたのは長ではなく、一人の父親。
こちらを少しだけ見て、託された言葉。
黙って頷き、自分の力を右手に全部集めるように集中する。
「葉季。持っていけ」
そう言うと、叔父上はわしの力を、光属性で増幅させてくれた。
「ありがとうございます」
自分の力だけではない強力な力が、センナに貯まっていく。
「センナの許容限界を大きく超えると、センナに負荷がかかりすぎて崩壊する可能性があり危ない。今、葉季の風属性を光属性で限界まで出力を上げている。その分センナにも負担がかかっている。けして無理はするな」
叔父上の言葉に耳を傾けながら、右手の力の密度を上げて凝縮していく。周りの空気が緊張していくかのように、みるみる間に光りだしていく。
夏能殿に呼ばれた高能がちょうど駆けつけてきて、名を呼ばれた。
「葉季!」
「高能! 万が一のときは、朱己と一緒にわしのことも叩き斬ってくれ。頼む」
「バカヤロー! 当たり前だ。だから安心して朱己連れて帰ってこい!」
笑顔で頷く。
風属性のせいか、右手から溢れ出す風により髪の毛は荒れ狂っているが、もはや気にすることでもない。
「葉季、機会は一度きりだ。思い切り叩き込んでこい。朱己を格納している球体を開いた瞬間に入り込め」
「わかりました」
朱己。今度こそ、聞いてもらう。
「待っていろ、朱己」
朱己を格納している球体が開いた一瞬、意を決して駆け出した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―
浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!
大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。
幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。
なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。
――モンスターから魔法を作るの。
悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!!
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。
半身転生
片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。
元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。
気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。
「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」
実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。
消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。
異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。
少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。
強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。
異世界は日本と比較して厳しい環境です。
日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。
主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。
つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。
最初の主人公は普通の青年です。
大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。
神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。
もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。
ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。
長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。
ただ必ず完結しますので安心してお読みください。
ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。
この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
魔法少女の異世界刀匠生活
ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。
……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。
そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。
そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。
王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり……
色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。
詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。
※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。
※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!
裏庭が裏ダンジョンでした@完結
まっど↑きみはる
ファンタジー
結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。
裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。
そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?
挿絵結構あります
長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~
灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。
その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。
魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。
首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。
訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。
そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。
座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。
全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。
ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる