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第一章 ナルス
突然の胸騒ぎと暇つぶし(下)
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ーーー
わしは妲音を鎌対決に持ち込んだ。
わしの鎌が小ぶりで複数なのに対し、妲音の鎌は大きく、一つ。しかし、大ぶりだからと攻撃も動きも大きくなるかといえば、そうではないのが妲音の鎌の特徴だ。
妲音は空気のように水を操るため、妲音の動きに合わせて水が形を変えることで、無駄のない、それでいて殺傷力抜群の鎌が出来上がっていた。
「更に磨きがかかったのお、妲音よ!」
嬉しそうに間合いを詰めながら言うと、目の前の水を纏った彼女が余裕そうな笑みを浮かべて答える。
「勿論ですわよ! 濁尉たる者、日々精進ですわっ!」
わしの鎌を水で包み込み相殺する。全て把握済みで、わしは宙返りしながら着地し、右手を前に出す。
「風華」
途端に空気が花びらのように、象られたかと思えば、花吹雪のように可憐な空砲が弾丸のように降り注ぐ。
しかし、水の膜を纏った妲音には届かない。
それどころか、空気中の水を操れる彼女は、水属性と相性の良い氷雪系も得意としている。
わしの風華を見事に腕を一振りして凍結させた。
水の状態変化などお手の物とでも言うかのように、わしの周りは一気に高温の蒸気で包まれる。
水を操れる彼女に勝る者がいるのだろうか、と思う。しかし、いる。
何故なら空気中の水分より空気自体のほうが多いからだ。
「この状態変化を待っておった! 陣!」
見えない箱の中に、わしを包んでいたはずの蒸気ごと、妲音が格納された。
「つまらない冗談ですこと……葉季、芸が無いですわ!」
蒸気なら水に戻せば体積は減る。
体積が減って隙間が出来れば、わしが作った箱は気密を保っているわけではないから、意味を成さないはずだった。蒸気となった水を彼女が一気に水へ戻せば、流れ落ちるはずの水はそのまま箱の中で、水諸共妲音を縛り付ける。
「なっ」
操りきれない水に虚を突かれた妲音は、わしを睨んだ。
彼女が操れるのは、彼女が生み出した水が変化したもののみ。わしは口の端を上げ、彼女を見上げる。
「風は大気、お主が操れぬ水はわしの空気起因よ。お主の水ごとその中で大人しくしておれ」
同時に、隣でけたたましく鳴り響いた破壊音。
反射的に隣へと視線を向けたわしらは目を瞠った。
ーーー
けたたましい音とともに、抉れた地面から巻き上がった砂埃。
やがて砂埃が晴れると、私が立っているところだけなにも起きていないかのように綺麗に残り、周りが抉られていた。
高能が降ってきた瞬間、目を庇った手で闇の力で相手の能力を消し去る予定だった。
しかし、高能の力任せにたたき込んできた技が思ったより広範囲で周りの地面が抉れたのだ。
修繕の予算が頭を過ぎったのは言うまでもない。
地面を横目にため息をつくと、瓦礫を踏みつける音がする方を見る。
「なんだよ無事かよ!」
不満そうに自分の肩を揉む高能を睨んだ。
やられたままでは居られないと、六角形に指を滑らせると、炎で出来た龍が飛び出す。
眩く光りながら、高速で高能目掛けて襲いかかる龍を見て、これから襲われるはずの彼は興奮していた。
「そうこなくっちゃなぁ!」
炎の龍の合間を縫って彼との距離を一気に詰める。
心底楽しそうに笑う高能が大剣を振りかざす。
耳を劈くような音とともに、私がいたであろう場所がまた抉られていく。
私は真上に飛び退いた勢いのまま落下する。
高能に刀を突き立てる寸前、妲音の水龍によって炎の龍諸共流された。
「この水……」
妲音の水は、私の体にまとわりついて離れない。技を出すための指も見事に動きを制限されている。
葉季が妲音へ顔だけ向けた。
「妲音! お主そこでも技が使えたか!」
「あら、そのために私の首を陣の外に出してくれていたのではなくて?」
二人の会話が耳に届く。
抜け出そうとするが、刀も腕も濁流から出せない。
妲音の水と私の炎は、そもそも相性が悪いのはわかっていたが、以前よりさらに身動が取れない。
妲音の水が更に洗練されてきたということだろう。
そして、頭上からまたも高能が降ってくる。
「朱己! 水へ潜れ!」
葉季が私の方へ駆け寄りながら叫んでいる。
しかし、同時に私は高能によって生み出される衝撃を想像した。
高能を避けるには、妲音の水をなんとかしなければならない。妲音の水に潜っても、高能の技は避けれない。
咄嗟に、濁流の中で自分の周りを一気に炎で蒸発させて脱出を試みようとした瞬間だった。
葉季が何かを叫びながら飛び出し、高能の打撃を葉季が受け止めると、そのまま濁流の中に二人揃って派手に水しぶきを上げて突っ込んでいく。
私が唖然として見ていると、葉季が先に水面へ上がってくる。
「朱己! お主、潜れと言ったであろう!」
風で水から私諸共引っ張り出すと、少し端へ寄り、水を滴らせながら私の耳元で静かに言う。
「妲音を足止めしていたつもりがすまぬ。まさか陣の中からでも力を使えるとはのう。……だが、潜れと言ったのが聞こえたであろう!」
「いや、あの、ごめ」
「わしがそう言うということは、わしが必ず何とかするということだ! 一人でなんとかしようとするな」
彼の言葉に、思わず目を瞠る。
「……共闘の仕方を忘れたのではあるまいな?」
彼を見上げて、言葉を失う。何も言えない。
彼の髪の毛の水滴が、私の頬に落ちてきた。
「お主とわしは今組んでいる。お主が妲音の水が苦手なことも、水属性に強い木属性をぎりぎりまで弱めておることも知っている。そこをわしが補うためにおる」
少し早口で、少しだけ苛立ちを覗かせながら、耳元で続ける。いつの間にか腕も掴まれていた。いや、水から引き上げられたときに掴んでくれていたのかもしれない。それさえも、分からなかった。
水属性に強い木属性は、私の炎属性には弱い。水属性への耐性を上げ、かつ炎属性を最大まで上げるためには、木属性をぎりぎりまで下げたほうが良い。属性同士の調整をしているのが今回は裏目に出た。風属性の葉季は、木属性とも相性がいいため、私に比べて余程木属性を達者に使いこなせる。
「よいか、お主の背中は必ずわしが守る。わしを信じろ。その代わり、わしの背中は任せたぞ」
彼の顔を見上げると、真っ直ぐにこちらを見る瞳に捕われて、しかしながら怒りなどはなく、自信満々に笑っていた。
「すまない、あなたを信じてなかったかもしれない」
「やはりな! 見くびるなよ、お主のことなど目を瞑っていてもわかる」
彼の言葉から伝わる信頼は、彼の強さそのものだ。
こうちゃんを失ってからの一年間、誰かに背中を任せた事など無く、一人での戦いに慣れてしまっていた。
自分に少し呆れて下を向いてため息をつく。
顔をあげると葉季が頷いて、振り返るやいなや、妲音を拘束していた陣を解除した。
「休憩終了! 仕切り直しだ!」
「都合がよろしくてね」
「まあの」
妲音の悪態が聞こえても、気にしないのも彼らしい。
妲音が手を叩いて再開の合図を送ると、すぐに高能が仕掛けてきた。
「妲音! 春雷!!」
春雷。
春の訪れを告げる雷は、上空の空気が冷たく、同時に地表付近になっても、冷たいままなことから雨にならず、雷とともに雹のまま降ってくる。
春の雹を模擬した、妲音と高能の得意な合せ技だ。普段犬猿の仲な二人も、戦いとなれば阿吽の呼吸で敵を薙ぎ払う。
妲音によって空気中の水分は凍り、雷とともに容赦なく降り注ぐ。
葉季と顔を見合わせて頷く。
葉季の風が私の炎を巻き上げて空気の温度自体を瞬く間に上げていく。
「晴風!」
葉季が唱えると、春風のように温かい風がすべての凍てついた水分を溶かし、雷雲が消えていく。その隙に私は低く駆け出した。
「朱己! 右だ!」
葉季が叫ぶと、右から高能の雷を伴ったクナイが飛んでくる。
止まることなく刀で叩き落とす。
高能に斬りかかると見せかけて、彼の背後の壁を蹴る。
炎属性の刀で、高能の先にいる妲音の水の防御膜を蒸発させるように断ち切る。
「そっちか!」
高能が気づき、私に連続でクナイを仕掛けるが、葉季の風がすべて叩き落とす。
「なっ!」
妲音が膜の隙間から水鎌で応戦するが、僅差で葉季が鎌鼬を飛ばし腕の布を切った。
「あらっ!」
「だーっ!! オイこら妲音!!」
布を切られた妲音を見て高能が叫んだ。
すかさず高能めがけて短距離戦を仕掛ける。
「朱己! 頼んだ!」
彼の一言に一度頷く。
刀の形を短く変形させ、高能の懐に低く潜り込んだ。
高能の攻撃を右手で受け止める。
左手の刀で、思い切り高能の首を斬りつける。
間一髪で仰け反って避けた高能に、葉季が間髪入れずに畳み掛ける。
高能は体制が崩れ、耐えられず後ろに何度か転がった。
ただで転がる訳もないのは流石で、転がりながら稲妻を唱える。
すかさず炎の壁を作り出したことで光が遮断され、私達の目眩ましにならない。
葉季と私に挟み込まれると、乱雑にクナイを散らばせて大量の雷を発動させてくる。
葉季の風により、彼のクナイはすべて方向を変えられて落とされた。
動転している隙に、私が炎を紐状に錬成し高能の腕を絡め取り布を焼き切る。
「あー! 負けたっ!」
「高能! 焦ると乱射するクセなんとかならないんですの!?」
高能が叫びながら転げ回り続けているが、妲音の苦言に反応する余力はないようで、妲音も呆れ顔だ。
彼らの様子を隣の区画の稽古場で杏奈たちも眺めていたようで、笑いが起きていた。
肩で息をしながら膝をつくと、近寄ってくる葉季が拳を出してきたため軽くぶつけ合う。
「良くやった!」
「ええ、ありがとう。葉季」
葉季に笑って返事をする。
忘れていたものを思い出させてくれた。
彼が見失わなかったもの。私が見失っていたもの。
彼が差し出してくれた手を取って立ち上がると、彼が微笑んだ。妲音たちも私達の近くまで歩み寄ってくる。
「頼れ、朱己。お主は独りではない」
「あら、男前ですこと。葉季」
「お主ほどではないがの、妲音」
葉季と妲音が微笑み合う向こうから、やはり裏切らない彼が一言。
「妲音のどこが男前なんだよ」
「あら? どうやら理解ができない猿が紛れ込んでいるようですわ」
そして始まる二人の第二試合。
葉季と苦笑いしながら稽古場を後にしたのは言うまでもない。
わしは妲音を鎌対決に持ち込んだ。
わしの鎌が小ぶりで複数なのに対し、妲音の鎌は大きく、一つ。しかし、大ぶりだからと攻撃も動きも大きくなるかといえば、そうではないのが妲音の鎌の特徴だ。
妲音は空気のように水を操るため、妲音の動きに合わせて水が形を変えることで、無駄のない、それでいて殺傷力抜群の鎌が出来上がっていた。
「更に磨きがかかったのお、妲音よ!」
嬉しそうに間合いを詰めながら言うと、目の前の水を纏った彼女が余裕そうな笑みを浮かべて答える。
「勿論ですわよ! 濁尉たる者、日々精進ですわっ!」
わしの鎌を水で包み込み相殺する。全て把握済みで、わしは宙返りしながら着地し、右手を前に出す。
「風華」
途端に空気が花びらのように、象られたかと思えば、花吹雪のように可憐な空砲が弾丸のように降り注ぐ。
しかし、水の膜を纏った妲音には届かない。
それどころか、空気中の水を操れる彼女は、水属性と相性の良い氷雪系も得意としている。
わしの風華を見事に腕を一振りして凍結させた。
水の状態変化などお手の物とでも言うかのように、わしの周りは一気に高温の蒸気で包まれる。
水を操れる彼女に勝る者がいるのだろうか、と思う。しかし、いる。
何故なら空気中の水分より空気自体のほうが多いからだ。
「この状態変化を待っておった! 陣!」
見えない箱の中に、わしを包んでいたはずの蒸気ごと、妲音が格納された。
「つまらない冗談ですこと……葉季、芸が無いですわ!」
蒸気なら水に戻せば体積は減る。
体積が減って隙間が出来れば、わしが作った箱は気密を保っているわけではないから、意味を成さないはずだった。蒸気となった水を彼女が一気に水へ戻せば、流れ落ちるはずの水はそのまま箱の中で、水諸共妲音を縛り付ける。
「なっ」
操りきれない水に虚を突かれた妲音は、わしを睨んだ。
彼女が操れるのは、彼女が生み出した水が変化したもののみ。わしは口の端を上げ、彼女を見上げる。
「風は大気、お主が操れぬ水はわしの空気起因よ。お主の水ごとその中で大人しくしておれ」
同時に、隣でけたたましく鳴り響いた破壊音。
反射的に隣へと視線を向けたわしらは目を瞠った。
ーーー
けたたましい音とともに、抉れた地面から巻き上がった砂埃。
やがて砂埃が晴れると、私が立っているところだけなにも起きていないかのように綺麗に残り、周りが抉られていた。
高能が降ってきた瞬間、目を庇った手で闇の力で相手の能力を消し去る予定だった。
しかし、高能の力任せにたたき込んできた技が思ったより広範囲で周りの地面が抉れたのだ。
修繕の予算が頭を過ぎったのは言うまでもない。
地面を横目にため息をつくと、瓦礫を踏みつける音がする方を見る。
「なんだよ無事かよ!」
不満そうに自分の肩を揉む高能を睨んだ。
やられたままでは居られないと、六角形に指を滑らせると、炎で出来た龍が飛び出す。
眩く光りながら、高速で高能目掛けて襲いかかる龍を見て、これから襲われるはずの彼は興奮していた。
「そうこなくっちゃなぁ!」
炎の龍の合間を縫って彼との距離を一気に詰める。
心底楽しそうに笑う高能が大剣を振りかざす。
耳を劈くような音とともに、私がいたであろう場所がまた抉られていく。
私は真上に飛び退いた勢いのまま落下する。
高能に刀を突き立てる寸前、妲音の水龍によって炎の龍諸共流された。
「この水……」
妲音の水は、私の体にまとわりついて離れない。技を出すための指も見事に動きを制限されている。
葉季が妲音へ顔だけ向けた。
「妲音! お主そこでも技が使えたか!」
「あら、そのために私の首を陣の外に出してくれていたのではなくて?」
二人の会話が耳に届く。
抜け出そうとするが、刀も腕も濁流から出せない。
妲音の水と私の炎は、そもそも相性が悪いのはわかっていたが、以前よりさらに身動が取れない。
妲音の水が更に洗練されてきたということだろう。
そして、頭上からまたも高能が降ってくる。
「朱己! 水へ潜れ!」
葉季が私の方へ駆け寄りながら叫んでいる。
しかし、同時に私は高能によって生み出される衝撃を想像した。
高能を避けるには、妲音の水をなんとかしなければならない。妲音の水に潜っても、高能の技は避けれない。
咄嗟に、濁流の中で自分の周りを一気に炎で蒸発させて脱出を試みようとした瞬間だった。
葉季が何かを叫びながら飛び出し、高能の打撃を葉季が受け止めると、そのまま濁流の中に二人揃って派手に水しぶきを上げて突っ込んでいく。
私が唖然として見ていると、葉季が先に水面へ上がってくる。
「朱己! お主、潜れと言ったであろう!」
風で水から私諸共引っ張り出すと、少し端へ寄り、水を滴らせながら私の耳元で静かに言う。
「妲音を足止めしていたつもりがすまぬ。まさか陣の中からでも力を使えるとはのう。……だが、潜れと言ったのが聞こえたであろう!」
「いや、あの、ごめ」
「わしがそう言うということは、わしが必ず何とかするということだ! 一人でなんとかしようとするな」
彼の言葉に、思わず目を瞠る。
「……共闘の仕方を忘れたのではあるまいな?」
彼を見上げて、言葉を失う。何も言えない。
彼の髪の毛の水滴が、私の頬に落ちてきた。
「お主とわしは今組んでいる。お主が妲音の水が苦手なことも、水属性に強い木属性をぎりぎりまで弱めておることも知っている。そこをわしが補うためにおる」
少し早口で、少しだけ苛立ちを覗かせながら、耳元で続ける。いつの間にか腕も掴まれていた。いや、水から引き上げられたときに掴んでくれていたのかもしれない。それさえも、分からなかった。
水属性に強い木属性は、私の炎属性には弱い。水属性への耐性を上げ、かつ炎属性を最大まで上げるためには、木属性をぎりぎりまで下げたほうが良い。属性同士の調整をしているのが今回は裏目に出た。風属性の葉季は、木属性とも相性がいいため、私に比べて余程木属性を達者に使いこなせる。
「よいか、お主の背中は必ずわしが守る。わしを信じろ。その代わり、わしの背中は任せたぞ」
彼の顔を見上げると、真っ直ぐにこちらを見る瞳に捕われて、しかしながら怒りなどはなく、自信満々に笑っていた。
「すまない、あなたを信じてなかったかもしれない」
「やはりな! 見くびるなよ、お主のことなど目を瞑っていてもわかる」
彼の言葉から伝わる信頼は、彼の強さそのものだ。
こうちゃんを失ってからの一年間、誰かに背中を任せた事など無く、一人での戦いに慣れてしまっていた。
自分に少し呆れて下を向いてため息をつく。
顔をあげると葉季が頷いて、振り返るやいなや、妲音を拘束していた陣を解除した。
「休憩終了! 仕切り直しだ!」
「都合がよろしくてね」
「まあの」
妲音の悪態が聞こえても、気にしないのも彼らしい。
妲音が手を叩いて再開の合図を送ると、すぐに高能が仕掛けてきた。
「妲音! 春雷!!」
春雷。
春の訪れを告げる雷は、上空の空気が冷たく、同時に地表付近になっても、冷たいままなことから雨にならず、雷とともに雹のまま降ってくる。
春の雹を模擬した、妲音と高能の得意な合せ技だ。普段犬猿の仲な二人も、戦いとなれば阿吽の呼吸で敵を薙ぎ払う。
妲音によって空気中の水分は凍り、雷とともに容赦なく降り注ぐ。
葉季と顔を見合わせて頷く。
葉季の風が私の炎を巻き上げて空気の温度自体を瞬く間に上げていく。
「晴風!」
葉季が唱えると、春風のように温かい風がすべての凍てついた水分を溶かし、雷雲が消えていく。その隙に私は低く駆け出した。
「朱己! 右だ!」
葉季が叫ぶと、右から高能の雷を伴ったクナイが飛んでくる。
止まることなく刀で叩き落とす。
高能に斬りかかると見せかけて、彼の背後の壁を蹴る。
炎属性の刀で、高能の先にいる妲音の水の防御膜を蒸発させるように断ち切る。
「そっちか!」
高能が気づき、私に連続でクナイを仕掛けるが、葉季の風がすべて叩き落とす。
「なっ!」
妲音が膜の隙間から水鎌で応戦するが、僅差で葉季が鎌鼬を飛ばし腕の布を切った。
「あらっ!」
「だーっ!! オイこら妲音!!」
布を切られた妲音を見て高能が叫んだ。
すかさず高能めがけて短距離戦を仕掛ける。
「朱己! 頼んだ!」
彼の一言に一度頷く。
刀の形を短く変形させ、高能の懐に低く潜り込んだ。
高能の攻撃を右手で受け止める。
左手の刀で、思い切り高能の首を斬りつける。
間一髪で仰け反って避けた高能に、葉季が間髪入れずに畳み掛ける。
高能は体制が崩れ、耐えられず後ろに何度か転がった。
ただで転がる訳もないのは流石で、転がりながら稲妻を唱える。
すかさず炎の壁を作り出したことで光が遮断され、私達の目眩ましにならない。
葉季と私に挟み込まれると、乱雑にクナイを散らばせて大量の雷を発動させてくる。
葉季の風により、彼のクナイはすべて方向を変えられて落とされた。
動転している隙に、私が炎を紐状に錬成し高能の腕を絡め取り布を焼き切る。
「あー! 負けたっ!」
「高能! 焦ると乱射するクセなんとかならないんですの!?」
高能が叫びながら転げ回り続けているが、妲音の苦言に反応する余力はないようで、妲音も呆れ顔だ。
彼らの様子を隣の区画の稽古場で杏奈たちも眺めていたようで、笑いが起きていた。
肩で息をしながら膝をつくと、近寄ってくる葉季が拳を出してきたため軽くぶつけ合う。
「良くやった!」
「ええ、ありがとう。葉季」
葉季に笑って返事をする。
忘れていたものを思い出させてくれた。
彼が見失わなかったもの。私が見失っていたもの。
彼が差し出してくれた手を取って立ち上がると、彼が微笑んだ。妲音たちも私達の近くまで歩み寄ってくる。
「頼れ、朱己。お主は独りではない」
「あら、男前ですこと。葉季」
「お主ほどではないがの、妲音」
葉季と妲音が微笑み合う向こうから、やはり裏切らない彼が一言。
「妲音のどこが男前なんだよ」
「あら? どうやら理解ができない猿が紛れ込んでいるようですわ」
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