1 / 239
プロローグ
しおりを挟む
今から遥か昔。
宇宙界きっての大国、ナルスが建国された頃まで遡る。
ーー
重く項垂れた頭を勢いよく切り落とす音と共に敵将の首が飛び、血しぶきが上がった。
飛んでいく首には目もくれず、血のついた刀を一振りして血を払い、息をつく。
「やっと……統治できたな」
刀を降ろし、血や土を被ってへばりついている肩ほどまでの鳶色の髪の毛を、前から後ろへと押し上げた。
「なぁに、妾達にかかれば、抵抗勢力も風の前の塵に同じじゃ、冠」
腰に手を当てながら、にたりと笑みを浮かべる彼女は、私と同じ鳶色の瞳の色をしていて、頭のてっぺんでお団子にして濃紫色の髪の毛をまとめている。彼女は私の双子の姉、祭。
見渡す限り焼け野原となっている地平を見つめながら、これから世界で争いごとが起きぬよう、最後の争いになるよう願った。
「これから忙しくなる、どうじゃ今日は祝杯でも? 冠」
思い切り腕を頭の上に伸ばしながら、彼女は今後の話もしなければならんじゃろ、と言ってまたにたりと笑う。
この焼け野原の鎮火と部下の安否の確認が先だろうと悪態をつきながらも、確かに今日は祝杯をあげたい気分だった。
そしてナルスは私達によって建国された。
幾ばくかの月日が流れ、ナルスという国の名が宇宙界全土に知れ渡り、私達の強力な能力により住まう民にも安寧が訪れ国は活気づいた。
ーーー
「姉上方」
木製の扉を軽く叩き呼びかける。
軽く結いた髪の毛が目の端で揺れた。
「入れ、香卦良」
姉の返事を待って入り、今にも零れ出そうな悪態を飲み込みながら姉らを見つめ、書類を手渡すと同時にため息をついた。
「姉上方、地方への見回りもいいですが、こちらは業務が滞っております。私だけでは手が回らないのですが?」
久々に地方から帰ってきたと思えば、部下による各種業務の、承認の争奪戦で全く会えない姉ら。
やっと、隙間時間を見つけて会いに来てみれば、この二人は茶会、と言わんばかりにお茶をしていた。
ため息の一つや二つ、三つ……付きたくなるというものだ。
「香卦良、お土産じゃ。開けてみぃ」
全くこっちの文句なぞ聞いとらん、と言わんばかりに姉がお土産と言った包を出してくる。思わず体の力が抜けたが、もはや言っても無駄か、と諦めながら包をありがたく頂戴した。
わざと音を立てて包を開けると、中には朱い組紐が入っていた。思わず綺麗、と口から溢れるほど、精巧さを感じる組紐だった。
「ありがとうございます。これはどこで?」
「今回行ってきた東の方の土地は、養蚕業が盛んでの。あまり、に香卦良に似合いそうな組紐を見つけたものだから、買ってしまったんじゃ」
そう言って、姉がいつものようににたりと笑った。隣でもうひとりの姉もお前に似合うと思う、早速つけてみてはどうだと促してきた。
少し照れくささを感じながらも、一度結っていた髪をほどき、肩より少し下まである髪の毛を、もらった朱い組紐で結い直す。
姉らは、その様子をまじまじと見ながら、終始笑顔だった。
「民の生活の音がするじゃろ。妾たちが守るべき音じゃよ」
実際のところ、音なんてしないのだが、言いたいことはわかる。
きっとこの組紐が出来上がるまでに、多くの民が自分の持ち場で自分の仕事をし、この一つの組紐に組み込まれているのだ。安心して民が生活できる基盤があるからこその、組紐であることを忘れてはならない。今の平穏が、永久に続くことを心の底から願った。
そして数年後、平穏は脆くも儚く崩れ去る。
一人の臣下の反逆によってーー。
ーーー
聞いたこともない地響きとともに、激しい爆発音がして、そばにいた臣下に何事かと問うた。しかし、誰もわからなそうに顔を青くするばかりだった。
それくらい突然だったのだ。丁度長二人は今日も地方に行っており、城にはいない。
二人がいない時の長代行を私が勤めているため、すぐに玉座へ向かうとともに、走りながら臣下に城に残っている臣下を集めるよう伝えた。
「緊急事態だ。どこかで複数回の爆発音がしている。まず地方の長らの安否の確認、並行して爆発規模と被害状況を調べろ。分かり次第私へ報告せよ」
はっ、という返事と共に数人の臣下たちが走り去っていく。なんだか嫌な予感がする。今日、姉らは南の方へ行くと言っていた、と脳裏をよぎった。
そしてすぐに臣下によって、例の爆発が長らによるものであった、と聞かされることとなる。
「なん……だと?」
瞠目した。長が民のいる土地を、爆破する意味がわからなかった。報告に来た臣下もおろおろしており、誰もが疑っていた。
「それが、爆……爆発の中心部に、祭様が居られたと……」
臣下の発言に、足元が覚束ないような、目の前が真っ暗になる感覚に陥る。
「何が起こっている……?」
膝の上に肘を付き、前かがみになるようにして手で頭を支える。頭が真っ白になるとはこのことだろうか。思わず目を瞑れば、つい先日まで見ていた姉らの顔が鮮明に思い出される。姉らが、民を裏切るわけがない。
なにかの間違いだ。そうに違いない。自分に言い聞かせながらも、仮に姉の力による爆発なのであれば、下手をすれば国全土が焦土と化すことになる。それだけは避けなければならない。
顔をあげると同時に、民の安否を調査しに行った部隊が駆けつけてきた。
「ご報告です、民の被害、地方・南の凡そ三割が壊滅、爆発は祭様の能力によるものと断定! 現在も爆発は継続しておりますが、一方で、冠様が氷雪系の力によって、爆発の被害を最小限に留めているとのことです!」
我々は、魂の核を誰しも持っている。文字通り、我々の魂の中にセンナはあって、センナが砕ければ消滅し、逆に砕けるまでは例え首がとんでも死なない。体が死んでも、センナが無事であるうちは復活できる。
そして、センナには属性があり、全てで十二種類。
炎、水、氷雪、霧、土木、音、隠密、五感、雷、風、光、闇からなり、基本的にセンナには全ての属性が宿っているが、顕在化する属性は一からニ、多くても四つほどと言われている。
水や氷雪系は炎には強いが土木には弱い、等の属性の相性がある。
冠姉上の属性も、祭姉上と同じ炎。冠姉上は、ご自身の中でも劣勢の氷雪系で戦っておられるのか。
「……勝てるのか?」
息を切らしながら片膝を付き、汗を垂らして叫んだ臣下の報告を聞いて、玉座に座っている私は、誰から見てもわかる程に顔が真っ青になっているだろう。
そんな私の元へ、焦る様子もなく一人の壮年の男性が歩み寄ってきた。
「討伐隊を結成するのは必須ですな」
討伐、という言葉に目を瞠る。
そうだ、討伐。
姉を討たねばならない。民を欺き民を傷つけた罪は重い。いつまでも項垂れていられない。今にも、民には被害が出ているのだから。
肺の奥まで空気を入れるように深呼吸をして顔を上げ、右手を翳し一様に顔色が悪い臣下たちに命じた。
「現刻をもって、長の討伐隊を編成する。反旗を翻した長の属性は炎、よって討伐隊は水、氷雪系を中心に編成するように。編成次第、出発せよ!」
御意、と言って数名の臣下たちが走り去っていく。いくつかの背中を見送り、先程沈黙を破った銀髪の壮年の男を睨みつけた。
「随分と、落ち着いておられますね。祭姉上の側近ともあろう眞白殿が」
この眞白という男は、長である祭姉上の側近なのに、なぜここにいるのか。いつも何かあるときには決まって姉上のお傍にいない。
私は眞白を睨んだまま玉座を立ち、歩み寄って言った。
「……眞白殿。まさか、わざと城へ残ったのですか」
私の一言が合図だったかのように、体が反転し勢いよく地面へ叩きつけられた。
気がつけば周りは残っていた臣下たちが取囲み、刃をこちらへ向けている。
「ぐう……っまっ……眞白ぉお!!」
「反逆者である長の弟だ、牢屋へ打ち込んでおけ」
最悪な事の顛末を察し、自分を取り押さえている男を見て暴れてみたもののびくともせず、自分の薄浅葱色の髪が乱れただけだった。
当の本人は眉一つ動かさずに淡々と近くの者に命令し、ただ薄ら笑いを浮かべているだけだった。
ーーー
あたり一面は轟々と燃え盛り、もはや手がつけられない程火の海と化していた。先刻、自分の双子の姉が突如無差別に発動した力によるものだ。
先刻、姉は、水を飲んだ直後突然胸の辺りを抑え苦しみだした。私にもわかる程、センナが激しく慟哭していた。
私が姉の異変に気づいたときには、もうどうすることもできなかった。
「うっ……ぐう、あ……、あああ!」
「祭! しっかりしろ!」
段々と姉の意識が遠のき倒れた直後、目を開くと同時に突然能力を暴走させ始めたのだ。
センナが砕けるまで戦い続けることになる暴走。
すでに民には随分と犠牲が出ている。逃げ惑う民、家族が目の前で爆発に飲み込まれ、泣き叫ぶ民。言葉通り、地獄絵図と化していた。
同行していた臣下たちに民の避難の誘導と防御を任せ、一人で姉の相手をしているが、すでに私自身がかなり限界に近い。
少しでも気を抜けば爆発に巻き込まれ、やがて自分のセンナに限界が来れば死ぬ。
自分が死ねば、姉を止める者はいなくなる。
「せめて、相討ち……を目指すか」
だが、自分が力を解除させれば、民の無事は保証できないという迷いから決断ができず、結果としてここまで民に犠牲を出してしまった。
「ここまで来たら、後悔している時間はない……か」
そう自分にだけ聞こえるように呟くと、握りつぶすような鈍い音と共にセンナにヒビが入り、私の体は光をまとっていく。
たちまち辺りの炎が消し飛び、一面氷の大地と化す。
祭の瞳と同じ鳶色の目が、深い蒼に染まったのが氷に反射して見えた。
目と鼻の先でにたりと笑う姉を捉える。と同時に、二つの力が空間を揺らすほどの衝撃でぶつかりあった。
姉の身体裁きは本能が覚えるほどよく知っている。生まれたときからずっと一緒にいて、ずっと一緒に稽古し戦ってきた。
目の前の敵となった姉が、右手に業火を宿し光の速さで撃ち込んでくる。
すぐさま左手の氷で相殺する。
周りに指だったものが飛び散るが構わず復元した。
同時に落ちていた武器を凍らせて頭に突き刺す。
刺したはずの武器はすでに灰と化し、姉の姿がない。
すかさず背後に回ってきた姉の頭を右手で弾き首を飛ばし、反動を利用して背中へ回り込む。
姉はただ楽しそうに頭を復元しながら体を反転させ、また業火を撃ち込んできた。
一歩も譲らぬ戦いをすること、半日。暴走していた姉のセンナに、限界が見え隠れし始めたのを見逃さなかった。
肩で息をしながら、姉の真正面に突っ込んで巨大な氷柱を身代わりに、瞬時に背後に回り込む。
姉は先程まで私がいたところにあった氷柱を粉々に破壊し、辺り一面が銀世界のように輝いた。
直後、鈍い音と共に姉の胸の辺りに左手を突き刺し、センナを握る。
「祭……私もすぐ行く」
そう言うと、容赦なくセンナを握り潰した。たちまち姉の体は元々そこに何も存在していなかったかのように灰となって崩れ去り、見る影もなくなった。
そして、それを見届けたあと自分も膝から崩れ落ちた。すでに限界は突破し、あと数分ももたないだろうと想像がつく。近づいてきた者に気づき、手で制止すると一言告げる。
「標的は、鎮圧した。……香卦良に、すまない、と……伝えて……くれ……」
ーー
「目標、鎮圧! 冠様が、祭様をその場で鎮圧しました!」
兵士が息を切らしながら玉座の間に入ってくると、眞白が玉座に座り、薄汚い笑みを浮かべていた。
眞白はその後、民の被害に対する対応等の功績でそのまま長となった。
かくして、ナルスの歴史は刻まれていく。
宇宙界きっての大国、ナルスが建国された頃まで遡る。
ーー
重く項垂れた頭を勢いよく切り落とす音と共に敵将の首が飛び、血しぶきが上がった。
飛んでいく首には目もくれず、血のついた刀を一振りして血を払い、息をつく。
「やっと……統治できたな」
刀を降ろし、血や土を被ってへばりついている肩ほどまでの鳶色の髪の毛を、前から後ろへと押し上げた。
「なぁに、妾達にかかれば、抵抗勢力も風の前の塵に同じじゃ、冠」
腰に手を当てながら、にたりと笑みを浮かべる彼女は、私と同じ鳶色の瞳の色をしていて、頭のてっぺんでお団子にして濃紫色の髪の毛をまとめている。彼女は私の双子の姉、祭。
見渡す限り焼け野原となっている地平を見つめながら、これから世界で争いごとが起きぬよう、最後の争いになるよう願った。
「これから忙しくなる、どうじゃ今日は祝杯でも? 冠」
思い切り腕を頭の上に伸ばしながら、彼女は今後の話もしなければならんじゃろ、と言ってまたにたりと笑う。
この焼け野原の鎮火と部下の安否の確認が先だろうと悪態をつきながらも、確かに今日は祝杯をあげたい気分だった。
そしてナルスは私達によって建国された。
幾ばくかの月日が流れ、ナルスという国の名が宇宙界全土に知れ渡り、私達の強力な能力により住まう民にも安寧が訪れ国は活気づいた。
ーーー
「姉上方」
木製の扉を軽く叩き呼びかける。
軽く結いた髪の毛が目の端で揺れた。
「入れ、香卦良」
姉の返事を待って入り、今にも零れ出そうな悪態を飲み込みながら姉らを見つめ、書類を手渡すと同時にため息をついた。
「姉上方、地方への見回りもいいですが、こちらは業務が滞っております。私だけでは手が回らないのですが?」
久々に地方から帰ってきたと思えば、部下による各種業務の、承認の争奪戦で全く会えない姉ら。
やっと、隙間時間を見つけて会いに来てみれば、この二人は茶会、と言わんばかりにお茶をしていた。
ため息の一つや二つ、三つ……付きたくなるというものだ。
「香卦良、お土産じゃ。開けてみぃ」
全くこっちの文句なぞ聞いとらん、と言わんばかりに姉がお土産と言った包を出してくる。思わず体の力が抜けたが、もはや言っても無駄か、と諦めながら包をありがたく頂戴した。
わざと音を立てて包を開けると、中には朱い組紐が入っていた。思わず綺麗、と口から溢れるほど、精巧さを感じる組紐だった。
「ありがとうございます。これはどこで?」
「今回行ってきた東の方の土地は、養蚕業が盛んでの。あまり、に香卦良に似合いそうな組紐を見つけたものだから、買ってしまったんじゃ」
そう言って、姉がいつものようににたりと笑った。隣でもうひとりの姉もお前に似合うと思う、早速つけてみてはどうだと促してきた。
少し照れくささを感じながらも、一度結っていた髪をほどき、肩より少し下まである髪の毛を、もらった朱い組紐で結い直す。
姉らは、その様子をまじまじと見ながら、終始笑顔だった。
「民の生活の音がするじゃろ。妾たちが守るべき音じゃよ」
実際のところ、音なんてしないのだが、言いたいことはわかる。
きっとこの組紐が出来上がるまでに、多くの民が自分の持ち場で自分の仕事をし、この一つの組紐に組み込まれているのだ。安心して民が生活できる基盤があるからこその、組紐であることを忘れてはならない。今の平穏が、永久に続くことを心の底から願った。
そして数年後、平穏は脆くも儚く崩れ去る。
一人の臣下の反逆によってーー。
ーーー
聞いたこともない地響きとともに、激しい爆発音がして、そばにいた臣下に何事かと問うた。しかし、誰もわからなそうに顔を青くするばかりだった。
それくらい突然だったのだ。丁度長二人は今日も地方に行っており、城にはいない。
二人がいない時の長代行を私が勤めているため、すぐに玉座へ向かうとともに、走りながら臣下に城に残っている臣下を集めるよう伝えた。
「緊急事態だ。どこかで複数回の爆発音がしている。まず地方の長らの安否の確認、並行して爆発規模と被害状況を調べろ。分かり次第私へ報告せよ」
はっ、という返事と共に数人の臣下たちが走り去っていく。なんだか嫌な予感がする。今日、姉らは南の方へ行くと言っていた、と脳裏をよぎった。
そしてすぐに臣下によって、例の爆発が長らによるものであった、と聞かされることとなる。
「なん……だと?」
瞠目した。長が民のいる土地を、爆破する意味がわからなかった。報告に来た臣下もおろおろしており、誰もが疑っていた。
「それが、爆……爆発の中心部に、祭様が居られたと……」
臣下の発言に、足元が覚束ないような、目の前が真っ暗になる感覚に陥る。
「何が起こっている……?」
膝の上に肘を付き、前かがみになるようにして手で頭を支える。頭が真っ白になるとはこのことだろうか。思わず目を瞑れば、つい先日まで見ていた姉らの顔が鮮明に思い出される。姉らが、民を裏切るわけがない。
なにかの間違いだ。そうに違いない。自分に言い聞かせながらも、仮に姉の力による爆発なのであれば、下手をすれば国全土が焦土と化すことになる。それだけは避けなければならない。
顔をあげると同時に、民の安否を調査しに行った部隊が駆けつけてきた。
「ご報告です、民の被害、地方・南の凡そ三割が壊滅、爆発は祭様の能力によるものと断定! 現在も爆発は継続しておりますが、一方で、冠様が氷雪系の力によって、爆発の被害を最小限に留めているとのことです!」
我々は、魂の核を誰しも持っている。文字通り、我々の魂の中にセンナはあって、センナが砕ければ消滅し、逆に砕けるまでは例え首がとんでも死なない。体が死んでも、センナが無事であるうちは復活できる。
そして、センナには属性があり、全てで十二種類。
炎、水、氷雪、霧、土木、音、隠密、五感、雷、風、光、闇からなり、基本的にセンナには全ての属性が宿っているが、顕在化する属性は一からニ、多くても四つほどと言われている。
水や氷雪系は炎には強いが土木には弱い、等の属性の相性がある。
冠姉上の属性も、祭姉上と同じ炎。冠姉上は、ご自身の中でも劣勢の氷雪系で戦っておられるのか。
「……勝てるのか?」
息を切らしながら片膝を付き、汗を垂らして叫んだ臣下の報告を聞いて、玉座に座っている私は、誰から見てもわかる程に顔が真っ青になっているだろう。
そんな私の元へ、焦る様子もなく一人の壮年の男性が歩み寄ってきた。
「討伐隊を結成するのは必須ですな」
討伐、という言葉に目を瞠る。
そうだ、討伐。
姉を討たねばならない。民を欺き民を傷つけた罪は重い。いつまでも項垂れていられない。今にも、民には被害が出ているのだから。
肺の奥まで空気を入れるように深呼吸をして顔を上げ、右手を翳し一様に顔色が悪い臣下たちに命じた。
「現刻をもって、長の討伐隊を編成する。反旗を翻した長の属性は炎、よって討伐隊は水、氷雪系を中心に編成するように。編成次第、出発せよ!」
御意、と言って数名の臣下たちが走り去っていく。いくつかの背中を見送り、先程沈黙を破った銀髪の壮年の男を睨みつけた。
「随分と、落ち着いておられますね。祭姉上の側近ともあろう眞白殿が」
この眞白という男は、長である祭姉上の側近なのに、なぜここにいるのか。いつも何かあるときには決まって姉上のお傍にいない。
私は眞白を睨んだまま玉座を立ち、歩み寄って言った。
「……眞白殿。まさか、わざと城へ残ったのですか」
私の一言が合図だったかのように、体が反転し勢いよく地面へ叩きつけられた。
気がつけば周りは残っていた臣下たちが取囲み、刃をこちらへ向けている。
「ぐう……っまっ……眞白ぉお!!」
「反逆者である長の弟だ、牢屋へ打ち込んでおけ」
最悪な事の顛末を察し、自分を取り押さえている男を見て暴れてみたもののびくともせず、自分の薄浅葱色の髪が乱れただけだった。
当の本人は眉一つ動かさずに淡々と近くの者に命令し、ただ薄ら笑いを浮かべているだけだった。
ーーー
あたり一面は轟々と燃え盛り、もはや手がつけられない程火の海と化していた。先刻、自分の双子の姉が突如無差別に発動した力によるものだ。
先刻、姉は、水を飲んだ直後突然胸の辺りを抑え苦しみだした。私にもわかる程、センナが激しく慟哭していた。
私が姉の異変に気づいたときには、もうどうすることもできなかった。
「うっ……ぐう、あ……、あああ!」
「祭! しっかりしろ!」
段々と姉の意識が遠のき倒れた直後、目を開くと同時に突然能力を暴走させ始めたのだ。
センナが砕けるまで戦い続けることになる暴走。
すでに民には随分と犠牲が出ている。逃げ惑う民、家族が目の前で爆発に飲み込まれ、泣き叫ぶ民。言葉通り、地獄絵図と化していた。
同行していた臣下たちに民の避難の誘導と防御を任せ、一人で姉の相手をしているが、すでに私自身がかなり限界に近い。
少しでも気を抜けば爆発に巻き込まれ、やがて自分のセンナに限界が来れば死ぬ。
自分が死ねば、姉を止める者はいなくなる。
「せめて、相討ち……を目指すか」
だが、自分が力を解除させれば、民の無事は保証できないという迷いから決断ができず、結果としてここまで民に犠牲を出してしまった。
「ここまで来たら、後悔している時間はない……か」
そう自分にだけ聞こえるように呟くと、握りつぶすような鈍い音と共にセンナにヒビが入り、私の体は光をまとっていく。
たちまち辺りの炎が消し飛び、一面氷の大地と化す。
祭の瞳と同じ鳶色の目が、深い蒼に染まったのが氷に反射して見えた。
目と鼻の先でにたりと笑う姉を捉える。と同時に、二つの力が空間を揺らすほどの衝撃でぶつかりあった。
姉の身体裁きは本能が覚えるほどよく知っている。生まれたときからずっと一緒にいて、ずっと一緒に稽古し戦ってきた。
目の前の敵となった姉が、右手に業火を宿し光の速さで撃ち込んでくる。
すぐさま左手の氷で相殺する。
周りに指だったものが飛び散るが構わず復元した。
同時に落ちていた武器を凍らせて頭に突き刺す。
刺したはずの武器はすでに灰と化し、姉の姿がない。
すかさず背後に回ってきた姉の頭を右手で弾き首を飛ばし、反動を利用して背中へ回り込む。
姉はただ楽しそうに頭を復元しながら体を反転させ、また業火を撃ち込んできた。
一歩も譲らぬ戦いをすること、半日。暴走していた姉のセンナに、限界が見え隠れし始めたのを見逃さなかった。
肩で息をしながら、姉の真正面に突っ込んで巨大な氷柱を身代わりに、瞬時に背後に回り込む。
姉は先程まで私がいたところにあった氷柱を粉々に破壊し、辺り一面が銀世界のように輝いた。
直後、鈍い音と共に姉の胸の辺りに左手を突き刺し、センナを握る。
「祭……私もすぐ行く」
そう言うと、容赦なくセンナを握り潰した。たちまち姉の体は元々そこに何も存在していなかったかのように灰となって崩れ去り、見る影もなくなった。
そして、それを見届けたあと自分も膝から崩れ落ちた。すでに限界は突破し、あと数分ももたないだろうと想像がつく。近づいてきた者に気づき、手で制止すると一言告げる。
「標的は、鎮圧した。……香卦良に、すまない、と……伝えて……くれ……」
ーー
「目標、鎮圧! 冠様が、祭様をその場で鎮圧しました!」
兵士が息を切らしながら玉座の間に入ってくると、眞白が玉座に座り、薄汚い笑みを浮かべていた。
眞白はその後、民の被害に対する対応等の功績でそのまま長となった。
かくして、ナルスの歴史は刻まれていく。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私の運命は高嶺の花【完結】
小夜時雨
恋愛
運命とは滅多に会えない、だからこそ愛おしい。
私の運命の人は、王子様でした。しかも知ったのは、隣国の次期女王様と婚約した、という喜ばしい国としての瞬間。いくら愛と運命の女神様を国教とするアネモネス国でも、一般庶民の私が王子様と運命を紡ぐなどできるだろうか。私の胸は苦しみに悶える。ああ、これぞ初恋の痛みか。
さて、どうなるこうなる?
※悲恋あります。
三度目の正直で多分ハッピーエンドです。
ずっとあなたが欲しかった。
豆狸
恋愛
「私、アルトゥール殿下が好きだったの。初めて会ったときからお慕いしていたの。ずっとあの方の心が、愛が欲しかったの。妃教育を頑張ったのは、学園在学中に学ばなくても良いことまで学んだのは、そうすれば殿下に捨てられた後は口封じに殺されてしまうからなの。死にたかったのではないわ。そんな状況なら、優しい殿下は私を捨てられないと思ったからよ。私は卑怯な女なの」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる