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第一章 異世界の転生
異世界の転生 6
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無事に探索の準備を済ませ、俺たちは装備屋で魔駆装を受け取り帰路についた。
二人と別れ自宅に入ると、明日に向けて用意したグッズをリビングに置く。室内を落ち着いて見直せば、ところどころ見たことのない家具や雑貨が散見された。
コルクボードに貼ってある写真、仏壇の供え物に、食器台の上にある小物。花には疎いので自信はないが、花瓶にさしてあるものはあまり見たことがない形状をしている。これもハライアの種なのだろうか。
自室に戻り部屋を改めて眺めてみるが、こちらはほとんど変化がない。世界が変わっても自分の趣味はなかなか変わらないということか。押入れを開くと、ガコンという音とともに何かが倒れ込んできた。
「えぇ…こんなところに…」
自分の命を預ける武器との運命の出会い。もう少しロマンチックであってほしかった。まさか乱雑に置かれた押し入れから転げ落ちてくるなんて…。
革のバンドがつけられた鞘から剣を抜くと、藍鉄の刀身が鈍い輝きを放った。
「か…かっけぇ…」
暗く落ち着いた色合いの藍。フォーマルさの中に余裕さが感じられるような、大人なスーツにもよく似合う色だ。
柄から刀身にかけて全体が藍鉄一色。シンプルな統一感がデザインした人間の自信を感じさせる。
「…かっけぇ……いや、かっけぇな…」
言葉を覚えたてのオウムのように、何度も同じ言葉をつぶやきながらしばらくの時間眺め続けてしまった。
「か……ハッ!?」
数十分後、剣の虜からようやく我を取り戻し、自分の剣の扱いのほどを試してみることにした。
自分の部屋は少し怖かったので、一階に降り外の庭で試しに振ってみる。重さで自分が振り回されやしないかと少し気構えていたが、思ったよりも慣れた感じで振るうことができた。
片手での振り下ろし、両手での薙ぎ払い、突き…思いつく限りの斬り方を試してみた。
誰かに見られてやしないかという気恥ずかしさが、興奮で徐々に上書きされていく。
こんな才能あるものなのか。剣術は意外にも問題なさそうだ。
続いては魔術。どうやら自分は風属性の使い手らしいので、風魔術とやらを試してみる。左手のひらを上向きにし、その上に旋風が起こるのをイメージし気を集中させると、想像通りの風が巻き起こった。
うむ、風魔術だな。ただの風ではない、緑のエフェクトがついた目に見える小さな竜巻だった。
もう少し出力を上げてみるか。身体を浮かせる感じで…。
「…ッ!! ぉぉおおお!!」
ビュオン!! という轟音とともに、体が思い切り空中へ吹っ飛ばされた。力加減を間違えてしまったようだ。
(まずいっ…!)
屋根ほどの高さまで打ち上げられた身体は、一瞬の浮遊感を味わうと落下を始める。地面との衝突を避けるために、先ほどより少し弱めを意識した風を発生させた。
「グフェッ…」
綺麗な着地とはいかなかったものの、風を受けて衝撃を和らげ何とか地面に倒れ込む。幸い怪我はなさそうだった。
「…けっこう出るもんだな」
先ほどの剣術に魔術…記憶になくとも体が覚えている、というやつなのだろうか。なんにせよ、最初からある程度動けるというのは非常にありがたい。これなら戦いも問題なさそうだ。
◇
翌日。
キャンプセットほどの荷物を車に詰め込み、俺たちは目的地に向かった。運転手はアネシィ。自分も運転免許はあるものの、ほとんど外出しない(しても徒歩)ため、片手で運転した回数を数えられるほどのペーパードライバーだった。
今回のクエスト内容は、東京の八王子で新たに発見されたダンジョン≪金剛渦水域≫の調査である。
…ここは元々、金剛の滝といわれるそれなりに有名な観光スポットだ。八王子市の公式ホームページにも掲載されている。4メートルの雌滝と約18メートルの雄滝、その間には二か所をつなぐ岩のトンネルがあるスポットだ。
そんな金剛の滝にはとある術式が隠されていることが発覚し、それを発動させると地下のダンジョン、金剛渦水域に続く抜け道が現れたという話だ。
中には魔物が住み着いているらしく、昨日集会所で情報を集めていたらあえなく引き返してきたという冒険者にも会った。
そこで、金剛渦水域の探索をしつつ魔物の討伐を行い、最終的に結界を張ることが今回の目的となるらしい。
「…~~~♪」
車内にはアネシィのかけた音楽が流れており、彼女が小さな声で口ずさんでいる。…よく知ってるアニソンだ。
それぞれの文化が混ざった歴史をしているのであれば、こっちの世界にあったものも彼女らは知っている、ということか。
そういえば、二日前も俺のやってるゲーム知ってたな。
彼女とはけっこう趣味が合うのかもしれない。
「これ、いい曲だよな」
「そうですね。ゆったりしてて歌詞が少女チックで、少しもの悲しさもあって」
思わぬところから返答が来た。後部座席にいるフィールが眼を閉じうっとりと曲に聞き入っている。
「うんうん! これもOPもいいし一期二クール目の組み合わせが一番好きだな~」
「出来がよかったよなあ。クーデレの子がくっつかなかったのが残念だったけど」
「……は? なによ、リーナちゃんいいじゃない」
(あ、まずい。完全に地雷踏んでる。)
大きな括りでみると一見話が合いそうだが、このような界隈は細かな部分の解釈や好みの違いがあると、致命的な軋轢が生まれるものだ。なんとも容易な発言をしてしまった。
「はぁ~……いい? リーナちゃんってたしかに言葉は強いし、時には思ってることと反対の行動に出たりするけど、~~~」
「はい…はい…それはもう…はい」
自身の迂闊さを粛々と反省し、その後目的地に着くまで、俺は逃げ場のない車中で乙女心講座を延々と聞き続けた。
◇
そんなこんなで一行は滝の近くまでやってきた。小さな雌滝を拝み、トンネルを抜けた先の雄滝と対面する。俺は一度だけ、この場所に観光に来たことがあった。たった一度ながら、はっきり言えることがある。
……明らかに水量が多くなり、滝が壮大になっている。アニメであれば小船で流されて真っ逆さまになるあれぐらいの規模だ。
フィールは滝の近くに鎮座している像に手を触れた。聞いた話では、この像に触れて魔術を発動することでダンジョンへの入り口が開かれるらしいが…。
すると、雄滝の滝つぼが緑色の光を放ち始めた。
「それでは行きましょう」
そう告げられるとアネシィは一切の躊躇なしに滝つぼに飛び込んでいった。フィールもそれに続く。
――ええい、ままよ!
少し逡巡した後、俺も意を決し思い切り飛び込む。水中で滝の勢いに振り回されていると、下から淡く輝くエメラルドの光に身体が吸い寄せられていく。
さあ、冒険の始まりだ―――
『五ノ刻、腹部への強襲』
(…え?)
緑の光に包まれてから数瞬後、軽い衝撃とともに地面の感触をあじわう。どうやらダンジョンに侵入できたらしい。
その直後、頭の中に妙なささやき声が聞こえた。この現象、以前にもあったような―――
「十!!」
「十くん!!」
2人の焦りを含んだ叫びとともに、自分の脇腹をかすめるような形で白き雷光が一閃する。
「ギャヴン!!!」
背後から甲高い断末魔が聞こえ、思わずばっと振り向く。そこには、オオカミのようなモンスターが痙攣しながら倒れていた。
「お気をつけて! ここはすでに魔物の根城、すぐ戦闘態勢を!!」
慌てて抜刀しマジックランタンをつけると、すでにモンスターに取り囲まれていた。
『十二ノ刻、鋭利なる一裂きが瞳を抉る』
(――ッ!! また!!)
またもや頭に響くささやき声。これは―――そうだ、初めて世界の変容に気づいたあの朝、トラックに轢かれそうになった時に聞いた声だ。
次の瞬間、対面していたオオカミが思い切り顔面に跳びかかって来た。瞳を抉る…つまり正面。オオカミの動きを読んでいた俺は一歩体をずらし、渾身の力で藍鉄の剣を斬りつける。斬撃はオオカミの眉間を捉え、勢いのままに一刀両断した。
初戦闘とは思えないほど鮮やかな討伐だった。
「フィール、アネシィ! 大丈夫か!?」
「こっちのセリフ! 次くるわよ!」
その後も襲い掛かるオオカミを次々と蹴散らし、周囲の敵を殲滅した。
「も~十ったら入ってくるの遅いじゃない! あんた前衛なんだからちゃんとフィールより先に入ってきなさいよ!」
「いやー、ちょっと滝の迫力に気圧されちゃって…ハハハ」
アネシィのお小言を苦笑で流す。アネシィもフィールもかすり傷一つついていないところを見るに、不意はつかれたがあの程度造作もないというところか。
「そのくらいにして、先に進みましょう?」
フィールの一言に従い、陣形を整えて改めて探索を開始する。前衛のアネシィと俺が並んで進み、フィールが後に続く。
鍾乳洞の洞窟は結構な広さを誇っており、学校の教室ぐらいの幅の通路が続いている。
(さっきのささやきは…)
俺は先ほど聞こえてきたささやき声について思索にふけていた。
二日前の早朝、トラックに轢かれそうになった際に聞こえたときは、寝不足と疲労による幻聴だと思っていた。だが先ほどの二度のささやき、そしてそれが聞こえた状況を鑑みるに、あれは幻聴でも偶然でもなく――
通路の先に全長一メートルほどの巨大なコウモリが現れた。俺は魔物を視界に捉えると、一直線に飛び込む。
(もしかしたら…)
『十二ノ刻、放たれた空刃が心臓を切り刻む』
(――やっぱりッ!!)
「二人とも避けろ!」
右斜め後ろが五、正面が十二。そのまま当てはめれば時計の針と同じだ。そして心臓…上半身に何かが飛んでくることが分かった。
二人に呼びかけると、スライディングの要領で身をかがめてコウモリの風の刃を躱す。
その体勢で、自身の背に風魔術で追い風を発生させる。風の刃に当たらないような角度に調節された風のブースターにより一気に距離を詰め、そのままコウモリをぶった切った。
滑るように地面に着地し一息つく。
――やっぱり…あのささやきは幻聴でも偶然でもない。俺に近い将来訪れる危難を教える…剣呑のささやきなんだ。
剣呑のささやきと、改竄を受けない記憶。
あの日、俺は世界に置いて行かれた。この力は、神様から与えられたボーナスだとでもいうのか?
二人と別れ自宅に入ると、明日に向けて用意したグッズをリビングに置く。室内を落ち着いて見直せば、ところどころ見たことのない家具や雑貨が散見された。
コルクボードに貼ってある写真、仏壇の供え物に、食器台の上にある小物。花には疎いので自信はないが、花瓶にさしてあるものはあまり見たことがない形状をしている。これもハライアの種なのだろうか。
自室に戻り部屋を改めて眺めてみるが、こちらはほとんど変化がない。世界が変わっても自分の趣味はなかなか変わらないということか。押入れを開くと、ガコンという音とともに何かが倒れ込んできた。
「えぇ…こんなところに…」
自分の命を預ける武器との運命の出会い。もう少しロマンチックであってほしかった。まさか乱雑に置かれた押し入れから転げ落ちてくるなんて…。
革のバンドがつけられた鞘から剣を抜くと、藍鉄の刀身が鈍い輝きを放った。
「か…かっけぇ…」
暗く落ち着いた色合いの藍。フォーマルさの中に余裕さが感じられるような、大人なスーツにもよく似合う色だ。
柄から刀身にかけて全体が藍鉄一色。シンプルな統一感がデザインした人間の自信を感じさせる。
「…かっけぇ……いや、かっけぇな…」
言葉を覚えたてのオウムのように、何度も同じ言葉をつぶやきながらしばらくの時間眺め続けてしまった。
「か……ハッ!?」
数十分後、剣の虜からようやく我を取り戻し、自分の剣の扱いのほどを試してみることにした。
自分の部屋は少し怖かったので、一階に降り外の庭で試しに振ってみる。重さで自分が振り回されやしないかと少し気構えていたが、思ったよりも慣れた感じで振るうことができた。
片手での振り下ろし、両手での薙ぎ払い、突き…思いつく限りの斬り方を試してみた。
誰かに見られてやしないかという気恥ずかしさが、興奮で徐々に上書きされていく。
こんな才能あるものなのか。剣術は意外にも問題なさそうだ。
続いては魔術。どうやら自分は風属性の使い手らしいので、風魔術とやらを試してみる。左手のひらを上向きにし、その上に旋風が起こるのをイメージし気を集中させると、想像通りの風が巻き起こった。
うむ、風魔術だな。ただの風ではない、緑のエフェクトがついた目に見える小さな竜巻だった。
もう少し出力を上げてみるか。身体を浮かせる感じで…。
「…ッ!! ぉぉおおお!!」
ビュオン!! という轟音とともに、体が思い切り空中へ吹っ飛ばされた。力加減を間違えてしまったようだ。
(まずいっ…!)
屋根ほどの高さまで打ち上げられた身体は、一瞬の浮遊感を味わうと落下を始める。地面との衝突を避けるために、先ほどより少し弱めを意識した風を発生させた。
「グフェッ…」
綺麗な着地とはいかなかったものの、風を受けて衝撃を和らげ何とか地面に倒れ込む。幸い怪我はなさそうだった。
「…けっこう出るもんだな」
先ほどの剣術に魔術…記憶になくとも体が覚えている、というやつなのだろうか。なんにせよ、最初からある程度動けるというのは非常にありがたい。これなら戦いも問題なさそうだ。
◇
翌日。
キャンプセットほどの荷物を車に詰め込み、俺たちは目的地に向かった。運転手はアネシィ。自分も運転免許はあるものの、ほとんど外出しない(しても徒歩)ため、片手で運転した回数を数えられるほどのペーパードライバーだった。
今回のクエスト内容は、東京の八王子で新たに発見されたダンジョン≪金剛渦水域≫の調査である。
…ここは元々、金剛の滝といわれるそれなりに有名な観光スポットだ。八王子市の公式ホームページにも掲載されている。4メートルの雌滝と約18メートルの雄滝、その間には二か所をつなぐ岩のトンネルがあるスポットだ。
そんな金剛の滝にはとある術式が隠されていることが発覚し、それを発動させると地下のダンジョン、金剛渦水域に続く抜け道が現れたという話だ。
中には魔物が住み着いているらしく、昨日集会所で情報を集めていたらあえなく引き返してきたという冒険者にも会った。
そこで、金剛渦水域の探索をしつつ魔物の討伐を行い、最終的に結界を張ることが今回の目的となるらしい。
「…~~~♪」
車内にはアネシィのかけた音楽が流れており、彼女が小さな声で口ずさんでいる。…よく知ってるアニソンだ。
それぞれの文化が混ざった歴史をしているのであれば、こっちの世界にあったものも彼女らは知っている、ということか。
そういえば、二日前も俺のやってるゲーム知ってたな。
彼女とはけっこう趣味が合うのかもしれない。
「これ、いい曲だよな」
「そうですね。ゆったりしてて歌詞が少女チックで、少しもの悲しさもあって」
思わぬところから返答が来た。後部座席にいるフィールが眼を閉じうっとりと曲に聞き入っている。
「うんうん! これもOPもいいし一期二クール目の組み合わせが一番好きだな~」
「出来がよかったよなあ。クーデレの子がくっつかなかったのが残念だったけど」
「……は? なによ、リーナちゃんいいじゃない」
(あ、まずい。完全に地雷踏んでる。)
大きな括りでみると一見話が合いそうだが、このような界隈は細かな部分の解釈や好みの違いがあると、致命的な軋轢が生まれるものだ。なんとも容易な発言をしてしまった。
「はぁ~……いい? リーナちゃんってたしかに言葉は強いし、時には思ってることと反対の行動に出たりするけど、~~~」
「はい…はい…それはもう…はい」
自身の迂闊さを粛々と反省し、その後目的地に着くまで、俺は逃げ場のない車中で乙女心講座を延々と聞き続けた。
◇
そんなこんなで一行は滝の近くまでやってきた。小さな雌滝を拝み、トンネルを抜けた先の雄滝と対面する。俺は一度だけ、この場所に観光に来たことがあった。たった一度ながら、はっきり言えることがある。
……明らかに水量が多くなり、滝が壮大になっている。アニメであれば小船で流されて真っ逆さまになるあれぐらいの規模だ。
フィールは滝の近くに鎮座している像に手を触れた。聞いた話では、この像に触れて魔術を発動することでダンジョンへの入り口が開かれるらしいが…。
すると、雄滝の滝つぼが緑色の光を放ち始めた。
「それでは行きましょう」
そう告げられるとアネシィは一切の躊躇なしに滝つぼに飛び込んでいった。フィールもそれに続く。
――ええい、ままよ!
少し逡巡した後、俺も意を決し思い切り飛び込む。水中で滝の勢いに振り回されていると、下から淡く輝くエメラルドの光に身体が吸い寄せられていく。
さあ、冒険の始まりだ―――
『五ノ刻、腹部への強襲』
(…え?)
緑の光に包まれてから数瞬後、軽い衝撃とともに地面の感触をあじわう。どうやらダンジョンに侵入できたらしい。
その直後、頭の中に妙なささやき声が聞こえた。この現象、以前にもあったような―――
「十!!」
「十くん!!」
2人の焦りを含んだ叫びとともに、自分の脇腹をかすめるような形で白き雷光が一閃する。
「ギャヴン!!!」
背後から甲高い断末魔が聞こえ、思わずばっと振り向く。そこには、オオカミのようなモンスターが痙攣しながら倒れていた。
「お気をつけて! ここはすでに魔物の根城、すぐ戦闘態勢を!!」
慌てて抜刀しマジックランタンをつけると、すでにモンスターに取り囲まれていた。
『十二ノ刻、鋭利なる一裂きが瞳を抉る』
(――ッ!! また!!)
またもや頭に響くささやき声。これは―――そうだ、初めて世界の変容に気づいたあの朝、トラックに轢かれそうになった時に聞いた声だ。
次の瞬間、対面していたオオカミが思い切り顔面に跳びかかって来た。瞳を抉る…つまり正面。オオカミの動きを読んでいた俺は一歩体をずらし、渾身の力で藍鉄の剣を斬りつける。斬撃はオオカミの眉間を捉え、勢いのままに一刀両断した。
初戦闘とは思えないほど鮮やかな討伐だった。
「フィール、アネシィ! 大丈夫か!?」
「こっちのセリフ! 次くるわよ!」
その後も襲い掛かるオオカミを次々と蹴散らし、周囲の敵を殲滅した。
「も~十ったら入ってくるの遅いじゃない! あんた前衛なんだからちゃんとフィールより先に入ってきなさいよ!」
「いやー、ちょっと滝の迫力に気圧されちゃって…ハハハ」
アネシィのお小言を苦笑で流す。アネシィもフィールもかすり傷一つついていないところを見るに、不意はつかれたがあの程度造作もないというところか。
「そのくらいにして、先に進みましょう?」
フィールの一言に従い、陣形を整えて改めて探索を開始する。前衛のアネシィと俺が並んで進み、フィールが後に続く。
鍾乳洞の洞窟は結構な広さを誇っており、学校の教室ぐらいの幅の通路が続いている。
(さっきのささやきは…)
俺は先ほど聞こえてきたささやき声について思索にふけていた。
二日前の早朝、トラックに轢かれそうになった際に聞こえたときは、寝不足と疲労による幻聴だと思っていた。だが先ほどの二度のささやき、そしてそれが聞こえた状況を鑑みるに、あれは幻聴でも偶然でもなく――
通路の先に全長一メートルほどの巨大なコウモリが現れた。俺は魔物を視界に捉えると、一直線に飛び込む。
(もしかしたら…)
『十二ノ刻、放たれた空刃が心臓を切り刻む』
(――やっぱりッ!!)
「二人とも避けろ!」
右斜め後ろが五、正面が十二。そのまま当てはめれば時計の針と同じだ。そして心臓…上半身に何かが飛んでくることが分かった。
二人に呼びかけると、スライディングの要領で身をかがめてコウモリの風の刃を躱す。
その体勢で、自身の背に風魔術で追い風を発生させる。風の刃に当たらないような角度に調節された風のブースターにより一気に距離を詰め、そのままコウモリをぶった切った。
滑るように地面に着地し一息つく。
――やっぱり…あのささやきは幻聴でも偶然でもない。俺に近い将来訪れる危難を教える…剣呑のささやきなんだ。
剣呑のささやきと、改竄を受けない記憶。
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