彼女は静かに笑んだ

あやさと六花

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 街外れにある墓地は静謐な空気に満ちていた。死者を弔う慈悲の心も大して持ち合わせていない自分はここに足を踏み入れる資格はないのではと毎回思いながらも、マクシミリアンは目的の墓の前へと向かう。
 
 そこにはひとりの女がいた。
 真新しい墓の前で立ちすくむその姿は、今にも消えそうなほど儚い。
 
「ここにいたんだな、ダリア」
「騎士様。今日も来てくださったんですね」
 
 笑みを見せた彼女の顔はやつれている。薄茶色の髪はパサつき、灰色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
 
 彼女はつい先日、ここら一体を荒らしている盗賊団に家族を殺された。家族と共に参加した夜ミサで襲撃に遭ったのだ。

 盗賊団は自らを『真の正義』と名乗り、天罰だとのたまって数々の悪行を繰り返している。
 乞食や傭兵くずれが集って出来た集団だと言われており、非常に危機察知能力が高く、騎士団が根城を把握し突撃した際には既に逃げおおせているため、捕まえることが難しかった。

 これまでは富裕層の屋敷を狙っていたので、庶民にとっては対岸の火事だった。
 だが、今回教会が襲われたことで一気に街は緊張感に包まれた。
 
 事件当時教会にいた者たちは大半が死亡した。助かったのは、咄嗟に物陰に隠れることができた少数の者たちだけだった。
 
 ダリアはその中のひとりだ。
 盗賊団の襲撃を聞きつけ、騎士団はすぐさま教会に駆けつけた。その頃には既に盗賊団は撤退しており、辺りには死に絶えた人々が転がり、夥しい量の血で染まっていた。
 
 夜番だったマクシミリアンも教会に駆けつけ、その凄惨な現場を目の当たりにした。盗賊に投げられたのか、乱雑に積み重なった長椅子の下からダリアを見つけ出したのはマクシミリアンだ。
 血に塗れ、魂が抜けたように呆然とした彼女の姿をよく覚えている。灰色の瞳は声をかけたマクシミリアンを捉えているのに、何も映していないように見えた。
 
 危ういと、マクシミリアンは直感で思った。
 だからか、こうして柄にもなくちょくちょく彼女の様子を見に来ている。
 
「体調はどうだ?」
「問題ありません。元々大した怪我ではありませんでしたから……」
 
 あの時ダリアに付着していた血液は、彼女を庇った両親のものだったらしい。
 
 神聖なミサを冒涜するような盗賊団の襲撃。目の前で両親を殺された体験は、彼女にどれほどの苦痛をもたらしたのだろうか。

 ミサへの襲撃で生き残った人間は様々な反応を示した。大切な人を失った悲しみから後を追おうとする者、心痛に耐えきれず事件のことから目を背けて一刻も早く日常へ戻ろうとする者、神を嘲るためだけに罪のない人々を襲った盗賊団に強い憎しみを示す者。

 ダリアは悲しみを抱いてはいるが、両親の後を追うつもりはないようだ。こうして頻繁に両親の墓を見舞うのは事件と向き合い続けていると言えるだろう。そして、彼女は盗賊団への憎しみらしき憎しみの言葉を漏らしたことがない。
 
 ふと、マクシミリアンは気になった。他の被害者は大なり小なり盗賊団への怒りを見せた。事件から目を背けた者でさえも、なぜこんな事をと嘆いた。誰もが必ず怒りの感情をあらわにした。
 けれど、ダリアは一度たりともそのようなことはなかった。
 
「あんたは、殺したくならないのか?」
「……盗賊団を、ですか?」
「ああ」
 
 無神経な質問をしたにも関わらず、彼女は大して気にしていないように微笑んだ。
 
「そう仰っている方がいるのは存じています。あんなことがあったんですもの、犯人を憎んで当然です。……私も、盗賊団が憎いですよ。恨んでいます。でも」
 
 灰色の瞳がマクシミリアンを見上げる。ガラスのように澄んだ瞳に自分が写っているのがよく見えた。
 
「憎むのはつらいことですから。たとえ親の仇であったとしても……私は憎しみを抱き続けることには耐えられないのです」
 
 彼女の胸元でロザリオのペンダントが光る。夜ミサに参加するほど熱心な信徒。『人を憎むより、許し愛を与えよ』という教えを頑なに守ろうとしているのだろうか。
 
「そうか。……変なことを聞いて悪かった」
「いいえ。みなさん、私を気遣ってこうした話題をしたことありませんでしたから、むしろ自分の気持ちの整理にもなって良かったです。騎士様、落ち着かれた雰囲気が牧師様に似ていて……懺悔室にいるみたいになんでも話せてしまうんです」

 それは威厳を持つべき騎士への褒め言葉なのだろうかとマクシミリアンが考えていると、ダリアは用事があるからと一礼して墓地を後にした。フラフラと頼りない足取りを見て、家まで送ろうか迷うが、以前も同じ申し出をして断られたことがあったことを思い出す。
 
 マクシミリアンは、ただ黙って小さな背中が見えなくなるまで見送った。まるで、一瞬でも目を離したら途端に消えてしまうとでもいうように。
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