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甘やかす?

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 ……泉、落ち込んでる?
 
 仕事から帰ってくるなり泉に抱きつかれて一時間……。
 優しく抱きしめて、背中を撫でる。
 
 ……何かあったんだろうな……
 何でもないと言われてしまったのでそれ以上聞けずに泉の頭を撫でたりしていたが……。

 やっぱり外で働くのはしんどいのだろう。
 申し訳なさで一杯になる。

 「いずみ……ごめんね」
 そう呟くとビクッとしたように泉が顔を上げた。
 「透のせいじゃないよっ!?」
 そう言った泉の頬に触れる。
 「イヤ、オレのせいでしょ。オレがもっと稼げるようになれば泉だって働きに出る必要ないし。……泉はもう無理しないでいいよ。オレもやっぱり働きに出るから」
 「そんなのヤダっ!!」
 「でも……今のままじゃあいつまで経っても泉を楽させてやれないし。やっぱり……」
 「絶対にそれは嫌だからっ!!」
 泉が必死な顔で縋り付いてくる。
 「……分かったから、じゃあせめて休みの日くらいしっかり休んで、それと嫌でもなにがあったのかくらい話して?」
 頷いた泉が少しずつ話し始める。

 ……セクハラまがいの事を例の真鍋という男にされているらしい。
 今日も浅川さんが席を外した途端迫られたと言った泉は泣き出しそうな顔をしていた。

 ……くそっ!
 泉になんて事を……!!
 真鍋が憎たらしくて仕方ない。
 
 「……それ真実は知ってるのか?」
 泉は下を向いたまま首を振る。
 「こんな事で困らせたくないよ。あと少しだから、私が我慢すれば……」
 「我慢って……」
 泉が泣きそうな顔のまま笑おうとする。
 「透が受けてくれたプロジェクトが始まれば、しばらく関わらないで良くなるから……」
 「……」
 笑うのに失敗した泉の目から涙が溢れた。
 ……くそっ!何もしてやれないのだろうか?
 泉をきつく抱きしめる。

 「透……エッチしよう。今だけでもいいから、何も考えたくない……」
 「……!!」
 ひんやりとした泉の手が頬に触れる。

 ……こんなことしかしてあげれなくってごめん。
 縋り付くようにキスしてくれた泉をできる限り優しく抱く。

 身体はどんどん熱くなっていくのに、頭の中は恐ろしいほどに鋭く、冴えていった。
 

 収入増やす方法でも考えよう。
 泉ばかりに負担をかけたくはなかった。
 それとやはりもう泉を真鍋のそばにおくわけにはいかない。

 
 ★


 どうしたものかと迷いながらも真実の会社に来てしまっていた。

 真実はいつも通り笑顔で迎えてくれたのでつい昨日の出来事を相談してしまっていた。



 「……泉が嫌がるもの全てを排除し続けることなんてできるはずないだろ?」

 「っ!!そうかもしれないけど、でもっ!!」

 さらりと流そうとする真実に何とか食いつこうと顔を上げる。

 ここで引くわけには行かない。

 「大体泉がここで働くって言ったんだ。泉は何も言ってきてないのに、それをお前が何とかしようってのもおかしな話だぞ?」

 いつもは優しい真実だったが今日は厳しい。

 「……それは分かってるんだ。泉は我慢するって言ってたし、でも……」

 「なら我慢させろよ。お前は泉に甘い」

 真実はため息を吐き、コーヒーを一口飲む。

 「……分かった。でももし泉が仕事辞めたいって言ったら辞めさせるから」

 「ああ。あいつが自分で辞めるって言うのなら俺に止める権利はない」

 真実はため息を吐きながら机の引き出しを開けた。

 確かに泉がいないこの場でこの話をしていても仕方がなかった。

 ……これ以上ここにいても真実の邪魔になってしまうだけだろう。


 
 
 「真実、忙しいのに時間取らせちゃってごめんね。ありがとう……」
 真実に時間を作ってくれたお礼を言いながら鞄を持って立ち上がる。

 「そういえばお前がスーツって珍しいな。どうしたんだよ?」
 帰り間際に真実に聞かれる。
 「ん?ああ、オレも働こうと思って。さっき面接してきたんだ」

 「は!?」
 驚いたように真実が立ち上がる。
 「働くって何するんだよ!?」
 真実の驚きようにびっくりして、思わず後ずさる。
 「え、何って取り敢えず給料が高いところ片っ端から受けてるんだけど。どこかの洗浄作業とかで一日三万ってのがあってさ……」

 「待てっ!!!お前それ絶対ヤバいやつ!!!」
 何故か怒り始めてしまった真実から逃げる。
 「オレ他に出来ることもないし、取り敢えず稼げればいいんだよ、泉が辞めたいって言ったらすぐ辞めさせてあげれるように頑張らないとね!!」
 「あああっ!!!だから待てって!!!」
 追いかけてくる真実から逃げようと社長室を出る。

 今日はもう帰ろう!!
 「おいっ!!!透っ!!!」
 真実から逃げようと全力で廊下を駆け抜けっ!?!?!

 曲がり角から現れた誰かに思い切りぶつかってしまった。
 「きゃっ!!!」
 咄嗟にぶつかった相手が身体を床に打ち付けないように抱き寄せる。
 その誰かとそのまま廊下に倒れ込んでしまう。

 ……マズイ。
 「ああっ!!本当ごめんなさいっ!!ケガとかしてないっ!?」
 大慌てで立ち上がり、ぶつかった人を起こそうと手を出す。

 「痛って、透、どうしたの?!」
 「あ、いずみ……」
 なんて嬉しい偶然。
 朝見送った泉とまた逢えるなんて。

 きちんと化粧をしたスーツ姿の泉。
 髪を一つに結っているとやっぱり……清楚な美人さんだなあ。

 泉に見惚れていると不意に背後から羽交締めにされる。

 「んんっ!!!」
 ヤバい、真実に追いつかれた!!
 「んっ!シンジ痛いっ!!」
 ジリジリと締め上げられる。
 「お前逃げんなよ!!」
 真実の怒りに満ちた声が耳元で聴こえてくる。

 「ちょっとシンジっ!!」
 泉の悲鳴に近い声が……






 
 目を覚ますと再び社長室にいた。
 多分締め落とされたのだろう。
 
 「んっ……シンジってば酷いよ」
 痛む身体を何とか起こす。

 ……目の前には真実と泉が揃って座っていた。

 泣きじゃくっている泉と、頭を押さえながら下を向いている真実。
 「泉、どうしたの!?」
 びっくりして飛び上がる。
 「ごめんね、さっきぶつかった時怪我しちゃった?!」
 泉の頭やら背中を撫で、痛まないか確認する。

 「透のばかっ!!」
 泉はそう言うなり抱きついてきて、ますます泣き始めてしまう。
 「ええっ!?何があったの!?」

 泉を何とか宥めようと頑張るがどうにもなりそうにない。
 「透……お前なあ……」
 真実が顔を上げる。
 真実はいつの間にオレの鞄から取り出したのか、手には午前中に受けた会社の資料を持っていた。

 「あ、それは……」

 「頼むからお前は就職活動なんかするな。働きたいんだったら俺のところに来てくれ!お前のためなら何とだってしてやるから!」

 真実はそう言うなり持っていた資料を破り捨ててしまう。

 「あ!!何するのっ!!」
 真実を止めようと立ちあがろうとしたら泉に引き止められた。
 「透っ!!」
 「もう何なんだよ!せっかく働き先見つけてきたのにっ!!」

 頭に血が上りそうになる。
 思わず真実を睨み付けると、真実が困ったような、泣きそうな顔をしているのに気づいた。

 「お前なあ、ここの会社入ったら多分……長生きはできないぞ……」

 真実はそう言って気が抜けたように座り込んでしまった。
 「……え?」
 真実の一言に、怯えたような泉がしっかりと抱きついてくる。
 「……どういうこと?」

 
 
 どうやら就職しようとしていた会社はその業界では有名な危険任務の多い特殊な仕事の多い場所だったらしく……。

 「透が死んじゃうくらいなら、真鍋さんなんてどうでもいいからっ!お願いだから家に居てっ!!」
 そう言いながら泣き続ける泉を抱きしめる。
 「ああっ!本当ごめんね、そんな会社だとは思わなくって……」
 泉に謝りながら宥めるが泣き止みそうにない。

 
 「透……ほらこれ……」
 真実が机から封筒を取り出した。
 「えっ何?」
 封筒を受け取る。
 「契約書だ。空いた時間でもいいから俺の会社の仕事してくれ。在宅でも出来ることは優先してお前に回すから、なんならいっそ俺の家のメイドでもいいし、透ならなんとでも使いようはあるんだ。ちゃんと食ってけるだけの給料は出すぞ?」

 ……。

 思わず真実の顔を見つめる。

 「っていうかお前らじいさんの会社継げばいいだろ?あんなにじいさん透に継がせたがってるのに……」
 「うん……まあ……」
 曖昧に返事をして誤魔化す。
 オレにも泉も多分向いていないと思う。

 「真実……迷惑かけてごめん」
 ガッカリしながら泉を宥める。

 「なんだよ。オレは結局真実達に頼らないとダメなんだな……」
 真実に渡された封筒を見つめる。
 「いや、俺は前から透と仕事したいと思ってたぞ?その契約書だって前から作っていたやつだし。お前が泉の世話焼く時間が欲しいって言うから渡さなかっただけで……」
 真実はそう言ってくれた。
 「うん……ありがとう」

 泣いている泉を見ていると背に腹は代えられないと思った。
 「いずみ……真実が仕事くれたから大丈夫だよ。オレ、もっと頑張るからさ。真鍋のことももう我慢しないでいいから、ねっ?」
 泉の背中を撫でる。
 どうしたら泣き止んでくれるんだろう。
 
 「お前がそれ以上泣いてると透がますます自分を責めるぞ?いいのか?」
 真実はそんな事を言い出した。
 「シンジ!オレはっ!!」
 腕の中の泉がピクリと反応した。
 「ごめんなさい……」
 「泉は悪くないから、ね?涙拭いてっ、せっかくの美人さんが台無しだぞっ」
 ポケットからハンカチを取り出した。
 そっと泉の目元を拭う。

 「ほら、目が赤くなちゃって……」
 泉と目が合ったので微笑みかける。
 
 
 「シンジっ!今日って……」
 そう言いながら唐突に部屋に入ってきたのは浅川さんだ。
 「お前ノックぐらいしろって……」
 真実は呆れたように浅川さんを見る。
 「ごめん、つい……って水野さんなんで泣いてるのっ!まさか透クン!!」
 浅川さんが怒りながら詰め寄ってくる。
 「違うっ!違わないんだけど違うんだよっ!!」
 慌てて申し開きをしようとしたが無理そうだ。
 そんなオレ達を見てやっと泉が笑ってくれた。
 「もう!透クンってば!」
 浅川さんがオレを軽く睨んで、真実の隣に座った。

 
 
 「透、何かあったらいつでもまた来いよ?」
 帰り際に真実はそう言ってくれた。
 「ありがとう、でもオレ……いつまでも真実に頼ってていいのかな?」
 そう言うと真実は微笑んでくれた。
 「俺はお前達の生活を守りたいからこの仕事やってるんだ。そりゃあ親の仕事継がないといけなかったのもあったけどさ。……頼っててくれて、良いんだ」
 真実は笑いながら貰ったばかりの契約書を見る。
 「それ、随分前から用意してたんだ。いつお前に声かけようかずっと迷ってた。だからさ、変な会社にお前を取られるくらいなら本当俺のところに来いよな?……そうしてくれたらむしろ嬉しいぞ?」
 真実はそう言ってくれた。

 
 オレ達が話をしている側で泉と浅川さんが何やらお話をしている。
 「え、ほんとにっ?」
 驚いたような泉と、ニコニコと嬉しそうな浅川さん。
 なにを話しているのだろうか気になったので声をかける。
 
 「真実と一緒に暮らすことにしたんだけど、せっかくだから水野会長が用意してくれてた部屋に引っ越す事にしたのよね。来月からお隣さんになるからよろしくねっ★」

 浅川さんはそう言い微笑む。
 「って!!!ええっ!?」
 隣にいた真実を見る。
 「まあ、そういう事なんだ。よろしくなっ★」
 嬉しそうな真実。
 「あ、うんよろしくねって!!シンジっ!!おめでとうっ!!本当によかったねっ!!!」
 
 来月からお隣さんかあ。
 昔みたいにまた真実が近くにいてくれる事になったのは嬉しかった。
 
 まあ浅川さんだって泉が近くに居るなら心細くはないはずだし、よかったと思う。
 
 泉だって、仲良い子が近くにいれば楽しいだろう。

 来月からは賑やかになりそうだな。

 そう思いながらみんなを眺めていた。
 

 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 
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