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水野海

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 「泉、久しぶりだねっ」

 そう言って笑うのは、久々に会う従兄弟だった。 

 水野 海……幼い頃はよく一緒に遊んだりしていたのでなんだか懐かしいような照れ臭いような……そんな気もちだった。

 私にとってはたまに会う弟……のようなものだ。

 海は人当たりも良く、私にも良く懐いてくれていたのだが、昔から真実とはあまりソリが合わなかったらしく……真実もそれを分かっていたのか当たり障りのない関係を築いているようだった。

 「青海 透です。よろしくね」

 透がぎこちなかったが笑顔で海に挨拶をする。

 「水野海です、よろしくお願いします」

 海はそう挨拶を終えると私の手を取る。

 「泉、俺の部屋どこっ?泉の隣がいいなあっ」

 ……気のせいだろうか?
 なんだか海は透には素気なかったような気もした。

 海に手を引かれ、リビングを後にする。

 振り返ると、苦笑している様子の透と、私たちを見つめる真実がいた。

 


 海は今年度から私たちと同じ高校に通うことになっていたのだが、手違いで寮に入れず、ひと月ほど家で過ごすことになった。

 まあ幸い家は使っていない部屋があったので、その部屋に海を住まわせることにしたと親から連絡があったのだ。
 
 ひと月ならあっという間だろうし、私たちも別に文句もない。

 3月の終わりに海が我が家にやってきた。

 昔よりは身長も伸びて、なんだか男の子らしくなった海……。

 やっぱり男の子って成長するのが早いなあとぼんやり思う。

 

 ……透も日々男の子らしさが増していって……最近は一緒にいるだけでなんだかドキドキすることの方が多い。

 この前も、一緒に料理をしていた時に、上の棚にあった調理器具を颯爽と取ってくれたし……。

 あの時に見上げた透の……首筋を思い出す。

 ……それだけで胸がドキドキしてしまって……



 「いずみっ?」

 不意に海に顔を覗き込まれて驚く。

 「っカイ、ど、どうしたの?」

 思わず変な声が出てしまう。
 なんとか平穏を装って海との会話を続行する。

 「だから、透さんってどうして水野家にいるの?親戚でもなんでもないのに……」

 「えっと、透は……」

 簡単に透の事を話す。
 もちろん透が昔引き取られ先で虐待を受けていたことは隠した。

 「なんだよ、居候なの?」

 海はそんな事を言い、笑った。

 「そういうわけじゃないよ。透には……」

 正直に言って透にはこの家にいて欲しかった。

 叔父様たちが遺した家があったが、透がいない生活を私たちが送れそうになかったのだ。

 ……一度透を喪うかも……そう思わせる経験をしてしまったら、透を1人になんてできなかったし、医者からもしばらくの間はいつどんな後遺症が出るか分からないから出来る限り一人暮らしを避けさせるように言われていた。

 ……そのせいか最近は真実も透と一緒にいる事が多くなった。

 私も出来る事なら透と一緒にいる時間を増やしたかった。

 透はまだ義理の両親を喪ったばかりで寂しいだろうと思う。

 透は何も言わなかったが、時折一人で義両親が眠る墓を訪れているのは間違いないようだった。

 アルバイトで遅くなると言っていた日は、帰ってきた透からはお線香の匂いがしていたし、目が赤くなっていることもあった。

 ……透は一人でお墓の前で泣いていたのだと思うと酷く胸が痛んだ。


 「自分の家があるんならそっちで暮らせばいいのに」

 そう言う海に……何も言えなかった。

 「そんな事……言わないで……」

 私は海にやんわりと注意するが、海はただつまらなそうな顔をしただけだった。


 
 ★



 「泉、今日の昼メシなんにする?オレにも何かやらせてっ」

 透がエプロンをつけながらキッチンにやってくる。

 今日は透のアルバイトもお休みで、久々にゆっくり出来るようだ。

 「今日は焼きそばにしようかって思うんだけど……」

 「じゃあオレキャベツ切るよ」

 透がニコニコしながら隣に立つ。

 
 久しぶりの二人での料理、なんだか嬉しい。

  「あ、そうだ泉っ」

 不意に名を呼ばれ振り向くとちょうど透も私を見下ろしていて、思った以上に透の顔が至近距離にあった。

 もう少し……少し背伸びしたら……キスできそうな距離だ。

 透から視線を外せずに、そのまま見つめ合う。

 「ごめんっ……」

 透が慌てたように赤い顔で、一歩身をひいてしまったのでそれ以上は何もなかったが……少し残念だ。

 そろそろ透と付き合い始めて2ヶ月だ。

 だけれど透とは手を繋いでデートするくらいのことしかできていなかったし……

 そろそろ……キスくらいはしたい。

 ……私の方は……去年の夏くらいから透の事好きだったし……

 

 一歩身を引いてしまった透の代わりにさりげなくその分そばに寄る。

 時折透と腕が触れて、それだけでもドキドキして、透の温もりは感じられた。

 
 「痛っ……」

 不意に透がビクついたので何かと思ったら、指先を少し切ってしまったようだ。

 透の指先から真っ赤な血が流れていた。

 「透、ちょっと……」

 いつもの癖で思わず透の指先をきつく吸う。

 舌先で透の指先を舐め、口から離す。

 傷口はそんなに深くはない。

 傷薬を塗っておけば十分だろう。

 
 再び透の指先が真っ赤な血で染まっていく。
 
 もう一度きつく吸って……


 「んんっ……いずみぃっ……」

 視線を上げると透が真っ赤な顔で私を見つめているのに気づく。

 透の指先を舐める。

 「っ……」

 ビクンと身体を震わせた透が、潤んだ瞳で私を見つめ続けていた。

 「透……傷は大丈夫そうだから、洗って……」

 そう言いながら透の指を離す。

 次の瞬間透に抱きしめられていた。

 「っ……」

 透はそのまま何も言わず……私はそのまま透に抱きしめられている。
 透の胸に顔を埋めながら……そっと息を吸う。

 ……うわああ……透……いい匂い……

 すっごくドキドキするけど……幸せだなあ……

 そっと透の背中に手を回す。

 ……透……大好きっ……

 たまらなくなって、そのまま透をぎゅうっと抱きしめた。

 「あっ、泉……ごめん……ついっ……」

 ハッとしたように透が私から離れようとするが、私はそのまま抱きつき続ける。

 「透……お願い……もう少しこのままで……」

 そうお願いすると、透はそっと私の背中に腕を回してくれた。

 そうしてそのまましばらくキッチンで抱き合っていると二階から階段を降りてくる足音が聞こえた。

 
 「泉……」

 透に声を掛けられて仕方なく離れる。

 慌てて身体を離して、救急箱を取り出した。

 「透……この前……」

 そう言いながらキッチンに来たのは真実だ。

 「えっ!?な、何っ??」

 透が少しだけ狼狽えながら答えると真実が笑う。

 「お前……動揺しすぎ」

 真実は楽しそうに透を揶揄い始めた。

 「もうっ、そんなことよりシンジっ、もうご飯できるからお皿出してっ」

 「はいはい、お楽しみ中ジャマして悪かったな」

 真実は颯爽とお皿を用意して、私たちを眺めた。

 「お前ら、一応キッチンでヤルなら誰もいない時にしろよ?」

 「っっ!!!!シンジってば!!」

 真っ赤になった透が真実に叫ぶ。



 
 ……もう真実ってば……

 それより透の指先の消毒と絆創膏……

 

 2人で戯れているのを見るのも悪くないなあ……そう思いながら私は微笑む。

 
 

 


 
 
 

 
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