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しおりを挟む店主のご好意で、乗せていただいた馬車は、作りもしっかりといていて意外にも豪華だった。
まず、一番近い伯爵家でお母様と別れ、次は私を公爵家へ。
当たりは少し暗くなり始めた頃で、橙色の上から夜の黒色が覆いかぶさるような空を小さい車窓から見ていた。
なんだか心細い・・・。
側に知っている人がいないからかしら・・・。
いつも側に控えてくれている、アンナもリアもいないことに改めて不安が沸く。
「・・・エルヴィナお嬢様は・・・いえ、もうユーゴ公爵夫人とお呼びしたほうがよろしいですね。」
狭い馬車の中でふいに店主が声をかけてきた。
お父様よりもお年が上の店主は、昔から、優しい笑みを絶やさない。
「え?ええ・・・。そうなりましたから。」
婚礼衣装を作っているのだから、本来ならまだ”夫人”と呼ばれるには早い。
でも、私とアンドレア様との婚姻は既に貴族の間に発表されている。
きっとどこかの夜会で、耳にしたのだろう。
仕事柄、噂に敏感な店主。
「お小さい頃からお会いていたので、ついお嬢様と・・・。こんな事を言っては、と思うところがありますが・・・。ジェラール坊ちゃんとのお話が無くなり、それからすぐにユーゴ公爵とのご縁があったので、無理をされているのではないかと、心配しておりました。・・・ジェラール坊ちゃんとはとても仲が良かったので・・・。」
そういえば、ジェラールが屋敷に来ている時も何度もこの店主とは会い、幼い頃はお菓子などをいただいた事を思い出した。
「・・・無理はしていないです。」
シワを増やし、心配そうにこちらを見る店主の顔を見ていたら、なんだか懐かしい気持ちが沸いてきた。
「・・・むしろ、あんな場面に合って、未練なくジェラールとの縁を捨ててしまえたから、人を好きになるって事を知る事ができたのかもしれません。」
なんでこんなに素直に言葉にできたのだろう。
夜の静けさの魔法のせいかしら。
昔から私たちを知っている人に、自分の懺悔的な部分を聞いて欲しかったのかもしれない。
誰も、悪いのは私じゃ無いと言ってくれる事に、最初は素直に受け入れていたのだが、アンドレア様を思う気持ちが芽生えた頃から、ジェラールを好きではなかったのか疑問が沸き、だったら、酷い事をしていたのは自分ではないかという思いが、ポツリポツリと浮かんできた。
私がジェラールを好きだったか、あの頃じゃないからわからない。
でも、すぐに返事ができないという事は、好きでは無かったのかな・・・。
ジェラールが牢から逃げ、私の所に来るとみんなが心配してくれた時、会いたくない気持ちと、少しだけ会ってちゃんと向き合えなくてごめんなさい、と伝えたい気持ちが出ていた。
もうきっと会えないだろうけど。
そんな事を思って、ふと、外を見れば街の明かりが遠ざかっている事に気がついた。
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