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愛
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フロレンツィアは大丈夫かしら…
馬車でアーベンロート邸を訪ねた。
パウル様は厳しい言葉で娘を叱ったが、あの子が悪い子でないのは私も知っている。
これは私が撒いた種だ。私が収めなければならない問題だ…
私の訪問を出迎えたのは、長くこの家で仕える執事だ。
「これは…侯爵夫人」と言う硬い声は私を拒んでいるように聞こえた。そういえば何やら慌ただしいようだ。
「お取り込み中かしら?何事?」
「申し訳ありません。実はガリオン坊っちゃまが落馬で大怪我をなさいまして…今、治療中です」
「ガリオンが?!」可愛い孫の顔が頭を過ぎった。
よく笑う優しい少年だ。あの子はヴェルフェルの顔で幼い頃のヴォルフによく似ていた。
「容態は?治療は上手くいったの?」
「それは…私から申し上げることはできません。旦那様が先程お戻りになりましたので、お取り次ぎ致します」と執事は詳しい事は話さずに、主に取り次いだ。
先日顔を見た時は元気だったのに…
『父上が子馬を下さったのです!』と嬉しそうに教えてくれた。
男の子だから、そろそろそういう時期かと思っていたけれど、まだ早かったのかしら…
「侯爵夫人。お待たせして申し訳ありません」とアーベンロート伯爵が現れた。
「大変な時にごめんなさい。
フロレンツィアを訪ねてきたのですが、ガリオンが怪我をしたと聞いて…
あの子の容態は?」
「それが…」とアーベンロート伯爵は沈痛な面持ちで孫の容態を教えてくれた。
意識もなく重体だと言う。そればかりか、フロレンツィアも心労から過呼吸を起こして倒れたらしい。
「伯爵。ご心配でしょうが、心を強く持ってください。私がトリシャ妃殿下に王室の治療魔導師をお貸し頂けるようにお願いしてまいります。
必ず何とか致しますから…どうかガリオンを諦めないで下さい」
「ありがとうございます…できる限りの事はします」とそう答える彼の表情は暗かった。その様子に、孫の容態が悪いと悟った。
「フロレンツィアの顔を少し見て行っても構いませんか?」
「はい。彼女も憔悴しきっているので励ましてあげてください」と娘婿は彼女の休んでいる部屋に案内してくれた。
「お母様…」
「聞いたわ。大丈夫よ。私がトリシャ妃殿下に王室の治療魔導師を貸して頂けるようにお願いしてまいりますからね。貴女はちゃんと夫を支えなさい」
「はい…申し訳…ありません」嗚咽混じりに答える娘を抱きしめた。子供を失う恐怖で彼女は震えていた。
「貴女に同じ思いはさせないわ…安心なさい」
息子を失う苦しみは私がよく知っている…
フロレンツィアを慰めて、急いで馬車に戻って王宮に向かうように指示した。
そういえば、パウル様はまだ、ロンメル男爵のところかしら?
「やっぱり、ロンメル男爵の宿によってちょうだい。パウル様に報告してからにするわ」と行き先を変えた。
ガリオンは私と彼の孫だ。
彼にも伝えるべきだと思った。
✩.*˚
「わかったわ、ガブリエラ。クロス老師を手配します」と親友は王室付きの治癒魔導師を手配してくれた。
「ありがとう、トリシャ」
「いいのよ。アーベンロート伯爵は優秀な政務官です。お父様の信頼も厚いわ。アーベンロート公子の快癒を祈ってます」
彼女はすぐに書状を用意して、クロス老師を預けてくれた。クロス老師はレプシウス師の兄弟弟子で優秀な魔導師だ。
トリシャに感謝して、彼を連れてアーベンロート邸に戻った。
既にアーベンロート家の祖父母とパウル様の姿があった。
前アーベンロート伯爵は、ガリオンの10歳の誕生日に伯爵の爵位を息子に譲って、自身は首都から少し離れた別荘に引きこもっていた。
アーベンロート夫妻はたまたま新年の挨拶をするために立ち寄ったそうだ。
「なんということだ…」と嘆く老人は孫の身を案じていた。
彼にとっては初孫で、しかも一人息子の一人息子だ。
「パウル様、王室治癒魔導師のクロス老師をお連れしました」と杖をつく老人を紹介した。
その場の皆が彼に縋るような視線を向けた。
ガリオンの治療のために、部屋に通されたクロス老師だったが、ガリオンの様子を確認して、彼は険しい表情になった。
「できる限りの事はしますが、お約束はできません」と彼ははっきりと告げた。
彼に治せないなら、あとはレプシウス師くらいしか手立てはない。それでもレプシウス師を呼ぶのは難しかった。
どんなに急いでも、ラーチシュタットからでは二週間はかかる。
そんな猶予は無さそうだった。
「お兄様は?」と幼い妹が訊ねた。
その問いかけに答えられる人はこの場にはいなかった。嫌な沈黙がその場を支配した。
「…クロス老師、アーベンロート公子はどれくらい持つ?」
急に口を開いたパウル様はガリオンの命の期限を訊ねた。
「分かりません。早ければすぐにも呼吸は止まります。延命しても、一日二日程度でしょう…
奇跡でもない限り、彼は助からないでしょう」
クロス老師の言葉に、青い顔で話を聞いていたフロレンツィアが泣き崩れた。
「諦めるな。それでもヴェルフェルの娘か?」
「パウル様、今は…」
今のフロレンツィアにその言葉は厳しすぎた。子供を失いそうになっている母親への思い遣りは見受けられなかった。
それでも、絶望的な状況で、誰もが諦めた顔をしているのにパウル様だけは諦めていなかった。
「一時間でいい。必ず持たせよ」と言葉を残して、彼は部屋を出て行った。
「待って下さいパウル様!どちらにいらっしゃると言うのです?」慌てて彼を追いかけて問い質した。
彼の思い詰めた表情に不安が過ぎる。
「一体何を…」彼は何か隠しているように見えた。
パウル様は少し表情を緩めて私の手を握った。
「私を信じて待っていてくれ。奇跡は起きるよ」と彼は曖昧な言い方をした。
「どうなさるおつもりですか?」
「治せる人間に心当たりがある。承諾してくれるか分からないから、教えることはできない」と彼は回答を避けた。
「それなら、私も…」
「いや、君はフロレンツィアに付いていてやってくれ。あの子の心が壊れないように支えてやって欲しい」
彼はそう言って「時間が惜しい、よろしく頼む」と私に後を託して握った手を放した。
それ以上引き止めることも出来ず、彼の早足で遠ざかる背を見送った。
✩.*˚
少し横になって休んでいると、ワルター様がやって来てお父様が来たと教えてくれた。
つい先程帰って行ったばかりで、何かあったのだろうか?
帰って行った時も、『急用ができた』とだけ言って慌てて帰って行ったから忘れ物でもしたのだろうか?
「悪いな。なんかお前に急ぎの用らしい。着替えたら居間に来てくれ」と言って、ワルター様は部屋を後にした。
アンネに手伝ってもらって着替えを済ますと、お父様の待つ居間に向かった。
「おまたせしました」と会釈すると、お父様は珍しく挨拶も忘れて口を開いた。
「テレーゼ、頼みがある」とお父様は切羽詰まった様子だった。その様子に只事でないと悟った。
「お父様、私にできることならどうぞ仰ってください」
「すまん。アーベンロート伯爵の息子が事故で重体なのだ。《白い手》を使ってくれないか?」とお父様は私の《祝福》を頼った。
「勝手を言うようですまない。だが、宮廷治癒魔導師の筆頭であるクロス老師も匙を投げた。
お前にしか頼れないのだ。
どうか引き受けてくれないか?
お前の甥っ子だ」
「パウル様!俺は反対です!」
お父様の嘆願に、ワルター様が声を上げた。
「テレーゼの《祝福》を使うって事は、それを他人に晒すって事ですよ!
ましてや宮廷魔導師って地位にある人間が無理だって匙を投げたのに、その子が快癒したら噂になります!
テレーゼが目をつけられたらどうするつもりです?!」
「すまん、ロンメル男爵…勝手なのは重々承知している。
私も悩んだのだ…だが、ガリオンを見捨てることは出来ない…あの子は私の可愛い孫だ…」
「他にないんですか?」
「命が持って一日二日だ…
ラーチシュタットからレプシウスを呼んだところで間に合わぬ。
もはやテレーゼ以外にあの子を救えぬのだ…」
「アーベンロート伯爵夫人が、その秘密を守りますかね?甚だ不安だ」とワルター様は私が《祝福》を使うことを嫌がった。
「ワルター様…」
「お前もよく考えてから決めろ。
異母姉ちゃんはお前に感謝しないかもしれないぞ」
その言葉は真実だ。
フロレンツィアお異母姉様は今までずっと私を目の敵にしていた。この関係は死ぬまで変わらないかもしれない…
ワルター様は私の事を心配してるのだ。
私が期待して傷つく姿を見てるから、それを繰り返したくないのだ…
彼の手を手繰り寄せて握った。
「それでもいいのです。私はできることをします」と言うと、彼は険しい顔で眉を寄せた。
「嫌な思いをするかもしれないんだぞ」
「承知の上です。
それでも、子どもの命がかかっているのです。見殺しにしては遺恨が残ります…
それに、せっかくお父様が私を頼ってくださったのに、お応えできないのは辛いです。
どうか、お許し頂けませんか?」
「…俺だってこんなこと言いたくないよ」と彼は険しい顔で私の手を握り返した。
彼も子供が好きだから、助けてあげたい気持ちは同じだろう。
「俺も行く。何かあったらすぐにお前を連れて帰る…いいな?」
「過保護ですね」
「愛してんだ。当たり前だろ?」拗ねたような口調でそう言って、彼はお父様にいくつか条件を出した。
「俺もテレーゼと行きます。
テレーゼの《祝福》の秘密を守って貰えるように、アーベンロート伯爵に約束してもらってください。
あと、アーベンロート伯爵夫人にはテレーゼへの謝罪と反省を必ずさせること。
最後に、テレーゼを無事に帰す事が条件です」
「承知した…」とお父様はワルター様の出した条件を全て飲んだ。
「ありがとうございます」
ワルター様の気遣いに礼を言うと、彼は難しい顔で私を見下ろして抱きしめた。
「無理すんなよ…負担があると思ったら途中でもやめろ。お前の方が大事だ…」
「…はい、ありがとうございます」
「悪いな…俺は何も役に立てない」と彼は自分を責めたがそんなことは無い。彼はいつも私を思ってくれている。
それだけでどれほど心強いか…
アーベンロート邸に到着すると、待っていた伯爵とガブリエラ様が出迎えた。
ガブリエラ様は私を見て困惑していた。
「パウル様、なぜテレーゼを…」
「君にも隠していたが…テレーゼは神から癒しの《祝福》を賜っている。
ガリオンはまだ息があるか?」
アーベンロート伯爵が私に前に膝を着いた。
「ガリオンをお助けいただけるのですか?」
憔悴した顔で見上げる彼は、縋るような目をしていた。
「安心してください、閣下」と彼に手を伸ばして疲れた顔に触れた。
《白い手》を使うと、彼の疲れた表情が軽くなった。
「これは…」とアーベンロート伯爵は自身の身体の変化に気付いて、驚いて私の顔を見上げた。
「お疲れのようでしたので…心を癒すことはできませんが、少し楽になったかと思います」
「テレーゼ様…ガリオンは…」
「お任せ下さい。ご子息は元気になります。私がそうします」
彼を安心させるように、微笑んで約束した。
「…ありがとうございます」とアーベンロート伯爵は涙ぐみながら感謝を口にした。
ワルター様は厳しい顔で黙り込んでいた。
ワルター様の代わりに、お父様がアーベンロート伯爵に治療の条件を伝えた。
「伯爵。テレーゼはガリオンを癒すことを快諾してくれたが、ロンメル男爵からは幾つ条件がある。
守って貰えるか?」
「もちろんです。ガリオンを助けてくださるのであれば、拒む理由などございません」
「テレーゼの《祝福》は内緒にして欲しい。
これは稀有な能力で、もし口外されれば彼女は危険にさらされる。
ロンメル男爵もそれを危惧している。
それに、フロレンツィアはきちんとテレーゼに謝罪し、贖罪する事。
最後に、彼女を無事にロンメル男爵に返す事。
これが条件だ」
「承知致しました」とアーベンロート伯爵は迷わずに答えた。その返事から彼の息子への愛が伝わってきた。
彼は格下の男爵夫妻に頭を下げることも厭わなかった。
「ガリオンをよろしくお願いいたします」と深く頭を下げて、伯爵は息子の命を私に託した。
伯爵の案内で、ガリオン様のお部屋に案内された。
私の姿を見て、ガリオン様のベッドの傍らにいたフロレンツィアお異母姉様が立ち上がって私を睨んだ。
「何しに来たの?!」と叫ぶ声は攻撃的だった。
伯爵がお異母姉様に歩み寄って、彼女を宥めようとした。
それでもお異母姉様はやり場のない怒りの矛先を私に向けた。私を庇うようにワルター様が前に出た。
「貴女なんて呼んでないわ!人の不幸を笑いに来たの?!」
「何てことを言うんだ、フロレンツィア!」
「エアネスト様!貴方まであの女に騙されているのですか?
その顔でどれだけの人間を騙せば気が済むの?!貴女なんて…」
彼女の言葉が途中で途切れた。
代わりに部屋に乾いた音が響いた。
「部屋に戻りなさい、フロレンツィア。これは命令だ」
頬を抑えて放心するお異母姉様に伯爵は厳しい声音で退室を命じた。
悲鳴のような声を上げて泣き崩れたお異母姉様に、ガブリエラ様が駆け寄って慰めた。
「…お見苦しい所をお見せしました」と伯爵は震える声で私たちに詫びた。
妻の頬を打った右手は固く握られて震えていた。
私が二人の関係を悪くさせたような気がして居心地が悪くなった。
「大丈夫か?テレーゼ?」とワルター様は私を気遣ってくれたが、伯爵はお異母姉様を慰めようともしなかった。私たちに遠慮してできなかったのだろう…
ベッドに歩み寄る前に、お異母姉様に歩み寄って、彼女の前に膝を折った。
「フロレンツィアお異母姉様」
私の呼び掛けに彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、私を睨みつけた。
感謝されずとも、憎まれるとしても、それでもいいと思った。
人の心を変えるのは難しい…
それでも、それは私が子供の命を諦めていい理由にはならないはずだ…
「ガリオン様は私が癒します。
感謝して欲しいとも、それを恩に着せるつもりもありません。
私が憎いならどうぞ憎んでください。
私は私のすべきことをするだけです」
フロレンツィアお異母姉様にそう伝えて、ベッドに近づいた。
「やめて!息子に触らないで!」
ガブリエラ様を振り払ったお異母姉様は、必死の形相で私に飛びかかった。
私だけなら突き飛ばされていただろう。
それでも大きな背が私を守ってくれた。
「分からん奴だな」と苛立たしげ呟いて、ワルター様は私に伸びた細い腕を掴んで止めた。
「そんなにテレーゼが憎いか?!
自分の子供の助かる手だてを捨てるほど、彼女が憎いってのか!どうかしてるぞ!」
ワルター様に怒鳴りつけられて、お異母姉様の顔から血の気が引いた。
「…私は…私は」
「フロレンツィア…もう止めてちょうだい…」
ガブリエラ様がお異母姉様の肩に手を伸ばして抱き寄せた。ワルター様が掴んでいた手を離すと、お異母姉様はまたその場にしゃがみこんで動かなくなった。
ガブリエラ様も泣きながら、子供をあやす様に娘を抱いて、優しく言い聞かせていた。
「全部私が悪かったの…恨むなら私を恨んで…
テレーゼもユーディットも何も悪くないのよ…」
「だって…だっておかぁさま…」
子供のようになってしまったお異母姉様はガブリエラ様に取りすがって泣いていた。
「テレーゼ、今のうちだ」とワルター様が私に合図した。お異母姉様にはもう立ち上がる気力さえないのだろう。
ベッドの枕元に近寄ると、頭や首に包帯を巻いた男の子が眠るように横たわっていた。その傍らには長い髭の老人が立っていた。
それまで黙って様子を見ていた老人は、淡々とした口調で少年の容態を伝えた。
「首の骨が折れて、頭蓋にも血が溜まっております。脊髄の損傷が激しく、呼吸も補助してやっとといったところです」
「分かりました」と答えて、少年の頭に手を翳した。
手から少年の消えそうな命の気配を感じ取った。
治せるかしら…
今まで手をかざした中で、一番弱っているように感じた。
フェルトン公子の時は、私の体調が悪くなって中途半端な結果になってしまった。
彼は命に関わる問題ではなかったが、今回は途中で投げ出す訳にはいかない。
「大丈夫だ、テレーゼ」とワルター様が私の肩を抱いた。私が不安になったのを感じ取ったのか、彼は気弱になった私を励ましてくれた。
「お前は凄い奴だ。決めたらやり切る強い女だ。そうだろ?」
「…はい」
「お前は俺が支えてやる。お前は治すことだけ考えろ。心が負けたら力も出ないぞ」
「はい」弱った心を奮い立たせて頷いた。
ワルター様は「よし」と頷いて私の頭を撫でて、さらに言葉をくれた。
「やるだけやれ。もしできなくても、お前が悔いなくやりきったなら、俺はお前を褒めてやる」
その言葉に勇気をもらった。
彼はいつもそうだ。
私を応援してくれる。味方でいてくれる。
《白い手》を意識した。手のひらが白く煌めいて、柔らかな光が溢れた。
絶対に助けてあげます。ワルター様がそう願ったから、ガリオン様はきっと助かります。
願いを込めて、手をかざし続けた。
プツプツと少年の身体から植物が芽吹くような音がした。
頑張って…約束したから…
少しずつ怠くなる身体に言い聞かせて手のひらをかざし続けた。
私を支える手が震えていた。
格好つけたくせに…ビビってるじゃないですか?
そういう所も好きですよ…
白い光を見続けたせいか、急に目の前が真っ白になった。
「テレーゼ」と私を呼ぶ女性の声がした。
聞いたことのある声に驚いて顔を上げた。
さっきまでワルター様がいたはずの場所に、突然現れた女神は、過去に私に《祝福》を与えた相手だ。
「《フリューリング様》…」
「テレーゼ、貴女の優しさ、寛容さ、慈悲は時に神をも動かします。
私の母であるヴォルガ様は、私に貴女を助けるようにと願われました。
このままでは貴女は力尽きてしまいます。その手を収めなさい」
「それはできません。私は彼を助けるとお約束しました」
「優しいテレーゼ…貴女はまたすべきことがあるのでしょう?」とフリューリング様は私を説得した。
「貴女の夫は貴女を心配しています」と彼女は私の一番痛い所を突いた。
でも、私はそれでも譲る訳にはいかなかった…
「でも彼は私が投げ出すことを求めてはいません」と反論すると、彼女は困った顔で微笑んだ。
「分かりました…ならば貴女に奇跡を与えます」
彼女は私の手に自分の手を重ねた。
「今回はヴォルガ様の願いなので特別ですよ」
フリューリング様はそう言って、重ねた手から私に力を分けてくれた。
枯れかけていた力がまた私の手に宿った。
「貴女を選んでよかった…」と言い残して、彼女は幻のように消えた。
✩.*˚
「…レーゼ…おい!テレーゼ!」
ワルター様の声に目を開けた。
気が付くと、彼の腕の中で天井を見ていた。
「大丈夫か?!」
「…ガリオン様は…」
「助かったよ…もう大丈夫だ…」
甥っ子の無事を伝える彼は、泣きそうな顔で私を見下ろしていた。
彼に手を伸ばそうとしたが、身体は言うことをきかない…
眠い…酷く身体が怠い…それに寒い…
フリューリング様が私の命を繋いでくれたようだ。
「…生きてます」と呟くと、ワルター様は「ばかやろう」と悪態吐いて私を抱きしめた。
彼は怯えているように見えた。
「心配した…」
「すみません…頑張りすぎました…」と彼に心配させたことを詫びた。
「…疲れました…眠くて…寒いです…」と弱音を吐いた。とりあえず、もう目を開けているのが限界だった。
「ロンメル男爵夫人」と呼ばれた。
視線を動かすと、そこにはアーベンロート伯爵と少年の姿があった。
頬はふっくらとして、赤みがさしていて元気そうだ。状況が飲み込めないようで、ガリオン少年は困惑していた。
「貴女がお救いくださったガリオンです。
本当に…本当に感謝しております」
「ありがとうございます…」
親子は私の働きに感謝してくれた。
元気になった少年の姿と喜ぶ父親を見て、頑張って良かったとそう思った。
「閣下、テレーゼを休ませてくれ。具合が悪そうだ」
「分かりました。お部屋を用意しますのでこちらに…」
アーベンロート伯爵が空いている部屋とベッドを用意してくれた。
居合わせたクロス老師が私の具合を確認してくれた。
「疲労ですな。無理もありません…」彼はそう言って貴重な薬を分けてくれた。
「魔力が尽きた時などに使う薬です。飲んで寝れば回復するでしょう」
「ありがとうございます」
「お大事になさってください。
長生きはするものですな。良いものを見せて頂きました。
それは私の代わりに公子様をお救いくださったお礼です」
クロス老師はご機嫌そうに髭を撫でながら笑った。機嫌の良い老人に、ワルター様が声を掛けた。
「クロス老師。悪いんだが、今日あった事は内緒にしてくれないか?あんたの手柄にしてくれ」
「それは…」
「俺たちは田舎で静かに暮らしたいだけなんだ。
名誉だのなんだのは要らないし、また頼られてテレーゼがこんなふうになるのは困る」
「ふむ…言いたいことは分かりますが…
これだけの力があるなら、宮廷で重要な役職に就くことも…」
「だからそういうの要らないんだよ。
俺たちに別居しろって言うのか?絶対に御免だ」
ワルター様はクロス老師の申し出を突っぱねた。私も同じ気持ちだ。
「…承知しました」と彼は私たちの願いを承諾してくれた。
「昔、似たようなことを言って私に全部押し付けていった兄弟弟子がおりましたよ…」と思い出すように彼は小さく笑った。
「心配させては良くなるものも良くなりませんからね。私が黙っていることが夫人の薬になるならそう致しましょう」
クロス老師はそう言って秘密を共有してくれた。
彼が帰って行くとワルター様は私の横になったベッドに腰を下ろした。
彼の手が労うように優しく頭を撫でてくれた。
二人きりになると安心からか、一気に眠気が押し寄せた。もう目が開けていられない…
「寝ろよ。どうせ帰りもパウル様に送ってもらわにゃ帰れないんだ。それまで休めよ」
「ご迷惑をおかけします」
私の詫びに彼は苦笑いで答えた。
「やめろよ、そういうの。夫婦だろ?
俺もお前を煽っちまった。何も言えねぇや…」
「ふふっ」と笑うと彼も笑ってくれた。
「おやすみ、テレーゼ」
「おやすみなさい、ワルター様」
彼の大きな手に指を絡めて握った。
また目を開けても、彼が傍に居てくれると信じて目を閉じた。
✩.*˚
助けてくれたの?
「お母様」とガリオンは私を呼んでハグしてくれた。
もう二度と聞けないかと思っていた…
失うはずだった息子を抱くことが出来た。
「お兄様、元気になったの?」
涙ぐむ妹を抱きしめて、ガリオンは妹の額に優しくキスをした。
仲の良く抱き合う兄妹の姿にまた涙が零れた。
私は…
「フロレンツィア。テレーゼに謝りなさい」
お父様は厳しい口調で私に言った。
「テレーゼはガリオンを助けてくれたのだ。
これまであの子にしてきたことを清算して、姉としてテレーゼに接してやってくれ。
お前にはそれができるはずだ」とお父様は私にテレーゼと和解することを望んだ。
「テレーゼは許してくれるわ」とお母様も同じことを望んだ。
ずっと…間違っていたのは私の方だ…
テレーゼは、自分を邪険にして、意地悪を続けた私を助けてくれた。
私が改めることを期待してもいなかった。
また私に意地悪をされるかもしれないのに…
彼女にとって、私に仕返しできるチャンスだったのに…
私は完全に彼女に負けたのだ。完全な敗北だ。
人間として、彼女に敵わないと知った…
部屋に戻ってきた夫は、いつもの優しい顔ではなく、眉を寄せた険しい表情で私を見た。
その視線に耐えきれずに下を向いてしまった。
彼には酷く失望させてしまった事だろう…
私の積み上げてきた良き妻としての姿は全て崩れ去ってしまった。
彼は動けない私の前にやってきて膝を折ると私の顔を覗き込んだ。
責められるかと思ったのに、彼の言葉は意外なものだった。
「さっきはすまなかった。顔は…大丈夫かい?」
彼は私を叩いた事を謝罪した。
「私もどうかしていた。君に手を上げるなんて…
すまない、痛かったろう?」
「そんな…私が悪いのです…」
分別を無くしていたのは私の方なのに…
彼はお父様に向き直ると深々と頭を下げた。
「侯爵。お嬢様に手を上げて申し訳ありせんでした」
「いや。君が叩かなかったら私が叩いていた」と答えるお父様は正直だ。その言葉に彼は苦く笑った。
「彼女とはよく話し合います。
夫として、向き合う機会を頂戴してよろしいでしょうか?」
「分かった。今後どうするかは二人で話し合ってくれ。
私はもう疲れたからロンメル男爵とテレーゼを送って帰る」
「私もお暇しますわ。
アーベンロート伯爵。不束な娘ですが、どうぞお見捨てにならないでくださいまし」
「侯爵夫人、彼女は良い妻です。それは私が一番よく知っています。
私たちはこの機会にもっと良い夫婦になれると信じています」
彼はそう言って私に手を差し伸べた。
「私たちの望みは同じものであるはずだ。そうだろう?」
「…はい」頷いて彼の手を取った。
幻滅されても仕方ないのに、彼は私が改めることを信じてくれた。
彼がそう望むなら、妻としてそれに応えるのが私の役目だ…
泣きすぎたからだろう…
私の中の毒は綺麗に抜けてしまったようだった。
✩.*˚
彼女は我の真名を呼んだ。
寝ぼけた顔の妻は、またすぐに夢の中に戻ってしまうのだろう。
彼女に寄り添って僅かな時間を共有した。
「…良い夫婦でした」と彼女は微睡む声で呟いた。
それが誰を指しているのかは確認するまでも無い。
「あぁ」と頷いて彼女に顔を寄せた。
「あの子を守ってあげたいけれど…
私には難しいです…」と彼女は悲しげに呟いた。
「我が守るよ。あの男にも《白い手》の乙女は必要な存在だ。
君は安心して眠たまえ」
彼女の願いを引き継ぐと約束した。
彼女は小さく微笑んで喜んでくれた。春の香を含んだ暖かな微笑みに癒される。
彼女の瞼が重くなる。
また深い眠りに落ちるのだろう。
そして私はまた一人で彼女が目覚めるのを待ち続けるのだ…
「春が待ち遠しいよ」と本音を漏らすと、彼女は重い瞼を持ち上げながら「私もです」と答えた。
「また…何が…あったか…教えて…」
「あぁ、また語ろう。約束だ」
我の答えに、彼女は見逃してしまいそうな微かな微笑みを見せた。
魂が抜けるように、彼女の身体から力が抜け、彼女は夢の住人に戻った。
「おやすみ、我が妻…」
彼女の真名を呼べば眠りが妨げられる。それは良いことではない。
眷属を呼び寄せて、彼女のために花を用意させた。
眷属たちは綺麗な花を摘んで、彼女の周りに飾った。
彼女には色とりどりの花が良く似合っていた。
「ん?それは何かね?」
一羽の小鳥が持ってきたものに目が留まる。
小鳥が咥えて来たのは花ではなかった。
その何かの植物を見て、「あぁ」と笑った。
私も人から少なからず影響を受けていたようだ。
彼女の胸の前で組んだ手に、小鳥は咥えてきた物を添えて飛んで行った。
「それは良いものだそうだ」と眠る彼女に教えてやった。
あの不器用な男が、せっせと摘んでは妻に届ける特別な植物だ。
白い小さな花を育てる為の緑の葉は、自然では稀有な四枚の葉を寄せていた。
眠る彼女に身を寄せて、その寝顔を眺めるだけの日々に戻った。
愛とはそういうものだろう…
そう勝手に思うことにした…
馬車でアーベンロート邸を訪ねた。
パウル様は厳しい言葉で娘を叱ったが、あの子が悪い子でないのは私も知っている。
これは私が撒いた種だ。私が収めなければならない問題だ…
私の訪問を出迎えたのは、長くこの家で仕える執事だ。
「これは…侯爵夫人」と言う硬い声は私を拒んでいるように聞こえた。そういえば何やら慌ただしいようだ。
「お取り込み中かしら?何事?」
「申し訳ありません。実はガリオン坊っちゃまが落馬で大怪我をなさいまして…今、治療中です」
「ガリオンが?!」可愛い孫の顔が頭を過ぎった。
よく笑う優しい少年だ。あの子はヴェルフェルの顔で幼い頃のヴォルフによく似ていた。
「容態は?治療は上手くいったの?」
「それは…私から申し上げることはできません。旦那様が先程お戻りになりましたので、お取り次ぎ致します」と執事は詳しい事は話さずに、主に取り次いだ。
先日顔を見た時は元気だったのに…
『父上が子馬を下さったのです!』と嬉しそうに教えてくれた。
男の子だから、そろそろそういう時期かと思っていたけれど、まだ早かったのかしら…
「侯爵夫人。お待たせして申し訳ありません」とアーベンロート伯爵が現れた。
「大変な時にごめんなさい。
フロレンツィアを訪ねてきたのですが、ガリオンが怪我をしたと聞いて…
あの子の容態は?」
「それが…」とアーベンロート伯爵は沈痛な面持ちで孫の容態を教えてくれた。
意識もなく重体だと言う。そればかりか、フロレンツィアも心労から過呼吸を起こして倒れたらしい。
「伯爵。ご心配でしょうが、心を強く持ってください。私がトリシャ妃殿下に王室の治療魔導師をお貸し頂けるようにお願いしてまいります。
必ず何とか致しますから…どうかガリオンを諦めないで下さい」
「ありがとうございます…できる限りの事はします」とそう答える彼の表情は暗かった。その様子に、孫の容態が悪いと悟った。
「フロレンツィアの顔を少し見て行っても構いませんか?」
「はい。彼女も憔悴しきっているので励ましてあげてください」と娘婿は彼女の休んでいる部屋に案内してくれた。
「お母様…」
「聞いたわ。大丈夫よ。私がトリシャ妃殿下に王室の治療魔導師を貸して頂けるようにお願いしてまいりますからね。貴女はちゃんと夫を支えなさい」
「はい…申し訳…ありません」嗚咽混じりに答える娘を抱きしめた。子供を失う恐怖で彼女は震えていた。
「貴女に同じ思いはさせないわ…安心なさい」
息子を失う苦しみは私がよく知っている…
フロレンツィアを慰めて、急いで馬車に戻って王宮に向かうように指示した。
そういえば、パウル様はまだ、ロンメル男爵のところかしら?
「やっぱり、ロンメル男爵の宿によってちょうだい。パウル様に報告してからにするわ」と行き先を変えた。
ガリオンは私と彼の孫だ。
彼にも伝えるべきだと思った。
✩.*˚
「わかったわ、ガブリエラ。クロス老師を手配します」と親友は王室付きの治癒魔導師を手配してくれた。
「ありがとう、トリシャ」
「いいのよ。アーベンロート伯爵は優秀な政務官です。お父様の信頼も厚いわ。アーベンロート公子の快癒を祈ってます」
彼女はすぐに書状を用意して、クロス老師を預けてくれた。クロス老師はレプシウス師の兄弟弟子で優秀な魔導師だ。
トリシャに感謝して、彼を連れてアーベンロート邸に戻った。
既にアーベンロート家の祖父母とパウル様の姿があった。
前アーベンロート伯爵は、ガリオンの10歳の誕生日に伯爵の爵位を息子に譲って、自身は首都から少し離れた別荘に引きこもっていた。
アーベンロート夫妻はたまたま新年の挨拶をするために立ち寄ったそうだ。
「なんということだ…」と嘆く老人は孫の身を案じていた。
彼にとっては初孫で、しかも一人息子の一人息子だ。
「パウル様、王室治癒魔導師のクロス老師をお連れしました」と杖をつく老人を紹介した。
その場の皆が彼に縋るような視線を向けた。
ガリオンの治療のために、部屋に通されたクロス老師だったが、ガリオンの様子を確認して、彼は険しい表情になった。
「できる限りの事はしますが、お約束はできません」と彼ははっきりと告げた。
彼に治せないなら、あとはレプシウス師くらいしか手立てはない。それでもレプシウス師を呼ぶのは難しかった。
どんなに急いでも、ラーチシュタットからでは二週間はかかる。
そんな猶予は無さそうだった。
「お兄様は?」と幼い妹が訊ねた。
その問いかけに答えられる人はこの場にはいなかった。嫌な沈黙がその場を支配した。
「…クロス老師、アーベンロート公子はどれくらい持つ?」
急に口を開いたパウル様はガリオンの命の期限を訊ねた。
「分かりません。早ければすぐにも呼吸は止まります。延命しても、一日二日程度でしょう…
奇跡でもない限り、彼は助からないでしょう」
クロス老師の言葉に、青い顔で話を聞いていたフロレンツィアが泣き崩れた。
「諦めるな。それでもヴェルフェルの娘か?」
「パウル様、今は…」
今のフロレンツィアにその言葉は厳しすぎた。子供を失いそうになっている母親への思い遣りは見受けられなかった。
それでも、絶望的な状況で、誰もが諦めた顔をしているのにパウル様だけは諦めていなかった。
「一時間でいい。必ず持たせよ」と言葉を残して、彼は部屋を出て行った。
「待って下さいパウル様!どちらにいらっしゃると言うのです?」慌てて彼を追いかけて問い質した。
彼の思い詰めた表情に不安が過ぎる。
「一体何を…」彼は何か隠しているように見えた。
パウル様は少し表情を緩めて私の手を握った。
「私を信じて待っていてくれ。奇跡は起きるよ」と彼は曖昧な言い方をした。
「どうなさるおつもりですか?」
「治せる人間に心当たりがある。承諾してくれるか分からないから、教えることはできない」と彼は回答を避けた。
「それなら、私も…」
「いや、君はフロレンツィアに付いていてやってくれ。あの子の心が壊れないように支えてやって欲しい」
彼はそう言って「時間が惜しい、よろしく頼む」と私に後を託して握った手を放した。
それ以上引き止めることも出来ず、彼の早足で遠ざかる背を見送った。
✩.*˚
少し横になって休んでいると、ワルター様がやって来てお父様が来たと教えてくれた。
つい先程帰って行ったばかりで、何かあったのだろうか?
帰って行った時も、『急用ができた』とだけ言って慌てて帰って行ったから忘れ物でもしたのだろうか?
「悪いな。なんかお前に急ぎの用らしい。着替えたら居間に来てくれ」と言って、ワルター様は部屋を後にした。
アンネに手伝ってもらって着替えを済ますと、お父様の待つ居間に向かった。
「おまたせしました」と会釈すると、お父様は珍しく挨拶も忘れて口を開いた。
「テレーゼ、頼みがある」とお父様は切羽詰まった様子だった。その様子に只事でないと悟った。
「お父様、私にできることならどうぞ仰ってください」
「すまん。アーベンロート伯爵の息子が事故で重体なのだ。《白い手》を使ってくれないか?」とお父様は私の《祝福》を頼った。
「勝手を言うようですまない。だが、宮廷治癒魔導師の筆頭であるクロス老師も匙を投げた。
お前にしか頼れないのだ。
どうか引き受けてくれないか?
お前の甥っ子だ」
「パウル様!俺は反対です!」
お父様の嘆願に、ワルター様が声を上げた。
「テレーゼの《祝福》を使うって事は、それを他人に晒すって事ですよ!
ましてや宮廷魔導師って地位にある人間が無理だって匙を投げたのに、その子が快癒したら噂になります!
テレーゼが目をつけられたらどうするつもりです?!」
「すまん、ロンメル男爵…勝手なのは重々承知している。
私も悩んだのだ…だが、ガリオンを見捨てることは出来ない…あの子は私の可愛い孫だ…」
「他にないんですか?」
「命が持って一日二日だ…
ラーチシュタットからレプシウスを呼んだところで間に合わぬ。
もはやテレーゼ以外にあの子を救えぬのだ…」
「アーベンロート伯爵夫人が、その秘密を守りますかね?甚だ不安だ」とワルター様は私が《祝福》を使うことを嫌がった。
「ワルター様…」
「お前もよく考えてから決めろ。
異母姉ちゃんはお前に感謝しないかもしれないぞ」
その言葉は真実だ。
フロレンツィアお異母姉様は今までずっと私を目の敵にしていた。この関係は死ぬまで変わらないかもしれない…
ワルター様は私の事を心配してるのだ。
私が期待して傷つく姿を見てるから、それを繰り返したくないのだ…
彼の手を手繰り寄せて握った。
「それでもいいのです。私はできることをします」と言うと、彼は険しい顔で眉を寄せた。
「嫌な思いをするかもしれないんだぞ」
「承知の上です。
それでも、子どもの命がかかっているのです。見殺しにしては遺恨が残ります…
それに、せっかくお父様が私を頼ってくださったのに、お応えできないのは辛いです。
どうか、お許し頂けませんか?」
「…俺だってこんなこと言いたくないよ」と彼は険しい顔で私の手を握り返した。
彼も子供が好きだから、助けてあげたい気持ちは同じだろう。
「俺も行く。何かあったらすぐにお前を連れて帰る…いいな?」
「過保護ですね」
「愛してんだ。当たり前だろ?」拗ねたような口調でそう言って、彼はお父様にいくつか条件を出した。
「俺もテレーゼと行きます。
テレーゼの《祝福》の秘密を守って貰えるように、アーベンロート伯爵に約束してもらってください。
あと、アーベンロート伯爵夫人にはテレーゼへの謝罪と反省を必ずさせること。
最後に、テレーゼを無事に帰す事が条件です」
「承知した…」とお父様はワルター様の出した条件を全て飲んだ。
「ありがとうございます」
ワルター様の気遣いに礼を言うと、彼は難しい顔で私を見下ろして抱きしめた。
「無理すんなよ…負担があると思ったら途中でもやめろ。お前の方が大事だ…」
「…はい、ありがとうございます」
「悪いな…俺は何も役に立てない」と彼は自分を責めたがそんなことは無い。彼はいつも私を思ってくれている。
それだけでどれほど心強いか…
アーベンロート邸に到着すると、待っていた伯爵とガブリエラ様が出迎えた。
ガブリエラ様は私を見て困惑していた。
「パウル様、なぜテレーゼを…」
「君にも隠していたが…テレーゼは神から癒しの《祝福》を賜っている。
ガリオンはまだ息があるか?」
アーベンロート伯爵が私に前に膝を着いた。
「ガリオンをお助けいただけるのですか?」
憔悴した顔で見上げる彼は、縋るような目をしていた。
「安心してください、閣下」と彼に手を伸ばして疲れた顔に触れた。
《白い手》を使うと、彼の疲れた表情が軽くなった。
「これは…」とアーベンロート伯爵は自身の身体の変化に気付いて、驚いて私の顔を見上げた。
「お疲れのようでしたので…心を癒すことはできませんが、少し楽になったかと思います」
「テレーゼ様…ガリオンは…」
「お任せ下さい。ご子息は元気になります。私がそうします」
彼を安心させるように、微笑んで約束した。
「…ありがとうございます」とアーベンロート伯爵は涙ぐみながら感謝を口にした。
ワルター様は厳しい顔で黙り込んでいた。
ワルター様の代わりに、お父様がアーベンロート伯爵に治療の条件を伝えた。
「伯爵。テレーゼはガリオンを癒すことを快諾してくれたが、ロンメル男爵からは幾つ条件がある。
守って貰えるか?」
「もちろんです。ガリオンを助けてくださるのであれば、拒む理由などございません」
「テレーゼの《祝福》は内緒にして欲しい。
これは稀有な能力で、もし口外されれば彼女は危険にさらされる。
ロンメル男爵もそれを危惧している。
それに、フロレンツィアはきちんとテレーゼに謝罪し、贖罪する事。
最後に、彼女を無事にロンメル男爵に返す事。
これが条件だ」
「承知致しました」とアーベンロート伯爵は迷わずに答えた。その返事から彼の息子への愛が伝わってきた。
彼は格下の男爵夫妻に頭を下げることも厭わなかった。
「ガリオンをよろしくお願いいたします」と深く頭を下げて、伯爵は息子の命を私に託した。
伯爵の案内で、ガリオン様のお部屋に案内された。
私の姿を見て、ガリオン様のベッドの傍らにいたフロレンツィアお異母姉様が立ち上がって私を睨んだ。
「何しに来たの?!」と叫ぶ声は攻撃的だった。
伯爵がお異母姉様に歩み寄って、彼女を宥めようとした。
それでもお異母姉様はやり場のない怒りの矛先を私に向けた。私を庇うようにワルター様が前に出た。
「貴女なんて呼んでないわ!人の不幸を笑いに来たの?!」
「何てことを言うんだ、フロレンツィア!」
「エアネスト様!貴方まであの女に騙されているのですか?
その顔でどれだけの人間を騙せば気が済むの?!貴女なんて…」
彼女の言葉が途中で途切れた。
代わりに部屋に乾いた音が響いた。
「部屋に戻りなさい、フロレンツィア。これは命令だ」
頬を抑えて放心するお異母姉様に伯爵は厳しい声音で退室を命じた。
悲鳴のような声を上げて泣き崩れたお異母姉様に、ガブリエラ様が駆け寄って慰めた。
「…お見苦しい所をお見せしました」と伯爵は震える声で私たちに詫びた。
妻の頬を打った右手は固く握られて震えていた。
私が二人の関係を悪くさせたような気がして居心地が悪くなった。
「大丈夫か?テレーゼ?」とワルター様は私を気遣ってくれたが、伯爵はお異母姉様を慰めようともしなかった。私たちに遠慮してできなかったのだろう…
ベッドに歩み寄る前に、お異母姉様に歩み寄って、彼女の前に膝を折った。
「フロレンツィアお異母姉様」
私の呼び掛けに彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、私を睨みつけた。
感謝されずとも、憎まれるとしても、それでもいいと思った。
人の心を変えるのは難しい…
それでも、それは私が子供の命を諦めていい理由にはならないはずだ…
「ガリオン様は私が癒します。
感謝して欲しいとも、それを恩に着せるつもりもありません。
私が憎いならどうぞ憎んでください。
私は私のすべきことをするだけです」
フロレンツィアお異母姉様にそう伝えて、ベッドに近づいた。
「やめて!息子に触らないで!」
ガブリエラ様を振り払ったお異母姉様は、必死の形相で私に飛びかかった。
私だけなら突き飛ばされていただろう。
それでも大きな背が私を守ってくれた。
「分からん奴だな」と苛立たしげ呟いて、ワルター様は私に伸びた細い腕を掴んで止めた。
「そんなにテレーゼが憎いか?!
自分の子供の助かる手だてを捨てるほど、彼女が憎いってのか!どうかしてるぞ!」
ワルター様に怒鳴りつけられて、お異母姉様の顔から血の気が引いた。
「…私は…私は」
「フロレンツィア…もう止めてちょうだい…」
ガブリエラ様がお異母姉様の肩に手を伸ばして抱き寄せた。ワルター様が掴んでいた手を離すと、お異母姉様はまたその場にしゃがみこんで動かなくなった。
ガブリエラ様も泣きながら、子供をあやす様に娘を抱いて、優しく言い聞かせていた。
「全部私が悪かったの…恨むなら私を恨んで…
テレーゼもユーディットも何も悪くないのよ…」
「だって…だっておかぁさま…」
子供のようになってしまったお異母姉様はガブリエラ様に取りすがって泣いていた。
「テレーゼ、今のうちだ」とワルター様が私に合図した。お異母姉様にはもう立ち上がる気力さえないのだろう。
ベッドの枕元に近寄ると、頭や首に包帯を巻いた男の子が眠るように横たわっていた。その傍らには長い髭の老人が立っていた。
それまで黙って様子を見ていた老人は、淡々とした口調で少年の容態を伝えた。
「首の骨が折れて、頭蓋にも血が溜まっております。脊髄の損傷が激しく、呼吸も補助してやっとといったところです」
「分かりました」と答えて、少年の頭に手を翳した。
手から少年の消えそうな命の気配を感じ取った。
治せるかしら…
今まで手をかざした中で、一番弱っているように感じた。
フェルトン公子の時は、私の体調が悪くなって中途半端な結果になってしまった。
彼は命に関わる問題ではなかったが、今回は途中で投げ出す訳にはいかない。
「大丈夫だ、テレーゼ」とワルター様が私の肩を抱いた。私が不安になったのを感じ取ったのか、彼は気弱になった私を励ましてくれた。
「お前は凄い奴だ。決めたらやり切る強い女だ。そうだろ?」
「…はい」
「お前は俺が支えてやる。お前は治すことだけ考えろ。心が負けたら力も出ないぞ」
「はい」弱った心を奮い立たせて頷いた。
ワルター様は「よし」と頷いて私の頭を撫でて、さらに言葉をくれた。
「やるだけやれ。もしできなくても、お前が悔いなくやりきったなら、俺はお前を褒めてやる」
その言葉に勇気をもらった。
彼はいつもそうだ。
私を応援してくれる。味方でいてくれる。
《白い手》を意識した。手のひらが白く煌めいて、柔らかな光が溢れた。
絶対に助けてあげます。ワルター様がそう願ったから、ガリオン様はきっと助かります。
願いを込めて、手をかざし続けた。
プツプツと少年の身体から植物が芽吹くような音がした。
頑張って…約束したから…
少しずつ怠くなる身体に言い聞かせて手のひらをかざし続けた。
私を支える手が震えていた。
格好つけたくせに…ビビってるじゃないですか?
そういう所も好きですよ…
白い光を見続けたせいか、急に目の前が真っ白になった。
「テレーゼ」と私を呼ぶ女性の声がした。
聞いたことのある声に驚いて顔を上げた。
さっきまでワルター様がいたはずの場所に、突然現れた女神は、過去に私に《祝福》を与えた相手だ。
「《フリューリング様》…」
「テレーゼ、貴女の優しさ、寛容さ、慈悲は時に神をも動かします。
私の母であるヴォルガ様は、私に貴女を助けるようにと願われました。
このままでは貴女は力尽きてしまいます。その手を収めなさい」
「それはできません。私は彼を助けるとお約束しました」
「優しいテレーゼ…貴女はまたすべきことがあるのでしょう?」とフリューリング様は私を説得した。
「貴女の夫は貴女を心配しています」と彼女は私の一番痛い所を突いた。
でも、私はそれでも譲る訳にはいかなかった…
「でも彼は私が投げ出すことを求めてはいません」と反論すると、彼女は困った顔で微笑んだ。
「分かりました…ならば貴女に奇跡を与えます」
彼女は私の手に自分の手を重ねた。
「今回はヴォルガ様の願いなので特別ですよ」
フリューリング様はそう言って、重ねた手から私に力を分けてくれた。
枯れかけていた力がまた私の手に宿った。
「貴女を選んでよかった…」と言い残して、彼女は幻のように消えた。
✩.*˚
「…レーゼ…おい!テレーゼ!」
ワルター様の声に目を開けた。
気が付くと、彼の腕の中で天井を見ていた。
「大丈夫か?!」
「…ガリオン様は…」
「助かったよ…もう大丈夫だ…」
甥っ子の無事を伝える彼は、泣きそうな顔で私を見下ろしていた。
彼に手を伸ばそうとしたが、身体は言うことをきかない…
眠い…酷く身体が怠い…それに寒い…
フリューリング様が私の命を繋いでくれたようだ。
「…生きてます」と呟くと、ワルター様は「ばかやろう」と悪態吐いて私を抱きしめた。
彼は怯えているように見えた。
「心配した…」
「すみません…頑張りすぎました…」と彼に心配させたことを詫びた。
「…疲れました…眠くて…寒いです…」と弱音を吐いた。とりあえず、もう目を開けているのが限界だった。
「ロンメル男爵夫人」と呼ばれた。
視線を動かすと、そこにはアーベンロート伯爵と少年の姿があった。
頬はふっくらとして、赤みがさしていて元気そうだ。状況が飲み込めないようで、ガリオン少年は困惑していた。
「貴女がお救いくださったガリオンです。
本当に…本当に感謝しております」
「ありがとうございます…」
親子は私の働きに感謝してくれた。
元気になった少年の姿と喜ぶ父親を見て、頑張って良かったとそう思った。
「閣下、テレーゼを休ませてくれ。具合が悪そうだ」
「分かりました。お部屋を用意しますのでこちらに…」
アーベンロート伯爵が空いている部屋とベッドを用意してくれた。
居合わせたクロス老師が私の具合を確認してくれた。
「疲労ですな。無理もありません…」彼はそう言って貴重な薬を分けてくれた。
「魔力が尽きた時などに使う薬です。飲んで寝れば回復するでしょう」
「ありがとうございます」
「お大事になさってください。
長生きはするものですな。良いものを見せて頂きました。
それは私の代わりに公子様をお救いくださったお礼です」
クロス老師はご機嫌そうに髭を撫でながら笑った。機嫌の良い老人に、ワルター様が声を掛けた。
「クロス老師。悪いんだが、今日あった事は内緒にしてくれないか?あんたの手柄にしてくれ」
「それは…」
「俺たちは田舎で静かに暮らしたいだけなんだ。
名誉だのなんだのは要らないし、また頼られてテレーゼがこんなふうになるのは困る」
「ふむ…言いたいことは分かりますが…
これだけの力があるなら、宮廷で重要な役職に就くことも…」
「だからそういうの要らないんだよ。
俺たちに別居しろって言うのか?絶対に御免だ」
ワルター様はクロス老師の申し出を突っぱねた。私も同じ気持ちだ。
「…承知しました」と彼は私たちの願いを承諾してくれた。
「昔、似たようなことを言って私に全部押し付けていった兄弟弟子がおりましたよ…」と思い出すように彼は小さく笑った。
「心配させては良くなるものも良くなりませんからね。私が黙っていることが夫人の薬になるならそう致しましょう」
クロス老師はそう言って秘密を共有してくれた。
彼が帰って行くとワルター様は私の横になったベッドに腰を下ろした。
彼の手が労うように優しく頭を撫でてくれた。
二人きりになると安心からか、一気に眠気が押し寄せた。もう目が開けていられない…
「寝ろよ。どうせ帰りもパウル様に送ってもらわにゃ帰れないんだ。それまで休めよ」
「ご迷惑をおかけします」
私の詫びに彼は苦笑いで答えた。
「やめろよ、そういうの。夫婦だろ?
俺もお前を煽っちまった。何も言えねぇや…」
「ふふっ」と笑うと彼も笑ってくれた。
「おやすみ、テレーゼ」
「おやすみなさい、ワルター様」
彼の大きな手に指を絡めて握った。
また目を開けても、彼が傍に居てくれると信じて目を閉じた。
✩.*˚
助けてくれたの?
「お母様」とガリオンは私を呼んでハグしてくれた。
もう二度と聞けないかと思っていた…
失うはずだった息子を抱くことが出来た。
「お兄様、元気になったの?」
涙ぐむ妹を抱きしめて、ガリオンは妹の額に優しくキスをした。
仲の良く抱き合う兄妹の姿にまた涙が零れた。
私は…
「フロレンツィア。テレーゼに謝りなさい」
お父様は厳しい口調で私に言った。
「テレーゼはガリオンを助けてくれたのだ。
これまであの子にしてきたことを清算して、姉としてテレーゼに接してやってくれ。
お前にはそれができるはずだ」とお父様は私にテレーゼと和解することを望んだ。
「テレーゼは許してくれるわ」とお母様も同じことを望んだ。
ずっと…間違っていたのは私の方だ…
テレーゼは、自分を邪険にして、意地悪を続けた私を助けてくれた。
私が改めることを期待してもいなかった。
また私に意地悪をされるかもしれないのに…
彼女にとって、私に仕返しできるチャンスだったのに…
私は完全に彼女に負けたのだ。完全な敗北だ。
人間として、彼女に敵わないと知った…
部屋に戻ってきた夫は、いつもの優しい顔ではなく、眉を寄せた険しい表情で私を見た。
その視線に耐えきれずに下を向いてしまった。
彼には酷く失望させてしまった事だろう…
私の積み上げてきた良き妻としての姿は全て崩れ去ってしまった。
彼は動けない私の前にやってきて膝を折ると私の顔を覗き込んだ。
責められるかと思ったのに、彼の言葉は意外なものだった。
「さっきはすまなかった。顔は…大丈夫かい?」
彼は私を叩いた事を謝罪した。
「私もどうかしていた。君に手を上げるなんて…
すまない、痛かったろう?」
「そんな…私が悪いのです…」
分別を無くしていたのは私の方なのに…
彼はお父様に向き直ると深々と頭を下げた。
「侯爵。お嬢様に手を上げて申し訳ありせんでした」
「いや。君が叩かなかったら私が叩いていた」と答えるお父様は正直だ。その言葉に彼は苦く笑った。
「彼女とはよく話し合います。
夫として、向き合う機会を頂戴してよろしいでしょうか?」
「分かった。今後どうするかは二人で話し合ってくれ。
私はもう疲れたからロンメル男爵とテレーゼを送って帰る」
「私もお暇しますわ。
アーベンロート伯爵。不束な娘ですが、どうぞお見捨てにならないでくださいまし」
「侯爵夫人、彼女は良い妻です。それは私が一番よく知っています。
私たちはこの機会にもっと良い夫婦になれると信じています」
彼はそう言って私に手を差し伸べた。
「私たちの望みは同じものであるはずだ。そうだろう?」
「…はい」頷いて彼の手を取った。
幻滅されても仕方ないのに、彼は私が改めることを信じてくれた。
彼がそう望むなら、妻としてそれに応えるのが私の役目だ…
泣きすぎたからだろう…
私の中の毒は綺麗に抜けてしまったようだった。
✩.*˚
彼女は我の真名を呼んだ。
寝ぼけた顔の妻は、またすぐに夢の中に戻ってしまうのだろう。
彼女に寄り添って僅かな時間を共有した。
「…良い夫婦でした」と彼女は微睡む声で呟いた。
それが誰を指しているのかは確認するまでも無い。
「あぁ」と頷いて彼女に顔を寄せた。
「あの子を守ってあげたいけれど…
私には難しいです…」と彼女は悲しげに呟いた。
「我が守るよ。あの男にも《白い手》の乙女は必要な存在だ。
君は安心して眠たまえ」
彼女の願いを引き継ぐと約束した。
彼女は小さく微笑んで喜んでくれた。春の香を含んだ暖かな微笑みに癒される。
彼女の瞼が重くなる。
また深い眠りに落ちるのだろう。
そして私はまた一人で彼女が目覚めるのを待ち続けるのだ…
「春が待ち遠しいよ」と本音を漏らすと、彼女は重い瞼を持ち上げながら「私もです」と答えた。
「また…何が…あったか…教えて…」
「あぁ、また語ろう。約束だ」
我の答えに、彼女は見逃してしまいそうな微かな微笑みを見せた。
魂が抜けるように、彼女の身体から力が抜け、彼女は夢の住人に戻った。
「おやすみ、我が妻…」
彼女の真名を呼べば眠りが妨げられる。それは良いことではない。
眷属を呼び寄せて、彼女のために花を用意させた。
眷属たちは綺麗な花を摘んで、彼女の周りに飾った。
彼女には色とりどりの花が良く似合っていた。
「ん?それは何かね?」
一羽の小鳥が持ってきたものに目が留まる。
小鳥が咥えて来たのは花ではなかった。
その何かの植物を見て、「あぁ」と笑った。
私も人から少なからず影響を受けていたようだ。
彼女の胸の前で組んだ手に、小鳥は咥えてきた物を添えて飛んで行った。
「それは良いものだそうだ」と眠る彼女に教えてやった。
あの不器用な男が、せっせと摘んでは妻に届ける特別な植物だ。
白い小さな花を育てる為の緑の葉は、自然では稀有な四枚の葉を寄せていた。
眠る彼女に身を寄せて、その寝顔を眺めるだけの日々に戻った。
愛とはそういうものだろう…
そう勝手に思うことにした…
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