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旦那編 marito

11:古地三郎 Saburo Furuci

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「さーて行くぞ!」
「ちょっとまて、ことね! 準備は良いのか?」
「そうじゃ、焦っても良いことはない。まずはアイテムの確認じゃ」
 元気よく次の町に向かって出発しようとしたんだけど出鼻を挫かれる。

 確かに三日の道程で、途中には宿屋とか茶屋とかないので補給は期待できない。余裕を見て、五日分の食料は準備した。途中でモンスターの肉がドロップするし、少ない植物だけど食べられるものもあるらしい。
 火炎剤ポツィオーネ・ディ・フィアンマとか水球剤ポツィオーネ・ディ・フィアンマとか攻撃型の薬剤ポーションが売っていたので買い込んで置いた。
 季節が変わり、気温も下がって来たので防寒対策も必要になる。
 松葉色のマントを準備した。チュニックと同色でなかなかいい感じ。
 はるっちも見栄えのする臙脂色の上着を着ている。
「いいみたいだな。防寒にも対策してるみたいだし」
 そういうディアも確り厚手のコートだ。
「はるっちの上着はなかなか良いね!」
「おお、これは羽織と言うてな。こういう着物用の防寒着じゃ」
「防寒防熱には、結界バリアとかあれば便利なんだけど。あれは習得に時間が掛かるらしい。でも早めに覚えた方が良いと思う」
「そうじゃのぅ、拙のような魔法職には切実じゃ」
「死亡即退場だから、辛いよね」

「さて、これが希望の町までの地図」
 ディアが開いた紙を覗き込む。道と地形が記入してある普通の地図だ。
「でも、これがあてにならないんだ」
「えっ!」
「地図の出来が悪いのか?」
 ディアが怖ろしいことを言う。地図があてにならない?
「この世界は地形が一定じゃないんだよ」
 いやいや怖ろしいゲームだ。状況が変化するというのは本当だった。
「移動の度に道や周囲のものが変わる。以前の知識・経験がそのまま生かされる訳じゃない。そこが難しい。まぁ聞く限り全く変わってしまうことはないらしい。拠点の位置関係や道程なんかは心配はないようだ」
「変わると言っても、いきなり吹雪とかはないじゃろう。注意して進むようにすれば良いとは思うが」
「だいたい一日で進める距離の所に野宿キャンプしやすい場所があるのが普通と聞いている。自分が移動したときもそうだった。一日目はそこに辿りつくことを目標にしよう」
「分かった!」
「今回は移動が目的なので、戦いは極力避けて道沿いに行くことにする。いいよね」
「”二兎追うものは一兎も得ず” じゃ。まずは移動することじゃな。後は向こうに着いてからゆっくり考えれば良い」

 意気込んで出発する。どんな場面シーンがあるのだろうかと想いながら進む。
 前には砂と土の道、幅は馬車が通れば一杯になるくらい。
 振り返ると初めての村の簡素な出入口が見える。
 心の中でそっと頭を下げる。ありがとう、わたしのゲーム・ライフ出発の地

 しばらく進み、村が見えなくなった頃
 はるっちが何度も後ろを振り返り、首を傾げる。
「はるっち、どうしたの?」
「誰かがついて来てるな」
「自分もそう思う。村を出てから一定距離でずっとついて来てる」
「ストーカー?」
PKプレイヤー・キルを狙ってる可能性もあるが、相手は一人のようだ。このままだとモンスターに出会った時に後ろも警戒する必要になる。そんな不利な状況にはしたくないな」
「それじゃ、ここで迎え撃とう」
 三人とも立ち止まって警戒態勢を取り、相手の近づくのを待つ。
 魔術師風の服にコートを靡かせ、手には杖、少し細身の男がビシっと指差して言う。
「ちぃーっと待ちな。お姉さん方!」
 なんだこいつは?

「あんた誰? 何者?」
「そう邪険にしなさんな。怪しい者じゃない」
「怪しさが服を着ているような奴に言われても説得力がないぞ」
「だいたい何で私たちをつけてくるの?」
 彼は、ふっと髪を掻き上げながら応える。
「ワイは、古地三郎(Saburo Furuci)や。サブって呼んでくんな」
「そんな奴は……」
 ”知らん” と言おうとした時、一瞬で周囲が暗くなる。
 再び明るくなったとき周囲の状況は激変していた。
「何これ!」
「インスタンスだ。腕輪を見ろ!」
 言われて生命の腕輪を見る。確かに表示されている。
 ”インスタンス:マスター・スライム討伐” 
 周りは全て湿地帯。水気の多いコケの群生、浅い沼が続く。
 空気も生暖かく、湿気が多い。BGMまで変化する。
「これがインスタンス?」
「自分も初めてだ。こんなに状態が変わるのか?」
「あ、サブも居る。インスタンスってパーティだけじゃないの?」
 近くに居るものを巻き込むことがある……こういうことか。
「これサブとやら、拙は ”如月榛名”きさらぎ・はるなという。とにかく一緒にインスタンスに巻き込まれたのじゃ、終わるまで協力してもらうぞ」
「分かりましたでございます。はるなさま」
 急に下手に出て来た。そーゆー奴なのか
「”はるっち” と呼ぶのじゃ、分かったの!」
「は、はい、はるっちさま」
 はるっち怖い。

 とりあえず四人で行動することにする。
 サブは魔法職でそれなりに出来るとは言ってたけど、どうだろう?
「これはいかん。この環境だと、スライムは多分水属性。水魔法は禁止じゃ」
 珍しく、はるっちが困った顔をする。
「移動中は、砂漠のモンスターだけと思って、火と水属性魔法を優先したからのぅ。弱点を突かれたわ」
「突然のインスタンスだから、しようがないけど。自分のメイスもスライムっぽいのは苦手だわ。堅い敵だといいんだけど、柔らかいと打撃が通り難いのよね」
「水に強いのは風じゃ、雷攻撃があればよいのじゃが」
「雷って風属性なの?」
 思わず聞いてみた。
「雷は空気の作用で発生するので風属性じゃ。なんだ知らんのか?」
 知らんかった。
「ワイは水と火だけや」
「使えんのぅ」
「そんな!」
 がっくり落ち込む。
「とりあえず、自分とことねが前に出よう。ことねは ”切る” より、”突く” 方が良いと思う」
「分かった!」
回復グァレンテ回復の炎フィアンマ・グァレンテで行こう。サブは使えるのか?」
「それは大丈夫やが、ワイの得意の火の槍ランチァ・ディ・フォコが使えんのは辛いんや」
風塵剤ポツィオーネ・ディ・ヴェントが少しある」
「それは切札だな。敵がまとまって居る時とマスター用だ」

 ディアとわたしが前衛、はるっちとサブを後ろにして湿地帯をゆっくり進む。
 急に気温が上がり湿気も多い。上着も脱いで夏仕様だ。
 進むに連れて、ぶよぶよの球体が襲って来る。三十センチから一メートルくらいのお約束のスライムだ。
 はるっちの風の束縛レガンテ・ダ・ヴェントを掛けながら、ディアと私の打撃で倒して行く。
 大して強くはないが、湿地帯で足場も悪く戦い難い。
 気温と湿気で汗が吹き出し、体力が消耗する。
「どうやれば、これ終了するんだろ?」
「自分もインスタンスは初めてだが、”マスター・スライム討伐” なんだから、マスターが居るんじゃないか?」
「そろそろお出ましかもじゃ」
 前方にスライムの集団、迷わず風塵剤ポツィオーネ・ディ・ヴェントを投げ込む。
 爆散していくスライムの間から、大物の姿が見える。
「あれじゃな」
 高さは一メータ五十くらい。青く透き通る身体を震わせてこちらを威嚇する。
「予想以上に大きいな」
「少しずつ削るしかなさそう。取巻きが邪魔だけど
降雨ピオッジャ!」
 サブの声、えぇっ! ここで水魔法???
 水滴が落ちて来て、スライムたちに吸い込まれる。
「馬鹿かお主は!」
 あ、はるっちから叩かれている。
「失敗や! 間違えた」
「失敗とか、見るんじゃ! マスターが大きくなってるではなか」
 マスター・スライムが見る間に二メートルくらいになる。
 取巻きたちも元気マシマシだ。
「これはダメだ。いったん下がろう!」
 ディアの声に敵を牽制しながら少しずつ後退する。
「こらサブ! 何とか風魔法できないのか?」
「そうじゃお前の責任じゃから、何とかせんかぃ!」
「風、風、かぜ~~、カゼ?」
 サブの叫び声が虚しく響く。
「風・風・かぜ~~~~~~! ワイを助けてくれ~~~~」
「ええぃ、気合入れんかぃ!」
 はるっちの和本の角がサブの頭頂部にクリティカル・ヒット!
 同時に轟音が響く!
 赤い稲妻が次々にスライムを襲い、取巻きたちはひとたまりもなく砕け散る。
「何これ?」
赤き雷フルミネ・ロッソか? 噂に聞く雷系の大技じゃ!」
「そんなんで発動するんかよ~~~~」
 スライムどもは綺麗さっぱり流された。
「やった?」
「いや、まだだ。インスタンス・クリアが出ていない!」
「あそこじゃ!」
 マスター・スライムは雷で麻痺し転がっている。
「いまだ! 集中攻撃!」
 四人いや気絶しているサブを放置して、三人で叩きまくる。
 マスター・スライムは赤く色を変えながら破裂し、青い光を放ちながら消えて行く。
 生命の腕輪から効果音エフェクト・サウンドと共に字が浮かび上がる。
 ”インスタンス・クリア:マスター・スライム討伐”
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