上 下
2 / 3

中編

しおりを挟む

 まだ若い、侯爵家嫡男の葬儀。何が起こったのか分からない婚約者と妹。泣きわめいて悲しむ二人とは反対に、侯爵家の夫妻は落ち着いていた。

「まさか、ミルトがこんなに長生きしてくれるとは。きっと、貴女のお陰ね。今日までありがとう」

 そんな風に声をかけられた婚約者は何を言われているのか分からなかった。しかし、説明を聞いて衝撃を受けた。

「退院が近いから」――彼がそう言っていたのは病気が治ったからではなく、もう手の施しようがなかったから。

 最期のときを自宅で過ごさせてあげようとの家族の配慮だった。

 それを聞いて。入院中、パーティー会場での会話を婚約者であるミュゲは思い出していた。

「長期入院は退屈だけど、こういうパーティーは嬉しいね。まあ、退院するから……僕はこれで最後になるけれど」

「まあ、奇遇ね。私も同じよ。私も退院するしかないの。病院にいるうちは気にしないでいられたけど、もう終わり。きっとこのまま婚約もできないまま、生涯を終えることになるのね」

「へえ、君も僕と同じなの? そっか。別に珍しくないんだね。ねえ、僕、もっと君とお話ししたいな」

 どことなく愁いを含んだ彼の顔が笑顔に変わった。

 そう。彼は誤解していたのだ。最期を迎えるために退院する彼と。ケガが完治して退院するミュゲ。その目的も理由も違うのに。

「きっと、婚約者ができたおかげで、生きる気力がわいたのだわ。13歳まで生きられるか、と言われていたのに、卒業間近まで長生きできて。ありがとう、ミュゲさん。先のないあの子の婚約者でいてくれて。もちろん、今後もお約束の共同事業は継続するわ」

 それを聞いて、葬儀に一緒に来ていた両親を見ると二人はミュゲから目を逸らした。それでミュゲは確信した。両親はこの行き違いを分かっていてこの話を受けたのだと。その上で、娘には何も伝えなかったのだと。

「そんな! お兄様はご病気が治ったから退院されたのではなかったの!?」

 悲痛な叫びは彼の妹のもの。妹は妹で知らされてなかったのだ。家族とはいえ仕方がないことだった。兄とは7歳近く歳が離れていたし、退院時はまだまだ子供だったのだから。

「そうと知っていたら、あんなふうに我が儘は言わなかったのに。ごめんなさい、お兄様。私のせいだわ」

「いいえ、私のせいよ。私、知らなかったとはいえ、退院した彼をあっちこっちに連れまわして」

 ミュゲは義妹になる予定だった妹を抱きしめた。恋情、家族愛。その違いはあれど、婚約者を、兄を取り合って散々対立してきた二人。同じ罪を背負うからこそ、お互いだけが分かりあえた。

 その後、侯爵夫人がいい縁談を用意してくれたがミュゲは断り修道院へと入った。知らなかったとはいえ、散々彼を騙して無理をさせたのだ。自分で自分を許せなかった。

 妹は婿をとり息子を二人もうけたが、跡取りを産む義務を果たすと彼女もまた兄の婚約者だった女性と同じ修道院へと入った。二人そろって祈りを捧げている姿がよく目撃されている。


 ただ、仲がいいのか悪いのか。お互いに性格はなかなか変えられないようで、修道院に入ってからも祈りの場面以外では、よくケンカをしているらしい。





※※※

「坊ちゃん、ここの修道院に用事があったのでは?」
「あーうん。そうなんだけどね。念の為に調べさせていた報告がさっき届いたのだけど――まさか二人ともいるとはねぇ……」

 豪華な馬車の中。まだ年若いながらも整った顔立ちをした少年は窓の外の修道院を見て頭を悩ませた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

前世のことも好きな人を想うことも諦めて、母を恋しがる王女の世話係となって、彼女を救いたかっただけなのに運命は皮肉ですね

珠宮さくら
恋愛
新しい試みで創られた世界で、何度も生まれているとは知らず、双子の片割れとして生まれた女性がいた。 自分だけが幸せになろうとした片割れによって、殺されそうになったが、それで死ぬことはなかったが、それによって記憶があやふやになってしまい、記憶が戻ることなく人生を終えたと思ったら、別の世界に転生していた。 伯爵家の長女に生まれ変わったファティマ・ルルーシュは、前世のことを覚えていて、毎年のように弟妹が増えていく中で、あてにできない両親の代わりをしていたが、それで上手くいっていたのも、1つ下の弟のおかげが大きかった。 子供たちの世話すらしないくせにある日、ファティマを養子に出すことに決めたと両親に言われてしまい……。

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

処理中です...