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中編
しおりを挟むまだ若い、侯爵家嫡男の葬儀。何が起こったのか分からない婚約者と妹。泣きわめいて悲しむ二人とは反対に、侯爵家の夫妻は落ち着いていた。
「まさか、ミルトがこんなに長生きしてくれるとは。きっと、貴女のお陰ね。今日までありがとう」
そんな風に声をかけられた婚約者は何を言われているのか分からなかった。しかし、説明を聞いて衝撃を受けた。
「退院が近いから」――彼がそう言っていたのは病気が治ったからではなく、もう手の施しようがなかったから。
最期のときを自宅で過ごさせてあげようとの家族の配慮だった。
それを聞いて。入院中、パーティー会場での会話を婚約者であるミュゲは思い出していた。
「長期入院は退屈だけど、こういうパーティーは嬉しいね。まあ、退院するから……僕はこれで最後になるけれど」
「まあ、奇遇ね。私も同じよ。私も退院するしかないの。病院にいるうちは気にしないでいられたけど、もう終わり。きっとこのまま婚約もできないまま、生涯を終えることになるのね」
「へえ、君も僕と同じなの? そっか。別に珍しくないんだね。ねえ、僕、もっと君とお話ししたいな」
どことなく愁いを含んだ彼の顔が笑顔に変わった。
そう。彼は誤解していたのだ。最期を迎えるために退院する彼と。ケガが完治して退院するミュゲ。その目的も理由も違うのに。
「きっと、婚約者ができたおかげで、生きる気力がわいたのだわ。13歳まで生きられるか、と言われていたのに、卒業間近まで長生きできて。ありがとう、ミュゲさん。先のないあの子の婚約者でいてくれて。もちろん、今後もお約束の共同事業は継続するわ」
それを聞いて、葬儀に一緒に来ていた両親を見ると二人はミュゲから目を逸らした。それでミュゲは確信した。両親はこの行き違いを分かっていてこの話を受けたのだと。その上で、娘には何も伝えなかったのだと。
「そんな! お兄様はご病気が治ったから退院されたのではなかったの!?」
悲痛な叫びは彼の妹のもの。妹は妹で知らされてなかったのだ。家族とはいえ仕方がないことだった。兄とは7歳近く歳が離れていたし、退院時はまだまだ子供だったのだから。
「そうと知っていたら、あんなふうに我が儘は言わなかったのに。ごめんなさい、お兄様。私のせいだわ」
「いいえ、私のせいよ。私、知らなかったとはいえ、退院した彼をあっちこっちに連れまわして」
ミュゲは義妹になる予定だった妹を抱きしめた。恋情、家族愛。その違いはあれど、婚約者を、兄を取り合って散々対立してきた二人。同じ罪を背負うからこそ、お互いだけが分かりあえた。
その後、侯爵夫人がいい縁談を用意してくれたがミュゲは断り修道院へと入った。知らなかったとはいえ、散々彼を騙して無理をさせたのだ。自分で自分を許せなかった。
妹は婿をとり息子を二人もうけたが、跡取りを産む義務を果たすと彼女もまた兄の婚約者だった女性と同じ修道院へと入った。二人そろって祈りを捧げている姿がよく目撃されている。
ただ、仲がいいのか悪いのか。お互いに性格はなかなか変えられないようで、修道院に入ってからも祈りの場面以外では、よくケンカをしているらしい。
※※※
「坊ちゃん、ここの修道院に用事があったのでは?」
「あーうん。そうなんだけどね。念の為に調べさせていた報告がさっき届いたのだけど――まさか二人ともいるとはねぇ……」
豪華な馬車の中。まだ年若いながらも整った顔立ちをした少年は窓の外の修道院を見て頭を悩ませた。
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