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89 奪われた未来(ジョイ視点)
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アナリーズがジョイに何度も話してくれた幸せそのものの光景にジョイの姿だけがない。これまでジョイの荒んだ心を癒してくれたささやかな救いが一瞬で絶望に変わる。
当然のような顔でジョイの望んだ場所を陣取っているのは、結婚前から何度も目にしたあの男だ。
いつだって親切面でアナリーズに近づいて。
時折アナリーズから感じ取る匂いは虎視眈々と彼女を狙う物で。
初めてアナリーズから紹介された時から気に食わなかった。無害な顔を装って、狡猾に獲物を狙う泥棒猫をずっと警戒していた筈なのに結局はこうして奪われた。
アナリーズはずっとジョイとの子供を望んでくれていた。
それなのに、今は二人の時間を楽しみたいからと、今は仕事が忙しいからと、――――今は番の目があるからと。
運命の番と出会えた幸福に油断した。
言い訳にもならない言い訳を重ねて、結局は彼女の望んだ未来からジョイだけが切り離された。
でも、その子は――。
頭にジョイの特徴を持ったその子はもしかして――。
期待に胸が膨らんでも、結んでしまった魔法契約に阻まれて肝心の子供に近づくことすら出来ない。
(子供の顔を確かめないと。でも、ここからでは遠すぎて)
ギリギリと。魔法障壁に全力で爪を立てても、力を入れた分だけ爪が削れていくだけで、一度失った未来にはどうしても近づけない。
アナリーズに似た髪色の小さな女の子が男の子の頭に花冠を被せるのが見えた。耳に引っかかる葉っぱを少しだけ気にしながらも、女の子の頭を撫でる男の子。
幸せそのものの光景にジョイの目からは涙があふれ頬を伝っていく。
そんなとき。
小さな女の子と入れ違いにアナリーズの元へと戻ってきて、アナリーズの横を陣取っていたあの男が彼女のことを抱きしめた。
一瞬。男の行動に困惑した彼女が、はじけるような笑顔で大笑いする姿に見惚れて――そんな顔をさせているあの男に嫉妬をして――――自分はもう随分と彼女のそんな顔を見ていないことに気付いて絶望した。
ジョイが番と出会ってから。思えばアナリーズが心から笑った姿を見ていなかった気がする。
きっとその間もあの男は自らの爪を研ぎながらずっと彼女のすぐ傍で機会を狙っていたのだろう。
ジョイが番に惑わされてアナリーズの笑顔を曇らせている間も、ずっと彼女を励まし慰めて。
泥棒猫の本性を悟らせないままに――。
ふ……っ。
いつから気づいていたのか。泥棒猫がジョイを見てニヤリと嗤う。
気づけばジョイはみっともなく泣き崩れていた。
悔しくても腹立たしくても。たとえどうにか近づけたところで、今のジョイはアナリーズの顔を曇らせることしかできないのだ。
どうしてジョイは番に出会ってしまったのだろう。どうして番の誘いに乗ってしまったのだろう。
間に合うならばあの場で拒絶薬を飲んだのに。
ああ、でも――。
ジョイの目の前で。迷うことなく番との縁を切る拒絶薬を飲み干したティアラ。
あのときはこんな女に人生を狂わされたのかと絶望したけれど、番から得られる幸福感を失っておかしくなっていく彼女を見ていると拒絶薬を飲まなくて良かった、とも思う。
――おそらく、こんなことを考える時点でジョイはあの男に負けているのだろう。
だけどアイツだって番に出会えば。
その時はジョイがもう一度。
頭は色々なことを考えるけれど、ジョイは番を捨てられない。番から得られる幸福感に囚われているジョイはきっと拒絶薬を手にしても飲み込むことが出来ない。
そんなジョイへの興味を失ったように、アナリーズの傍で幸せそうに昼寝を始めた泥棒猫。
時折。幸せを噛みしめるように泥棒猫を見ながら花冠を編むアナリーズをそれ以上見ていられなくて――ジョイはキラキラした未来に背を向ける。
一生手に入らない、泥棒猫に奪われた幸せな未来。
あの子供がジョイの子供であろうとなかろうと、アナリーズの幸せな未来とジョイの虚ろな未来が合わさることはない。
惨めさと絶望と終わらない後悔と。
あの身に余るほどの幸福感を手放さずに済んだという絶対的な安心感を持って――ジョイは獣人国で待つ、ちっとも幸せにそうには見えない、自らの本能が愛する番の元へと戻って行った。
当然のような顔でジョイの望んだ場所を陣取っているのは、結婚前から何度も目にしたあの男だ。
いつだって親切面でアナリーズに近づいて。
時折アナリーズから感じ取る匂いは虎視眈々と彼女を狙う物で。
初めてアナリーズから紹介された時から気に食わなかった。無害な顔を装って、狡猾に獲物を狙う泥棒猫をずっと警戒していた筈なのに結局はこうして奪われた。
アナリーズはずっとジョイとの子供を望んでくれていた。
それなのに、今は二人の時間を楽しみたいからと、今は仕事が忙しいからと、――――今は番の目があるからと。
運命の番と出会えた幸福に油断した。
言い訳にもならない言い訳を重ねて、結局は彼女の望んだ未来からジョイだけが切り離された。
でも、その子は――。
頭にジョイの特徴を持ったその子はもしかして――。
期待に胸が膨らんでも、結んでしまった魔法契約に阻まれて肝心の子供に近づくことすら出来ない。
(子供の顔を確かめないと。でも、ここからでは遠すぎて)
ギリギリと。魔法障壁に全力で爪を立てても、力を入れた分だけ爪が削れていくだけで、一度失った未来にはどうしても近づけない。
アナリーズに似た髪色の小さな女の子が男の子の頭に花冠を被せるのが見えた。耳に引っかかる葉っぱを少しだけ気にしながらも、女の子の頭を撫でる男の子。
幸せそのものの光景にジョイの目からは涙があふれ頬を伝っていく。
そんなとき。
小さな女の子と入れ違いにアナリーズの元へと戻ってきて、アナリーズの横を陣取っていたあの男が彼女のことを抱きしめた。
一瞬。男の行動に困惑した彼女が、はじけるような笑顔で大笑いする姿に見惚れて――そんな顔をさせているあの男に嫉妬をして――――自分はもう随分と彼女のそんな顔を見ていないことに気付いて絶望した。
ジョイが番と出会ってから。思えばアナリーズが心から笑った姿を見ていなかった気がする。
きっとその間もあの男は自らの爪を研ぎながらずっと彼女のすぐ傍で機会を狙っていたのだろう。
ジョイが番に惑わされてアナリーズの笑顔を曇らせている間も、ずっと彼女を励まし慰めて。
泥棒猫の本性を悟らせないままに――。
ふ……っ。
いつから気づいていたのか。泥棒猫がジョイを見てニヤリと嗤う。
気づけばジョイはみっともなく泣き崩れていた。
悔しくても腹立たしくても。たとえどうにか近づけたところで、今のジョイはアナリーズの顔を曇らせることしかできないのだ。
どうしてジョイは番に出会ってしまったのだろう。どうして番の誘いに乗ってしまったのだろう。
間に合うならばあの場で拒絶薬を飲んだのに。
ああ、でも――。
ジョイの目の前で。迷うことなく番との縁を切る拒絶薬を飲み干したティアラ。
あのときはこんな女に人生を狂わされたのかと絶望したけれど、番から得られる幸福感を失っておかしくなっていく彼女を見ていると拒絶薬を飲まなくて良かった、とも思う。
――おそらく、こんなことを考える時点でジョイはあの男に負けているのだろう。
だけどアイツだって番に出会えば。
その時はジョイがもう一度。
頭は色々なことを考えるけれど、ジョイは番を捨てられない。番から得られる幸福感に囚われているジョイはきっと拒絶薬を手にしても飲み込むことが出来ない。
そんなジョイへの興味を失ったように、アナリーズの傍で幸せそうに昼寝を始めた泥棒猫。
時折。幸せを噛みしめるように泥棒猫を見ながら花冠を編むアナリーズをそれ以上見ていられなくて――ジョイはキラキラした未来に背を向ける。
一生手に入らない、泥棒猫に奪われた幸せな未来。
あの子供がジョイの子供であろうとなかろうと、アナリーズの幸せな未来とジョイの虚ろな未来が合わさることはない。
惨めさと絶望と終わらない後悔と。
あの身に余るほどの幸福感を手放さずに済んだという絶対的な安心感を持って――ジョイは獣人国で待つ、ちっとも幸せにそうには見えない、自らの本能が愛する番の元へと戻って行った。
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