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78 愛しい存在
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アミティエ伯爵からの突然のプロポーズにアナリーズは驚いた。
職場復帰が視野に入った頃にはアミティエ伯爵もすっかり元気を取り戻し――というか、アナリーズが初めて伯爵に会った時よりも健康そうですらある。
本来のアミティエ伯爵は今のように、明るく知的な雰囲気を持つ美丈夫なのだ。
今から考えれば、出会ったあの頃は既に病んでいたのだな――というのが良く解る。当たり前だ。アミティエ伯爵はアナリーズが番同士の交流会に立ち会うよりも先に、あの環境に身を置いていたのだから。
ランクが違うとはいえ商会同士、アミティエ伯爵の存在や顔を知っていたのにもかかわらず、実際に名前を聞くまで思い出せなかったのはその辺のイメージの違いが大きかったのかもしれない。あの頃の彼にはどこか痛々しい、陰鬱とした雰囲気が漂っていたから。
伯爵夫人を冷静に追い詰めていたあのとき。彼に対してゾッとするような怖さを感じてしまったが、離婚して個人的に親しく話すようになって見方も変わった。
頼りがいがあるのに意外と臆病で。ストレスを感じるとすぐに食事が摂れなくなって。そして、いい意味で貴族らしく領民思いで仕事人間で――愛情深い。
正直、どうして伯爵夫人が彼を裏切ったのか分からない。
それくらい人間的に素晴らしいし、そんな伯爵からプロポーズをされて嬉しくなかったと言えば嘘になる。
彼からの好意は感じていたし惹かれ始めてもいた。
このまま傍に居ればそう遠くない将来、彼に対しての人間的な好意は愛情へと変化するだろう。
けれど――。
だからこそ、彼とはここで離れた方がいい。
アナリーズはそう思った。アミティエ伯爵は貴族で、アナリーズはただの平民だ。産まれた環境も立場も何もかもが違う。
年齢のことだってある。彼は周囲から後継を望まれている立場なのだ。余計な騒動を引き起こしたくない。
「申し訳ありません。伯爵様の事は心から尊敬しております。けれど、きっと私とでは合わないと思います」
「身分のことか? そんなものはどうにでもなる。あまり口にしたくはないが、前妻だって平民だった。あの件ではかなり精神的に参っていたし、私は君のお陰で立ち直れたんだ。君とは面識のない本邸の者達も感謝をしている。多少は反対する者もいるだろうが、私が君の事は絶対に守る。……ましてや君は人間だ。私とて獣人には懲りたが君となら――」
「だからです」
アナリーズはある意味で思い込みが激しいところがある。ジョイとは残念な結果に終わってしまったが――あくまでもアナリーズにとっての獣人は小さな頃にお世話になった、あの日向ぼっこをする老猫のような印象の穏やかな老獣人であり――商会の仲間達なのだ。たった一度の不幸な巡り合わせで、その印象を大きく変えることはない。
それに――。
「ほみゃあ……ほみゃ…」
「あら……ふふ、起きちゃったわね。よしよし、いらっしゃい」
アナリーズはアミティエ伯爵が福利厚生の名のもとに用意してくれたベビーベッドから、自分が何より優先すべき宝物を抱き上げる。
職場復帰が視野に入った頃にはアミティエ伯爵もすっかり元気を取り戻し――というか、アナリーズが初めて伯爵に会った時よりも健康そうですらある。
本来のアミティエ伯爵は今のように、明るく知的な雰囲気を持つ美丈夫なのだ。
今から考えれば、出会ったあの頃は既に病んでいたのだな――というのが良く解る。当たり前だ。アミティエ伯爵はアナリーズが番同士の交流会に立ち会うよりも先に、あの環境に身を置いていたのだから。
ランクが違うとはいえ商会同士、アミティエ伯爵の存在や顔を知っていたのにもかかわらず、実際に名前を聞くまで思い出せなかったのはその辺のイメージの違いが大きかったのかもしれない。あの頃の彼にはどこか痛々しい、陰鬱とした雰囲気が漂っていたから。
伯爵夫人を冷静に追い詰めていたあのとき。彼に対してゾッとするような怖さを感じてしまったが、離婚して個人的に親しく話すようになって見方も変わった。
頼りがいがあるのに意外と臆病で。ストレスを感じるとすぐに食事が摂れなくなって。そして、いい意味で貴族らしく領民思いで仕事人間で――愛情深い。
正直、どうして伯爵夫人が彼を裏切ったのか分からない。
それくらい人間的に素晴らしいし、そんな伯爵からプロポーズをされて嬉しくなかったと言えば嘘になる。
彼からの好意は感じていたし惹かれ始めてもいた。
このまま傍に居ればそう遠くない将来、彼に対しての人間的な好意は愛情へと変化するだろう。
けれど――。
だからこそ、彼とはここで離れた方がいい。
アナリーズはそう思った。アミティエ伯爵は貴族で、アナリーズはただの平民だ。産まれた環境も立場も何もかもが違う。
年齢のことだってある。彼は周囲から後継を望まれている立場なのだ。余計な騒動を引き起こしたくない。
「申し訳ありません。伯爵様の事は心から尊敬しております。けれど、きっと私とでは合わないと思います」
「身分のことか? そんなものはどうにでもなる。あまり口にしたくはないが、前妻だって平民だった。あの件ではかなり精神的に参っていたし、私は君のお陰で立ち直れたんだ。君とは面識のない本邸の者達も感謝をしている。多少は反対する者もいるだろうが、私が君の事は絶対に守る。……ましてや君は人間だ。私とて獣人には懲りたが君となら――」
「だからです」
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それに――。
「ほみゃあ……ほみゃ…」
「あら……ふふ、起きちゃったわね。よしよし、いらっしゃい」
アナリーズはアミティエ伯爵が福利厚生の名のもとに用意してくれたベビーベッドから、自分が何より優先すべき宝物を抱き上げる。
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