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76 アミティエ伯爵の愛

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「…ちが…ちがう……私は捨てられてなんか……ゔゔゔぅ……」

 すっかり心が折れて。しくしくとすすり泣く伯爵夫人を見守るアミティエ伯爵の顔は、彼女を溺愛していた頃と同じく、あくまでも優し気だ。

 そんな表情のまま、機嫌よさげに嗤うアミティエ伯爵の姿を見てアナリーズはぞっとした。
 そして、ああ、やはりこの人は貴族なのだな――と思った。


 伯爵はすべて解っていて伯爵夫人に拒絶薬を飲ませたのだ。

 伯爵夫人に裏切られていること。
 拒絶薬を飲んでも手遅れなこと。
 運命の番を得ることでもたらされる身に余るほどの幸福感だけが無意味に消えてしまうことも――。

 すべてすべて理解した上で拒絶薬を飲ませたのだ。
 拒絶薬について、あえて詳しい説明をしないままで。

 もしかしたら拒絶薬の存在を知らない伯爵夫人が迷わず口にすることで、今後、運命の番であるジョイとの間に生まれるであろう軋轢も計算していたのかもしれない。

 そして最後の仕上げとばかりに――自分を特別な存在だと思い込んでいた伯爵夫人の過去を暴いて真実を突きつけた。


 アナリーズが見ていても判るほどに伯爵夫人を溺愛していたアミティエ伯爵。

 彼女を愛していた分だけ憎しみが産まれた。
 だから苛烈にやり返した。

 運命の番とやり直したところで幸せなど感じさせないように薬を飲ませて。
 親に置き去りにされた彼女の心の拠り所を粉々に打ち砕いて。

 それほどまでに彼の愛情は深かったのだ。
 アナリーズはそんな、アミティエ伯爵が持つ愛の深さが恐ろしいと思った。

 アナリーズが持つジョイへの愛情がアミティエ伯爵のそれと比べて劣っているとは思わないけれど。

 それでもやはり、アナリーズはジョイに伯爵夫人と同じ目にあってほしいとまでは思えないし、どこかで誰かと――たとえそれがアナリーズを苦しめた伯爵夫人とであっても――幸せになって欲しいと思う。

 ……傷が深すぎて近くで見守るのは無理だけど。

 どこか自分の知らない場所で幸せになってくれたら――アナリーズはそう願わずにはいられない。



 凄絶なまでに美しいけれどどこか危うげな、アミティエ伯爵の痛々しい笑顔を見て――アナリーズはそう、思った。




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