上 下
61 / 94

61 届かぬ思い

しおりを挟む

「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……9日後、かな…」

「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」


 往復で4日かかる子爵領への移動。
 商会の仕事が終わった後、ジョイは番である伯爵夫人と共に過ごし、夜はアミティエ伯爵家所有の隣り合う別々の部屋に宿泊する。その際ドアの前には見張りがつくし、昼間でも室内で過ごす場合は立会人がつく――らしい。

 この生活が始まった当初、6日だった日程が徐々に伸びていることにジョイは気付いているのか、いないのか――。

 もちろん、アミティエ伯爵のご厚意で仕事を絡めての移動なので、仕事の内容により多少日数が前後することはある。けれど、最近のこれはジョイが子爵領での仕事ついでに休暇を取っているからだ。


『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』

『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』


 ――時折。ジョイから思い出したように語られる言い訳のような言葉はすっかり覚えてしまった。番と楽しく過ごせば過ごすほど効果時間が延びる――そうやって言われてしまえばアナリーズには何も言うことは出来ない。

 せめてこれ以上日数が伸びることのないように。
 ……ちゃんとアナリーズの元へ帰ってきてくれるように。できるだけ笑顔で気持ちよく夫を送り出すことしかできないのだ。

 ジョイとの幸せな未来を夢見て始めた節約の為のお弁当作りは今も続いている。

 忙しく仕事をしながら早起きをしての弁当作りは大変ではあったが、ジョイとアナリーズとの間に授かるかもしれない子供の為の費用を貯めるのは楽しかった。

 けれど――それが高級住宅街にある番の隣室に住むための弁当作りに変化して。今度はソレが番の悪質なイタズラで触れなくなったジョイの高級シャツのクリーニング代を捻出するための弁当作りへと変化して。

 マイナス感情で続けられるソレはまったく楽しくはない。――が、日々の食費を節約するのに大した苦労はない。
 ストレスからあまり食事を摂れなくなったために、アナリーズの食費が自然と減っているからだ。

 それでもジョイが子爵領から戻り、日々の暮らしが始まればホッとして多少は食欲が戻る。次の交流が始まるまでは、夫の番のことを考えなくて済むから――。


「ねえ、ジョイ。今夜は何が食べたい? 貴方の好きな物を何でも作るわよ」

「あ、じゃあ、前に作ってくれたのがいいな! ほら、チキンを蒸して特製ソースをかけたやつ――」

「え?」

「…あ……ごめん。あれはティアに作ってもらったヤツだった」

「……伯爵夫人はあちらでジョイに手料理を振る舞ってくれるのね」

「そうなんだ! ティアは凄い料理上手でさ、食欲無いって言ったらパパっと作ってくれたんだよ! ああ、そうだ。今度作り方を聞いてきてあげる。すごく美味しいから、きっとアナリーズの弁当作りの参考にもなると思う!」

「そう…ね」

「部屋もキッチンもすごくキレイでさ、食器もセンスがいいんだ。家具は全部ティアが揃えたんだって! どうりで居心地が良い筈だよな。それでさ……」

「――…」


 ニコニコと。子爵領での様子を話すジョイはアナリーズの顔色に気付くことはない。


 以前。アミティエ伯爵も伯爵婦人の手料理を褒めていた。
 心労から痩せていく伯爵が心配で、


『伯爵夫人に懐かしの手料理をリクエストしてみてはどうか』


 そうアナリーズが提案したとき。


『……どうだろうな。今の妻は料理よりも、爪のお手入れに夢中になっているようだから』


 ――と言って寂しそうに笑っていたアミティエ伯爵。
 あのときの交渉の結果がどうなったのかは知らないけれど、一つだけハッキリとしていることがある。


(……伯爵夫人は『ジョイには』手料理を作ってくれるのね)




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ
恋愛
わたし、アザレア・ミノン伯爵令嬢には、2つ年上のビトイ・ノーマン伯爵令息という婚約者がいる。 彼は、昔からわたしのお姉様が好きだった。 お姉様が既婚者になった今でも…。 そんなある日、仕事の出張先で義兄が事故にあい、その地で入院する為、邸にしばらく帰れなくなってしまった。 その間、実家に帰ってきたお姉様を目当てに、ビトイはやって来た。 拒んでいるふりをしながらも、まんざらでもない、お姉様。 そして、わたしは見たくもないものを見てしまう―― ※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。ご了承ください。

処理中です...