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61 届かぬ思い
しおりを挟む「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……9日後、かな…」
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
往復で4日かかる子爵領への移動。
商会の仕事が終わった後、ジョイは番である伯爵夫人と共に過ごし、夜はアミティエ伯爵家所有の隣り合う別々の部屋に宿泊する。その際ドアの前には見張りがつくし、昼間でも室内で過ごす場合は立会人がつく――らしい。
この生活が始まった当初、6日だった日程が徐々に伸びていることにジョイは気付いているのか、いないのか――。
もちろん、アミティエ伯爵のご厚意で仕事を絡めての移動なので、仕事の内容により多少日数が前後することはある。けれど、最近のこれはジョイが子爵領での仕事ついでに休暇を取っているからだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――時折。ジョイから思い出したように語られる言い訳のような言葉はすっかり覚えてしまった。番と楽しく過ごせば過ごすほど効果時間が延びる――そうやって言われてしまえばアナリーズには何も言うことは出来ない。
せめてこれ以上日数が伸びることのないように。
……ちゃんとアナリーズの元へ帰ってきてくれるように。できるだけ笑顔で気持ちよく夫を送り出すことしかできないのだ。
ジョイとの幸せな未来を夢見て始めた節約の為のお弁当作りは今も続いている。
忙しく仕事をしながら早起きをしての弁当作りは大変ではあったが、ジョイとアナリーズとの間に授かるかもしれない子供の為の費用を貯めるのは楽しかった。
けれど――それが高級住宅街にある番の隣室に住むための弁当作りに変化して。今度はソレが番の悪質なイタズラで触れなくなったジョイの高級シャツのクリーニング代を捻出するための弁当作りへと変化して。
マイナス感情で続けられるソレはまったく楽しくはない。――が、日々の食費を節約するのに大した苦労はない。
ストレスからあまり食事を摂れなくなったために、アナリーズの食費が自然と減っているからだ。
それでもジョイが子爵領から戻り、日々の暮らしが始まればホッとして多少は食欲が戻る。次の交流が始まるまでは、夫の番のことを考えなくて済むから――。
「ねえ、ジョイ。今夜は何が食べたい? 貴方の好きな物を何でも作るわよ」
「あ、じゃあ、前に作ってくれたのがいいな! ほら、チキンを蒸して特製ソースをかけたやつ――」
「え?」
「…あ……ごめん。あれはティアに作ってもらったヤツだった」
「……伯爵夫人はあちらでジョイに手料理を振る舞ってくれるのね」
「そうなんだ! ティアは凄い料理上手でさ、食欲無いって言ったらパパっと作ってくれたんだよ! ああ、そうだ。今度作り方を聞いてきてあげる。すごく美味しいから、きっとアナリーズの弁当作りの参考にもなると思う!」
「そう…ね」
「部屋もキッチンもすごくキレイでさ、食器もセンスがいいんだ。家具は全部ティアが揃えたんだって! どうりで居心地が良い筈だよな。それでさ……」
「――…」
ニコニコと。子爵領での様子を話すジョイはアナリーズの顔色に気付くことはない。
以前。アミティエ伯爵も伯爵婦人の手料理を褒めていた。
心労から痩せていく伯爵が心配で、
『伯爵夫人に懐かしの手料理をリクエストしてみてはどうか』
そうアナリーズが提案したとき。
『……どうだろうな。今の妻は料理よりも、爪のお手入れに夢中になっているようだから』
――と言って寂しそうに笑っていたアミティエ伯爵。
あのときの交渉の結果がどうなったのかは知らないけれど、一つだけハッキリとしていることがある。
(……伯爵夫人は『ジョイには』手料理を作ってくれるのね)
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