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56 露呈
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「あら、シュルス! こんな時間にどうしたの? 急に帰ってくるからビックリしちゃったわぁ。今ね、アナリーズさんと楽しくお話しを」
「いいから、答えろ。どうして、お前が彼女を脅したり、自分の取り巻きを使って彼女の職場に嫌がらせをしているのかと聞いているんだ」
「……っ」
豪華なエントランスに不自然に明るい、甘えるような伯爵夫人の声が響く。けれど、それに応える――アミティエ伯爵の顔にも声にも甘さはない。アナリーズはそれを見て初めて、ああ、この人は本当にあの大商会を率いている人なのだな――というのを理解した。
交流会での様子から。どことなく、傷つきやすく繊細な人というメージばかりが強かったけれど、そんな甘いばかりの人が貴族社会で生き残れる筈がないし、貴族相手の商売を長年続けていける筈などないのだ。
そして、既に情報は掴んでいるのだろう。もしかしたら商会長から伯爵へ話が行ったのかもしれない。
どんな誤魔化しも許さない厳しさがそこにはある。
言い逃れ出来ないと踏んだのか、伯爵夫人は下を向いて悔しそうに唇を噛んでいる。
「ジョイ君の奥方……いや、アナリーズさん」
「は、はい」
「君が、どれだけ誠実に仕事をしてきたかはそちらの商会長からも聞いている。妻のせいで、そんな君のキャリアに傷をつけるようなことになって、本当に申し訳ない」
「な……何よ、やめてよ! そんな女に謝る必要なんて」
「黙れ!!!!」
「ひっ!」
アナリーズに深々と頭を下げるアミティエ伯爵に伯爵夫人が文句を言うも、一喝されて黙り込む。
そんな様子に戸惑って、ついぼんやりと流されてしまったが、貴族である伯爵にこれ以上頭を下げさせるわけにはいかない。それに、これはあくまでも伯爵夫人がやったことであって、伯爵自身は関係ないのだ。
「あ、あの、伯爵様。どうか頭をお上げください! その、誤解さえ解いてもらえれば私の方はそれで――ただ、勤め先の商会に仕事上の迷惑が掛かってしまったので、そちらの対処だけはお願いしたく……」
「もちろんだ。既にある程度の調べはついている。妻からも聞き取りをした上で君の名誉は必ず回復させるし、そちらの商会に与えてしまった損失も補償することを約束する」
「よかった……」
先ほど伯爵夫人から商会を潰すようなことを言われたばかりとあって、アナリーズとしてはそのことがとにかく気がかりだった。商会員に迷惑をかけることだけは絶対に避けたい。
けれど、彼に任せておけば大丈夫だろう。商会への対処についてアミティエ伯爵の確約をもらい、アナリーズはようやく落ち着くことが出来た。
「とりあえず、今日の所はこれで失礼する。これからの交流の在り方をどうするべきか、今後の事は改めて相談をさせてもらいたい」
「分かりました」
「行くぞ、ティアラ。……これ以上私を失望させるな」
「――っ、わかったわよ!!」
最後にアナリーズをひと睨みしようとする伯爵夫人の視線を伯爵は自らの体を使って遮った。
そんな二人の姿をエントランスで見送って。
居住階へと移動できる魔石階段にいる二人の姿が消えるのを確認してから、アナリーズはゆっくりと後に続いた。
(……これで、本当に全てが解決するのだろうか。伯爵様は、今後の事は改めて相談させてもらいたいと言っていたけれど)
伯爵に引きずられるように姿を消した伯爵夫人の事をアナリーズは思い出す。
今頃、隣室ではどんな話し合いがなされているのだろうか――。
その日の夜。
仕事から帰ったジョイの耳が、完全に隣の部屋の方向へと向いているのを見て――アナリーズはふと、そんなことを思った。
「いいから、答えろ。どうして、お前が彼女を脅したり、自分の取り巻きを使って彼女の職場に嫌がらせをしているのかと聞いているんだ」
「……っ」
豪華なエントランスに不自然に明るい、甘えるような伯爵夫人の声が響く。けれど、それに応える――アミティエ伯爵の顔にも声にも甘さはない。アナリーズはそれを見て初めて、ああ、この人は本当にあの大商会を率いている人なのだな――というのを理解した。
交流会での様子から。どことなく、傷つきやすく繊細な人というメージばかりが強かったけれど、そんな甘いばかりの人が貴族社会で生き残れる筈がないし、貴族相手の商売を長年続けていける筈などないのだ。
そして、既に情報は掴んでいるのだろう。もしかしたら商会長から伯爵へ話が行ったのかもしれない。
どんな誤魔化しも許さない厳しさがそこにはある。
言い逃れ出来ないと踏んだのか、伯爵夫人は下を向いて悔しそうに唇を噛んでいる。
「ジョイ君の奥方……いや、アナリーズさん」
「は、はい」
「君が、どれだけ誠実に仕事をしてきたかはそちらの商会長からも聞いている。妻のせいで、そんな君のキャリアに傷をつけるようなことになって、本当に申し訳ない」
「な……何よ、やめてよ! そんな女に謝る必要なんて」
「黙れ!!!!」
「ひっ!」
アナリーズに深々と頭を下げるアミティエ伯爵に伯爵夫人が文句を言うも、一喝されて黙り込む。
そんな様子に戸惑って、ついぼんやりと流されてしまったが、貴族である伯爵にこれ以上頭を下げさせるわけにはいかない。それに、これはあくまでも伯爵夫人がやったことであって、伯爵自身は関係ないのだ。
「あ、あの、伯爵様。どうか頭をお上げください! その、誤解さえ解いてもらえれば私の方はそれで――ただ、勤め先の商会に仕事上の迷惑が掛かってしまったので、そちらの対処だけはお願いしたく……」
「もちろんだ。既にある程度の調べはついている。妻からも聞き取りをした上で君の名誉は必ず回復させるし、そちらの商会に与えてしまった損失も補償することを約束する」
「よかった……」
先ほど伯爵夫人から商会を潰すようなことを言われたばかりとあって、アナリーズとしてはそのことがとにかく気がかりだった。商会員に迷惑をかけることだけは絶対に避けたい。
けれど、彼に任せておけば大丈夫だろう。商会への対処についてアミティエ伯爵の確約をもらい、アナリーズはようやく落ち着くことが出来た。
「とりあえず、今日の所はこれで失礼する。これからの交流の在り方をどうするべきか、今後の事は改めて相談をさせてもらいたい」
「分かりました」
「行くぞ、ティアラ。……これ以上私を失望させるな」
「――っ、わかったわよ!!」
最後にアナリーズをひと睨みしようとする伯爵夫人の視線を伯爵は自らの体を使って遮った。
そんな二人の姿をエントランスで見送って。
居住階へと移動できる魔石階段にいる二人の姿が消えるのを確認してから、アナリーズはゆっくりと後に続いた。
(……これで、本当に全てが解決するのだろうか。伯爵様は、今後の事は改めて相談させてもらいたいと言っていたけれど)
伯爵に引きずられるように姿を消した伯爵夫人の事をアナリーズは思い出す。
今頃、隣室ではどんな話し合いがなされているのだろうか――。
その日の夜。
仕事から帰ったジョイの耳が、完全に隣の部屋の方向へと向いているのを見て――アナリーズはふと、そんなことを思った。
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