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45 職場への嫌がらせ
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「アナリーズ君。君が、既婚者の貴族に言い寄っているというのは本当だろうか?」
「――は?」
「その、アナリーズ君はうちの商会に来て長いし、君の性格や日頃の働きぶりを知っているだけに一概には信じられないのだが。貴族に近づくために無理して高級住宅街に住みついているだとか、オーナーの秘密を握って無理やり家賃を下げさせているだとか、君のプライベートなことについて色々と言ってくる者がいるそうなんだ」
「ご、誤解です!」
ある朝。アナリーズが出勤すると、明らかに職場の様子がおかしかった。チラチラと、同僚の商会員たちから興味深げな視線を向けられている気がする。
何だ? と思いつつも、アナリーズがいつも通り日々の業務を開始すると、すぐに勤務先の商会長から別室に呼ばれた。
そして、まったく身に覚えのないことを告げられたのだ。
いいや、正確には一部の事実を歪めて、アナリーズの評判を貶める嘘で包み込んだ――悪意の塊のような捏造を、だ。
「しかしだね。実際に、うちの商会員が仕事先で色々と言われているみたいなんだよ。しかも、一件や二件じゃない。……既に何件か、うちとの取引を見合わせる得意先も出てきている。それに半年ほど前、君はあの地区に引っ越しているよね? その……正直なところ、うちの給料ではあの地区に住むのは無理があるし、元の住居よりも通うのに遠くなるだろう。何より、ただでさえ君の部署は残業が多くて忙しいのに、仕事外の業務まで引き受けてかなり無理をしているようだし……そこまでしてあの地区に住む理由がサッパリ思いつかないのだよ。まさか、本当に――」
「それ、は――」
いったい誰がそんなことを――。元凶になる人物が一人浮かんではいるが証拠もないし、何より相手は貴族だ。想像だけで迂闊なことは言えない。
それに、事情を説明するにしても、番云々の件はその伴侶であるアミティエ伯爵にとっての醜聞にもなりかねない。商会長に話すとなると商会長同士で顔を合わせる機会もあるだろうし、同僚に話すのとは訳が違うのだ。アナリーズが勝手に口にしてもいいものなのか……。
そんなアナリーズの迷いをどう受け取ったのか、商会長の顔に失望の色が浮かぶ。
「説明できない……か。君の働きには感謝しているが、業務の妨げになるのなら辞めてもらうしかないな」
「…………っ!?」
違う、違う、違う!
慌てて説明をしようとしても、焦って言葉が出てこない。
(落ち……落ちつかなきゃ……。もしも、このまま仕事を失ったりしたらあそこの家賃は払えないし、そうしたら番の誤認が出来なくなって、ジョイ……とも、別れ――)
ドク、ドク、ドク、ドク……。
考えれば考えるほどアナリーズの鼓動は早まり、頭の中が真っ白になっていく。
ここまで来たら事情を言わなくてはいけない事はわかっている。ハッキリと否定しないと全てを失ってしまう。
なのに、こんな時に限って肝心の声が出な――――。
「誤解です。それも、かなり悪質なウソですね」
声――はアナリーズのものではなかった。自分が言いたかった言葉ではあるけれど、言葉の出ないアナリーズの代わりにソレを言ってくれたのは……。
「――は?」
「その、アナリーズ君はうちの商会に来て長いし、君の性格や日頃の働きぶりを知っているだけに一概には信じられないのだが。貴族に近づくために無理して高級住宅街に住みついているだとか、オーナーの秘密を握って無理やり家賃を下げさせているだとか、君のプライベートなことについて色々と言ってくる者がいるそうなんだ」
「ご、誤解です!」
ある朝。アナリーズが出勤すると、明らかに職場の様子がおかしかった。チラチラと、同僚の商会員たちから興味深げな視線を向けられている気がする。
何だ? と思いつつも、アナリーズがいつも通り日々の業務を開始すると、すぐに勤務先の商会長から別室に呼ばれた。
そして、まったく身に覚えのないことを告げられたのだ。
いいや、正確には一部の事実を歪めて、アナリーズの評判を貶める嘘で包み込んだ――悪意の塊のような捏造を、だ。
「しかしだね。実際に、うちの商会員が仕事先で色々と言われているみたいなんだよ。しかも、一件や二件じゃない。……既に何件か、うちとの取引を見合わせる得意先も出てきている。それに半年ほど前、君はあの地区に引っ越しているよね? その……正直なところ、うちの給料ではあの地区に住むのは無理があるし、元の住居よりも通うのに遠くなるだろう。何より、ただでさえ君の部署は残業が多くて忙しいのに、仕事外の業務まで引き受けてかなり無理をしているようだし……そこまでしてあの地区に住む理由がサッパリ思いつかないのだよ。まさか、本当に――」
「それ、は――」
いったい誰がそんなことを――。元凶になる人物が一人浮かんではいるが証拠もないし、何より相手は貴族だ。想像だけで迂闊なことは言えない。
それに、事情を説明するにしても、番云々の件はその伴侶であるアミティエ伯爵にとっての醜聞にもなりかねない。商会長に話すとなると商会長同士で顔を合わせる機会もあるだろうし、同僚に話すのとは訳が違うのだ。アナリーズが勝手に口にしてもいいものなのか……。
そんなアナリーズの迷いをどう受け取ったのか、商会長の顔に失望の色が浮かぶ。
「説明できない……か。君の働きには感謝しているが、業務の妨げになるのなら辞めてもらうしかないな」
「…………っ!?」
違う、違う、違う!
慌てて説明をしようとしても、焦って言葉が出てこない。
(落ち……落ちつかなきゃ……。もしも、このまま仕事を失ったりしたらあそこの家賃は払えないし、そうしたら番の誤認が出来なくなって、ジョイ……とも、別れ――)
ドク、ドク、ドク、ドク……。
考えれば考えるほどアナリーズの鼓動は早まり、頭の中が真っ白になっていく。
ここまで来たら事情を言わなくてはいけない事はわかっている。ハッキリと否定しないと全てを失ってしまう。
なのに、こんな時に限って肝心の声が出な――――。
「誤解です。それも、かなり悪質なウソですね」
声――はアナリーズのものではなかった。自分が言いたかった言葉ではあるけれど、言葉の出ないアナリーズの代わりにソレを言ってくれたのは……。
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