上 下
34 / 94

34 伴侶の交流

しおりを挟む
「あれ? ジョイ君の奥方はあの二人と一緒に店へ行かなかったのか?」

「あ、伯爵様。ええ。私はお弁当を持参してきておりますので。申し訳ございません。お茶を入れるのにお湯をお借りしています」

「それは構わないのだが……もしかしてあの店は気に入らないのだろうか?」

「い、いえ! そんなことはありません。とても素晴らしいお店だと思います。ただ――ジョイはともかく、部外者でしかない私までもが、毎回あのようなお店に同席させていただく訳にはいかないので。その、領民の皆様にも申し訳ないですし……」

「……ティアラか」


 何度目かの交流会の日。

 いつもの店へと出掛ける二人を見送った後、アナリーズは持ってきた弁当を食べようとしたのだが、水筒を忘れてしまったことに気が付いた。

 茶葉は持参しているのでお湯を貰おうとキッチンを借りてお湯を沸かしているところへ、アミティエ伯爵がやってきたのだ。

 アナリーズが伯爵からの質問に答えていると、彼は妻の名を口にして深いため息を吐いた。


「……すまない。大方、私の妻が奥方に余計なことを言ったのだろう? 妻の発言を気にすることはない。奥方は部外者などではないし、共に手を取り合って協力をしていく大切な仲間だ。お互いが夫婦として在るためにはこれから長い時間助け合っていかねばならないのだからな。余計な遠慮は必要ない。次回からは君も彼らと一緒に」

「い、いえ! 伯爵夫人のおっしゃることはもっともですから! 後継者問題に関わってくる以上、番であるジョイは仕方ないにしても、部外者でしかない私の食事代まで領民の皆様が治められている税金で支払ってもらうわけにはまいりません。元々伯爵夫妻とジョイで始めた番の交流会に、私の我が儘で参加をさせていただいているだけですし」

「しかし」

「……それに、店に同行しない理由はそれだけではないのです」


 確かに、『部外者のクセに』だとか『領民の血税云々~』は、以前アナリーズが伯爵夫人から直接言われたことだ。ただ、それは伯爵にも伝えた通り納得している。
 流石に伯爵夫人の態度や言い方についてはどうかと思うが。


「……その、分不相応といいますか。私は平民ですのでマナーもあまり自信がないですし、ああいった高級店には行く機会がないので――――少し、落ち着かないのです」


 アナリーズは言葉を選びつつ答える。

 一応、学校でも学んだし、社会人として最低限のマナーは心得ているので伯爵夫人に言われたほどアナリーズのマナーが酷いとは思わないが、落ち着かないのは確かだ。

 ……それより何より。


 アナリーズの見ている前でジョイに『あーん』とやり始める伯爵夫人。

 他にもジョイの口元に着いたソースを手で拭ってやったり耳元に唇を寄せて内緒話をしたりとやりたい放題。

 番を求める本能とやらを満たすために必要な事なのかもしれないが、目の前であんな光景を見せられながら食べたら、どんな高級な食事だって味なんかしない。むしろ、一人で自分の作った弁当でも食べている方が数倍マシだ。

 ……とは言っても、それも『今頃二人は……』などと考えるだけで食欲なんてスッと消え失せてしまうが。

 それでも、ジョイを支えると決めた以上、泣き言ばかりも言っていられない。自分で消化に良い物を用意して、どうにか少しでも食べるようにしているのだ。


「……まあ、確かにあんな光景を見ながらでは落ち着いて食事も出来ない……か」


 呟くように言う伯爵の言葉を聞いて、アナリーズはハッとした。


 番同士の交流会の度に、


『仕事が忙しいから』
『急ぎの書類があるから』


 と言って、昼の時間は執務室に籠っているアミティエ伯爵。思えば、アナリーズがジョイの後をつけたあの日もレストランには二人だけで彼の姿はなかった。

 当たり前だ。まともな人間なら、自分が愛する伴侶のあんな姿を見せられながらの食事なんて、喉を通るはずがない。

 アナリーズはあえて口には出さなかったが、彼も同じだったのだな……と気付いてホッとする。

 なるほど。この交流会には苦悩を共にする伴侶同士の理解を深める側面もあるらしい。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

会えないままな軍神夫からの約束された溺愛

待鳥園子
恋愛
ーーお前ごとこの国を、死に物狂いで守って来たーー 数年前に母が亡くなり、後妻と連れ子に虐げられていた伯爵令嬢ブランシュ。有名な将軍アーロン・キーブルグからの縁談を受け実家に売られるように結婚することになったが、会えないままに彼は出征してしまった! それからすぐに訃報が届きいきなり未亡人になったブランシュは、懸命に家を守ろうとするものの、夫の弟から再婚を迫られ妊娠中の夫の愛人を名乗る女に押しかけられ、喪明けすぐに家を出るため再婚しようと決意。 夫の喪が明け「今度こそ素敵な男性と再婚して幸せになるわ!」と、出会いを求め夜会に出れば、なんと一年前に亡くなったはずの夫が帰って来て?! 努力家なのに何をしても報われない薄幸未亡人が、死ぬ気で国ごと妻を守り切る頼れる軍神夫に溺愛されて幸せになる話。 ※完結まで毎日投稿です。

【完結】初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...