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19 夫の帰宅

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「ただいま! ごめん、仕事が長引いちゃってさ」


 その日の夜。

 遅い時間になってようやくジョイは帰ってきた。
 いつものように、朝よりも元気になっている。それに、少しお酒が入っているようだ。


「……お帰りなさい。お夕飯作ってあるけど」

「あ、ごめん! 職場の人と食べてきたんだ。昼に行った店がすごく美味しくてさ。夜は夜でディナーメニューがあるって誘われて、打ち合わせをしながら軽く飲んできたんだ。すごく美味しいから、アナリーズにも食べさせてあげたい。今度一緒に行こうよ!」


 ――と、機嫌よくアナリーズを誘うジョイ。
 どうやら、弁当を忘れても昼食を食いっぱぐれることはなかったようだ。


「ディナーメニューも美味しかったけど、お偉いさんとの会食だと、どうも食べた気がしなくてさ。後でお腹が空きそうだから、作ってもらった夕飯は夜食でいただくよ。……それよりも、今はアナリーズが食べたいかな」

 ……と、目を細めて色気たっぷりに囁いて。アナリーズを抱き寄せるジョイ。ふわりとお酒の匂いがする。


(会食……じゃあ、今日はそもそも商会には行っていない?)


 昼も同じ店に行ったということは、どこか出先で打ち合わせでもあったのだろうか。だとしたら、全てがアナリーズの勘違いだった可能性がある。


(……それなのに、お弁当を家に忘れたくらいで大袈裟に考えたりして。嫌だわ、私ったら)


 ホ……っと、胸に安堵が広がる。
 弁当だって、家を出る寸前に取引先との昼食会を思い出して置いて行っただけかもしれない。だったら一声かけてくれれば……とは思うけど、その弁当だって偶然居合わせた同僚が食べてくれたから、無駄にはなっていないのだ。



(……あ、そうだ。一応、公園で同僚に会ったことをジョイには言っておいた方がいいわよね)


 ジョイから香ってくるアルコールの匂いが鼻について、アナリーズはソレに思い至る。

 猫獣人であるジョイは匂いに敏感だ。

 日頃、アナリーズが同僚の獣人男性と仕事上の書類のやり取りをしただけでも、帰宅後に相手の匂いに気が付くくらいだ。屋外とはいえ、同僚に弁当を食べてもらっている間はずっと同じベンチに座っていたのだから、相手の匂いがアナリーズについているかもしれない。

 ただでさえ仕事で疲れているジョイに嫌な思いをさせるのは嫌だ。
 だったら、先に話しておいた方がいいだろう。


「あの、ジョイ。匂いが」

「……あっ、ごめん! 汗臭いよね。先にお風呂に入ってくるよ!!」

「……え? 違……」


 匂いがするかもしれないけどコレは……と、公園での出来事を話そうとしただけなのに。
 スンスンと自分の匂いを気にしながらアナリーズから距離を取り、慌てて風呂場に駆け込むジョイ。

 そんな夫の後ろ姿を呆然と見送って。ようやく落ち着きかけていたアナリーズの心が、ザワザワとそれまで以上に嫌な音を立てはじめる。

 結局弁当の話題には触れられぬまま――あれほどアナリーズの匂いに敏感だったはずの夫が、最後まで同僚の匂いに気付くことは無かった。

 こんなことは今までで初めてだ。


 風呂から上がった夫は、ただただ、機嫌よくアナリーズを求め続ける。




 この日

 ジョイからどんなに愛を囁かれても。情熱的に愛されても。騒ぎ始めたアナリーズの心が落ち着くことはなかった。




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