3 / 94
3 本能とテリトリー
しおりを挟む獣人男性に連れて行かれたのは、偶然にもアナリーズの行きつけの食堂だった。一応酒も置いてはいるが、深夜勤務の労働者向けの食堂なので、酒の種類は少ない。そのせいかこの時間にやっている飲食店にしては酔っぱらいの姿が見られず、活気はあるもののガラは良い。いわゆる『飲み屋』とは住み分けが出来ていた。
その辺もアナリーズのお気に入りポイントだ。とはいえ、一番気に入っているのは……。
「美味しい!! 適当に入ったけど、美味いな、この店!」
「でしょ!? ここの煮込み料理は絶品なのよ。もっと食べて、食べて!」
危険な目に遭った衝撃は強かったけれど、通い慣れた店へと来た安心感から、アナリーズは心の平穏を取り戻した。獣人はテリトリーを気にすると聞いたことがあるけれど、人間にもそれはあるのかもしれない。薄暗い公園よりも、この少々うるさい空間の方がアナリーズには合っている。
空腹感を感じていたのだから、本能の赴くままに最初からこちらへ向かえばよかったとアナリーズは反省した。
「……あー…でも、本当にいいのか? 誘っといてなんだけど、実は俺あんまり手持ちが……」
一方で、あんなに頼りがいのあった獣人男性の方は店に入ってから少々大人しくなっている。アナリーズに勧められるままに料理に手を出すが、気後れしているようだ。
どうやら、ショックを受けているアナリーズを安心させる為だけに、とりあえず人が多い店へと入ったようだ。アナリーズは彼のその心遣いを有難く思った。
それだけに、どことなく落ちつかない様子の彼を見て、申し訳なさを感じてしまう。
なので。
「ふふ……危ないところを助けてもらったから、これはそのお礼よ。ご馳走するから、好きな物を注文してちょうだい。実は、お昼ご飯を食べ損ねて、私もお腹が減っていたの」
「…えーと……じゃあ、遠慮なく!」
アナリーズの言葉に、ホッと警戒心を解く男性。
そして宣言通りに遠慮することなく料理を注文して、パクパクと豪快に食べ進めていく。その食べっぷりが見ていて気持ちがいい。
男性を落ち着かせる為にああは言ったものの、アナリーズは先ほど怖い目に遭ったばかりだ。いくら空腹とはいえ、流石にそんなには食べられないと思っていたが……男性の見事な食べっぷりに食欲が刺激され、しっかりと昼食兼夕食兼夜食を摂ることが出来た。
そして、美味しい食事を食べてリラックスすれば、自然と会話も盛り上がる。
獣人の男性はアナリーズよりも二つ年下で、まだ学生。聞いたところによると、留学の為にこの国に来たばかりらしい。あちこちに獣人の気配を感じるものの、あの公園だけは誰のテリトリーでもないからと、夜の散歩を楽しんでいたらしい。
獣人としては、やはりその辺が気になってしまうのだそうだ。
「……まー、本能とはいえ、都会で暮らすやつらは段々その辺の折り合いがついてくるらしいけど、俺は獣人国でも田舎の方の出身だったからさ。やっぱ、慣れるまでは少しキツイ」
「ふふ……なんか意外だわ。猫さん、あんなに力持ちで強いのにね」
「『ジョイ』」
「え?」
「ジョイ・レーベン。それが俺の名前。ちゃんと名前で呼んでよ。お姉さんこの国に来て、初めてできた人間の友達だからさ。ああ、さん付けもやめてくれよな。柄じゃないし」
そう言って、やや不満そうにアナリーズを睨みつけてくる彼の姿が可愛らしいと思ってしまった。先ほど、酔っぱらいたちを殺気だけで蹴散らした野性味あふれる姿とはまるで別人……というか、別猫だ。
「解ったわ、ジョイ。私はアナリーズよ。アナリーズ・サンティマン。アナリーズでいいわ」
「そっか。へへ……よろしくな、アナリーズ!」
1,341
お気に入りに追加
5,935
あなたにおすすめの小説
婚約者は私より親友を選ぶようです。親友の身代わりに精霊王の生贄になった私は幸せになり、国は滅ぶようです。
亜綺羅もも
恋愛
ルビア・エクスレーンには親友のレイ・フォルグスがいた。
彼女は精霊王と呼ばれる者の生贄に選ばれる。
その話を聞いたルビアは、婚約者であるラース・ボルタージュ王子に相談を持ち掛けた。
生贄の事に関してはどうしようもないと答えるラース。
だがそれから一月ほど経った頃のこと。
突然ラースに呼び出されるルビア。
なんとラースは、レイを妃にすることを決断し、ルビアに婚約破棄を言い渡す。
ルビアはレイの身代わりに、精霊王の生贄とされてしまう。
ルビアは精霊王であるイクス・ストウィックのもとへと行き、彼のもとで死ぬことを覚悟する。
だがそんな覚悟に意味はなく、イクスとの幸せな日々が待っていたのであった。
そして精霊たちの怒りを買ったラースたちの運命は……
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!なろう2000万アクセス突破!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる