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2 私の番の前世
しおりを挟む「嬉しいよ! 俺の好物を用意してくれたんだね」
焼いた魚にかぶりつくのは私の番のヴァイス。白銀の髪に真っ白な耳を持つ、私の自慢の婚約者だ。
机の上には多くの魚が並んでいる。今日は、最近王宮に泊まり込むことが増えてきた彼が久しぶりに帰ると聞いて、昼から張り切って用意したのだ。
彼の一番好きな魚が売り切れていたため、隣町の魚屋さんまで足を運んだ。
肉体的にも……精神的にも少し疲れたが、お陰でかなりおまけをしてもらえたのでソレは嬉しい。「元気だしなよ!」そう言っておばさんは持ちきれないくらいの魚をおまけしてくれた。
大好きなヴァイスにお腹いっぱい好物を食べさせてあげられる。それだけで嬉しい。
「ねえ、今日は泊っていけるんでしょ?」
「あー……。ごめん。今は社交シーズンだから忙しくて。着替えを取りに来ただけだから、コレ食べたらすぐ王宮の宿舎に戻らないと」
「……そっか。それで、飼い……いえ、王女様の様子は?」
「まだ、立ち直れないみたいだ。夜中に、よく泣いていらっしゃる。せっかく生まれ変わって護衛になったのに、何もして差し上げられないのが悔しいよ」
美味しかった――そう言うと、彼は私が用意した着替えを持って王宮にいる飼い主の元へと戻っていった。洗濯物だけを残して。
ここ数年、彼はずっとこの調子だった。
前世、彼は仔猫だったそうだ。
寒い夜。飼っていた人間にゴミ置き場に捨てられて、飢えて震えているところを心優しい『飼い主』に拾われた。
病院に連れて行ってくれて、食事を与えられて、温かい布団の中で抱きしめて寝てくれた。当時『飼い主』は婚約者から捨てられたばかりで、そんなときに仔猫だったヴァイスを拾って育ててくれたのだという。
「人間のことはよく分かんねーけど、番に捨てられるとか自分が一番つらい時なのに『貴方が来てくれたから私は笑顔で暮らしていけるの』……とか言うんだぜ」
――そんな風に。
獣人に生まれ変わった今でも彼は前世の飼い主への感謝の言葉を口にしていた。
彼、曰く。
自分が獣人に生まれ変わったのには意味があるに違いない。
前世の記憶は僅かしかないけれど、飼い主への感謝を忘れたことはない。
だからいつか出会えたなら、今度は自分が飼い主を支えるのだ。
――と、いう事らしい。
初めてそれを聞かされたのはまだ、3つか4つ位の頃だったと思う。私には前世の記憶なんてないからよく分からなかったけど、彼がすごく真剣だったのは分かった。
そして、大好きな彼を助けてくれた人なのだから、私も感謝してその方を支えなければ――と思った。
そんな彼が『飼い主』を見つけたのは初等教育学校に上がるとき。公務として入学式に来ていた少しだけ年上の王女様を見て、一目で気が付いたのだそうだ。
王女様の方も気が付いたらしく『シロ……?』と、私の知らない言葉で私の番に話しかけていた。いけないことだとは分かっているけど――私はそれがすごく面白くなかったのを覚えている。
だって。
そう呼ばれた彼の顔が、それまでにないほど甘くとろけているのに気が付いたから。
思えばこの時、初めて私も自覚をしたのだ。
本来なら自分を一番に大事にしてくれるはずの私の番には――自分よりも優先するべき『飼い主』がいるのだと。
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