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クリスside
5 消えた二人の聖女候補
しおりを挟む僕はリリーを王宮に連れ帰り、神殿で聖女教育を受けさせた。勉強がしたいと言うので僕と同じく王立学園の高等部に入学させた。学校に通うのは初めてだと言っていたが、教科によっては申し分のない成績だった。数学などは、とても初めてとは思えない。家業のパン屋で看板娘をしていたからだろうか。計算もとても速い。マナーの授業などは酷かったが、それはこれから覚えていけばいいだろう。
聖女としての彼女の才能は素晴らしく、みるみるヴィーナへと追いついた。しかも、彼女はヴィーナとは違い、僕のために惜しげもなく力を使ってくれる。読書中に紙で指先をうっかり切ってしまったような小さな傷でも、リリーは目敏く気づいてあの力で治してくれる。その度に僕は心地よさに酔いしれ、ますます彼女に夢中になった。
そうして僕は考えた。リリーは聖女としてヴィーナと同等の力を持っている。ならば、別に婚約を結ぶのはヴィーナでなくともよいのでは?
幼い頃からヴィーナの聖女教育を行ってきた一部の神官は反対したが、たった一年半でそれに追いついたリリーの評価は高い。
ならば二人を競わせて、どちらがより聖女にふさわしいか、第一王子の婚約者としてふさわしいか、あらためて決め直そう。
そんな意見が主流となって、ヴィーナとリリーを二人とも王宮に住まわせ、時間をかけてこれから判定する――そんなときに。
二人が消えた。
王宮内は騒然とした。
『聖女が二人。こんなことは滅多にないことだが、人数が多いに越したことはないからじっくり選ぼう』
そんな余裕な雰囲気も一気に消えた。
この国では聖女は自国で賄えているが、他国では異世界から聖女を召喚したり、勇者を召喚したりして対処していると聞く。だから、そんな他国が聖女を攫ったのではないかと危ぶむ声もあったが――結論から言えば、二人が異世界へと召喚されていた。
どうやら異世界で開発中の転移魔法陣の誤作動らしい。その後、相手側と連絡が取れて、丁寧な謝罪を受けた。そして、一年五カ月後に二人は返してもらえることになった。
こちらとしては被害者なので文句を言っても良かったが、どうやら二人がいるのはかなり文明レベルの進んだ異世界らしく、ケンカを売るのは得策ではないと窓口になっている神殿に言われ、おとなしく従うことにした。
我が国はともかく、他国がそちらの世界から聖女や勇者を召喚しまくっているのを問題にされたら、世界間レベルでのまずい話になるらしい。
二人はあちらの平民が通う学校でごく普通の留学生として扱われるそうだ。
僕はそれを聞いて心配になった。庶民のリリーはどこででも生きていけるだろうが、元王族で現公爵令嬢のヴィーナにそれが耐えられるのだろうか。
心配はすぐに苦情となって表れた。
『片方は真面目ですぐに馴染んでくれたが、庶民的ではない方の、金遣いの荒さと態度が酷い』
神殿が異世界と行っている定期的な連絡の中で、そんなやり取りがあったそうだ。
ああ、やっぱり。気遣って名指しはしていないものの、片方は堅実な庶民。どちらのことを言っているかは明白だ。いくら献身的に聖女として国民に尽くしていても、所詮は贅沢に慣れた貴族の身。平民に交じっての暮らしは難しいらしい。あれほど僕より庶民の方を気にしていたのに、口ばかりじゃないか。
これは、帰ってきたら王族として注意しなくては。
僕は二人が帰る日が楽しみになった。
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