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クリスside

2 すれ違い

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 第二王子だった父が後継者と決まったことにより、ヴィーナの父親である第一王子は王位継承権を放棄して公爵となり、家族と共に王宮を出て新しい屋敷へと移って行った。毎日遊んでいたヴィーナと離れるのは寂しかったけれど、月に一回会える婚約者としてのお茶会が楽しみになった。
 この頃の僕は、この婚約をとても前向きに受け入れていたのだ。


 七歳になり、ヴィーナの聖女教育が始まってから、全てが変わった。

 魔物の大規模襲撃は数十年に一度だが、小規模なものは日常的にある。聖女は魔物との戦い方をそこで学ぶのだ。

 ヴィーナがあちらこちらへ行くようになってから、彼女は急に大人びてしまった。
 魔物の被害に遭う国民と直に接するようになって、思うところがあったらしい。

 聖女教育が進む度、ヴィーナから無邪気な笑顔が消えていく――。

 僕はそれが嫌だった。

「国が、民が」とヴィーナがやたらそれを気にかけるようになって。難しい顔をしてそれを言われる度に自分が後回しにされているようで面白くなかった。

 あるとき、久しぶりの二人きりのお茶会にバッタが乱入してきた。外でのお茶会はこういうことがあるから面白い。僕はちょっと彼女にイタズラがしたくなり、バッタを捕まえて彼女に見せた。
「お茶会に飛び入りのお客さんが来たよ」

 昔、一緒に虫取りをして遊んでいた頃のように「見せて!」とはしゃぐか。その後大きくなるにしたがって虫に触れなくなってしまったから「きゃあ!」と叫ぶか。その反応が見たいだけだった。なのに。

「先日、魔物の討伐で行った穀倉地帯に小規模な蝗害があったそうです。ただでさえ魔物の襲撃で被害があったばかり。国民の為にも広がる予兆でなければいいのですが……」

 と、真剣な顔をしてバッタを見ていた。僕はなんとなくつまらなくなって、バッタを逃がした。

 魔物は時も場所も選ばない。お茶会の予定を急にすっぽかされたり、パーティーに一緒に出られなかったりと、会えないことが増えてきた。


 何年かすると父は王として即位し、僕は正式に王太子という立場になった。僕の王太子教育とヴィーナの王太子妃教育が始まり、忙しくなったのを言い訳にして――僕は、ヴィーナと距離をとるようになった。

 すると時折、彼女から刺繍の入ったハンカチが届くようになった。

 誕生日や何かの記念日。折につけ届くそれは最初は拙い酷い出来だったが、みるみる上達していき、それは見事な仕上がりになっていった。
 ハンカチに添えられている手紙によると、聖女教育や王太子妃教育の合間に僕のために刺しているらしい。

 見るからに手の込んだ、時間がかかっていそうな刺繍。どのくらいの労力と時間が、僕の為に使われたのか。目に見えて分かるそれを貰うのは悪くない気分だった。

 ヴィーナと距離はとっていたが――これだけは特別な箱に大切に仕舞っておいた。



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