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本編

10 悪役令嬢と断罪劇

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「クリス様ぁ! 私もクリス様にお土産を用意したんですぅ」

 まったく空気を読まない声が、強制的に割り込んだ。自称ヒロインだ。

「リリー! 心配していたよ。よく無事でいてくれたね」
「はい! これお土産ですっ。こちらの庶民が食べるお菓子なんですよ。美味しいから、クリス様にも食べさせてあげたくて。クリス様のために用意しました!」

 そう言って、自称ヒロインは両手に菓子を抱えながら第一王子に擦り寄った。
 そんな彼女を愛しそうに腕に抱きながら。

「分かるだろうヴィーナ。リリーの目は常に庶民に向いている。君にはない目線だね。僕は……心のこもっていない高級品なんかより、リリーが僕のために用意してくれた庶民の菓子の方が、よっぽど価値があるように感じるよ」

 第一王子は憐れむような目で悪役令嬢を見た。そんなやり取りを見ていて、怒りで震えてくる。腹の底から湧き上がる嫌悪感で吐きそうだった。

(何が僕のために用意してくれた、だ)

 自称ヒロインが抱えている菓子は、ついさっきまでギャル達と自称ヒロインがやっていたお別れパーティーで余った残り物だ。
 突然ギャル達が大量の菓子を持って現れて、廊下で宴会を始めたものだから先生に頼んで近くの教室を使わせてやったんだ。時間になっても戻ってこないから教室まで呼びに行けばギャル達は既にいなくなっていて、

「あっ開いてないお菓子残ってる。丁度いいからコレお土産にしちゃお!」

そう言ってかき集めていたものだ。

 ちなみに開いていない物だけをかき集めて、食べ残しや残骸は放置してたから、俺と悪役令嬢で掃除した。

「はい! どーぞ」

「ははは、落としてしまうよ。待って、何か包むものが」

 言いながら、第一王子は悪役令嬢に渡されたばかりのハンカチに気付き、それで包もうと試みる。しかし、ハンカチでは大きさが足りない。

「ああ、いくら高級品でもこんなのじゃ役に立たないな」
「あ、私いい物持ってますっ。レジ袋っていって、こちらの庶民が使うものなんですよ」
「ほう……! 庶民が。これは便利だな」

 イチャイチャと盛り上がる二人の足元で、悪役令嬢のハンカチが踏みつけられているのが見えた。限界だった。

「いい加減にしろよ! それは……」

 そんな扱いを受けていい物じゃないはずだ。だって俺は知っている。それを用意するために悪役令嬢が何をしていたか。

 慣れないバイトをして。
 キレイな指を寒さで真っ赤に染めて。
 そうして手に入れたバイト代のほとんどを使って購入された真っ白いハンカチ。

 放課後の教室で一針一針祈るように刺繍をしているのを俺は毎日見ていた。

「私は第一王子が好き私は第一王子が好き私は第一王子が好き私は第一王子が好き……」

 ぶつぶつとつぶやきながら刺繍を続ける姿は正直ちょっと怖かったくらいだったのに。

 第一王子の足元で無残に汚れ、ぐしゃぐしゃになっているハンカチに手を伸ばし――

「殿下に近づくな」

 その手が届く前に俺は護衛の男の剣で刺され地面に倒れ込んだ。


「いやぁあああ!」
 悪役令嬢の声がする。多分抱き起されている。彼女は異性に触れるのをよしとしないのに。痛みでかすむ意識の中「大丈夫」と声を出そうとして、こぽり、と口から何か出た。

 ああ、くそう。笑顔で送り出してやりたかったのに。口元を拭おうと、ポケットに手を伸ばす。ポケットにはアレが入っている。

 趣味の悪い霊柩車ハンカチ。

 取り出そうとして、ぐちゃり、と水に濡れたような感触がした。既に俺の血で汚れてしまっているようだ。

 葬式のときくらいしか使えないと思ったが、一生大事にするつもりだったのに。

 最初に使うのが、自分の最後だなんて笑うに笑えない……。

『癒しの光よ……!』

 悪役令嬢の声がする。触れられた手から、暖かいものが流れ込んでくる。しかしそれはゆっくりすぎて、徐々に意識が遠くなる。

 薄れていく意識の中、俺は断罪を聞いていた。

「何をしているんだ! 他国の者に力を使うなどっ。いや……? 随分治りが遅いな。いつもなら、こうパッと跡形もなく治るのに」

「クリス様、実は……今の彼女はほとんど聖女の力を失っているんです」

「な……っ、本当かリリー! おい、ヴィーナ、お前! 婚約者でありながら僕を裏切ったのか!」

 ああ、もううるさい。何なんだよお前ら。

「聖女の力を失った以上、貴様に僕の婚約者たる資格はない。ヴィーナス・ネルケ公爵令嬢、お前との婚約は破棄し、このリリーを聖女として新たに婚約者に指名する。そして――」

 ちょっと待ってくれよ。話を聞けよ。彼女は悪いことなんてしていない。説明、俺が説明するから。

「僕を裏切り、国を裏切ったお前に帰る場所などない。貴様を国外追放とする!」

「謹んでお受け致します」

 それが、最後に聞いた言葉だった。



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