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8 不審者好き王子の決心(王子視点)
しおりを挟む少し早く着いてしまった見合い場所である伯爵家。
美しく、見事に整えられたバラ園で、一心不乱に薬剤を散布している令嬢がいた。サングラスにマスクの、僕にとっては親近感を覚える見慣れた姿。しかし、堂々と太陽の下で見るその姿は何故か新鮮に映った。
どことなく、人目を避けるように影たちと暮らしていたからかもしれない。同じように顔を隠しながらも楽しそうにバラの中を動き回る姿に魅入られてしまった。
こちらに気が付いた令嬢は慌てて薬剤散布の手を止めると駆け寄って来て。
「大変! 体に害の少ないものを選んではいますが、吸い込んでは大変です! どうぞ風上へ!!」
と、素早く避難誘導を始めた。見事な手際に護衛としてついてきていた影の一人が感心していたのを覚えている。
どうやら彼女は見合いのことを忘れていたようだ。騒ぎに気付いた伯爵家のメイド達が準備をさせるため連れて行こうとしたので、待っている間バラ園を見ていていいかと声をかけたら、薬剤を撒いたばかりだからと使っていない予備のマスクを渡された。鼻マスクにならないようにと、しっかり使い方をレクチャーされる。
その間中、彼女からは僕と、僕の護衛への気遣いのオーラが出ていた。あの、絵姿で見たとんでもない美少女が不審者にしか見えないその格好を気にかけることもなく、こちらの心配ばかり。人の好感度が気になる年頃だろうに。
僕を育ててくれた影の両親たちが出す、暖かい色。
少女からあふれ出るその見慣れた色に、僕はいつもとは違う胸の高鳴りを覚えた。
着飾った彼女は絵姿通りに美しかった。でも、僕はさっきの光景が忘れられなかった。こんなに美しい令嬢が、平気であんな格好をするんだなあ、なんて思うと面白かった。
会話には慣れていないのか、植物の手入れや先ほどの薬剤の説明など、選ぶ話題はおよそ令嬢らしくはなかったが、話はとても興味深かった。特に薬剤の毒性については盛り上がった。ああ、こんな令嬢がいるなんて。
影の皆に言われるまでもなく僕は彼女に夢中になっていた。
でも――と思う。僕と縁を繋ぐということは、彼女の身をも危険にさらすということだ。
影たちから英才教育を受けてきた僕は戦場に放り込まれても生き残れるくらいの能力は手に入れたからそう簡単に死にはしないが、いざ、厄介ごとに巻き込まれた時に彼女は生き残れるのだろうか。
ダメだ。きっとあっという間に失ってしまう。
僕一人なら生き残れるだろうけど、彼女まで守るのはまだ無理だ。もっと、僕自身の地位を確固たるものにしなくては。
その為にはあちこちの国の境界線を越えた大幅な剪定が必要となるだろう。かなりの時間がかかる。
「このお話はなかったことに……」
大きく目を見開いて、なぜかビックリする彼女。まあ、当然か。いい雰囲気だったのに、突然断られたのだから。そう思ったのに、何故か驚きのオーラのすぐ後に彼女から喜びのオーラがあふれてきた。
(あれ? そんなに僕と結婚するのが嫌だったのかな)
彼女が見せる満面の笑みに僕は少しだけ傷ついた。
でも、逆に興味がわいた。どんなにリスクが高かろうと、王族と縁を繋ぎたい人間は大勢いる。利用できると思うからだ。でも、そういう人間は絶対に選ばないと影たちは言っていた。
僕との結婚を嫌がる彼女はどんな事情を抱えているのだろうか。
知りたいが、彼女を安全に、確実に手に入れるためには今では駄目だ。先に懸念を取り去って外堀を完全に埋めるのが先だ。
僕は一度彼女を手放し、遠回りをすることにした。
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