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5 不審者好き王子の裏事情
しおりを挟む彼は、当時岐路に立っていた。このまま身の危険を承知で国の暗部に深くかかわって生きていくか、有力貴族の後ろ盾を得て表舞台に返り咲くか。彼を愛する『親たち』は当然、安全な、日の当たる道に戻らせようとした。
そこで選ばれたのが私――有力貴族の娘アイリーンだった。
一族に魅了持ちがいるうちの伯爵家は商会の経営に強い。商売をするうえで『魅了』は非常に大きな武器であり防具にもなるからだ。
財力なら他のどの貴族よりも強く、商会を通して周辺国にも強いパイプがある。爵位が高すぎない分、身軽でいざというときの逃げ道も多い。ウチの伯爵家は王子の後ろ盾になるにはぴったりだった。
王子も最初は私との見合いを受けるつもりだったが、恋をしたことで事情が変わった。後ろ盾になるということは、縁を繋ぐと同時に王家のゴタゴタに巻き込んでしまうということでもある。
魅了されることなく恋をした。
そして恋をしたからこそ断った。
突然の告白に私の頭はいっぱいいっぱいだった。
あの姿のせいで嫌われたと思っていたが。逆だった。
あの姿のせいで好かれてしまったからこそ断られた。
ややこしいったらない。
「でも、疑問は消えないわ。何で、今更? 婚約をしたら、うちの伯爵家が巻き込まれるのは変わらないじゃない」
「事情が変わったんだ。周辺国が軒並み強大な帝国の傘下に入り、独立を保っているのがかつて敵国だった母の出身国とこの国だけになった。この先、二国は手を結ぶしかない。友好の証である僕が、表舞台に立つことはむしろこの国の安定に不可欠になったんだ」
そう言うと、王子は私の手を取り跪いた。
「好きです。僕と婚約してください、アイリーン。あの日、バラ園で君と出会ったあの時から、僕の伴侶は君しかいないと決めていた。薬剤片手に楽しそうにバラの世話をする自然な君に惚れたんだ。だからこそ、君の安全のために一度は手放し、力をつけたうえで受け入れ態勢を完璧に整えた。嫌われちゃうと嫌だから詳しくは言わないけれど、周辺国の情勢が僕たちに都合よく変わってくれたおかげでやっと君に堂々と申し込めたんだ。どうか、僕の愛とこの日を迎えるために儚く散っていった影たちの苦労を受け入れて?」
最後の最後で重い。この王子は裏で何をやったのか。聞けば意外と答えてくれそうではあるけれど、聞くのが怖い。
まあ、そこは気付かぬふりをするにしても。
返事をするうえでどうしても確認をしなくてはならないことがある。私にとって、人生をかけるほどにこだわってきたことだから。わずかな疑いでも残せない。
彼は――本当に魅了にかかっていないのだろうか。
確かに見合い当時は魅了にかかっていなかったのかもしれない。でも、成長と共に魅了の力も強まるのだ。だからこそ、サングラスとマスクだけでは足りなくなってしまい、私は服装も徐々に不審者化させていた。
突然、何の気配もなく、気が付けば私の部屋へと入り込んでいた王子。声をかけられるまでまったく気が付かなかった。
もし、今までもこうして入り込んでいたのだとしたら――?
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