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14 お久しぶりです。初めまして、公爵様

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「君……は…………。いや、まさか――」


 ベッドから上半身を起こした公爵様の形の良い目が限界まで見開かれる。ぽかんと口も開いたまま。

 妻としてそれなりの期間、彼と一緒に過ごしてきたけれど、こんな表情を見るのは初めてだ。
 ……それは彼の方も同じだろう。

 すっかり弱った姿に涙腺が緩むが、彼が見せてくれた新たな一面に何とか涙をこらえることが出来た。

 そして。ずっと会いたかった大切な人に飛び切りの笑顔で挨拶をする。


「お久しぶりです。初めまして、公爵様」







『公爵家で働きたい』――公爵様にそう伝えると最初は反対をされた。

 当時の私が置かれていた状況を説明すると赤くなったり青くなったりしながら謝罪をされて、荒唐無稽な話を全て信じてくれたものの、

『一生困らないだけの援助はしたはずだ』

 と言って伯爵家へ帰されそうになった。しかし、実家とは人形師の元へ売られたことで縁が切れていること、援助金は使ってしまって残っていないことを知ると、元妻への情けからか公爵様の世話係としてこのまま邸に置いてもらえることになった。

 ――私の希望通りだ。




 大金と共に人形店に戻された後。
 全ての元凶――変態人形師こと、人形師のファーレ・シャッフェンからこれまでの経緯を説明されたうえで今後の希望を聞かれた。


『たとえ妻じゃなくても使用人としてでもいいから、すぐに公爵家へ戻りたい』


 そう答えたのだが思い通りにはいかなかった。

 身体の保存はされていたものの魂が本来の身体から離れていた時間が長すぎて、魔力がうまいこと馴染まず、身体が元の通り動かせるようになるまでにかなりの時間がかかってしまったのだ。

 その間は少しでも早く身体の機能が回復するようにと、人形師のファーレに魔力の流れを促進するようなマッサージをしてもらいながらリハビリに励んだ。

 身体に走る痛みより何より、時間がかかることの方が精神的にキツかった。マッサージはやればやるだけ回復するというわけではなく、一日にできる回数にも制限があったのだ。それが酷くもどかしかった。
 そのことでは人形師のファーレに随分と泣き言を言ってしまった気がする。

 でも、その分考える時間と準備する時間はあった。

 元々貧乏貴族出身で、身の回りのことは自分でやっていた私。人形店で世話になっている間ファーレの身の回りの世話をしつつ、リハビリも兼ねて使用人としての技術を身に付けていった。

 そして。

 日々、ファーレから受けているマッサージは魔力に問題のある公爵様にも効果があるに違いないと思い、彼に質問をしながら自分でも出来るようにやり方をひたすら覚えた。

 感覚を掴むためにも、実際に公爵様と体型が似た人形を使って練習をした方がいいと言われたので、公爵様から貰ったお金を使ってリアルな公爵様の人形を作るようにファーレに依頼した。

 約半年後。私の体が思い通りに動かせるようになった頃に、ファーレに依頼をしていた公爵様ソックリの人形が完成した。性格や倫理観は少々アレだが、ファーレの人形師としての才能は素晴らしいのだと実感した。

 それを伝えると喜んだファーレが丁寧に体内の魔力回路をほぐすマッサージを教えてくれた。自らの魔力をのせることでマッサージの効果が上がるのだと言う。私が持つ微かな魔力でも、そのくらいのことは出来るらしい。
 等身大の、しかも公爵様の生き写しのような人形を使うことで真剣度が違ったのか、そのやり方もマスターできた。


 ファーレから合格点を貰えたところで人形店を飛び出し大切な物だけを持って懐かしの公爵家へと乗り込んだ。

 既に、人形師の元へ戻されてから一年程が過ぎていた。




 そして、今。

 私が居なくなった後の公爵様のことを聞きながら。
 人形店に戻された後の私のことを話しながら。

 少しでも公爵様の体調が良くなるようにと、日々マッサージを続けている。





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