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13 逃げられないなら

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 小さい頃から第一王子殿下が怖かった。無表情で私だけを見るその姿が、お婆様を溺愛していたお爺様と少しだけ被って見えたから。お婆様を手に入れるためには手段を選ばなかったというお爺様。

 生前お会いしたことはないけれど。たまに、たまーに、こっちの世界にお婆様を見にいらしていたのは知っている。幽霊とか潜在魔力の残りだとか色々言う人がいるけれど、あれは間違いなく執着そのもの。他のなにも目に入らず、ただただお婆様を見つめるその瞳――。

 お婆様はよく言っていた。お爺様の暴走を止められるのは自分しかいないと。あの目を受け止め見返すことのできるのは自分しかいないのだと。


 この国の王族は昔から常に公平で冷静で、人の意見をよく聞き何事も受け入れる度量を持っているけれど――その反動か時折伴侶に対しあり得ないほどの執着を見せる者が産まれるらしい。その者の特徴として、強すぎる執着から精神操作や魅了の魔法の類も効かないと。

 広く人の意見を聞き入れ、行き場のなかった私たち魔女も魅了魔法ごと受け入れてくれたこの国。その大らかな土壌から、魅了耐性を持ったものが産まれたからともいわれている。お爺様もうっすら王家の血筋を引く者であったらしい。

 この国の王族の、懐の深さは素晴らしいと思う。もし跡を継がれれば、第二王子殿下も、婚約者である公爵令嬢も、歴代そして現国王様と同じくよい治世を敷かれることだろう。


 そして――能力はありながらも望みを叶えるためならば手段を選ばない第一王子殿下は残念ながら向いていない。


「………………お受けします。ただし、私は王国認定魔女なので、古の制約により王族に嫁入りはできません。なので、王位を継がず婿入りしてくださるのなら――ですが」

「問題ない。君を手に入れるためならば喜んで王族としての権力や立場を利用するが、障害になるならば邪魔なだけだ。すぐに王族籍は返上し、私は弟の補佐に徹しよう」


 そうして無表情に私の手に口づけを落とす第一王子殿下。温度のない無表情とは裏腹に手の甲に触れた唇だけがやたらと熱くて頬がほてった。


 まあ、あれだ。私だってこの執着は怖いしできれば逃げたいけれど、「キャ――♡」とか言って逃げたところで捕まるのは目に見えている。

 それに――、

 何だかんだ怖いと言いながら。子供の頃から王宮の図書室に通ってこの無表情の視線を毎日のように睨み返していたのも事実なわけで――。

 まあ、あれだ。私しか受け止められないというのなら、逃げずに受け止めてあげるのも悪くないかもしれない。それでもってこの国が安定するなら安いものだろう。

 それくらい、この国の王族の懐の深さと、揺らぐことのない誠実さは素晴らしいものであると知っているから――。


 しつこい、うるさい、早く成仏しろ。そんな風にブツブツ文句を言いながらも最後まで幸せそうだったお婆様を思い出し――そんな風に思うのだった。

(終)




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