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9 魅了魔法の解けるとき

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 そうしていわゆるお姫様抱っこで連れて来られたのは城の見張り台。無骨な石造りの古い城壁に夕暮れのオレンジ色の光が降り注ぎ、それが不思議な情緒を感じさせていた。

 そして。

 第一王子の腕から解放された私は王子に促されるまま遠くに見える街並みを見て言葉を失った。

 城下に広がるにぎやかな街。どこもかしこもオレンジがかって見えて温かく、そしてどこか優し気だ。煙突から上がる煙が空へと昇っていく様子がどこか郷愁を感じさせる。夕暮れの街は平和そのものだった。

 こんな高い場所から街を見るのは初めてだ。お婆様に届け物をするために、小さい頃から何度も王宮に出入りはしていたけれど、私の目的は国が保有する膨大な書物だったから、用事が終わったら図書室へと直行していた。

 そして日が暮れて追い出されるまで書物に没頭していたから明るいうちに外を見る機会など一度もなかった。

 ここが、私の守る街。この国へと受け入れられた歴代の魔女たちが守ってきた、平和な風景。


「この国を守る王国認定魔女殿にはぜひ一度この光景を見せたかったんだ」


 そう言いながら、見張り台で柔らかなオレンジの光を浴びる第一王子もどこか幻想的な雰囲気を纏っていた。相変わらず、というかますます第一王子の顔からは表情が抜け落ちているけれど。


「兄上っ! 魔女殿から離れてください! 彼女は……彼女は、私の大事な……」

「はっ! ようやく逃げ回っていないで出てきたか、弟よ。でも、手遅れだったな。ここで私は彼女に正式にプロポーズをするつもりだ。お前はキャーキャー言ってそこで見ていろ」


 第二王子殿下の視線から隠すように私を自らの背に隠す第一王子殿下。え。何この茶番。


「させるものですかっ! さあ、魔女様はこちらへ……キャ――ッ」

「え? ちょっ、危ない公爵令嬢っ!?」


 いつの間にか驚きの身体能力で外壁の外側をよじ登ってきた公爵令嬢が第一王子の背に隠された私に手を伸ばしたのと――その足元が崩れるのは同時だった。私は慌てて伸ばされた手を掴む。が、支え切れない。

 一緒に落ちる――と思ったのだが。

 気が付けば第二王子殿下が駆け寄って、私ごと公爵令嬢を支えていた。


「公爵令嬢っ!!」
「ミーティ!!」
「よし、チャンスだ! 魅了魔法を解けっ!!」


 一人場違いな言葉が聞こえた気がしたが、第二王子殿下一人ではとてもじゃないが支え切れない。私も必死に足を踏ん張ってシュトルツ公爵令嬢を見張り台の上へと引っ張り上げるべく頑張った。第二王子殿下も何かを覚悟したように一切私を見ることなくその場で救助を続けた。

 そして――。

 ようやくこちら側へと引っ張り上げた公爵令嬢。ショックからか気を失ってしまっている。ぺちぺちと頬を叩く第二王子殿下。


「ミーティ! ミーティ!! しっかりして」

「え……あ……、殿下……? はっ! お逃げ下さい! 魅了魔法が……大事な殿下の初恋が……」

「いいんだ……いいんだよ、もう」


 そう言うと、第二王子殿下は私を見た。何かを悟ったような、穏やかな目をしている。彼は、魅了魔法を解除されることを覚悟の上で、公爵令嬢の命を取ったのだ。……知っている。彼は、元々こういう人なのだ。

 この空気の中でアレをやらなくてはいけないのが心苦しいが……。仕方ない。始めたのは私なのだから。私が甘んじて受けるしかない。

 第二王子の肩に手を置いて、私は解放の呪文を唱えた。


「『真実の愛だと思った!? 残念、偽物でした! ねえ、今どんな気持ち!? どんな気持ち!?』」


 魅了魔法が弾ける音と共に空気が凍った。
 あ、私ですか? 流石にいたたまれない気持ちです――。




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