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25 ダンスパーティーのその後で シャインside
しおりを挟むその日のパーティーは早い時間にお開きになった。
どうやら、理事長が酔っ払って暴れたらしい。生徒もそれに巻き込まれたのだと聞いているが、緘口令が敷かれているため詳しいことは分からない。
ヴィオーラから飲み物を渡された後は用事があるという彼女とは別行動をとっていたので、シャインはあれから彼女とは話をしていない。
騒ぎが起こった後は、どことなく落ち着かない様子で会場を後にするパーティー参加者たち。シャインもどこか疲れた顔をした父親と共に馬車で帰路に就いた。
学園から離れてからシャインは父親に気になっていることを聞いてみた。
「メリーと踊った後、彼女が理事長先生と話しているのを見ました。まさか、巻き込まれたのってメリーじゃないですよね!? メリーは無事ですよね!?」
「ああ……お前が彼女をダンスに誘ったというのは本当だったのか。話を聞いたときはまさかと思ったが……」
「そんなことより、巻き込まれた生徒というのは」
「男子生徒だ。安心しろ。トゥルース伯爵令嬢は建物内にはいたが部室で保護されている」
「良かったです。父上、それにしてもトゥルース伯爵令嬢って……少し他人行儀ではないですか? 例え婚約を解消しても、僕とメリーは幼馴染なのに」
「何を言っている?」
父親から温度のない目で見られ、シャインは怯んだ。しかし、シャインにも言い分はあった。
「確かに、普通の貴族の婚約解消ならばそうでしょうが、彼女は転生者ですよ? しかも、世界で一番有名な転生者です。物心がついたばかりの平民の子供から、敬愛する国王陛下まで、更には面識すらない他国の者まで彼女のことは『メリー』と呼んでいます。それなのに」
「だからこそ、だと何故分からぬのだ」
幼い子供に噛んで含めるように伯爵は言った。
「彼女がそう呼ばれているのはあの一家の物語が愛され、誰もが彼女の幸せを願っているからだ。それを、お前は捻じ曲げた。トゥルース家の好意で解消ではなく婚約白紙扱いとしてもらえたから、世間的には問題とはならぬだろうが、原因がお前の心変わりであることは変わらない。この先、誰が彼女を『メリー』と親しみを込めて呼んだとしても、お前は、お前と私だけは決してそう呼んではならないんだ」
「心変わりって……。これは父上が勝手に決めた政略でしょう。メ……彼女の境遇を利用して、家の利益になればという」
「ああ、確かにそれもあった。しかし、そうか。やはりお前は何も覚えていなかったか。いいか、お前自身が望んだんだ」
反発するシャインを憐れむように見る父親は、大きくため息をつくと語り出した。
「幼い頃……彼女とお前は仲が良かった。それこそ、親が無理矢理引き離さなければいつまでもしゃべっているくらいだった。そんな頃、彼女に王族や他国との政略的な婚姻の話が出てきたんだ。お前の言う通り、彼女の境遇は金になる。国民からの人気取りにもなる。嫁いでくれるだけでどれだけの恩恵が家にもたらされるか。『彼女に婚約者ができたら、もう、今までみたいにお話はできないな』、そんな仮定の話をするだけでお前は大泣きだったよ。ヒコーキもクルマも意味がない、メリーと一緒に乗りたいんだって。だから、あちらにも無理を言って無理矢理話を通したんだ。結果的に色々なものから彼女を守れたのは事実だが、それは結果論に過ぎない。お前はもう、ただの幼馴染だ。婚約者となった幼馴染はもういない。お前自身で、その過去は消したんだ」
「過去を……消し……た」
そんな、物語じゃあるまいし。そう思ったが反論はできなかった。
大多数の人間にとってそうであるように。メリーは……もう、シャインにとっても物語の登場人物でしかないのだ。そうならなくてはならない。現実に彼女に寄り添って、内側から支えていた幼馴染の婚約者はいなくなった。自分でそれを選んだのだ。
シャインが悪役にならないで済んだのは、メリーが配慮してくれたからにすぎない。
……メリーと踊るのは嫌だった。ヘタクソな癖に目立つ彼女は「教えてあげるよ」とあちこちから声がかかってしまうから。
彼女があちらの料理を作るのをやめさせたかった。食べた転生者が彼女を熱のこもった目で見てしまうのを知っていたから。
彼女が自分の知らないところで知らない話をするのが嫌で、彼女から転生者学校の友達すら取り上げた。
分かってたのに。全ては自分を喜ばせるためだと知っていたのに。素直な彼女は隠すことなく言ってくれていた。何も語らなくなったのはいつからだろう。
シャインにはもう分からない。
「ああ、こんな時に伝えるのは気が引けるが、お前は知っておいた方がいい。今日、婚約白紙の件が知れ渡っていたのはヴィオーラ嬢……だったか。彼女と、彼女の両親が言いふらしていたからだ」
「え……」
「彼女と彼女の両親はまあ、典型的な転生者と転生者家族だな」
「どういう……こと、ですか?」
「娘の方は自分が転生者という特別な人間だから伯爵家に認めてもらえたのだと胸を張って言っていたよ。そして、親は親で自分たちが選ばれた特別な存在だから転生者が我が家に産まれたのだと得意気だった」
メリーと別れ、別の会場へと移動したとき。伯爵は大声で宣伝するかの如く話すパーティー参加者の会話に自らの名が出ていることに驚いた。
そして、見つからぬように聞き耳を立てていたのだ。しばらくそうしているうちに、娘らしき人物も合流してきた。
「そんな……聞き間違いでは? 転生者に対する偏見です。父上が僕に教えてくれたんですよ。転生者は穏やかで謙虚で、身分差に流されず常に調和を大事にする素晴らしい人間性を持っていると。僕には大勢の転生者の友人がいますが、実際、みんなそんな人間ばかりです」
「だろうな。――で、その友人は誰から紹介されたんだ?」
「それ……は……」
「人間は、同じ価値観を持つ者が集まるんだ。ましてや、トゥルース伯爵令嬢は小等部までは平民も貴族も関係なく、転生者のみが通う転生者学校へと通っていた。あそこは、本当に何の身分差もない。しかもそんな環境下で、彼女が自ら仲良くしたいと選んだ転生者だ。どんな人間性を持っているか、言わなくても分かるだろう。……お前は、転生者の良い面しか見ずに来られたんだ。真実の愛の子という最高の選別装置がいたから。なあ、お前は――本当にあの令嬢が良かったのか? あのご家族と縁を繋ぎたかったのか? あの――真実の愛の家族を捨ててまで」
「僕……は……」
メリーの人間性が好きだった。優しくて穏やかで。この世界では転生者は優遇されるのに、彼女はちっとも偉ぶってなくて。彼女だけじゃない。それは彼女の両親もだ。
婚約者だったころ、メリーの両親に言われたことを思い出す。
『娘は普通の子なの。だから、みんなと同じようにしてあげてね。おかしなことを言ったり、少し変わったところがあるかもしれないけど、特別扱いなんて必要ないから』
彼女の両親は普通と言いながらも、彼女には前世風の教育を施した。この世界に産まれながら両親から前世と同じ倫理観で育てられたメリー。
ちょっと気が弱くて。周りに流されやすくて。でも、絶対揺るがない信念みたいなものは持っていて、そのための努力は惜しまない。そして気を遣いすぎるくらいに親切でお人好しなメリー。
メリーにはあちらの記憶も経験もない。それでも、彼女は、彼女を育てた両親にそっくりだった。
それこそが、彼女に惹かれた理由だったのに。
「残念だが、話がああも広がってしまっては今さらなかったことにはできないな。こうなった以上は、早くあちらと婚約を結ぶしかあるまい。はあ……これからはあの家と親戚付き合いが続くのか」
一日で、一気に老け込んでしまったように見える父。メリーと婚約してからはいつも笑顔で、未来のことを話していたのに。
シャインは何を手に入れて、何を失ったのかをようやく理解した。
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