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18 聞いてない
しおりを挟む「すまない! メリー嬢。例のワインが経由国で止まっていて、到着するのが学期末のダンスパーティー当日になってしまうんだ」
期末テストが終了し、久々に部室へと顔を出したメリーに部長が言った。
そういえば、悪役令嬢様の指示は達成したものの、お帰りいただけない件についてはまだ解決していなかった、とメリーは思い出す。
婚約を白紙にしたり期末テストがあったりで、儀式のことはすっかりと頭から抜けていたのだ。
たしか、期限は学期末のダンスパーティーの日。
日付が変わるまで、とメリーの体を乗っ取った悪役令嬢様から直接指示されたと聞いている。
学期末のダンスパーティーは保護者も参加するので割と遅くまでやっている。会場は学園内だし、ワインが当日届くとしても日付が変わるまででよいのならパーティーを抜け出して儀式を行う暇くらいはあるだろう。
メリーは特に問題は感じなかった。
「分かりました。当日は部室に集合、でいいですか?」
「ワインが届く時間がハッキリ分からないから、届いたら俺かリキッドが会場まで迎えに行くよ。あまり遅くなるようなら荷物の発着場に直接取りに行くことも考えている。メリー嬢は婚約者と入場しないといけないだろうから、先に会場入りしていてくれ」
「あ、いえ、婚約は白紙になったので。今年は私も1人で入場します」
「は!?」
「えっ!?」
そういえばまだ話せていなかった。
テスト前は部活動が禁止になるから、昼休みも放課後も部室に行くことが出来ず、メリーは教室で昼食をとっていた。直接伝えようかとも考えたが、テスト前の貴重な時間をメリーの為に割いてもらうのも申し訳が無くて、ついつい後回しにしてしまっていたのだ。
考えてみれば、メリーが2人と話すのはあの「教科書隠せ・ノート破れ・落書きしろ」のミッション以来今日が初めてだった。
メリーはシャインから聞いたことも含めて、改めて2人に感謝を伝えることにした。
「部長、リキッド様。ご協力ありがとうございました。どうやら教科書を隠したのもノートのすり替えも、子爵令嬢には気付かれずに済んだようです。落書きしたのもむしろ喜ばれて、運命を感じた2人は時機を待って、正式に婚約を結ぶことになるそうです。私との婚約は既に白紙になったので、二学期が始まるころですね。部長とリキッド様のお陰で誰も傷付けず、問題とならずに無事に全ての指示を達成できました。改めて感謝させてください。ありがとうございました! お礼が遅くなってすみません」
「いやいやいや、大問題だろう!」
部長は慌てたようにバン!と机に両手をついて立ち上がった。リキッドは口を開けたまま固まっている。
「君は婚約者との関係を改善させるために『悪役令嬢様』をやったんだろう!? それなのに、まさか婚約自体がなくなるなんて……! すまない!! メリー嬢。俺が、妙なことに誘ったばっかりに……。いったい、どうやって詫びればいいのか」
机に手を付いたまま、深く頭を下げる部長をメリーは慌てて止めた。
「ちょ……やめてください、部長! 部長のせいじゃないですから!!」
「しかし……!」
「それに、関係は改善しました」
「まさか! 婚約は白紙になったのだろう」
「だからこそ、です。婚約者……その、元、ですけど。私、久しぶりにシャイン様と楽しくおしゃべりできたんですよ」
婚約を解消すると決めた後――シャインと他愛のない話をしたことをメリーは思い出す。
大した意味もない話。それでも、コレを話したら嫌われるとか、失望させるとかそういったことを一切考えずに自然に会話ができたのは本当に久しぶりのことだった。
思えば。婚約者になってからは必要以上に緊張して会話をしていた気がする。
大好きな幼馴染だったシャインを喜ばせたくて。失望させたくなくて。彼の好みそうな話題を集めたり調べたり。
そうしないとメリーは空っぽだったから。でも、シャインが嫌がるからと、いつの間にかそれすらできなくなって。
転生者でありながら一切前世の経験も知識もないことをシャインに指摘されてからは、日常会話すらままならなくなった。
「私、ずっと昔みたいに彼と話せるようになりたかった。だから――これで良かったんだと思います」
「メリー……嬢……」
「それに、婚約が白紙になって自由になったからこそすごく楽しみにしていることもあるんです」
「楽しみにしていること?」
「部活の合宿です。今まではシャイン様が嫌がるから参加できませんでしたけど、今年からはようやく私も行けるから」
「あ……、ああ! それは、それはそうだな!!」
転生者学園ではあちらの教育も取り入れているので、行事やイベントごともあちら風のものが多い。部活の合宿などもそれに入る。
あちらと違いこちらでは部活の文化自体がないので他の学校との試合や大会があるわけではないが、部員同士の交流のために学園所有の宿泊施設が部活ごとに借りられるのだ。
メリーが所属するオカルト研究会でも毎年夏に合宿を行っていて、その時ばかりは幽霊と化している部員もほとんどが参加しているらしい。夏といえば、ということで情報交換(怖い話)が行われているという。
残念ながらメリーは一度も参加したことがなかった。おかげで、他の部員とは面識がない。
シャインが反対していたから参加を見合わせていたが、親の許可はとれているので今年はメリーも参加できるだろう。
「夏休み中の部活も楽しいけど、時間が限られるじゃないですか。一度くらい、百物語もちゃんと最後までやってみたいです」
今まで何度か挑戦をしたが、いつもタイムオーバーで半分も出来なかった。泊りがけでの合宿なら、時間を気にせずできるだろう。
「勿論だ! 百物語と言わず、二百でも三百でもやってやる」
「本当ですか!?」
「マジですか……今年もやる気ですか……。レパートリー少なくて後半オチが違うだけの同じ話聞かされるヤツまたやるんですか……。はあ……。分かりましたよ、私も何か怖い話用意しますよ……」
硬直状態から復活したリキッドが脱力したがその声音はどこか優しい。
(本当は……まだ、時折胸は痛むけど)
大好きな部活で。大好きな部室で。大好きな部員たちと。
話しているだけでメリーはどんどん元気になるのを感じていた。
夏には楽しみな合宿もある。
まだ、顔を合わせたことのない部員たち。夜会で会った人もいるらしいけど、『悪役令嬢様』に乗っ取られていたメリーは残念ながら覚えていない。
それも、怖い話に入るのかしら、と思ったらメリーは楽しくなってきた。幽霊と踊っていたと知ったら、皆どんな反応をするのだろうか。
大好きな悪役令嬢様の話をするのもいいかもしれない。
大好きな婚約者はいなくなったけど、大好きだった幼馴染が戻ってきた。小さい頃は少なかった大好きが、今はこんなにあふれている。
「よし! 俺もとっておきの怖い話を用意してやるから、覚悟しておけよ」
「はい! 部長! 受けて立ちます!!」
扉が半分開いたいつもの部室内。
いつもの調子を取り戻した部長に、メリーが元気に返事をする。
リキッドは若干、不安になった。
「初めてだからって手加減しないぞ!」
「はい!」
「ムード作りから完璧にして、忘れられない夜にしてやる!」
「薄暗いのがいいです!!」
「怖いからって泣いても、途中でやめたりしないからな!」
「覚悟してます!!」
「よぉし! 夜通しやるからな! 寝かせてもらえると思うなよ」
「はい! 部長!! 朝までお付き合いします!!」
「……そのためにも、悪役令嬢様にはしっかりとお帰りいただかないと、だな!」
「はい!!」
夜になると体を乗っ取られてしまうメリー。一晩中起きているには、『悪役令嬢様』の儀式を終わらせなくてはならない。メリーは決意を新たにした。
いつもの部室。
ご機嫌な部長。
笑顔のメリー。
防音対策に走り回ったリキッドだけが疲れきっていた。
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