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第一章・夢はゲームで叶えよう花梨と芽衣と小百合の冒険譚
*八・マイナスお兄ちゃん
しおりを挟む彼女の見つめる先は何故かドヤ顔の花梨と、チンピラお兄ちゃんだ。
「小百合……お前は……俺を応援に来たのか? それとも……おちょくりに来たのか? どっちなんだ?」
「そんなの、おちょ……応援に来たに決まってるでしょう。チンピラお兄ちゃん」
「……すまん花梨……ちょっとタイムだ」
花梨は笑いそうになったが、グっと堪えた。せっかく作り上げたシリアスな雰囲気が壊れそうになったからだ。
“シリアスは布石”。
ギャグの匂いがする彼女へ彼を向かわせては駄目だ。
「逃げるの?」
チンピラ・涼は負けず嫌いだった。相手はDランク上級の魔力を封印した落ちこぼれ。馬鹿にされた気分だ。
チンピラは妹への台詞を、グっと堪えて台詞を返す。
「……それは俺の台詞だ。よく逃げずに来たな。それだけは誉めてやるよ」
花梨も負けじと返す。
「あら嫌だ。それ、まるでやられ役のかませ犬のテンプレの台詞だよね。わたしをあまり嘗めないことだよ」
花梨は自信満まんに右の小指の一つの指輪を見せ付けて、言葉を続ける。
「この火魔の指輪ですぐにやっつけてあげるから」
試合は開始された。
ーーけれども花梨が指輪から放つ小さな炎の固まりは当たらない。
やっぱり闘気を混ぜてやがるな。俺が気付かないとでも思ったか。だけど、あめぇ~~よ!
チンピラは余裕で避け続ける。
それは花梨の計画範囲内。
「あ、当たりさえ、すれば」
「だったら、当ててみるか?」
「え? いいの?」
「俺は動かないから、よく狙えよ」
「言ったね。だったらわたしの全力全開、逃げずにちゃんと受け止めて。言っとくけど、ホントに遠慮なしの全力全開攻撃だから覚悟しなさいよ」
花梨は指輪へ込める闘気をさっきよりちょっと増やす。全力の十分の一ぐらいの量で。異質な全魔力は全解放する。
チンピラは静かに体内の魔力を高める。
闘気を混ぜた魔力に気付かない俺が油断してやられる筋書きだろうが、そうは問屋が卸さないぜ。
花梨は指輪を振るう。指輪から小さな炎の固まりを放って、チンピラに当たる直前に異質な魔力のみを一気にはじけさせた。
異質な魔力の一撃はチンピラの防御を容易く撃ち破った。
ペンダントはダメージ自体は吸収しても感触はそのまま伝わるので、チンピラは気を失った。
花梨はVサインで微笑んだ。
「勝負ありだね」
ーー床に大の字になったチンピラはすぐに目を覚ました。
「……負けたのか。花梨……魔力ゼロを馬鹿にして悪かったな。恐らくは、当たる直前に闘気を爆発的に高めたんだろう」
清すがしいチンピラに対してどや顔の花梨。
「油断大敵というヤツだね。わたしも、チンピラって言って悪かったかも」
「そんなに気にする程の事でも、ねぇえよ。それに油断……もしかしたら、油断をしていたのかもな」
言い訳は見苦しいだろう。それに小百合も見ているしな……
ここまでは清すがしかったチンピラだが、
「これからは、マイナスって呼ぶね」
花梨のこの台詞には表情を崩すしかなかった。
「……ちょっと待て、どうしてマイナスなんだ?」
「そんなの決まってるじゃん。魔力ゼロより下は、当然マイナスだからだよ」
「お願いだから、それだけはご勘弁を」
「何を」
花梨が許すはずがない。
さらには、周りにいる人達がチンピラの心を遠慮なしにえぐりまくる。
「マイナス元気だったか」「マイナス久しぶりだな」「マイナス。まあ、頑張れ」
花梨の読み通りだ。
だからこそシリアスを布石にしたのだ。そうしたら周りは絶対に反応するはず。西尾お兄ちゃん馬鹿にしたチンピラへ復讐。シリアスから一気に堕とす為に。
普段は頭悪い花梨だが、何故かそういう計画だけは一瞬で組み立てていた。
マイナスの実の妹の小百合はというと、マイナスコールあふれる観衆の中で一番萌えていた。
チンピラお兄ちゃんは、チンピラを卒業。これからはマイナスお兄ちゃんに生まれ変わる。帰ってからマホスマホでこっそりと録画していた動画を、マホパソコンで編集しないと……タイトルは、チンピラからマイナスへの軌跡で良いかな? んで、花梨お姉さんのお嫁さんになる。
花梨の強さに萌えた小百合。だが花梨のお嫁さん第一候補は西尾お兄ちゃんだ。第二候補は早苗さん。その壁は厚いはずだ。
観衆の中に混じっていた萌衣ーー萌衣で思う事があった。
闘気を一瞬だけ爆発的に高めたのか? 恐らく違うはずだ。……血の力は感じられないけど……花梨の奥底には、天界人と魔族の血が眠っているはず。それがどのように作用したか分からないけど、それしか説明のしようがない。
最悪。
その血の力が暴走したら……ボクは魔族の血のみだったから暴走したけど……魔族の血が強ければ、充分に暴走する可能性がある。自覚しているにしろ、自覚してないにしろ危険だ。花梨自身も。
これは師匠から血の力を譲り受けたボクが見守る必要があるな。
萌衣の推理はまったく的外れなまま最後まで突っ走ってしまった。
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