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Act 10.戦う小鳥
郷愁
しおりを挟む学園にある隆二の部屋に入るのは2度目だった。
1度目のあの時も泣いていて、あの時は涙を見られたくなくて隆二の前から逃げだしたのだ。あの時以来の隆二の部屋はどこも変わった様子はなかった。
「ちょっと待ってて」
ソファに下ろされ、台所と部屋の外を行ったり来たりする隆二を眺めた。甲斐甲斐しく世話してくれる隆二の姿を見て、靭帯を切った時のことを思い出した。
共働きで家に両親がいない夕方から夜にかけて、隆二は一緒に家に帰宅してくれた。勝手知ったる他人の我が家で、歩けない俺の変わりにレモネードや蒸しタオルを用意してくれたり、最初の頃はトイレやお風呂にも心配でついてきそうな勢いだった。
「何かあったらすぐに呼んで」と念を押すように言われた思い出が昨日の事のように蘇る。
思い出しているうちに懐かしさに見舞われ、枯れたと思った涙が再び出そうになって、慌てて上を向いた。
それを見られていたのか、隆二がマグカップを持って駆け寄ってくる。
「泣きたいなら我慢しなくていいんだよ」
隆二の低くて優しい声でそんな事を言われて、また泣きそうになった。一度緩んだ涙腺は、簡単に緩みをそうになる。
「大丈夫です」と首を振れば、隆二が安心したように「そっか」と微笑んだ。
「ホットレモネード飲める?」
「ありがとうございます」
渡されたマグカップを覗き込めば、透き通ったレモン色が湯気を上げていた。
飲めば少し甘みがあって、レモンの酸味が柔らかくおさえられたレモネードで、ひどく懐かしい味だった。
レモネードを眺めては少し飲み、眺めては飲むのを繰り返しをした。
あの時どうすれば良かったのか結局答えもでるはずもなく、この状況をどうすれば良いのかも分からなかった。
茫然自失する俺に隆二は何も言わずに傍にいてくれた。
もう一つのソファに座って隆二も手にレモネードを持ち、時折心配そうにこちらを見ては同じようにレモネードを飲んでいた。
そうやって一緒にレモネードを飲んで一息つけば、斯波との出来事が少し遠のいた気がした。モヤモヤとした想いとやるさなさが渦巻いていた胸中がほんの少し落ち着きを取り戻す。
俺の心を知ってか、「落ち着いた?」と隆二が心配そうに聞いてくる。
「はい。色々すみません」
「気にすることないからね。もうお風呂入ってると思うからゆっくり温まってきなさい」
大浴場はもう終わってるしね、と言葉が続き、時間をみれば夜も遅い時間だったことに驚いた。替えの服とバスタオルを渡され、誘導されるがまま脱衣室に入る。
普通ならようやく1人なったと安心するはずなのに、途端に不安に駆られた。
不安を隠すようにバスルームに入って湯を被り、身体と頭を洗う。湯船につかってみても、不安は拭い去ることはなく、モヤモヤとしたものがまた思い出したかのように胸中を大きく占めていく。
考えるな。
己に言い聞かせれば言い聞かせる程、嫌な光景というものは思い起こされて、振り払うために思いっきり湯船に潜った。
水の中は不思議と落ち着いて、出ては潜り、出ては潜り、ただただその行為を取り憑かれたように無心に繰り返した。
そうする事で、その間だけは嫌な事から目を背けられた。
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