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Act 9. 歯車が狂いだす鳥

焦燥

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 死なない運命なんて考えられなかった。
 余命は日に日に近づいてきて、死にたくないとは思っていたはずなのに、実際に死なない運命なんて考えていなかった。
 未来を想像したとき、隆二の隣に俺がいることなんて考えてなかった。

 俺は死に逝く人間で、隆二はこれから未来のある人間で。
 告白された時は嬉しかったけど、それだけだった。未来を共に出来ない以上、俺に未来のある人間の足を引っ張る権利なんてない。

「………分からない」

 掠れたような声が出た。

「あの時、俺の中に死なない運命なんてなかったから」

「織……」

 伊吹がしまったという顔をして、想像以上に空気が重くなっていた事に気がつく。重い空気を払拭しようと、意図的に声のトーンをあげる。

「まあ、昔の話だ。隆二は結婚してるし、今はもう関係ないから」

「結婚? 理事長がそう言ったの?」

「直接は聞いてない」

「あれ……?」

 怪訝に眉を顰めて、伊吹が脳内の記憶を辿るかのように視線を巡らした。

「どうした?」

「理事長って結婚してったっけ?」

「え?」

「僕が聞いた話だと、理事長はずっと独身だったと思うんだけど」

「どういう事だ?」

「どういうって、奥さんの話一切聞いたことないし、子供の影もないし」

 社交界などああいった場で伴侶の名前が出ないというのは珍しい。成功の影に妻あり、内助の功、という言葉もあるぐらい社交の場での妻の立場というのは切っても切れないというのを意識的に知っている人間が多く、妻同士のネットワークもある程だ。

 その話が出ないという事は、結婚していないか、離婚しているかのどちらかということになる。

「僕も直接聞いた訳じゃないからわからないけど、離婚って感じでもないと思うんだよね。でも理事長程の物件にもなれば、お見合いの話が出ない訳ないと思うんだけどそういった雰囲気もないし……」

「……」

 頭を鈍器で殴られたかのように、眩暈がした。

 まさか。そんなはずは。

 じわじわと広がる焦燥感を必死に食い止めようと否定を繰り返す。

「……結婚してなかったっていうのか?」

 漏れた言葉は想像以上に震えた。

「織?」

 隆二が結婚して幸せな生活を送っているのか気がかりだった。霊園で会った隆二も、学校で会った隆二もどこかさみしげな雰囲気を纏っていて、幸せな家庭生活が想像出来なかった。
 それもこれも、結婚していないというならば簡単に説明がついてしまう。

 でもそんな事は……。

 そう自問自答を繰り返して行くうちに、焦燥感が鉛のように胸を重く広がって行く。

「織、大丈夫?」

「……嘘だ」

 杞憂であって欲しい。そう思うも、月命日に墓参りをしていたという事実が、嘘だと疑わせないと糾弾しているようで。

 幸せになって欲しい。そう願った。
 でも、隆二の幸せを妨げているのは俺じゃないのか?

「織っ!!」

 強く呼びかけられ、ハッと意識が引き戻される。

「どうしたの?」

「……俺は、どうしたら良いんだ」

「織?」

 居てもたっても居られず、ベッドから立ち上がった。
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