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Act 9. 歯車が狂いだす鳥

失わないもの

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「それに、前世の記憶があることに後ろめたさなんて感じる必要ないよ。織がいなかったら、僕がここまで頑張ろうと思えたきっかけもなかったんだ。織がいたから、織にずっと追いつきたいと思ってたし、挫けずに頑張ってこれたんだ。それに……僕は双子だからって織を好きになった訳じゃない」

「え?」

「全部が納得出来ちゃった。なんで自分と同じ容姿なのに、こんなに愛しいのかずっと分からなかった。ただの自己愛なんじゃないかと思ったこともあったけど、僕は織の外見云々じゃなくて、中身が好きなんだって思った。一緒の外見であるはずなのに、中身は僕とは全然違くて」

 伊吹が俺の手をギュッと握り込んだ。
 握り込まれたその手の上に、冷たい滴がぽとぽとと落ちる。

「泣かないで」

 伊吹にそう言われて、初めて自分が泣いていたことに気がついた。手に落ちた滴は自分の零した涙だった。

「何度も言ったでしょ。僕は織を恨まない。これからもずっと双子で、僕の大事な家族だよ。前世が何者だったとしても」

 鼻声混じりの伊吹の声。顔は笑っているのに、伊吹の目からはずっと涙が溢れていた。

「ごめん、なっ」

 自分の不甲斐なさと情けなさで頬を伝う涙は次から次へと流れていく。

 ずっと怖かった。伊吹に家族じゃないって言われる事が。どうしようもなく怖かった。
 どうやったって過去の自分へは戻れない。その上、伊吹にまで拒絶されたら。そう考えて怖くなって、本当はずっと言わずにいるつもりだった。

 この学校に来て、一つの小さな秘密が周りを巻き込んで大きくなって。そうしているうちに伊吹との距離まで離れた。身体を重ねれば重ねる程、大きくなった秘密が更に亀裂を生んで、伊吹を少しずつ傷つけて、そして確実に追い込んでいた。

 全て秘密を明かしてしまえば、こんなに簡単な事だったのに。

「ずっと…隠してて、ごめん。逃げて、……ごめん」

「うん……」

「ごめんっ」

 何度何度も懺悔のように口にすれば、伊吹に強く抱きしめられた。お互いの肩に顔を埋めて、2人で子供のように声を上げて泣いた。




 涙が枯れるタイミングも一緒で、2人で子供のように泣いた後は顔を見合わせて少しだけ笑った。伊吹の顔は目も鼻も真っ赤で、きっと自分も同じ顔をしているのだろうと思うとおかしかった。

 お風呂に入って、2人でベッドに寝転がる。10日間ベッドの上ではやることしかやってなかったのに、不思議とそういう雰囲気にはならなかった。

 子供の頃のように向かい合って手を繋いでいた。

「腕、痛い?」

 縛られて赤くなった所を伊吹が申し訳無さそうに擦った。

「大丈夫。気にしなくていい」

「でも……」

「俺もお前にずっと隠し事してたんだ。それに比べれば全然痛くないから」

「……ん」

 何となく一瞬空気が重くなり、紛らわすように目を閉じる。
 少しの間の後、伊吹が身じろぎをして、何か息を詰める気配がした。

「あのさ、……理事長と織の前世は何か関係があったの?」

 問われて目を開ければ、真剣な顔をして伊吹がこっちを見ていた。

「…………ああ、幼馴染だったんだ」

「それだけ?」

「それだけって?」

「言葉通りの意味だよ。ただの友達だったの?ってこと」

 そう聞かれて、言うか言わないか逡巡した。でも此処で黙っていたら、同じ繰り返しになる。意を決して、全てを披瀝する。

「……死ぬ前日に告白された。でも、それまではずっと友達だったし、告白も断ってる」

 余命宣告を受けていた事、余命宣告の最後の日に家族旅行があり、そこで告白をうけたことを掻い摘んで説明した。緊急治療室に入った時の記憶は曖昧だが、隆二と話したことはっきりと覚えている。
 伊吹はじっと説明に聞き入っている風だった。

「……織は…その……まだ理事長のことが好きなの?」

「………友達としての好きという意味でなら、好きだ」

「じゃあ、もしも織の前世の、水無瀬寛人さんが死なない運命だったら、その告白受けてた?」


 考えてもいなかったその疑問に言葉が詰まった。
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