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Act 9. 歯車が狂いだす鳥

茨の道

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 寂しさを埋めるためにいくら身体を繋げても、心の通じ合わないセックスはただの行為でしかない。
 その行為にしがみつけばしがみつく程、求めるものは遠のいていく。

 このパラドックスに嵌ってしまえば、辿りつく先は茨の道だ。
 進めば進む程、傷つけ傷つき、ぼろぼろになっていく。

 心が満たされない不満を行為にぶつければ、空虚さだけが募る。
 満たされない心と寂しさはいつまでも埋まる事はなく、まるで先の見えない迷路のように螺旋の階段を確実に下って行く。

 その結果が今だ。
 お互いの間にぽっかりと空いた大きな穴は、僅か10日で取り返しがつかなくなる一歩手前まで大きくなっていた。それも俺が思っているだけで、もう取り返しがつかないのかもしれない。

 何にせよ、きっと今を逃したら、永遠にこの空虚は拭えない。
 愚かな自分に泣きたい気持ちをぐっと堪え、真っ直ぐに伊吹を見る。

 もう逃げない。
 もう目を背けない。

「前に伊吹が俺に言ったよな、何を隠してるのかって」



 ―――――ねえ、織は何を隠してるの?

 それは俺たちが道を踏み外したあの瞬間、伊吹に聞かれたことだった。隠し事をしているのは初めから伊吹にバレていて、それでいて「今は良い」と言ってくれた伊吹の言葉にずっと甘えていた。



「うん」

「聞いたらもう兄弟だと思えなくなるかもしれないけど。……それでも、聞きたいか?」

 伊吹の冬の青空のような瞳が、信じられないとでも言う様に大きく見開かれた。

「うん、聞きたい」

 ぐすりと鼻をすすって、伊吹が涙を拭いた。そうして戻された視線は覚悟を決めた目だった。
 目を背けずに、俺も真っ直ぐに伊吹を見返した。

「聞いて、俺をいくらでも恨んでくれて構わないから」

「そんなことあるわけないよ」

 それはまだ答えを聞いていないから言える言葉だ。でも、どんだけ恨まれようと、このままこの状況を放置しておくことの方が伊吹にとって何倍も悪い気がした。自分に良いように解釈していることを差し引いても、ここで言わなければと本能が告げていた。

 お互いの間に重い沈黙が流れる。

 ジッと見つめられる瞳に、喉は乾き、唾を飲み込む度にゴクリと音がなった。
 覚悟を決める。

「信じられない話かもしれないが、最後まで聞いて欲しい」

「うん」

「俺は……俺には……前世の記憶があるんだ」

「前世?」

 伊吹が不思議そうに眉を潜め、俺はその言葉に大きく頷いた。

「前世の記憶を持ったまま、生まれてきた」

「つまり……織は転生したってこと?」

「魂が同じという意味での転生なら、そういう事だと思う」

 そこまで話して、伊吹は考えるような顔付きになった。表情には不安の色が混じり、視線が揺れていた。
 心臓が緊張で早鐘を打ち、背中にはじわっと汗が滲む。

「俺の前世は水無瀬寛人。生きていたら薫の叔父にあたる。死んだのは19年前の11月30日。死因は白血病だった」

 そこまで矢継ぎ早に話せば、もう伊吹の顔を見る事は出来なかった。
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