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Act 9. 歯車が狂いだす鳥

揃いの傷痕

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 意図的にやったことではないが、結果として伊吹を深く傷つけていたことを深く反省した。伊吹にこんな哀しい顔をさせる位、自分は酷いことをしたのだ。

 自分は何をしているのだろう。

 今を大切にせずに、過去のことばかり気にして。そう言われてもきっと仕方がない。

「ごめん……」

 そう謝れば、伊吹がもっと泣きそうな顔をして俯いた。
 伊吹が唇を噛み締めて、何かを堪えるようにしている姿をみて胸が締め付けられるような想いだった。

 伊吹が何も言わずに俺の手を引いて車に行き、山口さんに「学園へ」とだけ告げた。学園への道中はあのおしゃべりな伊吹がずっと無言で、山口さんが時折こちらを伺うように見ていた。

 学園へ着けば荷物はそのままに、車内からずっと繋がれていた手を引かれて伊吹の部屋までたどり着いた。同室も違えば部屋の雰囲気も違い、可愛いらしいキャラクターグッズが多く、雑多な印象を受けた。

「同室の子は?」

 チワワに似た可愛らしい同室を思い出してそう聞けば、「ハワイ」とだけ答えてずんずんと部屋の奥へと引っ張られて行く。
 伊吹の部屋は自分のと似ている。元々、寮の俺の部屋を作ったのが伊吹なだけあって、家具のチョイスは同じだ。

 何度かきたことがある部屋まで連れてこられると、手を引かれてベッドへと倒れ込んだ。

 ぎらりと欲望に光る伊吹の目を見た時、そこまできてようやく伊吹がしようとしている意図を知ることになった。

「また、やるのか?」

 喧嘩した前日が伊吹との初めての夜だった。あれからやっていなかったため、抵抗感と恐怖に身体が震えた。
 その問いに答えることなく、伊吹が覆い被さって唇を重ねてくる。

 強引なキスだった。

「んっ、っ」

 室内に水音が響き、吐息と共に飲み込まれて行く。深く口内を蹂躙してくる伊吹に翻弄されながら、何度も角度を変えて唇を奪われた。

「やめ、ろっ、…いぶきっ、」

 何度も振ってくるキスの嵐に、息も絶え絶えになりながら抗議を漏らせば、ぐっと太ももに固い欲望を押し付けられた。

「僕とするの、やなの?」

 責めるような口調だった。瞳に宿った苛立ちを感じれば、何も言い返せなくなる。それでも、この間のような不毛なことはもうしたくない。またお互い傷つくなら、兄弟という枠を越えたくないというのが本当だった。

「嫌だとかそういうんじゃなくて、」

「じゃあ良いでしょ」

 そう言って抗議をする間もなく、唇を重ねられ言葉を奪われる。顔を捩って唇を避けようとしても、両手で両耳をホールドされそれも叶わなくなる。

「ふぅ……んっ、や、離せ」

「やだ」

 抗議の声を上げる度に激しく唇を貪られる。

「いぶき!」

 強く伊吹の名を呼べばようやく伊吹が止まって、俺を見た。

「何?」

「もうやめよう、こんなことは」

 自分の出した声が思った以上に自信のない声で、部屋に空虚に響いた。

「こんなこと? 織にとって、こんなことなの?」

「っ、そうじゃない」

 言葉尻をとられて、背筋が冷えた。そうじゃない、そういいつつも、きっと伊吹と自分の認識が違うということは分かっていた。

「何が違うの? あの時受け入れてくれたと思ってたけど、あれは嘘だったの?」

「嘘じゃない……でも」

「でも、なに?」

「……したくない」

「なんで?」

「怖い……。すればする程、兄弟じゃなくなる感じがして」

 伊吹の表情が変わった。訝しげだった表情が、戸惑いの表情に変わる。
 室内に重い沈黙が響き、お互い固い表情のまま見つめ合ったまま沈黙が続いた。




 長い沈黙が続いた後、伊吹が何かを思いついたかのように「そうか」とだけ言った。




「じゃあ、兄弟じゃなくなるまですれば良いのかな?」

「はっ? 何言ってるんだ?」

 何か恐ろしいことを聞いた気がして伊吹を見返せば、スッと伊吹の眼光が細められた。

「兄弟であっても1つになれないなら、兄弟じゃなくなれば1つになれるってことだよね」

「どういう理屈だ、そんな訳っ」

 ない、という言葉は再び伊吹の唇によって遮られた。
 荒々しい口づけだった。
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