上 下
109 / 173
Act 8. 夏の小鳥

色褪せないもの

しおりを挟む

 ふと目が覚めれば、テレビは消えていて部屋は真っ暗。

 隣のベッドからは、薫の寝息が聞こえてくる。
 いつの間にか寝てしまっていたらしい。ドラマの結末がどうなったか結局見れずじまいだったが、明日にでも薫に聞けば教えてくれるだろう。

 薫の言ったように、いつでも寝ても大丈夫なように、という配慮は正解だったようだ。

 寮の時もソファでよくうたた寝しては、朝になるとベッドに寝ているという事は多かった。いつも運んでくれている薫に悪いなと思いながらも、薫のチョイスする面白い映画の誘惑に負けてしまうのだ。

 喉が渇いたな、と一階で水を貰う事にした。
 ウォーターサーバーから勝手に飲んでいいと言われていたため、コップに水を入れる。
 深夜3時。
 当然ながら、誰も起きている気配はなく、リビングにはハムノイズだけが静かに響いていた。

「俺の部屋まだあるのかな」

 呟いた言葉に返事などある訳もなく、暗闇に溶けて消えていく。

 そう考え始めたら好奇心は留まる所を知らなかった。いけないことだと知りつつも、自分の部屋が今どうなっているか確かめてみたくなる。

 きっと誰も起きていないから大丈夫。
 根拠のない自信。

 さっき薫と話した時、もっと楽になっていいんだと思えた。こんな所で背中を後押しされるとは思わなかったが。

 寛人だった時の部屋は2階だ。渡り廊下を渡った向こう側にある。
 コップを置き、暗闇に向かう扉を開けた。


 部屋の目の前まで来る。


 "HIROTO"と書かれた部屋のプレートはそのまま。陶器か粘土かよくわからないそれは、母が作ったものだった。
 幾分か色褪せたそれにそっと触れてみる。表面の埃が取れ、昔までいかないが鮮やかな青が姿を表した。

 意を決して、過去の部屋を開けた。

 部屋はほとんど何も変わっていなかった。ベッドはなくなっているものの、本棚も勉強卓もそのまま。 元々ものも少ないこともあってか、減っているものを探す方が少なかった。増えているものといえば、トロフィやメダル、俺の写真が増えていた。

「あ……これ……」

 懐かしさと共に手を伸ばしたのは、最後の京都旅行の時の隆二の家族と7人で撮った集合写真だった。
 俺が目にする事のなかった写真だ。死ぬ前日の写真。

「懐かしいな……。最後に京都に行った時のか……」

 俺の記憶にある父と母、雅人、隆二の両親と隆二。
 みんな笑っていた。隆二の隣で写っている俺も、満面の笑みで笑っている。

 決して長い人生ではなかったけど、幸せだった。隆二が墓前に通い続けているという事実に、どうしようもなく胸が締め付けられる。

 写真の表面についている埃を指で拭く。色褪せた写真。ここにある全てのものは過去なのだと、やっと本当の意味で心の中の整理が着いたような気がした。

 色褪せていくもの中で色褪せないものもある。
 記憶と想いだけは、きっと自分が忘れない限り色褪せることはない。

「おい、何してる」

 突如話しかけられた声に、心臓が竦みあがった。持っていた写真立てを咄嗟に落としてしまい、ガシャンと大きな音を立ててガラスが割れる。

 雅人だった。

「す、すみません」

 早く部屋を出ればよかった。なんで悠長にしてしまったのだろう。
 どう言い訳をすればいいのか分からず、内心パニックになりながらも割れた写真立てを拾おうと手を伸ばせば、

「触るな」

 と雅人の冷たくて低い声に、伸ばしかけた手がビクっと跳ねた。

 まるで思い出に触るなと言われているような怒りの声だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

掃除中に、公爵様に襲われました。

天災
BL
 掃除中の出来事。執事の僕は、いつものように庭の掃除をしていた。  すると、誰かが庭に隠れていることに気が付く。  泥棒かと思い、探していると急に何者かに飛び付かれ、足をかけられて倒れる。  すると、その「何者か」は公爵であったのだ。

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

全校生徒の肉便器

いちみやりょう
BL
人気投票で生徒会などが選ばれる学園で肉便器に決まってしまった花倉詩音。まずは生徒会によるみそぎと開通式ということで全校生徒の前で脱糞ショー。これから始まる肉便器生活はどうなっていくのか!? ーーーーーーーーーー 主人公は終始かわいそうな目にあいます。 自己責任で読んでください。

全寮制男子高校生活~行方不明になってた族の総長が王道学園に入学してみた~

雨雪
BL
スイマセン、腐男子要素どこいった状態になりそうだったんでタイトル変えました。 元、腐男子が王道学園に入学してみた。腐男子設定は生きてますがあんま出てこないかもです。 書いてみたいと思ったから書いてみただけのお話。駄文です。 自分が平凡だと本気で思っている非凡の腐男子の全寮制男子校での話。 基本思いつきなんでよくわかんなくなります。 ストーリー繋がんなくなったりするかもです。 1話1話短いです。 18禁要素出す気ないです。書けないです。 出てもキスくらいかなぁ *改稿終わって再投稿も終わったのでとりあえず完結です~

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

或る実験の記録

フロイライン
BL
謎の誘拐事件が多発する中、新人警官の吉岡直紀は、犯人グループの車を発見したが、自身も捕まり拉致されてしまう。

処理中です...