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Act 8. 夏の小鳥
色褪せないもの
しおりを挟むふと目が覚めれば、テレビは消えていて部屋は真っ暗。
隣のベッドからは、薫の寝息が聞こえてくる。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。ドラマの結末がどうなったか結局見れずじまいだったが、明日にでも薫に聞けば教えてくれるだろう。
薫の言ったように、いつでも寝ても大丈夫なように、という配慮は正解だったようだ。
寮の時もソファでよくうたた寝しては、朝になるとベッドに寝ているという事は多かった。いつも運んでくれている薫に悪いなと思いながらも、薫のチョイスする面白い映画の誘惑に負けてしまうのだ。
喉が渇いたな、と一階で水を貰う事にした。
ウォーターサーバーから勝手に飲んでいいと言われていたため、コップに水を入れる。
深夜3時。
当然ながら、誰も起きている気配はなく、リビングにはハムノイズだけが静かに響いていた。
「俺の部屋まだあるのかな」
呟いた言葉に返事などある訳もなく、暗闇に溶けて消えていく。
そう考え始めたら好奇心は留まる所を知らなかった。いけないことだと知りつつも、自分の部屋が今どうなっているか確かめてみたくなる。
きっと誰も起きていないから大丈夫。
根拠のない自信。
さっき薫と話した時、もっと楽になっていいんだと思えた。こんな所で背中を後押しされるとは思わなかったが。
寛人だった時の部屋は2階だ。渡り廊下を渡った向こう側にある。
コップを置き、暗闇に向かう扉を開けた。
部屋の目の前まで来る。
"HIROTO"と書かれた部屋のプレートはそのまま。陶器か粘土かよくわからないそれは、母が作ったものだった。
幾分か色褪せたそれにそっと触れてみる。表面の埃が取れ、昔までいかないが鮮やかな青が姿を表した。
意を決して、過去の部屋を開けた。
部屋はほとんど何も変わっていなかった。ベッドはなくなっているものの、本棚も勉強卓もそのまま。 元々ものも少ないこともあってか、減っているものを探す方が少なかった。増えているものといえば、トロフィやメダル、俺の写真が増えていた。
「あ……これ……」
懐かしさと共に手を伸ばしたのは、最後の京都旅行の時の隆二の家族と7人で撮った集合写真だった。
俺が目にする事のなかった写真だ。死ぬ前日の写真。
「懐かしいな……。最後に京都に行った時のか……」
俺の記憶にある父と母、雅人、隆二の両親と隆二。
みんな笑っていた。隆二の隣で写っている俺も、満面の笑みで笑っている。
決して長い人生ではなかったけど、幸せだった。隆二が墓前に通い続けているという事実に、どうしようもなく胸が締め付けられる。
写真の表面についている埃を指で拭く。色褪せた写真。ここにある全てのものは過去なのだと、やっと本当の意味で心の中の整理が着いたような気がした。
色褪せていくもの中で色褪せないものもある。
記憶と想いだけは、きっと自分が忘れない限り色褪せることはない。
「おい、何してる」
突如話しかけられた声に、心臓が竦みあがった。持っていた写真立てを咄嗟に落としてしまい、ガシャンと大きな音を立ててガラスが割れる。
雅人だった。
「す、すみません」
早く部屋を出ればよかった。なんで悠長にしてしまったのだろう。
どう言い訳をすればいいのか分からず、内心パニックになりながらも割れた写真立てを拾おうと手を伸ばせば、
「触るな」
と雅人の冷たくて低い声に、伸ばしかけた手がビクっと跳ねた。
まるで思い出に触るなと言われているような怒りの声だった。
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