上 下
107 / 173
Act 8. 夏の小鳥

押し問答

しおりを挟む

「今日の夜は何かやる事あるのか?」

「学会も終わったし、特にないかな」

「俺の部屋に来ないか?」

 その言葉に誘われ、夕食後薫の部屋でゆっくりする事になった。

 薫の部屋はベッドと勉強机の他に小さなテーブルと一人掛けソファが置いてある、シンプルな部屋だ。部屋の大きさからは想像出来ない大型テレビが壁に取り付けられており、サウンドもサラウンド8chの仕様になっている所は寮のリビングと似ていた。
 俺は一人掛けのソファに座り、薫はベッドを背に座っていた。伽耶さんから食後のデザートにと渡されたお茶を飲みながら、2人で皿に盛られた葡萄を一粒つまみ、丁寧にそれを剥いていく。

「どうかしたのか?」

 心配そうにこちらを見つめる薫と視線が合った。時折、こちらを心配そうに見つめる薫の視線に気づいていたが、雅人や伽耶さんの前で切り出さなかったのは薫が2人になるタイミングを見計らっていたからなのだろう。

「何が?」

 さっきの出来事が煮え切らず悶々と考えていたのも、きっと薫は分かっているのだろうが、今回ばかりは簡単に相談出来る内容でもないのが事実だった。

「……話したくないなら無理には聞かない」

「別にたいした内容じゃないんだ」

「……そうか」

 薫がジッとこちらを見ていた。

「本当にたいした内容じゃないから大丈夫。悩んでもどうにもならない事は分かってるんだ」

 言い訳する様に言葉を並べたてれば、薫がゆっくりとその言葉一つ一つに頷いてくれる。

「でも諦められないから、悩んでいるんだろう」

 結局の所はそうなのだ。
 人生に諦めはつくりたくない。そう思って歩んだ二度目の人生。だからこそ、諦める決意をする時には大きな葛藤も同伴する。
 でも、こればっかりは諦めるしかない問題なのも分かっている。

 俺はもう寛人ではない。
 伊織である限り、俺は寛人であって寛人ではない。

 この哲学のような押し問答をもう何度繰り返しただろうか。

 それ以上薫は踏み込んで来なかった。
 心配してくれているのに、と申し訳ない気持ちになる。大画面に映し出される映像は、薫にしては珍しく、日本のドラマだった。男女が入れ替わるという設定のストーリーというのは、見始めて10分ぐらいした所で分かった。

「ある日目が覚めたら、自分じゃなかったら、薫はどうする?」

 ふと浮かんだ疑問をそのまま口に乗せた。

「難しいな……」

 薫が考え込んだ。

「それは一時的に、という事か?」

「戻れない、もしくはこのドラマみたいに分からない場合」

「そうだな……。嘆いてもどうにもならないから、必死に生きる、としか言えないな。だが、一つ言えるのは、自分の好きな事を変えるつもりはない。このドラマの場合、ヒロインはヒーローの好きな事を好きになろうと努力するが、ヒロインは趣味という趣味がないからこういう事が出来るんだろう。俺は自分が好きな事を諦める事は出来ない。生活態度や習慣を改めざるおえない部分は多少あるだろうが」

 いつになく饒舌に薫が答える。
 普段は言葉数が少ない薫だが、意見がない訳ではないというのは、一緒に生活しているうちに分かった事だ。聞いたらどんなにつまらない質問でも、いつも真面目に答えてくれる。

「でも諦めざるを得ない状況だったらどうするんだ?」

「難しい質問だな」

 と薫が眉根を寄せた。

「制約があって出来ないって事か?」

「仮にそうだと仮定して」

「……相手の要求以上の事をする方法を考えて妥協点を探るか、時間が解決しそうな問題なら待つ」

「そうだよな」

「答えになってるか?」

「なってるよ。すごく面白い」

「そうか。仮定として話せるから面白いと感じるが、実際にそういう状況になったらと考えると俺は辟易するな」

 その意見に、確かにそうだ、と笑った。
 確かに斯波みたいに客観視出来るポジションなら面白いと思えるが、実際だとそう軽くもなれないのは事実だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う

らる
BL
幸せな家庭ですくすくと育ち普通の高校に通い楽しく毎日を過ごしている七瀬透。 唯一普通じゃない所は人たらしなふわふわ天然男子である。 そんな透は本で見た不良に憧れ、勢いで日本一と言われる不良学園に転校。 いったいどうなる!? [強くて怖い生徒会長]×[天然ふわふわボーイ]固定です。 ※更新頻度遅め。一日一話を目標にしてます。 ※誤字脱字は見つけ次第時間のある時修正します。それまではご了承ください。

超絶美形な俺がBLゲームに転生した件

抹茶ごはん
BL
同性婚が当たり前に認められている世界観のBLゲーム、『白い薔薇は愛の象徴となり得るか』略して白薔薇の攻略対象キャラである第二王子、その婚約者でありゲームでは名前も出てこないモブキャラだったミレクシア・サンダルフォンに生まれ変わった美麗は憤怒した。 何故なら第二王子は婚約者がいながらゲームの主人公にひとめぼれし、第二王子ルートだろうが他のルートだろうが勝手に婚約破棄、ゲームの主人公にアピールしまくる恋愛モンスターになるのだ。…俺はこんなに美形なのに!! 別に第二王子のことなんて好きでもなんでもないけれど、美形ゆえにプライドが高く婚約破棄を受け入れられない本作主人公が奮闘する話。 この作品はフィクションです。実際のあらゆるものと関係ありません。

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

「んじゃ、お前のすべてを捧げろよ」〜俺様最強チートが不憫な転生美青年をとにかく溺愛するお話

天白
BL
攻めがとにかく受けを溺愛するお話。モブ攻め描写なしバージョン。 【あらすじ】 ある時代、聖女という役割を持って生まれた青年は大罪を犯し、村人によって谷底へと落とされた。 以後、罪だけを背負った青年・レイヴンは村に囚われるように何度も転生を繰り返し、今では村の男達の慰み者として罰を受けていた。 ある日、村の外からやってきたと思しき赤髪の若い男、シンと出会う。怪我を負い死にかけていたシンをひっそりと匿うレイヴンは、禁忌であると知りつつ自身の持つ聖なる力で彼を介抱する。 シンの怪我が治るまで、村から離れたレイヴンはしばし穏やかな日常を送る。しかしそんな細やかな幸せも束の間。レイヴンは再び村の男達に捕まり壮絶な罰を受け、瀕死の状態となってしまう。 果たしてレイヴンは、罰という名の転生から逃れることができるのか? ※拙作「んじゃ、お望み通りにしてやるよ」のモブ攻め描写がないバージョンです。物語の大筋は同じですが、ただモブ攻めシーンを抜いただけでなく、こちらを公開するにあたって主人公カプのR指定シーンを加筆、さらに甘めの作品とすることにした為、印象の違いからタイトルを変えました。 (☆)印のあるページはスカッと系ではあるものの暴力、過激、残酷描写がございます。苦手な方はご注意ください。 他サイト・ムーンライトノベルズさんでも公開中。

学園奴隷《隼人》

かっさく
BL
笹田隼人(ささだ はやと)は、お金持ちが通う学園の性奴隷。黒髪に黒目の美少年が、学園の生徒や教師たち、それだけでなく隼人に目をつけた男たちがレイプしたりと、抵抗も出来ずに美少年が犯されるような内容です。 じみ〜にですが、ストーリーと季節は進んでいきます。

処理中です...