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Act 6 .迷える小鳥

案ずるより産むが易し

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 俺も薫も口がよく回る方じゃない。
 でも、薫が必死に俺を説得してくれているというのは、真っ直ぐに伝わってきた。
 言葉を紡ぐ時、一瞬考えるようなポーズがあるのは、薫なりに言葉を選んでくれているんだろう。

「俺はお前がバスケをやりたがっているように見えた。バスケをしている時の伊織は、俺が見た中で一番楽しそうだった。本当にバスケが好きなんだと思った。だから一度体験すれば、心は決まるんじゃないかと思った」

「……ごめん」

「謝らなくていい。研究以外に、入れない理由があるんだろう?」

「え?」

「弟か?」

「なっ……」

 その言葉にドキっとした。

 俺の事を考えてくれているのは分かっていたし、同室だからという事を差し引いても、俺を良く観察しているんだなという気はしていた。
 だが、そこを突かれるとは思っていなかった。

「……なんで、そう思ったんだ?」

 恐る恐る聞く。

「伊織は自分のことじゃそんなに悩まないだろう? 悩むとしたら、いつも弟関連だ」

 座っている時感じなかった身長差から、少し見上げる形になる。
 一見無表情に見えるが、どこか心配そうなその表情を浮かべ、でも何処か優しげに俺を見ていた。

 本当によく見ている。
 薫も伊吹も神も、寛人の時は隆二も。
 俺の周りは、俺以上に俺を知っているんじゃないだろうか。きっと自分が一番自分のことをわかっていないのかもしれない。

 そんな周りに恵まれている自分は幸せ者なのかもしれない。そう考えると、じんわりと胸が暖かくなった。

「……そんなに分かりやすいか?」

「……」

 薫が無言になる。きっと相当分かりやすいんだろう。
 俺は天井を見上げて、ふーっと息を吐いた。

「伊吹はなんて言うかな」

「言ってないのか?」

「ああ」

「言ってみたらいいんじゃないか。お前のやりたい事を制限するような弟ではないだろう?」

「そうだな」

 自分で言っていて、なんとなく可笑しく思えてきた。
 傍から見たらきっと滑稽に違いない。何をするのにも、弟の許可が必要だと、そう言っていると他から見れば違いはないのだから。
 結局のところ、俺は伊吹を理由にしているだけだ。
 バスケに触れるのが怖い。生活がバスケ一色で染まってしまえば、また前世の繰り返しをしてしまうかもしれない。
 それが知らぬ間のうちに、バスケから一線を引いていた。
 モヤモヤと悩んでいるのは結局自分だけで、やってみれば意外とそうでもないことなのかもしれない。

 案ずるより産むが易し。

 ああ、きっとこれだ。

「なんか、いつも薫には助けられてばかりだな」

「そうでもない。お前とバスケをしたいと思ったのは、俺の我儘だ」

 日下が薫の事を不器用だというが、こういった言葉の端々に相手への思いやりが詰まっている。部屋にいるときでも、相手に気を遣わせない気の使い方が上手いんだ。

「ありがとう」

 薫は頷いて、いつものように頭にポンポンと手を置いた。

「楽しみにしている」

「ああ」

 後悔するかもしれない。でもやらなくてもきっと後悔する。
 それなら、やった方がいい。前に進んで後悔した方がよっぽどマシだ。

 俺は入部届に記入し、薫に渡した。
 スケジュール表とロッカーの鍵を貰い、2人で部室を出る。

「今日からでも出来るが」

「一度伊吹に報告だけしておくよ」

「そうか」

「俺って自分で思ってるより、ブラコンだったんだな」

「今更だ」

「……ぷっ」

 そこは薫も否定しないらしい。
 渋い顔でそういう薫がどこかおかしくて、思わず声を出して笑った。
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