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Act 4. すれ違う鳥達

売り言葉に買い言葉

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「……俺が気に入らないのか?」

「違う」

「じゃあ、何が?」

「織には関係、」

「なくないだろ」

 堂々巡りする会話。

「仮にあったとしても、話す義務なんかないよね?」

「そうだな。それなら、もう勝手にしろ」

「……織の分からず屋」

「はぁ?」

 話す義務なんか無いと言ったのは伊吹だ。 それなのに、分からず屋と言われる理由が見えてこない。
 原因が分からない事で、俺も段々と苛々が募る。
 痛々しい空気が部屋に充満していた。

 そんな重苦しい空気が、唐突に入ってきた人物によって一掃される。

「呼ばれて出てきてじゃかじゃかじゃーん! 伊織ちゃん一緒に教室いかへーん?……ってあれ?」

 日下だ。

「もしかして、取り込み中やった?」

 日下の空気の読まなさに、思わずため息をつく。普通の神経なら、ここまで空気を読まない行動はとれない。

「日下、空気読まないってよく言われるだろ?」

「空気は読むもんちゃう! 吸うもんや!」

「威張るな馬鹿」

 もう一度ため息をつきながら伊吹の方に向き直ると、引っ叩いた頬を押さえながら泣いている伊吹に瞠目する。
 ボロボロと次から次へと溢れ出す涙。

「織の分からず屋!大っ嫌いっ!!」

 伊吹が勢いよく部屋を飛び出た。当て馬とばかりに、リビングの扉がバタンッと大きな音をたてて閉まる。

「あかん……弟くん泣き顔可愛すぎや」

 口元を押さえながら、能天気に呟く日下に軽く殺意を覚えた。

 売り言葉に買い言葉。
 そんな売り言葉を買い、引っ叩いた俺が一概に悪くなかったかと聞かれれば、そんな事はない。
 だけど、今は伊吹を追いかけようとか、謝ったりフォローしたりする気は起きなかった。

 昨日の出来事の後の今日だ。
 心まで暴かれるようなその行為に抵抗が無かった、とは言い切れないし、痛みだって想像以上だった。
 だけど、それでも伊吹の気持ちに応えられるなら良いと思った。

 それなのに、伊吹の反応は全くもって冷淡なもので。性的な面を馬鹿にされるような事を言われる理由も分からない。

 まるで俺が誰とでも寝てるみたいな言い方だった。

 身体の相性が良かった。

 ふざけるな。お前が初めてだったのに。

 こんな事になるなら、あの時踏み出さなければ良かった。

 双子だとか、兄弟だとかいう枠も今は酷く曖昧で。
 なんであの時享受したのかも、曖昧で。
 なんでいつものままでいなかったんだ、とか。
 なんであんな行動をしたのか、とか。

 そう考え始めたら、自分が途方もなく情けなくなってくる。

「ちょ、伊織ちゃん? 伊織ちゃんまでどないしたん?」

 溢れてくる涙を見られたくなくて、すぐに日下から背を向けた。

「ごめん。後から行くから、先に行っててくれ」

「せやけど、」

「俺は別に大丈夫だから。担任に遅刻します、って伝えておいて貰っていいか?」

「それはええけど……、俺で良ければ話聞くで?」

「それなら、伊吹についててやってくれ」

「えっ?」

「多分部屋で泣いてるから」

「それやったら、伊織ちゃんもやん」

「俺は大丈夫だから」

「……分かったわ。なんかあったら、俺か薫ちゃんに電話してな」

「ああ」

 背後で玄関の戸が閉まる音がした。

 息を吐く。

 しかし、吐き出しきれないモヤモヤの塊は、胸に鎮座したままだった。
 どうすれば良いのか、自問自答を繰り返しながら、俺はベッドに深く沈んだ。

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