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平穏と日常
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ディサンテの朝は早い。夜が明けるとともに城を抜け出し城下町へ行くのが日課だ。
空は青く雲は流れゆく。まだ空気はひんやりしているけれど、太陽が完全に地面を照らすころには暖かになるだろう。
徐々ににぎやかな街の人々の声が聞こえてくる。
「おはよう、アーディ」
朝市の一角で、新鮮な野菜を扱う女主人に声をかけられた。
「おはよう、おばさん。今日はなにか珍しいものはない?」
「そうねぇ……あ、この人形はいかがかしら?」
売り場の棚の上へふっくらとした腕を伸ばし、一つ小物を取り出してくる。
手の平くらいの大きさの細工。確かに人形と言われれば人形かもしれない。
「この変な人形はなに? 俺は人形遊びしないんだけど」
そう答えると、彼女は声を出して大きく笑った。
「それはそうよね。でもアーディはまだ十二歳だからまだまだ子供よ。成人までまだ三年もあるわ」
「…………」
「まぁ、それはともかく。これは遊ぶための人形ではなくて、魔除けの人形よ」
ディサンテの手を取り、その手に魔除けの人形を載せた。
色鮮やかな織物で作られた、素朴な人形は軽くて手になじむ。
「おばさん、魔除けってなに?」
「相変わらず勉強が嫌いなのねぇ。指導している先生に叱られないの?」
彼女はそういうと驚いたようにディサンテを見る。ディサンテはそっと目をそらした。
「良くないものを、除ける力を持つの。もう何百年も平穏だし必要ないものだから、売れないのよねぇ。だからアーディにそれをプレゼントするわ」
「いま、売れないって言ったよね? 俺はこれを押し付けられているように思えるんだけど」
「気にしない、気にしない」
彼女は笑顔でディサンテを店から送り出す。
身分を隠すのは兄や父に言われているからだ。危険はない。この国は島国で、平和に満ちている。父の時代もその前の時代もずっと争いごとが起きたことがない。
民と同じ目線で、同じ景色を見て、同じものを食べる。
人々に紛れ込むのは王族の義務。紛れ込むにはここで使う名前が必要で、ディサンテは父からアーディという名前を名乗るように指導されていた。
軽く握った手の中には、先ほどの人形がある。古い物には見えない。民芸品みたいなものなのかもしれない。
帰ったらどのあたりで作られているのか、調べてみようと思う。
目を前に向けると鍛冶屋が朝から開いていた。なんとも珍しいことだ。いつもは昼頃からのんびりと店を開けると聞いていたから。
「おじさん、今日は朝からなんだね。見てもいい?」
声をかけると彼は機嫌がいいようで、笑顔で答えてくれる。
「見るだけならいいよ。ただ……使うにはまだ早いなぁ」
「それさ、さっきの野菜売りのおばさんにも子供だって言われたんだけど?」
「ん? 子供だろう?」
どうしてこう、子ども扱いをするのか……あと三年ほどでディサンテは成人を迎える。たった三年だ。
確かに身長が大きいほうではない。筋肉も十分にあるかと問われればそうでもない。
王家一族は全体的に逞しくならないように見える。兄も父も体の線が細いほうだ。
それに比べて城下町の人々は男女ともに大きく、子供さえ大人びて見えたりするから不思議だと思う。
――帰ったら勉強のときに聞いてみようか。
「アーディは剣が好きなのかい? その細い腕で?」
「……剣はきれいだから」
この細い腕でも軽く扱えるが、そこまで言うのは面倒だ。せっかく鍛冶屋が来ているのだから、いろんな装飾品も見せてもらいたかった。
「そういえば、どうして今日は朝早いの? いつも昼近くに店を開くよね?」
「今日は新しく防具を作ってみたんだ。とはいえ戦いで使うことはないだろうから、装飾品としてだけどな。ほら、こっちが耳飾り。で、これが髪飾り――」
調子よく説明していく店主はどうだと言わんばかりに、店の奥に飾ってあったものを並べていく。
指輪、首飾り、髪留め……いろいろ出していく。繊細な銀色の装飾品は朝日に輝き光っている。
「これのどこが防具なの? 普通に飾り物だよね?」
「この材料の鉱物には、とても珍しいものが入っている。それを入れて作り上げることで、魔力の底上げができるというわけだ」
「だけど、魔力を持つ人間なんていないじゃないか」
「――まあそうだけど、海を越えた大陸には魔力を持った人間がいるらしいぞ」
「…………」
外の国と交易をすれば、確かに魔力をもつ者にとっては必要だろう。
空は青く雲は流れゆく。まだ空気はひんやりしているけれど、太陽が完全に地面を照らすころには暖かになるだろう。
徐々ににぎやかな街の人々の声が聞こえてくる。
「おはよう、アーディ」
朝市の一角で、新鮮な野菜を扱う女主人に声をかけられた。
「おはよう、おばさん。今日はなにか珍しいものはない?」
「そうねぇ……あ、この人形はいかがかしら?」
売り場の棚の上へふっくらとした腕を伸ばし、一つ小物を取り出してくる。
手の平くらいの大きさの細工。確かに人形と言われれば人形かもしれない。
「この変な人形はなに? 俺は人形遊びしないんだけど」
そう答えると、彼女は声を出して大きく笑った。
「それはそうよね。でもアーディはまだ十二歳だからまだまだ子供よ。成人までまだ三年もあるわ」
「…………」
「まぁ、それはともかく。これは遊ぶための人形ではなくて、魔除けの人形よ」
ディサンテの手を取り、その手に魔除けの人形を載せた。
色鮮やかな織物で作られた、素朴な人形は軽くて手になじむ。
「おばさん、魔除けってなに?」
「相変わらず勉強が嫌いなのねぇ。指導している先生に叱られないの?」
彼女はそういうと驚いたようにディサンテを見る。ディサンテはそっと目をそらした。
「良くないものを、除ける力を持つの。もう何百年も平穏だし必要ないものだから、売れないのよねぇ。だからアーディにそれをプレゼントするわ」
「いま、売れないって言ったよね? 俺はこれを押し付けられているように思えるんだけど」
「気にしない、気にしない」
彼女は笑顔でディサンテを店から送り出す。
身分を隠すのは兄や父に言われているからだ。危険はない。この国は島国で、平和に満ちている。父の時代もその前の時代もずっと争いごとが起きたことがない。
民と同じ目線で、同じ景色を見て、同じものを食べる。
人々に紛れ込むのは王族の義務。紛れ込むにはここで使う名前が必要で、ディサンテは父からアーディという名前を名乗るように指導されていた。
軽く握った手の中には、先ほどの人形がある。古い物には見えない。民芸品みたいなものなのかもしれない。
帰ったらどのあたりで作られているのか、調べてみようと思う。
目を前に向けると鍛冶屋が朝から開いていた。なんとも珍しいことだ。いつもは昼頃からのんびりと店を開けると聞いていたから。
「おじさん、今日は朝からなんだね。見てもいい?」
声をかけると彼は機嫌がいいようで、笑顔で答えてくれる。
「見るだけならいいよ。ただ……使うにはまだ早いなぁ」
「それさ、さっきの野菜売りのおばさんにも子供だって言われたんだけど?」
「ん? 子供だろう?」
どうしてこう、子ども扱いをするのか……あと三年ほどでディサンテは成人を迎える。たった三年だ。
確かに身長が大きいほうではない。筋肉も十分にあるかと問われればそうでもない。
王家一族は全体的に逞しくならないように見える。兄も父も体の線が細いほうだ。
それに比べて城下町の人々は男女ともに大きく、子供さえ大人びて見えたりするから不思議だと思う。
――帰ったら勉強のときに聞いてみようか。
「アーディは剣が好きなのかい? その細い腕で?」
「……剣はきれいだから」
この細い腕でも軽く扱えるが、そこまで言うのは面倒だ。せっかく鍛冶屋が来ているのだから、いろんな装飾品も見せてもらいたかった。
「そういえば、どうして今日は朝早いの? いつも昼近くに店を開くよね?」
「今日は新しく防具を作ってみたんだ。とはいえ戦いで使うことはないだろうから、装飾品としてだけどな。ほら、こっちが耳飾り。で、これが髪飾り――」
調子よく説明していく店主はどうだと言わんばかりに、店の奥に飾ってあったものを並べていく。
指輪、首飾り、髪留め……いろいろ出していく。繊細な銀色の装飾品は朝日に輝き光っている。
「これのどこが防具なの? 普通に飾り物だよね?」
「この材料の鉱物には、とても珍しいものが入っている。それを入れて作り上げることで、魔力の底上げができるというわけだ」
「だけど、魔力を持つ人間なんていないじゃないか」
「――まあそうだけど、海を越えた大陸には魔力を持った人間がいるらしいぞ」
「…………」
外の国と交易をすれば、確かに魔力をもつ者にとっては必要だろう。
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