上 下
2 / 12

平穏と日常

しおりを挟む
 ディサンテの朝は早い。夜が明けるとともに城を抜け出し城下町へ行くのが日課だ。

 空は青く雲は流れゆく。まだ空気はひんやりしているけれど、太陽が完全に地面を照らすころには暖かになるだろう。

 徐々ににぎやかな街の人々の声が聞こえてくる。

「おはよう、アーディ」

 朝市の一角で、新鮮な野菜を扱う女主人に声をかけられた。

「おはよう、おばさん。今日はなにか珍しいものはない?」

「そうねぇ……あ、この人形はいかがかしら?」

 売り場の棚の上へふっくらとした腕を伸ばし、一つ小物を取り出してくる。

 手の平くらいの大きさの細工。確かに人形と言われれば人形かもしれない。

「この変な人形はなに? 俺は人形遊びしないんだけど」

 そう答えると、彼女は声を出して大きく笑った。

「それはそうよね。でもアーディはまだ十二歳だからまだまだ子供よ。成人までまだ三年もあるわ」

「…………」

「まぁ、それはともかく。これは遊ぶための人形ではなくて、魔除けの人形よ」

 ディサンテの手を取り、その手に魔除けの人形を載せた。

 色鮮やかな織物で作られた、素朴な人形は軽くて手になじむ。

「おばさん、魔除けってなに?」

「相変わらず勉強が嫌いなのねぇ。指導している先生に叱られないの?」

 彼女はそういうと驚いたようにディサンテを見る。ディサンテはそっと目をそらした。

「良くないものを、除ける力を持つの。もう何百年も平穏だし必要ないものだから、売れないのよねぇ。だからアーディにそれをプレゼントするわ」

「いま、売れないって言ったよね? 俺はこれを押し付けられているように思えるんだけど」

「気にしない、気にしない」

 彼女は笑顔でディサンテを店から送り出す。

 

 身分を隠すのは兄や父に言われているからだ。危険はない。この国は島国で、平和に満ちている。父の時代もその前の時代もずっと争いごとが起きたことがない。

 民と同じ目線で、同じ景色を見て、同じものを食べる。

 人々に紛れ込むのは王族の義務。紛れ込むにはここで使う名前が必要で、ディサンテは父からアーディという名前を名乗るように指導されていた。

 軽く握った手の中には、先ほどの人形がある。古い物には見えない。民芸品みたいなものなのかもしれない。

 帰ったらどのあたりで作られているのか、調べてみようと思う。

 目を前に向けると鍛冶屋が朝から開いていた。なんとも珍しいことだ。いつもは昼頃からのんびりと店を開けると聞いていたから。

「おじさん、今日は朝からなんだね。見てもいい?」

 声をかけると彼は機嫌がいいようで、笑顔で答えてくれる。

「見るだけならいいよ。ただ……使うにはまだ早いなぁ」

「それさ、さっきの野菜売りのおばさんにも子供だって言われたんだけど?」

「ん? 子供だろう?」

 どうしてこう、子ども扱いをするのか……あと三年ほどでディサンテは成人を迎える。たった三年だ。

 確かに身長が大きいほうではない。筋肉も十分にあるかと問われればそうでもない。

 王家一族は全体的に逞しくならないように見える。兄も父も体の線が細いほうだ。

 それに比べて城下町の人々は男女ともに大きく、子供さえ大人びて見えたりするから不思議だと思う。

 ――帰ったら勉強のときに聞いてみようか。

「アーディは剣が好きなのかい? その細い腕で?」

「……剣はきれいだから」

 この細い腕でも軽く扱えるが、そこまで言うのは面倒だ。せっかく鍛冶屋が来ているのだから、いろんな装飾品も見せてもらいたかった。

「そういえば、どうして今日は朝早いの? いつも昼近くに店を開くよね?」

「今日は新しく防具を作ってみたんだ。とはいえ戦いで使うことはないだろうから、装飾品としてだけどな。ほら、こっちが耳飾り。で、これが髪飾り――」

 調子よく説明していく店主はどうだと言わんばかりに、店の奥に飾ってあったものを並べていく。

 指輪、首飾り、髪留め……いろいろ出していく。繊細な銀色の装飾品は朝日に輝き光っている。

「これのどこが防具なの? 普通に飾り物だよね?」

「この材料の鉱物には、とても珍しいものが入っている。それを入れて作り上げることで、魔力の底上げができるというわけだ」

「だけど、魔力を持つ人間なんていないじゃないか」

「――まあそうだけど、海を越えた大陸には魔力を持った人間がいるらしいぞ」

「…………」

 外の国と交易をすれば、確かに魔力をもつ者にとっては必要だろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...