上 下
30 / 44
第三章

嫉妬というらしい

しおりを挟む
 

 バザーを見た後は、露店を見て回ったり、パフォーマンスを見たりした。
 楽しそうなルーナの横顔を見ながら、レオンハルトはずっと心の中でカイのことを考えていた。
 
 レオンハルトだって今日を楽しみにしてきたはずなのに、どうしてかつまらなく感じていた。
 全部カイのせいだ。あの男が現れて、ルーナが嬉しそうに笑うから、レオンハルトがうまく笑えなくなる。

「レオン、脚が疲れちゃったわ」
「あぁ、気付かずすみません。どこかで休みましょうか」
「レオンの執務室に行きたいわ」
「花火の時間には少し早いですが、もう祭りはいいんですか?」
「えぇ、人の多さにも少し疲れちゃったし……」

 ぼうっとしていて、ルーナが疲れているのにも気付くことができなかった。
 レオンハルトは反省しながら、ルーナを連れて執務室へ向かう。

 道中抱き上げましょうかと提案したが、「レオンがアンドリューだとバレてしまうわ」とよく分からないことを言われて断られた。

 ルーナを執務室に案内してから、飲み物を買いに階下へと降りている道中、アンドリューというどこか聞き覚えがある名前が誰の名前なのか思い出した。ルーナが読んでいた恋愛小説のヒーローの騎士の名前だった。

「ルーナ、お待たせしました」
「ありがとう」

 買って来たドリンクルーナに渡す。窓側に向けたソファーに並んで座ると、ルーナがずいと距離を詰めて来た。
 腰にルーナの体が触れて、内心でどぎまぎしてしまう。ルーナがドリンクをテーブルに置いて、レオンハルトの顔を見上げた。

「……なんでしょう」
「どうしたの?」

 質問に質問を返されて、レオンハルトは戸惑いながらルーナを見下ろした。

「どうしたとは……」
「なんだか今日、レオンはずっと上の空。体調が悪いの? 何か悩み事?」
「……いや、大丈夫です。何ともないので……」

 あなたとカイのせいです、とは言えなくて視線を下におろしてしまう。手の中のドリンクをひょいと取り上げられて、空いた手をルーナに握られた。

「ルーナ……?」
「……怒ってるの?」
「え……僕がですか?」
「だって……全然楽しそうじゃないんですもの。私は……レオンに祭りに誘っていただいて、今日のことをとても楽しみにしていたのに……レオンは違ったの?」
「僕だって……! 楽しみにしていましたよ。なのにルーナが……」

 あ、まずい。
 思わず口元を手で覆ったが、すでに放ってしまった言葉が帰ってくるわけでもない。

「私? 私がなに?」
「いや、何も……」
「何もないわけないじゃない! 私が何かしたのね? 私のせいなのね? 理由を教えてちょうだい」
「違うんです、君のせいじゃなくて僕が勝手に……あぁもう……」

 こんなはずじゃなかった。今日は綺麗にドレスアップしたルーナと祭りを楽しむ予定だった。ルーナを喜ばせたかった。なのにルーナを悲しませている。
 
 胸の内がもやもやとして、うまく笑えなくて、楽しいと思えなくて、かと思えば急に腹が立って……まるで自分の感情がコントロールできない。こんなことは今までになかった。感情を抑えて飼いならすことは得意だったはずなのに、どうして……。

「レオン、教えて。お願いよ。訳を知らないと何も言えないわ」
「……鬱陶しいと思ったりしませんか」
「思うわけないわよ」

 言いたくない。
 本当の理由を言って、ルーナになんて思われるかが分からなくて怖いから。このまま何も言わずにだんまりを貫くか、なんとか誤魔化すかしたかった。
 
「レオン、ねぇ、お願い」

 けれど、ルーナの声でその言葉を紡がれたら、レオンハルトはノーを言えなくなるのだ。
 
「…………カイは、君の何なんですか」
 
 前髪をぐしゃりと潰しながら、唸るように声をひねりだした。
 ええいままよ、ここまで来たらすべて言ってしまうしかない。
 
「カイ?」
「今日……楽しげに話していたじゃないですか。幼馴染だと言うけれど、彼は料理人で君は貴族じゃないか。どうやって幼馴染になれると? それに彼は君が来る前から僕に、大切な女性がいてその人を追いかけて来たと言っていた。それは君のことでは? カイと君がただならぬ関係にあったとしたら、僕は君たちの障害なのでは?」

 一気に言い切ってからはっとしてルーナを見ると、ルーナはレオンハルトの勢いに圧倒されたようにぽかんと口を開いて呆けていた。
 つい感情的になってしまった。もしかしたらルーナを怖がらせてしまったのではないか。
 
「ルーナ……すみませ、」
「……嫉妬しているの?」
「えっ……」

 次はレオンハルトが呆ける番だった。
 
 ルーナがカイと楽しそうに話しているところを思い出すと胃がムカムカする。
 カイの熱い視線や、ルーナに向ける笑顔を思い返すとなぜか無性に苛立って、ルーナの驚いた顔や「カイ」と呼ぶ声を思い出すとやたらに落ち着かなくなって……。
 
 あぁ、ルーナの言う通り、これは嫉妬だ。それに気が付いた瞬間、かぁっと耳が熱くなるのを感じた。

「…………そうかもしれません」
 
 恥ずかしい。まるで子供みたいに嫉妬なんかして、ルーナを困らせてしまった。男の嫉妬が醜いという定説があるが、その通りだと思う。自らの心の狭さを露呈するなんて、みっともない人間のすることだ。
 
「ルーナ、すみません……」
「どうして謝るの?」
「みっともないところを見せてしまって……」

 レオンハルトは言いながら、はぁとため息をついて項垂れた。そんなレオンハルトの肩に、ルーナがこてんと頭を乗せて、体を寄せてきた。ルーナの温かい体温を感じると、少しだけ心が落ち着いていく気がする。
 
「もっと見せてほしいわ」 
「……え?」
「レオンのみっともないところ、全部見せてほしいわ。どんなレオンだって好きなんだもの」
「……僕は嫌です……」
「どうしてよ?」
「好きな女性には、かっこいいところだけ見せておきたい……」

 ルーナが黙った。
 急に訪れた沈黙を不思議に思ったレオンハルトが横を見ると、奪うように不意にキスをされた。
 
 外にはたくさんの人がいたのに、まるで時が止まったかのような静けさが二人を包む。驚いて目を閉じる暇もない。ルーナの長いまつ毛が、窓から差し込む月の光に透けてキラキラと光っていた。

 ルーナがゆっくりと顔を離して、何も言えないでいるレオンハルトにふっと微笑んだ。はっとするくらいの美しい笑顔だ。
 
「レオンが可愛すぎて、キスしちゃったわ」
「またそうやって可愛いと言う……」
「いいじゃない。私しかこの可愛いレオンを知らないんだもの。嬉しくてつい」
「嬉しいんですか……?」

 こんな、醜くて恥ずかしい感情が?
 目の前の美しい人にとっては、嬉しいものなのか?

 レオンハルトが信じられない、という顔をしてルーナを見ると、ルーナはくすくす笑いながらこくりと頷いた。

「あのね、カイは屋敷で働いていたシェフの息子なの。年が近かったから、よくいっしょに遊んでいたわ。私は友達もいなかったし、あまり外にも出なかったから、カイは使用人の子だったけれど友達のように過ごしたの」
「だから幼馴染と……」
「えぇ。でも、レオンが思うような関係ではないわよ? カイはご家族の都合で屋敷を離れて、そのあと一切連絡も取っていなかったんですもの。カイに対して恋愛感情のようなものは抱いたことがなかったし……本当にただのお友達ね」
「そうだったんですか……」
「安心した?」

 とても安心した。それと同時に、どれだけ自分がルーナのことを好きでいるのかということを思い知った。
 ルーナが好きだ。好きで、好きで、どうしていいか分からないくらい。みっともなく嫉妬して、かっこ悪くなって、かっこいいと言われたいのに可愛いと言われてしまうくらい。

「……君が好きなんです。こんな、みっともない嫉妬をしてしまうくらい……」
「レオン、私、あなたが思うよりあなたのことがとっても好きなのよ」

 花火が上がった。それでも二人は、窓の外ではなくお互いの顔ばかり見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

愛のために離婚した『顔だけ令嬢』は、アレキサンドライトに輝く

栗皮ゆくり
恋愛
美しき辺境伯令嬢オレリー・シルバーヴェルは、領地に閉じこもり『顔だけ令嬢』と呼ばれていた。   ついに領地から帝都へ……そして、煌めくデビュタントボールで、一人の美しい男ロシュディ・アレクサンドル公爵と運命的な出会いをする。 それが仕組まれた出会いだったとしても、初めての恋におちるオレリー。   ロシュディとの政略結婚、新しい命も授かるが……。 新しい命が危険にさらされた時……。 「守られるだけでは、全てを奪われてしまう」 険しい道を進むことを決意する。 精霊の助けと導きを得ながら、前世の記憶を頼りに『顔だけ令嬢』が、自分の足で歩きだす。 オレリーの想いとは裏腹に、彼女の心を求める男たちの思惑が交錯し、二人の運命も大きく動き出す。 ※離れても、迷っても、真っ直ぐな想いを胸に愛を貫く……そんなヒロインのお話です。 ※表紙は、AIイラストです。 ※完結短編『ケビン・シェロー伯爵の気まぐれな恋~説明できたら苦労しない~』も投稿しています。 ※完結短編『伯爵令嬢ミケット・ラキーユの不条理な初恋~説明できたら苦労しない~』も投稿しています。 こちらもお読み頂きましたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...