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第二章
想いの自覚
しおりを挟むナディア王女から手紙が来た。
今まではただ嬉しい気持ちで封筒を開いたものだが、今は少し後ろめたい気持ちを抱えながら手紙を読んだ。
『親愛なる私の騎士へ。
レオ、お元気ですか? 最近便りが少ないけれど、元気でやっているということでしょう』
そんな言葉から始まった手紙に、ぎくりとしながら、読み進める。王女からの手紙は近況の報告がつらつらと書き連ねられており、最後は『近々、嬉しいお知らせをできそうです』と締めくくられていた。
ナディア王女からの手紙を読むと、頭がぼうっとする。そしてその後、言いようのできない多幸感に包まれて、何も考えられなくなる。ナディア王女が好きだという気持ちがひと際強くなる。
便せんに染みついたナディア王女の香水の匂いがそうさせるのかもしれなかった。
南部に来て以来、最初はナディア王女から手紙をもらうのが嬉しかった。でもだんだん、この頭がぼうっとする感覚が苦手になってきて、だんだんと封を切るのが後まわしになっていった。ひとときの快楽に身を任せ、現実から目を逸らしているような罪悪感に苛まれるのだ。
ナディア王女だけを想っていられるのならそれでよかった。けれど、レオンハルトの中でルーナはどんどん存在感を増してきている。
――――――――
レオンハルトとナディア王女の出会いは、2人が6歳のときまで遡る。
レオンハルトは5歳で実の母親を亡くし、そのあとすぐにアイレンブルク家に引き取られた。
兄のディーデリヒは家庭教師を家に呼び、初等教育を受けていた。12歳頃までは貴族の子供は家で、近しい者に教育を受けるのが普通だった。
しかし、レオンハルトの義理の母はレオンハルトが家にいることが嫌だったらしい。レオンハルトは齢6歳にして全寮制の学校に入れられることとなった。
その学校では一般の教育を受けながら、騎士になるための訓練も受けられた。レオンハルトの父はシェザーレ国の騎士団長であったから、ディーデリヒもレオンハルトも騎士になることは最初から決まっている。――ディーデリヒが戦場に出ることを嫌がった義理の母のしつこい助言もあり、結局ディーデリヒは騎士にはならなかった。
入学してすぐの頃、一度だけ父に付き添われて王宮のパーティーに参加した。レオンハルトはそのとき初めて、ナディア王女に出会ったのだ。
幼いレオンハルトの目には、ナディア王女はまるで天使のように映った。
金色の長い髪に、白い肌、バラ色の頬と唇。キラキラと妖精の粉でも舞っているように輝いて見えた。
そんなナディア王女に恐れすら抱き、固まり恐縮するレオンハルトに、ナディア王女は優しく笑いかけてくれたのだ。
『あなたも、あなたのお父上のように騎士になるの?』
ナディア王女の鈴の音を転がしたような可愛らしい声にこくりと頷くと、ナディア王女はレオンハルトにより一層の笑顔を見せた。
『まぁ、それなら、あなたが私の騎士になってくださいな』
選ばれた。そう思った。
レオンハルトを愛してくれた母はいなくなり、連れて来られた新しい家で、レオンハルトはまるで透明人間になったみたいだった。
誰も、レオンハルトを見ようとしない。アイレンブルク家の者はレオンハルトをいないもののように扱った。
厄介払いをされるように学校に放り込まれ、気が付けばレオンハルトが望んでいない将来へ繋がる道を歩かされている。それでも、父はレオンハルトを見ようとはしなかった。
そんなレオンハルトを、初めて見つけてくれた。母以外で、初めて手を差し伸べてくれた。
騎士に、と言ってくれたナディア王女の言葉が、まるで『あなたがいい』と、レオンハルト一人だけを選んでくれたように聞こえたのだ。
その瞬間からだった。
レオンハルトはナディア王女の為に騎士になると誓った。
結果、レオンハルトは飛び級を繰り返し、人よりもうんと早く騎士になった。そしてナディア王女は約束通り、レオンハルトをナディア王女の騎士に任命してくれたのだ。
――――――――
「……もう、違うけど」
レオンハルトはナディア王女から届いた手紙を閉じて、執務机の上に置いた。
窓から庭を覗けば、ちょうどルーナが庭に出て土をいじっていた。窓に手をかけて窓を開ければ、心地の良い風が部屋を通り抜ける。
レオンハルトに気が付いたルーナが立ち上がり、顔に土を付けながらレオンハルトに手を振った。
口元にささやかな笑みを携えたレオンハルトは小さく手を振り返す。今すぐに外に飛び出して、ルーナの顔を拭ってやりたいと思った。
外の空気が入り込むごとに、ナディア王女の花の匂いが薄れていく。頭の中がすっきりとしている。
春の陽気に誘われてか、急にこれまでずっと見ようとしなかったことを見つめたい気持ちになった。
レオンハルトのナディア王女への気持ちは、恋というより、憧れなのかもしれない。
ナディア王女は大事な人だ。レオンハルトの恩人だ。だからこの国の国民として、騎士として、そういった意味でナディア王女の支えになりたい。
じゃあルーナは――
一体いつからだろう。
ピクニックをしたときだろうか? それより前の、リチャードを殴ったときから? いや、花祭りで花をもらったときから?
まさか、初めて会ったときから?
ナディア王女への気持ちとは少し違う。
もっと、ドキドキして、恥ずかしくなって、でも楽しくて、時々腹が立って、やっぱりそばにいたい。もしかして、これが恋なのだろうか?
そうだ、認めよう。認めてしまおう。
レオンハルトは、ルーナのことが好きなんだと。
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