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第二章

ルーナだけだった

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 エミリーがやっと帰った、その後の昼食にて。

「あれ、珍しいですね。副団長、今日は兵舎で昼食ですか」

 シチューを口に入れようとあ、と口を開けてスプーンを構えるレオンハルトの前に、ドミニクが座る。

「あぁ、今日は午後の業務が詰まってるから」
「いつもは家に帰ってるんでしたっけ?」

 やっとシチューを口に入れて、咀嚼しながら頷いていると、ドミニクの隣に団長が座った。

「いつも食事の時間に居ないと思ってたら、わざわざ家に帰ってたのか?」
「奥様といっしょに昼食食べてるらしいですよ」
「へぇ!」

 ドミニクの言葉にクラウス団長が面食らったような声を出した。

「意外だな。クールなように見えて愛妻家だったとは」
「……別に、そういうのじゃありません」

 なんとなく、いっしょに暮らし始めた頃の習慣が抜けないだけだ。別にレオンハルトが昼食をルーナと摂りたいのではなくて、ルーナがあんなに食事をいっしょに摂りたがっていたから……。

「はぁ、いいなぁ副団長は。そんなに若くてかっこよくて、結婚もしてるのにエミリーにも惚れられて……」
「惚れ……? 僕があの娘に会ったのは今日が初めてだし、惚れられるほど楽しい会話をした覚えもないが」
「副団長鈍いっすね~。エミリーの顔見れば分かりますよ! 副団長に一目惚れしたんじゃないですか? はぁ、いいなぁ。俺もエミリーと……」

 一目惚れ……。
 花祭りで贈られた白い薔薇の意味も、一目惚れだ。

「副団長? 聞いてます?」
「え? 何か言ったか?」
「いや、エミリーと話すとき俺いつも緊張しちまって……でも副団長はエミリーにぐいぐい来られてるときもクールだったじゃないですか! エミリー相手にして内心ドキドキしたり緊張したりしないんですか?」
「僕があの娘に? まさか!」
「えぇ! エミリーって正直すげぇ可愛くないですか?!」
 
 レオンハルトにはいまいちピンと来なかった。あの娘の顔を思い出そうとしてもぼんやりとしか出てこない。

「……そうなのか?」
 
 よく分からなかった。もちろん醜いなんて思いはしなかったが、そもそも人の美醜にそんなに興味がある方ではない。それに、毎日ルーナと顔を突き合わせているせいで、そのあたりの感覚は一般的でなくなってきている可能性もある。
 
「えぇ~! エミリーにその反応って……王都でよっぽどブイブイ言わせてたんすね」
「バカを言うな。そんなわけあるか」
「でも女慣れしてそうでしたよ」
「はぁ? 僕だって結婚するまではろくに女性と関わり合いなんてなかったぞ」
「へーそうなんすか? 貴族様はパーティー三昧で女食いまくりなのかと思ってました」
「そんなわけないだろ、失礼だなお前。……まぁ、僕も伯爵家の次男ではあるけれど、幼い頃から兵学校に行ったから、正直貴族のことはよく分からない」
「なるほど。じゃあもしかして、副団長の奥様ってすげぇ美人すか?」
「……君には関係ないだろう」

 ルーナは間違いなく美人だ。だけれど、それを鼻にかけるのは何か違うと思ったし、ルーナ本人のいないところで変に噂が広まるのは避けたい。
 ルーナが王都で噂の魔女だということは南部ではほとんどの人が知らないし、軍部内でもレオンハルトが結婚した相手が"魔女"だというのは団長以外誰も知らないはずだが、念のため。
 
 レオンハルトはちら、とクラウスを見た。
 団長はレオンハルトの結婚相手が"魔女"であることを知っている。……はずだけれど、南部に赴任してから、一度も団長からその話題を振られたことはない。もはや本当は何も知らないんじゃないかと疑うほどだ。
 
「レオンハルトの奥方にも一度会ってみたいものだな」
 
 そのクラウスが豪快にパンを引きちぎりながら言ったのでレオンハルトは思わずぎょっとした。

「僕の妻にですか?」
「あぁ、まだ一度も挨拶もできてないしな」
「そうっすよ! 副団長の奥様に会ってみたいっす! 美人に会いたいです!」

 ……後半だろ、目的は。

「エミリーにも靡かなくさせる副団長の奥様、楽しみっす」
「いや僕はまだ連れてくるとは……」
「レオンハルトの仕事っぷりを見学してもらうのもいいんじゃないか? 演武場にはよくご婦人たちが見に来たりするぞ」

 もしかして、既婚者は皆奥方を一度は軍部に連れてきて挨拶させるというのがしきたりなのか? ルーナにも一度、団長に挨拶してもらった方が、仕事が円滑に進む……?

「考えておきます」

 レオンハルトの言葉に、クラウス団長は満足げに笑みを浮かべた。

 ――――――――

「レオン、おかえりなさい」
「ただいま戻りました……あ、そうだ」

 荷物をメルケンに預ける前に、中から小包を取り出してルーナに差し出した。

「? なんですの?」
「今日、差し入れをもらったんですが僕は甘いものは食べないので……君がよければもらっていただけないかと」
「あら、ありがとう! 甘いものって大好きよ。いただくわ」
「町でも人気のパン屋の焼き菓子みたいなので、味はたしかだと思います」

 ルーナの手に、包みを置こうとして指が触れる。ドキ、と心臓が跳ねた。

「ありがとう! 大事にいただくわね」
「……っ、えぇ、どうぞ」
 
 なんだ今の……。手が触れただけで動揺してしまった。この間のピクニックから、ルーナに近付かれると落ち着かない。いや、もとより触れられたりするとしどろもどろになっていたが……。ん?
 
『エミリー相手にして内心ドキドキしたり緊張したりしないんですか?』

 昼食時に投げかけられた部下の問いが頭をよぎる。……ルーナ相手にどぎまぎしてしまうのは、自分に女性に対する免疫がないからだと思っていた。でも、エミリーにはドキドキなんかしなかった。

「レオン、夕食に行かないの?」
「あ、あぁ。今行きます」

 ……もしかして、僕はルーナにだけ異常にドキドキしているのか?

 
 
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