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第二章 魔導士学園 編

バロワ商会・その1

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~バロワ商会の一人・ドゥラーの視点~

「ちっ、何故こんな辺境の地に俺が来なければならないんだ」
 バロワ商会で一緒に働いているデイルが愚痴をこぼした。

「仕方ないですよ。前の遺跡では入り口付近で失敗してしまいましたからね。クビにならなかっただけましでしょう」
 同じくバロワ商会で雇われているアインがデイルを窘める。

「あーあ、あの時、誰かさんが、入り口付近で冒険者を殺さなければな~」
 デイルは恨みがましくこちらに目を向けた。

「本当に、なんであんなことをしたのかしら……」
 紅一点のネリィも呆れた口調で呟いた。

「あの時はどうかしていたようだ。すまない」
 俺は素直に謝った。あの時は本当にどうかしていたとしか言えない。自分でもどうしてあんな行動に出たのか今でも説明がつかないのだ。
 バロワ商会の仕事で新しく発見された遺跡の調査で、イーリス帝国付近に向かった時の事だ。俺は雇った冒険者の一人を殺してしまったのだ。
 俺が冒険者を殺すこと自体は最初から決まっていたのでいいのだが、その場所がまずかった。
 入り口付近だったために、他に雇っていた冒険者達は逃げ出すは、他の冒険者の目に留まるわで、口封じすらままならい状況に陥ってしまったのだ。
 そのため、後任のバロワ商会の者達に遺跡探索を引き継ぐ事になってしまった。

 そこで新たに与えられた任務はイーリス帝国から海を渡った島にある遺跡の発掘であった。そんなところに遺跡があるという噂はまるで聞かないが、幹部達が言うにはこの地にも遺跡があるという事らしい。

 バロワ商会からは6度の調査を行っているが、その全てが失敗に終わり、調査に派遣されものは皆帰って来てはいないという事だ。
 ここで遺跡の調査を成功させれば、また幹部への道が開かれるというものだ。

 俺達は海を渡った後にジパンニという国に立ち寄って、幹部から聞いた場所へと向かうことにした。ジパンニの者達からの情報だとその場所は危険だから立ち入ってはいけないと忠告を受けた。そのため、前回のように捨て駒の冒険者を雇うことができなかった。皆、その場所へ行くことを躊躇していたのだ。北の方向には恐ろしい魔物や妖怪がいるという事だった。

「それにしても口々に北に向かうのを嫌がっていましたね。今までの調査隊も帰ってきていないという事ですし、何か嫌な予感がしますね」
 一番年下のアインが気をつかったのか、話題を変えた。このデイルは優しそうな顔をしているが、任務ならば躊躇なく女子供を殺す男である。息を吐くように、眉1つ動かさず殺人を行うナイフ使いである。

「はっ、俺が倒せない奴なんているとは思えないがな。そもそも、前の調査の時も冒険者なんて雇わずに俺達だけでやってれば良かったんだ。そうすれば、今頃俺が幹部になれていたって言うのになぁ」
 デイルは再び話題を戻し、俺を非難する。
 この男は闇ギルド【ブラックキャット】の戦闘員だったらしい。その実力を買われ、バロワ商会にスカウトされたとか。

「遺跡のトラップは厄介なものが多いと聞くわ。先に進んでもらって私達の身代わりとして役に立ってもらわないと」
 ネリィが答える。このネリィという女は冒険者ギルドから除名を受けた魔法使いである。一部の国では指名手配もされているという話だ。
 なんでも、自分の魔法の研究のために何度も人体実験を行い。数多くの犠牲者を出したらしい。その数は百ではおさまらない。
 しかし、捨てる神あれば拾う神ありだ。その魔法の技術を買われ、バロワ商会に庇護されている。
 ネリィは潤沢な研究資金と奴隷による人体実験を条件にバロワ商会の依頼を受けているという事だった。

「けっ、そんなもん。お前の魔法で何とかならないのかよ。凄腕の魔法使いなんだろ?」
 デイルはネリィに尋ねた。

「あるにはあるわ。でも、常時魔法を発動させて魔力を消耗するより、身代わりを用意しておいた方が
楽でいいじゃない」
 ネリィにとって人の命というものは空気よりも軽い事がわかる。

「今回は冒険者を雇えなさそうだから、その魔法を使ってくれると助かる」
 俺はネリィに頼む。

「その代わり、あなたが先頭を歩いて欲しいわ。あなたのご自慢の嗅覚と私の魔法があればなんとかなるでしょう?」

「わかった」
 俺は獣人の血が混じっているので、人より嗅覚が優れているのだ。今回の任務はこの面子で上手くやるしかない。
 俺達がそんな会話をしていると、前から巨大な角と牙を持つ【巨大猪グレートボア】が三頭現れた。

 【巨大猪グレートボア】達は俺達に気付くと、こちらへ突進を開始した。

 デイルは剣を抜き、アインはナイフを取り出し、ネリィは詠唱を開始した。

 デイルは【巨大猪グレートボア】とのすれ違いざまに剣を横に一振りすると、【巨大猪グレートボア】の体は上下にわかれた。

「オーバーキルですよ。そこまでする必要あるんですか? そんな殺し方じゃあ、血が飛び散って、全然スマートじゃないですよ」
 デイルの殺したグレートボアの残骸を見てアインは言った。

「うるせぇ!! こいつが弱すぎるんだよ。そういうお前は……」
 デイルはアインに何か言おうとしたらしいが、アインの傍に転がっているグレートボアの死体を見て言葉が続かなかった。

「急所を的確に刺せば、人でも魔物でも一刺しですよ。本当なら素材なんかも剥ぎ取りたいところですが……今日は遺跡に向かうのが任務なので諦めないとですね」
 アインはナイフについた血をぬぐった後、ナイフを上着の内側に納めた。

 俺はネリィの方を見ると、ネリィの近くにはグレートボアがきょろきょろと頭を動かしその場にとどまっていた。

「何をしたんだ?」
 俺は尋ねた。

「魔力は温存しないとね。初級魔法である【暗闇ダーク】を目の部分にピンポイントに発動させたわ。視覚に頼った低級の魔物はこれで十分なのよ。とどめはお願いね」

「わかった」 
 俺は標的を見失いうろうろとするグレートボアに近づいてとどめをさした。

 その後も何度も魔物が現れたが、俺達4人にとって敵ではなかった。

 そして、森と山を2つほど越えて、目的の場所へと順調に向かった。その聞いていた場所の近くには建物が並ぶ集落が存在していた。その集落は川の向こうにあり、その川には橋がかけられていた。そして橋の向こう側には2階建ての木造の建物が1軒あった。
 
 俺達は橋を渡り、その建物を見た。そこに掲げられていた看板は食事と風呂の絵を表すものだった。察するにここは宿のようなものではないだろうか。それにしてもこんなところに集落がある等聞いていなかった。建物も俺の知っている作りとはどこか違う感じがする。

「ちょうどいいですね。ここで休憩していきませんか?」

「そうね。結構歩いたからくたびれたわ。お風呂に入ってのんびりしたいわ。もし宿泊できるなら、ここに泊まりましょうよ」

「そうだな」
 俺とデイルはアインとネリィの意見に賛同する。

「すいません」
 俺は扉を開いた。

「ヨウコソ、オ越シクダサイマシタ」

「なんだ? 人形か?」
 デイルが驚きの声を上げる。カウンターの上には人形が乗っており、その人形が喋ったのだ。

「旅でオ疲レでショウ。マズはオフロで疲レをオトリクダサイ。アチラがオ風呂にナリマス。男性は左側、女性は右側にナリマス。オ風呂ニ入ル際ハ、入念ニ洗っテカラオ入リクダサイ。上ガリマシタラ、アチラヘトオ越シクダサイ。回復ヲ早メ、体ノ調子ヲ整エル料理ヲゴ用意シマス。キット気に入ッテ貰エルでショウ」
 カウンターの上にある人形は指さす方向を変えながら俺達を案内した。

「これは【絡繰り人形】というやつでしょうか。ジパンニにはこういった人形が売られていると聞いたことがありますね。しかし、このように言語を話すタイプのものもあったんですね。どういう仕組みでしょうか?」
 アインが人形をいろいろな方向から観察した。
 
「【ラグーン】って国の技術で人形に話をさせる技術があるって聞いたことがあるわ。大方、それと似たようなものでしょ。そんな事より、早くお風呂に入りましょう」
 物知りなネリィは特に興味がないようで、お風呂へと向かおうとした。
「一人で大丈夫か?」
 俺は後ろから声をかける。
「何、一緒に入りたいの?」

「そういうわけでは……」

「私には魔法があるから大丈夫よ。むしろ、あなた達の方が丸腰で風呂に入るのだから心配だわ」
 風呂場に鉄製のものを持っていけば、劣化してしまうからな……
  
「ふん。風呂に入るだけでビビッてちゃ、何もできないぜ。それに、ここはどう見ても休憩所だろう」
 デイルも風呂へと向かう。

「そうですね。僕は念のためナイフを持って入りますよ。ナイフは何本も持っていますからね。一本くらい切れ味が落ちても大丈夫です」
 アインも風呂へ向かったので、俺も後を追った。

 俺の心配は杞憂に終わり、俺達は風呂で旅の疲れを癒すことができた。

「いいお湯だったわ。肌がすべすべになった感じね」
 風呂上がりのネリィは妙な色気を漂わせていた。
  
「本当ですね。何か疲れが取れた気がします。こんな場所に、こんな温泉があるなんてどうして知られていなんでしょう?」
 アインが疑問を口にした。

「けっ、大方、魔物が周りにいて近づけないんだろう。俺達にとっては楽勝だったけどな」
 
「それに、ここは辺境の島国だからな。わざわざ温泉のためにこんな場所にこなくても、カイエン王国にいくつか温泉宿があるしな」
 俺はデイルの返答に補足した。

「デハ、アチラにオ進ミくだサイ。オ食事のゴ用意がデキテおりマス」
 受付に集まった俺たちを【絡繰り人形】は広間へと案内した。
 そこには大きな円形のテーブルが用意されており、その上には料理が用意されていた。スープにサラダ、肉料理に魚料理が所狭しとテーブルの上に置かれている。そのどれもが作りたてである事が分かるような香ばしい匂いを発し、スープからは仄かに湯気が立っていた。

「私達がお風呂に入っている間に作ったのかしら?」
 
「なんで誰も出てこないんだ? まさか絡繰り人形が作ったってことはないですよね」
 ネリィとアインは誰に聞くともなく疑問を口にした。そしてその返答をテーブルの上にのった【絡繰り人形】がおこなった。

「ゴ主人様ハ皆様が食事ヲ終ラレましタラ、挨拶ヲしに来ラレマス。ソレでは心ユクまで料理ヲ、オ楽シミクダサイませ」


「さっさと食うぜ。腹が減って仕方がねぇ」
 デイルはどかっと椅子に座り、よだれを右腕で拭う。

「毒の確認はした方がいいんじゃないかしら? こんな場所に集落があるなんて聞いたこともないわ」

「そうですね。……で? どうなんです? ドゥラーさん?」
 ネリィとアインは毒の事を考えて俺の方を見る。俺は食事の匂いを嗅いだ。俺の嗅覚はあらゆる毒を嗅ぎ分ける事が可能なのだ。それを知っている二人は俺に確認を促した。

「……問題はない……な」

「気にしすぎだぜ。じゃあ頂くとするかっ!!」
 デイルはスープの皿を傾けて口から流し込む。そして、かっと目を見開いて叫んだ。

「うめぇーっ!! こっちはどうだ? ……こっちもうめぇじゃねぇか」
 スープを飲んだ後、肉料理をフォークで刺して、ナイフで切らずに口に入れる。

「それほどですか……デイルを見ている限り毒とかはなさそうですね」
 アインも席について、スープをスプーンで掬い口につける。
「本当に……美味しいですね。疲れた体の細胞が癒される気がします」

「ああ、それにこの肉料理を食ってみろ。何やら力が漲って来る気がしねぇか? これで酒があれば言う事ないんだがな!!」
 アインとデイルが美味しそうに食べるのを見て、俺とネリィも席に座り、食事を摂り始める。

 俺は目の前にあった肉料理を一口サイズに切り分け、口に運ぶ。

 確かに甘辛いソースで、今まで味わったことのない味付けである。肉もほとんど噛まなくても口の中で溶けて、旨味が広がっていく。
 俺は夢中で他の皿に乗る料理も取り分け、どんどんと食べた。アインとデイルが言うように、食べれば食べるほど体が癒されるような感覚を覚える。

 俺達は無言で食べることに夢中になった。気づけばテーブルに並んだ料理は全て4人の胃袋の中に納まっていた。

「本当に美味しかったですね」
 アインは満足そうに飲み物を飲みながらつぶやいた。

「本当にこの近くに遺跡があるのかしら? こんな集落があるなんて報告はなかったわよね? 本当にこの近くに遺跡があるなら、冒険者をここで雇ってはどうかしら?」
 ネリィは疑問を口にした。

「大方、ここまで辿り着く前に魔物どもにやられちまったんじゃないのか? 俺達にとっては楽勝でも、並みの奴らなら辿り着くこともできなかったんだろう。周りも山に囲まれているようだし、大方ここは陸の中の孤島といった感じじゃねぇのか? もしかすると、ここにこんな場所があるとは知られていない可能性もあるな。ここで冒険者を雇えばネリィが楽になるんなら、好きにすればいいんじゃねぇか? まぁ、そんな必要もないような気もするがな」
 デイルは相変わらず強気なようだ。

「ひとまず今日はここで泊まれるか聞いて、泊れるなら、一日休んでから明日の事は考えよう。ここの主人も俺達が食事が終われば来るってことだし、そろそろ来るんじゃないか?」

 俺がそんな事を言うと部屋中に男の声が鳴り響いた。

「ようこそ。魔力を持つ者達よ。あなた達には鬼王ゴモラの復活の贄の一部となっていただきますよ。大人しく捕まっていただければ楽に死ぬことができます。が、抵抗すれば苦痛を伴って死ぬことになるでしょう。どちらが得か賢明な皆さんにはお判りではないでしょうか。くふふふ」
 2階から一人の獣人の男が降りてきた。その恰好は今まで見たことのある獣人の姿とは違っており、顔は虎の獣人、体は狸、手足は狼のような恰好をしていた。

「はっ、ふざけんな!!」
 デイルが席から立ち上がり臨戦態勢をとる。
「これが最後の晩餐とでも言いたいのですかね。選択肢が2つしかないようですが、第3の選択肢である、あなたの死というものを忘れているようですよ」
 アインも立ち上がる。
 俺は出された食事を見つめ、最悪の想像がよぎる。俺達はまんまと罠にはめられたのかもしれない。
「まさか……毒……か?」
 俺はその最悪の予想を呟いた。俺の嗅覚で嗅ぎ分けられない新種の毒。その可能性である。

「そんな事はしませんよ。そんなことをしたら魔力を含んだ貴重なあなた達の血液に不純物が混ざってしまいますからね。むしろ、あなた達は今調子がいいんじゃあないでしょうか。先ほど召し上がっていただいた食事の中には血液を綺麗にする薬草や魔力を回復する薬草等を混ぜ込んでありますからね」

「あら、道理で先ほどから調子がいいと思ってたのよ。何でそんな真似をするのか分からないけど、私の魔力が万全なら、万に一つもあたなに勝ち目はないわ」
 ネリィはゆっくりと立ち上がる。が、途端に崩れ落ちる。よく見ると先に立ち上がった2人も地面に横たわる。

「やはり……毒……か……」
 関節に痛みが走り、体を動かそうとすると体に痛みが走る。

「水精よ 異物を清め 排出せよ 【解毒デトックス】」
 ネリィは毒を排出するために解毒魔法を唱える。

「くふふふ。無駄ですよ。毒ではないと先ほど言ったでしょう。魔力の無駄遣いはやめていただきたいものです。貴重な魔力源が失われてしまいますからね。大人しくしていれば楽に殺してさしあげますから、どうか、無駄な抵抗はおやめください」

 ネリィの魔法では全く関節の痛みが治まらない。
「一体何をしやがった?」
 デイルは怒鳴る。

「何故、それを私があなた達に教える必要があるんです? あなた達はこれから鬼王ゴモラの一部となるのです。そんな事を知っても何の意味もないじゃないですか」

「鬼王? ゴモラ?」
 皆が疑問にしたことをネリィが聞く。

「くふふ。それも、死にゆくあなた達が知る必要がないことですよ」

 どうやら油断しすぎていたようである。俺達の運の下落は先の遺跡で俺がへまをしてからとどまることをしらない。命が尽きる時はこんなにもあっさりと尽きてしまうものなのか……
 俺が諦めかけていた時、獣人の傍に【絡繰り人形】が近づいていく。

「ゴ主人様、新タな魔力反応ヲ検知シマシタ。風呂ニは行カズ、コチラニ向カッテ来マス」

「それは不味いですね……まだ仲間がいたんですか……」

 どうやら俺達にもまだ運が残っていたようだ。新手に恐れるという事は目の前の男は戦闘力があまりないのだろう。油断しているところを、なんらかの方法で俺達のように無力化するのがこいつの手なのかもしれない。なんとか、この千載一遇のチャンスを生かして、この場を切り抜けるのだ。

「あいつが来たらお前など、すぐにられるぞ」
 ここは、ここに来た誰かとこいつを争わせるのが得策だろう。戦闘が開始されれば、隙を見て這ってでも逃げるのだ。
 俺は予期せぬ来訪者に期待し、俺達が入ってきた扉に目をやった。

 そして、予期せぬ来訪者によって扉が開け放たれた。

 俺の残っていた運はやはり枯れ果ててしまったようである。

 そこに立っていたのは幼い女の子であった……
 








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