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第二章 魔導士学園 編

マリアージュ ~ドーナツ~

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~貴族の娘・カーラの視点~

 私は走った。そして、元来た道を振り返らずに一心不乱に駆け抜けた。
なんとしても逃げきらなければならないのだ。捕まればどんな罰が与えられるだろうか………
 何事もなく平和に人々が往来する街中を走りながら、今の閉塞感のある私の生活について考えた。

 私は一人前の貴婦人になるために日々英才教育を叩きこまれる毎日だ。私は兄と姉とは違って頭のできがあまり良くはない。本当はお外でずっと遊んでいる方がしょうにあっているのだ。
 礼儀や作法は一流の貴族として恥ずかしくないレベルまで身についたが、勉強はまだまだである。文字すらもまだほとんど覚えてはいないレベルだ。けれども、勉強が何もできないというわけではない。数字はだいたい覚えたので、計算問題なんかはかなり上達してきていると思う。

 そして、今日は文字の書き取りをずっとさせられていたのだが、まったく面白くなかったので、隙をみつけて家から脱走した。家庭教師のクロムに捕まればどんなお仕置きをされる事やら………

 私はいくつかの路地を抜けて一軒の見慣れない建物に行きついた。
『こんなところにこんな建物があったかしら。』
 店構えからして何かのお店のようです。看板がかかっているが、字が読めないのでわからない。看板に書かれている絵から飲食店であることが推測できる。
 私は玄関の横にある大きな窓から中の様子が伺った。
 四角いテーブルとそれをはさむように向かい合うソファーがあり、そのセットがいくつか見えた。その一つのソファーには私と同じくらいの女の子が座って何かを美味しそうに食べていた。
 私は自分のポケットに銅貨が30枚あるのを確認して、意を決してその店の扉を開きました。いつもならこんな事はしないが、同い年くらいの子が一人でいるのを見て、つい行動に出てしまった。

チリリン チリリン

 私が扉を開くと鈴の音が聞こえました。見上げると、扉が開くと鈴が鳴る仕組みになっている様でした。

「いらっしゃいませにゃ。お好きな席に座るといいにゃ。」

 私は目を丸くして驚いた。目の前のカウンターにいた猫が言葉を発したのだ。獣人は見た事がありますが、喋る猫というのは聞いたことがない。私は外から見えた少女の方を見ると、向こうもちらとこちらを見るために振り返っていた。けれども、すぐにもとの方を向いて、再び何かを食べ始めました。
 どうやら、猫が喋るのは驚くべき事ではないのかもしれない。私が無知なだけなのかもしれないのです。
私は冷静さを取り戻して、空いている席へと座ることにしました。

「こちらが水になりますにゃ。」
 ふわふわと飛びながらグラスに入った水を私の座った席のテーブルに置いた。
「………どうもありがとう。」

「こちらがメニューになりますにゃ。」
 差し出されたメニュー表に書かれた文字を私は読むことができなかった。いつもは誰かと一緒に店に入るので私が注文するという事はなかったのです。
 この時ばかりは文字が読めない事を後悔しました。

「あちらの少女が食べているの同じものをお願いできるかしら。」

「わかりましたにゃ。いくついるにゃ。」
 私は迷いました。今手に持っているのは銅貨30枚果たして足りるのか………
「一つおいくらなの?」

「一つで銅貨にゃにゃ枚にゃ。」

「にゃにゃ? 銅貨七枚なの?」
 私は聞き返した。

「そうにゃ。にゃにゃ枚にゃ。」
それなら4つ買う事ができる計算である。

「じゃあ4つ貰えるかしら。」
 ソファーに座る少女があんなに美味しそうに食べてるんだから間違いないはずだわ。私の直感がそう訴えかけてきていた。

「じゃあちょっと待ってるにゃ。」
 そういうと空飛ぶ猫は奥の部屋へと飛び去って行きました。
 そして、ほんの少しの時間で皿を持って現れました。目の前のテーブルの上にその皿を置くと「召し上がるにゃ。」と言って最初にいた場所へと戻っていきました。

 私はその皿の上に置かれた丸い輪っか状のパンのようなものを見ました。そして、その上には何らかの液体がかかっている様でした。
 私はその物体を一つ手に取り、かぶりつきました。

………………………………美味しいわ。

 なんなのこの味は………n今まで経験したことのない味だわ・・・甘さがグラデーションのように変化しながら私の舌を刺激してきます。そしてその甘さを下地になるパン生地のようなものがその七色に煌く甘さを上手く緩和するのです。
 その歯応えたるや表面はカリッとしているのに、中の生地はまるで温かい雪のように舌上でスゥーっと溶けていきました。

私は続けて2口目を食べました。そして、3口目で手に持っていた一つが私の胃袋へと消え去ってしまいました。

 そして気づけば目の前にあった皿から4つとも全て消え去ってしまいました。あっと言う間に私の至福の時は終わりを告げたのです。

 私は驚嘆しました。私の家にいるシェフよりも美味しいものを作るなんて………

「お会計をお願いするわ。」
 私は放心状態のまま、猫にお会計をお願いした。

「分かりましたにゃ。銅貨32枚になりますにゃ。」
 えっ?? 確か1つで銅貨7枚のはず、だから4つで銅貨28枚は揺るがない事実。この私を子供だと思ってぼったくろうという魂胆ね。でも私を騙すことなんてできないのよ。計算を究めしこのカーラ様をなめてはいけないわ。

「さっき1つで7枚と言ってたから7×4で28枚のはずよ。」
 私は凛として言ってやったわ。

「あんた、やっぱりバカ猫ね。そんな事じゃあ、お兄ちゃんに怒られるわよ。しち し28よ。そのぐらいできるようになりなさいよ。」
ソファーに座っていた少女が私を助けてくれました。

「す、すまないにゃ。ちょっと間違ったにゃ。にゃにゃの段はいいにくいから間違えたにゃ。」
 どうやらぼったくろうとしていたのではなく、本当に間違えたようでした。
私はお金を払うと店を出て、家へと帰路につきました。そして自分があの料理の名前を聞き忘れていることに気付きました。

 翌日も勉強会を抜け出して、その店に行ってみたが定休日のようでした。それから2度足を運んだが、店は不定期に開店しているようだった。そして、最初に訪れてから4日後に店に再び入ることができました。
 店内にはまた同じ席に同じ少女が一人でいました。そして前と同じように猫に出迎えられました。

「いらっしゃいませにゃ。こちらが水とメニューになるにゃ。」
 メニューを広げて見るが相変わらず文字が読めるわけではない。どうしたものか。そこで私は良い事を考えたのだ。

「前と同じものをくれるかしら? 4日前に来たんだけど。」

「………分かりましたにゃ。」
 猫は前と同じように奥の部屋へと飛んでいくと、間もなくして皿を持ってやってきました。その皿をテーブルに置くと、少女の近くに飛んでいきました。何か少女とお話しているようです。

私は皿の上の料理を見て唖然としました。

 ………前のと違うわ…………

 いや、完全に違うというわけではない。形は同じなのだが、かかっているものが違っているのだ。前はエメラルドグリーンのような色で少し透き通っていたのだが、今回は黒く濁った色をしていた。御世辞にも美味しそうとは言えなかった。
そこで私は名案を思いついた。少し食べて美味しくなかったら、前のと違うと言って取り換えてもらえばいいわ。私は他の料理にも興味があったのだ。それを試すいい機会じゃないだろうか。

 私はその黒いソースのかかった料理を一口かじった。

 ………………なんてことなの…………これも美味しいわ。

 前とは違った甘さが私の舌を刺激し、その甘さの中にほんのりとした苦みが感じられる。まるで大人の階段を昇っているかのようなこの感覚。一口、そしてまた一口と口に運ぶ度に私は大人への螺旋階段を昇っていきました。私は全てを食べ終えた後、まるで本物の貴婦人になったかのような錯覚を覚えたのです。

 また一瞬でなくなってしまったわ………

 前の時と同じように私は放心状態になりました。そしてぼーっとしていると、少女と猫が何か話しているのが聞こえてきました。

「この頃お兄ちゃんが少しおかしいのよね。咳払いしたかと思えば『トクガワイエヤス』とか訳の分からないことを言った後、私の事を見つめてくるのよ。何なのかしらあれは。」

「あまり気にしない方がいいにゃ。マスターはそういうところがあるにゃ。そんにゃ事より聞いたかにゃ。新しくこの店に来る店員が見つかったって言ってたにゃ。あっちの店長の座が危ういにゃ。」

「ふ~ん。どうでもいいじゃない。というより、元からアンタは店長じゃないけどね。アンタあんまり役にたってないじゃない。計算間違いまくってるし。私がいなかったらクレームの嵐よ。」

「アスカに言われたくないにゃ。ずっと食べてばっかりにゃ。マスターに言いつけてやるにゃ。あっちは料理を保管する番人として超絶役立ってるにゃ。」

「な、なによ。アンタだって、こっそり食べてるの知ってるんだからね。」

 どうやら、この店の店長は別にいるようだった。その店長とやらがこの素晴らしい料理を作っているのだろうか。是非一度会ってみたいものね。

 私はお金を支払い、家へと帰る。そして、いつも以上に文字の勉強に励んだ。私には野望があった。あの店のメニューを全て制覇するのだ。そのためには文字を完璧に覚えなければならない。

 それにあそこの料理を食べた後に勉強すると妙に頭に知識が入りやすくなっているのだ。

 まるで1つレベルが上がり、すべてのステータスが上昇しているかのように感じられたのだった………










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