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第二章 魔導士学園 編
冒険者達・その4
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~剣士・ハインリッヒの視点~
俺達は全員Aランクの冒険者だ。今回の依頼はバレンタイン子爵が治める領地の果樹園にスライムが被害を及ぼしているので、それを全て駆除してほしいというものだった。
スライムの駆除は数が少なければ基本、子供でも可能なFランクと最低ランクの依頼内容である。しかし、今回は数も多く、そのスライムが発生している原因となる森は他の魔物もいる場所であるため、最初Cランクの依頼であった。そして、何人かの冒険者がスライムの駆除に失敗したため、今ではBランクに難易度が上がっている状況だった。
Bランクにあがったのに報酬は銀貨50枚とそれほど多いものじゃないために、今では冒険者ギルドでこの依頼を受けるものは少なくなっていた。
では何故、俺達Aランクの冒険者が報酬の少ないこの依頼を受けたかというと理由があった。
それは俺がこの領地の出身であり、この果樹園からとれる果物で作った酒をこよなく愛しているからである。この果樹園が失われる等、俺には耐えられない事なのだ。
冒険者ギルドの紹介で知り合った他の3人はこの領地の出身ではないが、同じくここの酒が好きで、俺と共にスライムを討伐する事を承諾してくれたのだ。全員が称号持ちの実力者ばかりだった。
魔法使いのディアーナはその得意とする炎の魔法の多彩さから、『火炎の奏演者』という2つ名を持っていた。
ロイドはその人間離れした膂力で操る巨大なハンマーで、相手を粉々に粉砕する様から『万物の粉砕者』と呼ばれている。
そして、最後は武道家のニコラである。その極限まで研ぎ澄まされた速さから繰り出される拳は誰も見切ることはできず、返り血を浴びた拳が赤く染まる事から『疾風の赤薔薇』と呼ばれていた。
かくいう俺も2つ名を持っているのだが………
俺達がスライムの発生源であるとされる森の入り口に差し掛かると、2人の子供たちが後からやって来た。
俺達は森には近づかないように忠告したが、自分たちも魔物の討伐に来たという事だった。
もしかすると、この子供たちはこの依頼の危険性を理解していないのではないだろうか。確かにスライムの駆除は子供でもできるものであるが、大量のスライムともなると話は別なのだ。それに、今回森にいるスライムは中ランク冒険者でも歯が立たないという情報があった。ましてや、ここは他の魔物も出現する森である。ここで強く言った方がいいように思えた。
しかし、武道家のニコラが面倒をみることになり、子供たちもついてくる事になった。どうやら、子供たちに経験を積ませてあげようと思っているのかもしれない。今回の依頼ならば、俺達4人のうち1人くらいいなくても大丈夫だろうという判断だろう。ニコラに任せておけば大丈夫だろうと他のものも何も言わなかった。ニコラたちを最後尾にして、俺達3人は先頭を進んで森の中へと入った。
しばらくすると、森の中からスライムが10匹ほど現れた。
それを見たディアーナが詠唱を開始した。
『 炎精よ 我が心像を具現化し 薙ぎ払え 紅き蝶 』
スライムたちに蝶の形をした炎が着弾し、再起不能にした。
その時、3mはあろうかという大きさの熊が右から現れた。
『 我が力 我が呼びかけに応じて 顕現せよ 武器召喚 』
ロイドが時空から巨大なハンマーを召喚した。武器召喚は魔法陣の書かれた場所に設置した武器を呼び寄せる事ができる魔法である。ロイドの愛用するハンマーは巨大すぎるために持ち運ぶのには適さないのである。だから、武器召喚によって戦闘時だけ呼び出しているそうだ。
ロイドは、そのハンマーを振るい、熊を1撃でやっつけてしまった。
2人の戦う様を見て、今回の任務も成功する事を感じた。俺たちは先に進むと、後ろの方から叫ぶ声が聞こえた。熊やスライムの死体を見た子供たちがびびってしまったのかもしれない。
しかし、2人と同様の力を持つ二コラがいれば大丈夫だろう。この時までは、そんな事を考えていた。
しばらくすると、前方から大量のスライムが現れたのだ。
しかし、大量に現れたといえど、所詮はスライムである。俺たちは次々にスライムを倒していった。
そこで予期せぬ事が起きた。スライムが倒れたスライムを吸収し始めたのだ。そして、その吸収を果たしたスライムの素早さは少し上がっていたのだ。ディアーナが倒したスライムも全て吸収したスライムはその跳躍で木を貫通するまでの力を得ていた。今までの冒険者が返り討ちにあったのも頷ける強さだった。
しかし、俺達は今までの冒険者たちとは違うのである。多少強くなったからと言って、まだまだ負ける気はしなかった。
ギアを入れ替え、強くなったスライムをも屠っていった。
大分片付けたかというところで、さらなる衝撃が俺達を襲った。
奥から魔法を使うスライムが現れたのだ。
奥から出てきた5匹のスライムはでかさも色も今までのものと違っていた。
そして、その体の中には何か光るものが見えた。
最初に魔法を喰らったのは俺とロイドだった。
俺は土が変形し足をとられたところに、雷の魔法が俺の体を貫いた。あまりに一瞬の事で回避する事ができなかった。
ロイドも同様であった。ハンマーを握る右腕がハンマーと一緒に氷漬けにされていた。
そして、5匹のスライムの周りには霧がかかっていた。
俺は一瞬で悟った。この5匹のスライムは俺達より格上であるという事を。そして、俺たちがここでやられてしまう事を。
何も全員がやられる必要がない。俺はロイドの方を見た。ロイドは頷いた。どうやら俺と同じ考えのようだ。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
俺は足に絡んでいる土を振りほどき、スライムめがけて切りかかった。少しでも時間を稼がねばならない。しかし、俺の刃はスライムには届かなかった。スライムを包むように土が防御したのだ。そして俺の剣は土に巻き取られてしまったのだ。
ロイドの方を見ると、凍った部分にスライムの突進を受けて右腕が粉々に砕け散った。
「うおおおおおっーーー!!1」
ロイドは雄叫びをあげた。残った左腕で凍ったハンマーを手に取り、俺が攻撃しているスライムへ土の上から攻撃した。
ロイドの一撃はスライムを覆う土をバラバラにし、俺の剣を開放したが、その下にいるスライムを倒すにはいたらなかった。ただスライムの体を変形させただけだった。
勝てない。ロイドの一撃でも倒すことができないのだ。
「何やってる。早く逃げろ!!!」
呆然と立ち尽くすディアーナに俺は逃げるように指示した。
『 炎精よ 驕れるものを 檻に囲え 炎陣円』
ディアーナが呪文の詠唱を終えると炎の壁が円を描くように出現した。本来はスライムだけを隔離する魔法であろうが、円の内側には5匹のスライム以外に俺とロイドが残されていた。多分スライムに近すぎて俺たちの内側に発動できなかったのであろう。そして、分からなかったのはディアーナも円の内側にいる事だった。俺達に気を使ったのかもしれない。しかし、俺たちは死を覚悟しているのだから、そんな事は気にせずとも良かったというのに。俺は自分の無力さを悔いた。
「まだよ。勝機はあるわ。次の魔法を撃つまで時間を稼いで。」
ディアーナはまだ諦めていなかった。俺は剣を持つ手に力を込めた。
ディアーナが次の詠唱を開始する。
その時である。俺達の後ろを取り巻く炎が一瞬にして氷ついたのだ。俺達の周りは分厚い氷壁で囲まれた。ディアーナがやったのだろうか………
「そんな………まさか………」
ディアーナは驚愕の声を発した。
どうやら違うようだった。スライム達は一瞬にして、炎すらも凍らせてしまったのだ。ディアーナは詠唱を途中でやめて、力なく座り込んだ。
今回で俺の伝説も終わってしまうようだな。俺は今までどんな依頼でも、それがたとえ格上の依頼であっても全員無事に帰還してきた。ある時は落ちた穴が天然の隠れ家になり敵から逃れたり、またある時は偶然見つけた宝箱の道具で九死に一生を得たり、俺の幸運な逸話は数えきれないほどあった。
そんな事から俺は『幸運に愛された男』という2つ名で呼ばれていた。
それが今回は“不運”と“踊”っちまったようだった………
~魔法使い・ディアーナの視点~
私は焦っていた。後輩であるティーエが大魔法使いの称号を手に入れてしまったからだ。
私は魔法使いとして、それなりの地位を築いたのだが、属性が火しか扱えない事でさらにその先へと進む事ができず、成長が停滞しているのを感じていた。
今、魔法使いの間では多属性使いこそが実力を持っているという風潮があった。その風潮に拍車をかけたのが、北の大陸の縦断を成し遂げた後輩のティーエが3属性も扱える事だった。
私は1属性しか使えないが、その火の魔法のレパートリーを増やし『火炎の奏演者』と呼ばれるまでになった。それなのに、世間の評価は私の方がティーエよりかなり下であった。
私は今回の任務でハインリッヒの幸運とやらにあやかろうとしていた。私は自分の壁をどのようにして壊せばいいのかが分からずもがいていた。だから、実力以上の任務を成功させ続けているというハインリッヒのパーティーに参加したのだ。この領地の酒が好きだというのは嘘だった。
始めは順調に見えたこの依頼だったが、予想外の事が起こった。スライムが魔法を使って攻撃をしてきたのだ。
私は前方に現れた5匹のスライムを見た。そして私は驚いた。あのスライムの体内で光っているものに見覚えがあったのだ。あれは竜の体内から取れると言われる魔力結晶の輝きに違いなかった。
魔力を通せば特定の魔法を撃ちだすことや魔法の力を増幅する事ができると聞いたことがある。
どうしてスライムの体内に………私が逡巡していると、ハインリッヒが叫んだ。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
どうやらハインリッヒは撤退を決断したようだった。
しかし、ハインリッヒとロイドは逃げずにスライムへと向かって行った。2人は殿を務めて私達を逃がすつもりだった。しかし、この状況で私が逃げ出すことは、2人の死を意味していた。
2人はかなりの重傷を負っているのだ。
「何やってる。早く逃げろ!!!」
ハインリッヒはもう一度叫んだ。
私はこの時、今までハインリッヒの事を下に見ていた自分自身を恥じた。ハインリッヒは実力以上の依頼を幸運で達成し、危機的状況も実力ではなくその幸運によって回避してきたのだと思っていた。
しかし、この状況で最小の被害にとどめることができる最善の選択をとっているのだ。それも自分の命を顧みずに………
私はそこで気づいた。彼は今までもこのように自分の限界を突破してきたに違いないのだ。私も今ここで限界を突破する時なのだ。
私は全魔力を注ぎ込みながら詠唱を開始した。
『 炎精よ 驕れるものを 檻に囲え 炎陣円』
本来、敵を閉じ込めるための魔法だが今回は違う。2人がスライムの近くにいるので、これでは2人とも閉じ込めてしまう。そして、スライムの使っている霧の魔法は攻撃の探知になっている。だから、単発の攻撃なら、レーダーにひっかっかって躱されてしまう気がした。
この魔法は円の外にいる子供たちを逃がすためだけにあらず。
私の全魔力を込めた炎の壁は半径20mの結界よ。ここから、次の詠唱で壁の炎を矢に変化させ、四方360°からスライムに打ち込むのだ。私の全力で打ち込む炎の矢、数千本。いくら霧のレーダで躱そうとも、全てを躱しきれるはずがない。
私は仕上げの詠唱を開始した。
『 炎精よ 森羅………… 』
その時、私達を取り囲む炎が瞬時に氷壁へと変わってしまった。
「そんな………まさか………」
私は驚愕した。スライムからは何の予備動作もなかったし、魔法の軌道さえも見えなかった。さらに、本来凍るはずのない私の全力の魔力を込めた炎が凍らされる等、信じがたいことが目の前で起こっていた。
私が余計な事をしたせいで、2人の退路までも高い氷壁で閉ざすことになってしまったのだ。私は2人がスライムの魔法によって倒されたのを見て、自分の死を覚悟した………
~武道家・ニコラの視点~
森の入り口で少年と少女に出会った時に、私は昔の事を思い出していた。
あれは私が10歳くらいの時だろうか。私は幼馴染のフィンと近くの洞窟を探検したのだ。私達にとっては初めての冒険で、すごくドキドキしたことを覚えている。
この子達も簡単な依頼と思って、一緒にやってきたのだろう。この依頼はスライムの駆除だし、頼りになる仲間もいる。私が守ってやれば大丈夫だろうと思われた。
森に入ると後ろから聞こえてくる2人の会話に私は笑みがこぼれた。
「流石、アギラね。全員を守るために一緒に行動しようって事ね。私はそこまで考えが回らなかったわ。」
「えっ………あー、そうだね。そうそう。」
少女は少年に絶大の信頼を寄せているようだった。そして、少年はボロを出さないように強がっているようで、私には微笑ましく思えた。
しかし、1つ気になる事があった。少年から緊張感が感じられないことだった。少女の方は周囲を警戒しながら進んでいるのに対し、少年はボーッとしている様子だった。私が振り返ると、視線をそらし俯いていた。
「周囲の警戒を怠っちゃダメよ。何があるかわからないからね。油断してるとそれが命取りになる事もあるわ。」
私は冒険者の先輩として2人に忠告した。
「はぁ。」
少年は気のない返事をした。
「そんな事くらい分かってるわよ。」
少女は反発をした。そこで初めて気づいたのだが、少女は人族ではないという事である。妖精族であった。最初はフードをしていたから気づかなかったが、今はフードをとっているので一目でわかった。少年の方は最初からフードをしていなかったが、もう一度確認したところ、人族なのは間違いなかった。
2人はどういう関係なのだろうか。ふと、そんな疑問が私の頭によぎった時、先に進んでいる3人とスライムの戦闘が始まった。
スライムを倒すにはコツがあった。スライムの中にある核を破壊するのだ。スライムの中にある核は絶えず流動している。私なら一撃でそのスライムの中を動き回る核を捉えることができる。
そして、ディアーナはその火の魔法でスライムごと核にダメージを与えているようだった。
その時、3人の横から2m以上はあろうかという巨大な熊が現れた。私は咄嗟に後ろにいる2人をかくまおうとした。しかし、その心配は杞憂に終わった。
ロイドがハンマーを武器召喚し、一撃で熊を粉々に粉砕したのだ。
やはり、このメンバーなら私がこの2人を守りながら進んでも問題はないことを再確認できた。今のを見たら恐れて帰りたがるかもしれないが、そうなったら入り口までは連れて行ってあげるかと思い後ろを振り返った。
「なかなかやるわね。私の出番はまだかしら。もっと前に行かない、アギラ。」
少女は恐れるどころか、前に進もうとしていた。
「いや、力は温存しておいた方がいいんじゃないか。前も力尽きてたようだし………」
「あの頃より成長したのよ。もうあんな失態はしないわ。」
「マスター、あんなに粉々にしたら食べれる部分がなくなってしまいますにゃ。マスターのようにもっとスマートに殺ってもらわないとダメですにゃ。まー、今日は熊なんてどうでもいいですにゃ。あっちの目的はスライムですからにゃ・・・」
私は驚いた。少年の頭の上に猫がいたのだ。それも喋る猫だった。どこから現れたのだろうか。
言語を操る猫など相当高位の獣ではないだろうか。それを手懐けているこの少年は猛獣使いなのだろうか。
ディアーナが炎で倒したスライムへと近づくと、その猫はスライムの死体を少し手に取り口の中に入れた。
「どういう事にゃーー。全然美味しくないにゃ。ぺっ、ぺっにゃ。」
猫は叫び声をあげていた。
何がしたいのだろうか。スライムなど美味しいはずがないではないか。スライムは生なら苦い草のような味、火を通せばゴムのような、およそ飲み込むのを躊躇うような味がすると言われているのだ。
この猫は魔獣を食らう類の獣なのだろうか。
「マスター、マスターが料理しないと食えたものじゃないですにゃ。」
「そうなのか?」
「いいことを考えましたにゃ。マスターがスライムを綺麗に仕留め、あっちがそれを回収するにゃ。火は使っちゃダメにゃ。お願いしますにゃ。今日あっちは断腸の思いでドーナツを全部振舞ったにゃ。それくらいは聞いてくれてもいいにゃ。」
猫は少年の頭をシェイクしていた。
「わかった。わかったから、髪を引っ張るな。」
私には少年たちの会話がよく分からなかった。ドーナツという聞きなれない単語について質問しようかと思っていると、前から大量のスライムが現れた。
ディアーナは魔法でスライムを焼き払った。森の木々に火がつかないように、個別に攻撃をしていた。
「ダメにゃー。火はダメにゃー。マスター、早くあいつを止めるにゃー。」
どうやら猫は火を異常に怖がっているようだった。あまりの恐怖で少年の頭を何度も揺すっていた。
そして、ロイドは召喚した大きなハンマーをスライムに叩きつけて核を破壊するだけでなくスライムをも粉々に粉砕していた。
「ダメにゃー。あんなに粉々に飛び散ったら食べることができなくなるにゃーーー。」
ん?
ハインリッヒの繰り出す剣はスライムを何度か切りつけ、核に当たったスライムは動きを止めた。そして、そのスライムの死体を他のスライムが吸収して合体しているようだった。
まさか、合体してスライムは強くなっていっているのでは………
「あーーー、あっちのスライムがスライムに取られたにゃーーー。」
んん?
猫のおかしな言動は気になったが、3人が討ちもらしたスライムが私達の方に近づいていた。私は近づくスライムたちの核を見切り1撃で仕留めていった。
「マスター、スライムの死体を集めて欲しいにゃ。リーンも手伝ってほしいにゃ。お願いにゃ。」
どうやら、猫はスライムがスライムを吸収して強くなっているのに気づいたようだった。私が仕留めて、2人に吸収されるのを防いでもらうという作戦は理に適っている。
「死体をできるだけスライムたちに近づけないようにお願いするわ。」
私は2人に指示を出した。スライムの死骸を隔離するくらいなら子供たちでもできるわね。
そして、私は近づいてくるスライムを倒し続けた。
「大丈夫。血が出てるわ。」
後ろの方で少女が少年の心配をしているのが聞こえた。
「大丈夫。ちょっと鼻血が出ただけだから。気にしないでいいよ。」
少年が答えたのが後ろから聞こえた。
私は後ろを振り返れなかったが、スライムの突進を顔に食らってしまったのかもしれない。しかし、その声には余裕が感じられたので、私は前方から来るスライム達に集中した。
後ろから猫の声がやたらと聞こえたが、先頭の3人の前に現れた異様な5匹のスライムの出現でそれを気にするどころではなくなった。その5匹のスライムは魔法を使ったのだ。それも詠唱を必要とせず一瞬のことであった。
そして、その中の真ん中にいるひときわでかいスライムが、この領地で大量にスライムが発生している原因である事が分かった。その体の一部がちぎれ、新たなスライムを生み出し続けていたからだ。
私が声を失っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「あれがボスっぽいわね。とうとう私達の出番じゃない?アギラ。」
少女はあの異様なスライムの力量を見誤っていた。ハインリッヒとロイドが一瞬でやられてしまったのだ。
「うーん。それより、あの3人を早く助けないとやばそうな気が………」
少年はあまりの恐怖で現実から逃避しているようだった。恐怖心が麻痺してしまっているのだ。
「何か他と違う色をしてるですにゃ。楽しみですにゃ。絶対火の魔法は使っちゃダメにゃ。絶対マスターに調理してもらいますにゃ。」
猫の獣は相変わらず何を言っているか分からなかった。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
ハインリッヒは大きな声で叫んだ。
私は迷った。私1人なら今すぐにでも加勢に行くが今は子供たちがいるのだ。私は自分の見通しの甘さを後悔した。この子供たちを連れて来るべきではなかったのだ。
「何言ってるの。何で逃げなきゃならないのよ。」
私がどうしようか迷っているときに少女は私の前に出て、ハインリッヒ達のところへ近づいた。
それを追うように少年も私の前へと歩を進めた。少年は片手で鼻をつまんでいた。その鼻の下には大量の血がついていた。
どうして、そんなにやられているのに前に進めるの。あの異様なスライム達は今までのスライムとは違うのよ。
「待って。あのスライムは異様だわ。あなた達は引き返した方がいいわ。」
私は2人を引き留めた。
その時、私達とハインリッヒを分断するように大きな火柱が上がった。その火柱はまるで私達をスライムから遠ざけるための壁のようだった。そこで、私は気づいた。ディアーナだ。ディアーナが私達を守るために炎の壁を作り出したのだ。
「あー、火はダメにゃーーー。あっちのスライム達がただのごみになってしまうにゃ。マスター、早く何とかするにゃ。このままじゃ、やばいにゃ。」
猫は少年の頭を何度も揺すった。
「わかった。わかったから、引っ張るな。『氷の世界』」
少年が炎に手をかざすと信じられない事が起こった。
炎の壁が凍りつき、氷壁と化してしまったのだ。今のは何だ? 何が起こったのか。
「あー、やっぱり。マリオンから聞いてたんだけど、どういう事よ。魔法は使えないんじゃなかったの。何で隠してたのよ。」
少女が怒りだした。やはり少年の魔法のようだった。しかし、何故詠唱もなく使う事ができるのか。そして、何故ディアーナの炎を凍りつかせることができるのか。
「別に隠してたつもりはないけど………そんな事より、今は中の3人を助けないと。」
そうだ。疑問は一杯あるけど、今はそんな事を考えている場合ではない。
私は氷壁に拳を突き出した。
しかし、私の渾身の一撃では氷壁はびくともしなかった。これでは中に入る事もできない。
その時、少年が拳を氷壁に叩きつけた。叩きつけた場所が粉々に砕け散り人1人が通れる穴が空いた………
「3人をこっちに連れてくるから、リーンに回復をお願いしてもいいか?ついでに俺が中のスライムを倒すまで全員を守っててくれないか。」
「………分かったわ。私に今度魔法を教えてくれる?」
「それはいいけど。じゃあ、ちょっと行ってくる。」
そう言って、中に入ってすぐにディアーナを外に連れ出してきた。その後、気絶している2人も外へと救出した。
「じゃあ、ちょっと倒してくるよ。」
少年は再び氷壁の中へと入っていった。
少女は負傷している3人に回復魔法を唱えた。
『 光の精霊よ 聖なる息吹で 万傷を癒せ 完全治癒』
3人の外傷はみるみる回復していった。光属性はかなり貴重な存在だと聞いた事がある。回復師は圧倒的に不足しているのだ。
「お姉さんももうちょっと近づいて。」
私を近くに呼び寄せた。
『 風の精よ その舞を以て 我を守護せよ 旋風壁 』
風の結界だった。私たちをスライムから守ってくれていた。光属性だけでなく、風の魔法まで使えるの………
私はいろんな事が起きすぎて何が何やらわからなかった。
ほんの2、3分すぎた頃。分厚い氷壁に黒い炎が纏わりついた。その瞬間、私の拳でびくともしなかった氷壁が一瞬にして昇華して水蒸気となって消えてしまったのだ。
私は呆然としていた。私だけでなく意識の戻ったディアーナも同じく目を丸くして言葉を失っていた。
その水蒸気の中から少年が悠然と歩いて出てきた。
それを見た少女は風の結界を解いて、少年に近づいた。
「今の黒い炎も魔法なの?」
少女も驚いているようだった。
「そうだけど。」
「今度いろいろと教えてよね。」
「ああ、いいけど。」
2人の会話が終わると、少年が私に近づいた。
「あ、これ、そっちの人が意識を取り戻したら飲ませてあげてください。怪我が治ると思いますから。」
少年は片腕を失ったロイドを指さし、透明な瓶を私に手渡した。
「えっ。あっ。ありがとう。」
私には何が何だかわからなかった。少女の回復魔法でみんな外傷は癒えてるように見えたのだ。
「俺たちはこれから残りのスライム達を片付けてきます。」
そう言って私たちの元から離れていこうとしていた。
私とディアーナは呆気に取られて何も言う事ができなかった。そこで私は我に返った。そうだ、名前だけでも。
「あなたたち、名前は何ていうの?」
少女が振り返って答えた。
「未来の勇者と、未来の大賢者よ。」
「何だそれ。」
少年は少女の方を向いて言った。少女は「えへへっ」と微笑んだ。
「2人とも分かっているのかにゃ。もう一度確認するにゃ。マスターがスライムを仕留めて、リーンが風魔法で集めるにゃ。そして、あっちが全部預かるにゃ。分かったかにゃ。絶対魔法を使って仕留めちゃだめにゃ。特に火はダメにゃ。マスターはすぐ火の魔法で倒そうとする癖があるにゃ。」
相変わらず猫は意味不明な事を言っていた。
~狂戦士・ロイドの視点~
俺は目覚めた後、事の顛末を二コラから聞いた。俄かには信じられない話だった。あのガキどもが凄腕の魔法使いだったなんてな。
そして、信じられない事がもう一つあった。そのガキ共から預かった薬を飲んだところ、俺の腕が再生しやがったんだ。これには全員が驚いた。
俺とハインリッヒが目覚める頃には領地に出没していたスライムはその死体すらも消え失せてしまっていた。俺たちには何が何やらさっぱりだった。
俺はこの一件から少し心境に変化があった。この出来事は俺以外のみんなにも何かしらの心境の変化を与えたようだった。
俺は今まで悪党や魔物を粉々に粉砕し続けてきた。たとえ相手が命乞いをしようとも、それは変わらなかった。しかし、自分の腕が粉々に粉砕された時、それは間違っていたのではないかという考えがよぎったのだ。
俺は祈った。今までの罪を懺悔した。そして、俺は贖罪の旅に出た。
自分を律し、肉体を鍛え、そして教会を見つけてはお祈りをした。
半年も過ぎたころ、俺は1つの教会を訪れ、いつものように祈りを捧げた。そして、神に祈りを捧げた時、森の中で起きた事の全てを理解した。
俺の目の前にある神の彫刻はあの時森で会った少年にそっくりだったのだ。そうなのだ。あの少年は神だったのだ。それならば、二コラの話もあの薬も全てに納得ができる。
俺はその彫像の少年を神と崇める新興宗教に入信することにした………
俺達は全員Aランクの冒険者だ。今回の依頼はバレンタイン子爵が治める領地の果樹園にスライムが被害を及ぼしているので、それを全て駆除してほしいというものだった。
スライムの駆除は数が少なければ基本、子供でも可能なFランクと最低ランクの依頼内容である。しかし、今回は数も多く、そのスライムが発生している原因となる森は他の魔物もいる場所であるため、最初Cランクの依頼であった。そして、何人かの冒険者がスライムの駆除に失敗したため、今ではBランクに難易度が上がっている状況だった。
Bランクにあがったのに報酬は銀貨50枚とそれほど多いものじゃないために、今では冒険者ギルドでこの依頼を受けるものは少なくなっていた。
では何故、俺達Aランクの冒険者が報酬の少ないこの依頼を受けたかというと理由があった。
それは俺がこの領地の出身であり、この果樹園からとれる果物で作った酒をこよなく愛しているからである。この果樹園が失われる等、俺には耐えられない事なのだ。
冒険者ギルドの紹介で知り合った他の3人はこの領地の出身ではないが、同じくここの酒が好きで、俺と共にスライムを討伐する事を承諾してくれたのだ。全員が称号持ちの実力者ばかりだった。
魔法使いのディアーナはその得意とする炎の魔法の多彩さから、『火炎の奏演者』という2つ名を持っていた。
ロイドはその人間離れした膂力で操る巨大なハンマーで、相手を粉々に粉砕する様から『万物の粉砕者』と呼ばれている。
そして、最後は武道家のニコラである。その極限まで研ぎ澄まされた速さから繰り出される拳は誰も見切ることはできず、返り血を浴びた拳が赤く染まる事から『疾風の赤薔薇』と呼ばれていた。
かくいう俺も2つ名を持っているのだが………
俺達がスライムの発生源であるとされる森の入り口に差し掛かると、2人の子供たちが後からやって来た。
俺達は森には近づかないように忠告したが、自分たちも魔物の討伐に来たという事だった。
もしかすると、この子供たちはこの依頼の危険性を理解していないのではないだろうか。確かにスライムの駆除は子供でもできるものであるが、大量のスライムともなると話は別なのだ。それに、今回森にいるスライムは中ランク冒険者でも歯が立たないという情報があった。ましてや、ここは他の魔物も出現する森である。ここで強く言った方がいいように思えた。
しかし、武道家のニコラが面倒をみることになり、子供たちもついてくる事になった。どうやら、子供たちに経験を積ませてあげようと思っているのかもしれない。今回の依頼ならば、俺達4人のうち1人くらいいなくても大丈夫だろうという判断だろう。ニコラに任せておけば大丈夫だろうと他のものも何も言わなかった。ニコラたちを最後尾にして、俺達3人は先頭を進んで森の中へと入った。
しばらくすると、森の中からスライムが10匹ほど現れた。
それを見たディアーナが詠唱を開始した。
『 炎精よ 我が心像を具現化し 薙ぎ払え 紅き蝶 』
スライムたちに蝶の形をした炎が着弾し、再起不能にした。
その時、3mはあろうかという大きさの熊が右から現れた。
『 我が力 我が呼びかけに応じて 顕現せよ 武器召喚 』
ロイドが時空から巨大なハンマーを召喚した。武器召喚は魔法陣の書かれた場所に設置した武器を呼び寄せる事ができる魔法である。ロイドの愛用するハンマーは巨大すぎるために持ち運ぶのには適さないのである。だから、武器召喚によって戦闘時だけ呼び出しているそうだ。
ロイドは、そのハンマーを振るい、熊を1撃でやっつけてしまった。
2人の戦う様を見て、今回の任務も成功する事を感じた。俺たちは先に進むと、後ろの方から叫ぶ声が聞こえた。熊やスライムの死体を見た子供たちがびびってしまったのかもしれない。
しかし、2人と同様の力を持つ二コラがいれば大丈夫だろう。この時までは、そんな事を考えていた。
しばらくすると、前方から大量のスライムが現れたのだ。
しかし、大量に現れたといえど、所詮はスライムである。俺たちは次々にスライムを倒していった。
そこで予期せぬ事が起きた。スライムが倒れたスライムを吸収し始めたのだ。そして、その吸収を果たしたスライムの素早さは少し上がっていたのだ。ディアーナが倒したスライムも全て吸収したスライムはその跳躍で木を貫通するまでの力を得ていた。今までの冒険者が返り討ちにあったのも頷ける強さだった。
しかし、俺達は今までの冒険者たちとは違うのである。多少強くなったからと言って、まだまだ負ける気はしなかった。
ギアを入れ替え、強くなったスライムをも屠っていった。
大分片付けたかというところで、さらなる衝撃が俺達を襲った。
奥から魔法を使うスライムが現れたのだ。
奥から出てきた5匹のスライムはでかさも色も今までのものと違っていた。
そして、その体の中には何か光るものが見えた。
最初に魔法を喰らったのは俺とロイドだった。
俺は土が変形し足をとられたところに、雷の魔法が俺の体を貫いた。あまりに一瞬の事で回避する事ができなかった。
ロイドも同様であった。ハンマーを握る右腕がハンマーと一緒に氷漬けにされていた。
そして、5匹のスライムの周りには霧がかかっていた。
俺は一瞬で悟った。この5匹のスライムは俺達より格上であるという事を。そして、俺たちがここでやられてしまう事を。
何も全員がやられる必要がない。俺はロイドの方を見た。ロイドは頷いた。どうやら俺と同じ考えのようだ。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
俺は足に絡んでいる土を振りほどき、スライムめがけて切りかかった。少しでも時間を稼がねばならない。しかし、俺の刃はスライムには届かなかった。スライムを包むように土が防御したのだ。そして俺の剣は土に巻き取られてしまったのだ。
ロイドの方を見ると、凍った部分にスライムの突進を受けて右腕が粉々に砕け散った。
「うおおおおおっーーー!!1」
ロイドは雄叫びをあげた。残った左腕で凍ったハンマーを手に取り、俺が攻撃しているスライムへ土の上から攻撃した。
ロイドの一撃はスライムを覆う土をバラバラにし、俺の剣を開放したが、その下にいるスライムを倒すにはいたらなかった。ただスライムの体を変形させただけだった。
勝てない。ロイドの一撃でも倒すことができないのだ。
「何やってる。早く逃げろ!!!」
呆然と立ち尽くすディアーナに俺は逃げるように指示した。
『 炎精よ 驕れるものを 檻に囲え 炎陣円』
ディアーナが呪文の詠唱を終えると炎の壁が円を描くように出現した。本来はスライムだけを隔離する魔法であろうが、円の内側には5匹のスライム以外に俺とロイドが残されていた。多分スライムに近すぎて俺たちの内側に発動できなかったのであろう。そして、分からなかったのはディアーナも円の内側にいる事だった。俺達に気を使ったのかもしれない。しかし、俺たちは死を覚悟しているのだから、そんな事は気にせずとも良かったというのに。俺は自分の無力さを悔いた。
「まだよ。勝機はあるわ。次の魔法を撃つまで時間を稼いで。」
ディアーナはまだ諦めていなかった。俺は剣を持つ手に力を込めた。
ディアーナが次の詠唱を開始する。
その時である。俺達の後ろを取り巻く炎が一瞬にして氷ついたのだ。俺達の周りは分厚い氷壁で囲まれた。ディアーナがやったのだろうか………
「そんな………まさか………」
ディアーナは驚愕の声を発した。
どうやら違うようだった。スライム達は一瞬にして、炎すらも凍らせてしまったのだ。ディアーナは詠唱を途中でやめて、力なく座り込んだ。
今回で俺の伝説も終わってしまうようだな。俺は今までどんな依頼でも、それがたとえ格上の依頼であっても全員無事に帰還してきた。ある時は落ちた穴が天然の隠れ家になり敵から逃れたり、またある時は偶然見つけた宝箱の道具で九死に一生を得たり、俺の幸運な逸話は数えきれないほどあった。
そんな事から俺は『幸運に愛された男』という2つ名で呼ばれていた。
それが今回は“不運”と“踊”っちまったようだった………
~魔法使い・ディアーナの視点~
私は焦っていた。後輩であるティーエが大魔法使いの称号を手に入れてしまったからだ。
私は魔法使いとして、それなりの地位を築いたのだが、属性が火しか扱えない事でさらにその先へと進む事ができず、成長が停滞しているのを感じていた。
今、魔法使いの間では多属性使いこそが実力を持っているという風潮があった。その風潮に拍車をかけたのが、北の大陸の縦断を成し遂げた後輩のティーエが3属性も扱える事だった。
私は1属性しか使えないが、その火の魔法のレパートリーを増やし『火炎の奏演者』と呼ばれるまでになった。それなのに、世間の評価は私の方がティーエよりかなり下であった。
私は今回の任務でハインリッヒの幸運とやらにあやかろうとしていた。私は自分の壁をどのようにして壊せばいいのかが分からずもがいていた。だから、実力以上の任務を成功させ続けているというハインリッヒのパーティーに参加したのだ。この領地の酒が好きだというのは嘘だった。
始めは順調に見えたこの依頼だったが、予想外の事が起こった。スライムが魔法を使って攻撃をしてきたのだ。
私は前方に現れた5匹のスライムを見た。そして私は驚いた。あのスライムの体内で光っているものに見覚えがあったのだ。あれは竜の体内から取れると言われる魔力結晶の輝きに違いなかった。
魔力を通せば特定の魔法を撃ちだすことや魔法の力を増幅する事ができると聞いたことがある。
どうしてスライムの体内に………私が逡巡していると、ハインリッヒが叫んだ。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
どうやらハインリッヒは撤退を決断したようだった。
しかし、ハインリッヒとロイドは逃げずにスライムへと向かって行った。2人は殿を務めて私達を逃がすつもりだった。しかし、この状況で私が逃げ出すことは、2人の死を意味していた。
2人はかなりの重傷を負っているのだ。
「何やってる。早く逃げろ!!!」
ハインリッヒはもう一度叫んだ。
私はこの時、今までハインリッヒの事を下に見ていた自分自身を恥じた。ハインリッヒは実力以上の依頼を幸運で達成し、危機的状況も実力ではなくその幸運によって回避してきたのだと思っていた。
しかし、この状況で最小の被害にとどめることができる最善の選択をとっているのだ。それも自分の命を顧みずに………
私はそこで気づいた。彼は今までもこのように自分の限界を突破してきたに違いないのだ。私も今ここで限界を突破する時なのだ。
私は全魔力を注ぎ込みながら詠唱を開始した。
『 炎精よ 驕れるものを 檻に囲え 炎陣円』
本来、敵を閉じ込めるための魔法だが今回は違う。2人がスライムの近くにいるので、これでは2人とも閉じ込めてしまう。そして、スライムの使っている霧の魔法は攻撃の探知になっている。だから、単発の攻撃なら、レーダーにひっかっかって躱されてしまう気がした。
この魔法は円の外にいる子供たちを逃がすためだけにあらず。
私の全魔力を込めた炎の壁は半径20mの結界よ。ここから、次の詠唱で壁の炎を矢に変化させ、四方360°からスライムに打ち込むのだ。私の全力で打ち込む炎の矢、数千本。いくら霧のレーダで躱そうとも、全てを躱しきれるはずがない。
私は仕上げの詠唱を開始した。
『 炎精よ 森羅………… 』
その時、私達を取り囲む炎が瞬時に氷壁へと変わってしまった。
「そんな………まさか………」
私は驚愕した。スライムからは何の予備動作もなかったし、魔法の軌道さえも見えなかった。さらに、本来凍るはずのない私の全力の魔力を込めた炎が凍らされる等、信じがたいことが目の前で起こっていた。
私が余計な事をしたせいで、2人の退路までも高い氷壁で閉ざすことになってしまったのだ。私は2人がスライムの魔法によって倒されたのを見て、自分の死を覚悟した………
~武道家・ニコラの視点~
森の入り口で少年と少女に出会った時に、私は昔の事を思い出していた。
あれは私が10歳くらいの時だろうか。私は幼馴染のフィンと近くの洞窟を探検したのだ。私達にとっては初めての冒険で、すごくドキドキしたことを覚えている。
この子達も簡単な依頼と思って、一緒にやってきたのだろう。この依頼はスライムの駆除だし、頼りになる仲間もいる。私が守ってやれば大丈夫だろうと思われた。
森に入ると後ろから聞こえてくる2人の会話に私は笑みがこぼれた。
「流石、アギラね。全員を守るために一緒に行動しようって事ね。私はそこまで考えが回らなかったわ。」
「えっ………あー、そうだね。そうそう。」
少女は少年に絶大の信頼を寄せているようだった。そして、少年はボロを出さないように強がっているようで、私には微笑ましく思えた。
しかし、1つ気になる事があった。少年から緊張感が感じられないことだった。少女の方は周囲を警戒しながら進んでいるのに対し、少年はボーッとしている様子だった。私が振り返ると、視線をそらし俯いていた。
「周囲の警戒を怠っちゃダメよ。何があるかわからないからね。油断してるとそれが命取りになる事もあるわ。」
私は冒険者の先輩として2人に忠告した。
「はぁ。」
少年は気のない返事をした。
「そんな事くらい分かってるわよ。」
少女は反発をした。そこで初めて気づいたのだが、少女は人族ではないという事である。妖精族であった。最初はフードをしていたから気づかなかったが、今はフードをとっているので一目でわかった。少年の方は最初からフードをしていなかったが、もう一度確認したところ、人族なのは間違いなかった。
2人はどういう関係なのだろうか。ふと、そんな疑問が私の頭によぎった時、先に進んでいる3人とスライムの戦闘が始まった。
スライムを倒すにはコツがあった。スライムの中にある核を破壊するのだ。スライムの中にある核は絶えず流動している。私なら一撃でそのスライムの中を動き回る核を捉えることができる。
そして、ディアーナはその火の魔法でスライムごと核にダメージを与えているようだった。
その時、3人の横から2m以上はあろうかという巨大な熊が現れた。私は咄嗟に後ろにいる2人をかくまおうとした。しかし、その心配は杞憂に終わった。
ロイドがハンマーを武器召喚し、一撃で熊を粉々に粉砕したのだ。
やはり、このメンバーなら私がこの2人を守りながら進んでも問題はないことを再確認できた。今のを見たら恐れて帰りたがるかもしれないが、そうなったら入り口までは連れて行ってあげるかと思い後ろを振り返った。
「なかなかやるわね。私の出番はまだかしら。もっと前に行かない、アギラ。」
少女は恐れるどころか、前に進もうとしていた。
「いや、力は温存しておいた方がいいんじゃないか。前も力尽きてたようだし………」
「あの頃より成長したのよ。もうあんな失態はしないわ。」
「マスター、あんなに粉々にしたら食べれる部分がなくなってしまいますにゃ。マスターのようにもっとスマートに殺ってもらわないとダメですにゃ。まー、今日は熊なんてどうでもいいですにゃ。あっちの目的はスライムですからにゃ・・・」
私は驚いた。少年の頭の上に猫がいたのだ。それも喋る猫だった。どこから現れたのだろうか。
言語を操る猫など相当高位の獣ではないだろうか。それを手懐けているこの少年は猛獣使いなのだろうか。
ディアーナが炎で倒したスライムへと近づくと、その猫はスライムの死体を少し手に取り口の中に入れた。
「どういう事にゃーー。全然美味しくないにゃ。ぺっ、ぺっにゃ。」
猫は叫び声をあげていた。
何がしたいのだろうか。スライムなど美味しいはずがないではないか。スライムは生なら苦い草のような味、火を通せばゴムのような、およそ飲み込むのを躊躇うような味がすると言われているのだ。
この猫は魔獣を食らう類の獣なのだろうか。
「マスター、マスターが料理しないと食えたものじゃないですにゃ。」
「そうなのか?」
「いいことを考えましたにゃ。マスターがスライムを綺麗に仕留め、あっちがそれを回収するにゃ。火は使っちゃダメにゃ。お願いしますにゃ。今日あっちは断腸の思いでドーナツを全部振舞ったにゃ。それくらいは聞いてくれてもいいにゃ。」
猫は少年の頭をシェイクしていた。
「わかった。わかったから、髪を引っ張るな。」
私には少年たちの会話がよく分からなかった。ドーナツという聞きなれない単語について質問しようかと思っていると、前から大量のスライムが現れた。
ディアーナは魔法でスライムを焼き払った。森の木々に火がつかないように、個別に攻撃をしていた。
「ダメにゃー。火はダメにゃー。マスター、早くあいつを止めるにゃー。」
どうやら猫は火を異常に怖がっているようだった。あまりの恐怖で少年の頭を何度も揺すっていた。
そして、ロイドは召喚した大きなハンマーをスライムに叩きつけて核を破壊するだけでなくスライムをも粉々に粉砕していた。
「ダメにゃー。あんなに粉々に飛び散ったら食べることができなくなるにゃーーー。」
ん?
ハインリッヒの繰り出す剣はスライムを何度か切りつけ、核に当たったスライムは動きを止めた。そして、そのスライムの死体を他のスライムが吸収して合体しているようだった。
まさか、合体してスライムは強くなっていっているのでは………
「あーーー、あっちのスライムがスライムに取られたにゃーーー。」
んん?
猫のおかしな言動は気になったが、3人が討ちもらしたスライムが私達の方に近づいていた。私は近づくスライムたちの核を見切り1撃で仕留めていった。
「マスター、スライムの死体を集めて欲しいにゃ。リーンも手伝ってほしいにゃ。お願いにゃ。」
どうやら、猫はスライムがスライムを吸収して強くなっているのに気づいたようだった。私が仕留めて、2人に吸収されるのを防いでもらうという作戦は理に適っている。
「死体をできるだけスライムたちに近づけないようにお願いするわ。」
私は2人に指示を出した。スライムの死骸を隔離するくらいなら子供たちでもできるわね。
そして、私は近づいてくるスライムを倒し続けた。
「大丈夫。血が出てるわ。」
後ろの方で少女が少年の心配をしているのが聞こえた。
「大丈夫。ちょっと鼻血が出ただけだから。気にしないでいいよ。」
少年が答えたのが後ろから聞こえた。
私は後ろを振り返れなかったが、スライムの突進を顔に食らってしまったのかもしれない。しかし、その声には余裕が感じられたので、私は前方から来るスライム達に集中した。
後ろから猫の声がやたらと聞こえたが、先頭の3人の前に現れた異様な5匹のスライムの出現でそれを気にするどころではなくなった。その5匹のスライムは魔法を使ったのだ。それも詠唱を必要とせず一瞬のことであった。
そして、その中の真ん中にいるひときわでかいスライムが、この領地で大量にスライムが発生している原因である事が分かった。その体の一部がちぎれ、新たなスライムを生み出し続けていたからだ。
私が声を失っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「あれがボスっぽいわね。とうとう私達の出番じゃない?アギラ。」
少女はあの異様なスライムの力量を見誤っていた。ハインリッヒとロイドが一瞬でやられてしまったのだ。
「うーん。それより、あの3人を早く助けないとやばそうな気が………」
少年はあまりの恐怖で現実から逃避しているようだった。恐怖心が麻痺してしまっているのだ。
「何か他と違う色をしてるですにゃ。楽しみですにゃ。絶対火の魔法は使っちゃダメにゃ。絶対マスターに調理してもらいますにゃ。」
猫の獣は相変わらず何を言っているか分からなかった。
「ディアーナ。ニコラ。子供たちを連れて逃げろ!!」
ハインリッヒは大きな声で叫んだ。
私は迷った。私1人なら今すぐにでも加勢に行くが今は子供たちがいるのだ。私は自分の見通しの甘さを後悔した。この子供たちを連れて来るべきではなかったのだ。
「何言ってるの。何で逃げなきゃならないのよ。」
私がどうしようか迷っているときに少女は私の前に出て、ハインリッヒ達のところへ近づいた。
それを追うように少年も私の前へと歩を進めた。少年は片手で鼻をつまんでいた。その鼻の下には大量の血がついていた。
どうして、そんなにやられているのに前に進めるの。あの異様なスライム達は今までのスライムとは違うのよ。
「待って。あのスライムは異様だわ。あなた達は引き返した方がいいわ。」
私は2人を引き留めた。
その時、私達とハインリッヒを分断するように大きな火柱が上がった。その火柱はまるで私達をスライムから遠ざけるための壁のようだった。そこで、私は気づいた。ディアーナだ。ディアーナが私達を守るために炎の壁を作り出したのだ。
「あー、火はダメにゃーーー。あっちのスライム達がただのごみになってしまうにゃ。マスター、早く何とかするにゃ。このままじゃ、やばいにゃ。」
猫は少年の頭を何度も揺すった。
「わかった。わかったから、引っ張るな。『氷の世界』」
少年が炎に手をかざすと信じられない事が起こった。
炎の壁が凍りつき、氷壁と化してしまったのだ。今のは何だ? 何が起こったのか。
「あー、やっぱり。マリオンから聞いてたんだけど、どういう事よ。魔法は使えないんじゃなかったの。何で隠してたのよ。」
少女が怒りだした。やはり少年の魔法のようだった。しかし、何故詠唱もなく使う事ができるのか。そして、何故ディアーナの炎を凍りつかせることができるのか。
「別に隠してたつもりはないけど………そんな事より、今は中の3人を助けないと。」
そうだ。疑問は一杯あるけど、今はそんな事を考えている場合ではない。
私は氷壁に拳を突き出した。
しかし、私の渾身の一撃では氷壁はびくともしなかった。これでは中に入る事もできない。
その時、少年が拳を氷壁に叩きつけた。叩きつけた場所が粉々に砕け散り人1人が通れる穴が空いた………
「3人をこっちに連れてくるから、リーンに回復をお願いしてもいいか?ついでに俺が中のスライムを倒すまで全員を守っててくれないか。」
「………分かったわ。私に今度魔法を教えてくれる?」
「それはいいけど。じゃあ、ちょっと行ってくる。」
そう言って、中に入ってすぐにディアーナを外に連れ出してきた。その後、気絶している2人も外へと救出した。
「じゃあ、ちょっと倒してくるよ。」
少年は再び氷壁の中へと入っていった。
少女は負傷している3人に回復魔法を唱えた。
『 光の精霊よ 聖なる息吹で 万傷を癒せ 完全治癒』
3人の外傷はみるみる回復していった。光属性はかなり貴重な存在だと聞いた事がある。回復師は圧倒的に不足しているのだ。
「お姉さんももうちょっと近づいて。」
私を近くに呼び寄せた。
『 風の精よ その舞を以て 我を守護せよ 旋風壁 』
風の結界だった。私たちをスライムから守ってくれていた。光属性だけでなく、風の魔法まで使えるの………
私はいろんな事が起きすぎて何が何やらわからなかった。
ほんの2、3分すぎた頃。分厚い氷壁に黒い炎が纏わりついた。その瞬間、私の拳でびくともしなかった氷壁が一瞬にして昇華して水蒸気となって消えてしまったのだ。
私は呆然としていた。私だけでなく意識の戻ったディアーナも同じく目を丸くして言葉を失っていた。
その水蒸気の中から少年が悠然と歩いて出てきた。
それを見た少女は風の結界を解いて、少年に近づいた。
「今の黒い炎も魔法なの?」
少女も驚いているようだった。
「そうだけど。」
「今度いろいろと教えてよね。」
「ああ、いいけど。」
2人の会話が終わると、少年が私に近づいた。
「あ、これ、そっちの人が意識を取り戻したら飲ませてあげてください。怪我が治ると思いますから。」
少年は片腕を失ったロイドを指さし、透明な瓶を私に手渡した。
「えっ。あっ。ありがとう。」
私には何が何だかわからなかった。少女の回復魔法でみんな外傷は癒えてるように見えたのだ。
「俺たちはこれから残りのスライム達を片付けてきます。」
そう言って私たちの元から離れていこうとしていた。
私とディアーナは呆気に取られて何も言う事ができなかった。そこで私は我に返った。そうだ、名前だけでも。
「あなたたち、名前は何ていうの?」
少女が振り返って答えた。
「未来の勇者と、未来の大賢者よ。」
「何だそれ。」
少年は少女の方を向いて言った。少女は「えへへっ」と微笑んだ。
「2人とも分かっているのかにゃ。もう一度確認するにゃ。マスターがスライムを仕留めて、リーンが風魔法で集めるにゃ。そして、あっちが全部預かるにゃ。分かったかにゃ。絶対魔法を使って仕留めちゃだめにゃ。特に火はダメにゃ。マスターはすぐ火の魔法で倒そうとする癖があるにゃ。」
相変わらず猫は意味不明な事を言っていた。
~狂戦士・ロイドの視点~
俺は目覚めた後、事の顛末を二コラから聞いた。俄かには信じられない話だった。あのガキどもが凄腕の魔法使いだったなんてな。
そして、信じられない事がもう一つあった。そのガキ共から預かった薬を飲んだところ、俺の腕が再生しやがったんだ。これには全員が驚いた。
俺とハインリッヒが目覚める頃には領地に出没していたスライムはその死体すらも消え失せてしまっていた。俺たちには何が何やらさっぱりだった。
俺はこの一件から少し心境に変化があった。この出来事は俺以外のみんなにも何かしらの心境の変化を与えたようだった。
俺は今まで悪党や魔物を粉々に粉砕し続けてきた。たとえ相手が命乞いをしようとも、それは変わらなかった。しかし、自分の腕が粉々に粉砕された時、それは間違っていたのではないかという考えがよぎったのだ。
俺は祈った。今までの罪を懺悔した。そして、俺は贖罪の旅に出た。
自分を律し、肉体を鍛え、そして教会を見つけてはお祈りをした。
半年も過ぎたころ、俺は1つの教会を訪れ、いつものように祈りを捧げた。そして、神に祈りを捧げた時、森の中で起きた事の全てを理解した。
俺の目の前にある神の彫刻はあの時森で会った少年にそっくりだったのだ。そうなのだ。あの少年は神だったのだ。それならば、二コラの話もあの薬も全てに納得ができる。
俺はその彫像の少年を神と崇める新興宗教に入信することにした………
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