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第二章 魔導士学園 編

廃館の呪い sideーA

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 今日は呪術研究会全員で依頼をこなすために、城壁の外にあるマユリ卿の邸宅へと向かっていた。
 その邸宅は、王都から少し離れた森の中にあった。そこに住んでいたマユリ卿は国王から子爵の位を授かった貴族であったが、変り者だと評判であった。そして、そのマユリ卿は今やこの世にはなく、1年ほど前に他界してしまっていた。

 今回の依頼内容は次のようなものだった。
 マユリ卿は近しい親類のものがなく、邸宅を相続するものがいなかった。だから、自動的にその私有地は国王に返還された。そして、国王はそこをリフォームして、他の子爵に譲ろうとしたのだ。

 しかし、そのリフォームが終わることはなかった。未だに工事は途中で止まっている。というより、業者がその邸宅に近づく事を嫌がっているのだ。

 なぜならば、その邸宅の3階の一室は夜な夜な明かりがつき、誰かがいる気配がするのだ。はじめは不振に思った業者の者がそれを調べようとしたのだが、その者達がその問題の部屋に辿り着くことはできなかった。向かったものは皆、途中の階段で気絶して、気付けば朝を迎えてしまう。そして、朝に問題の部屋を調べると、そこはもぬけの殻であった。

 そんな事が何度も続いて、業者のものはマウリ卿の呪いではないかと噂をしだした。
 この噂が広まると、皆その邸宅に近づくことを嫌がった。
 国王にとってその場所は、不便な森の中なので特に重要な土地でもなかった。だから、躍起になって問題解決に取り組もうとはしなかった。

 その邸宅を燃やしてしまおうという案も出たが、ではそれを誰がやるのかという段になると皆呪いを恐れてしり込みをした。
 そこで、国王は解決を冒険者ギルドへと依頼する事にしたのだ。
 気絶するものは何人もいたが、傷ついた者はいない事とそれほど重要な場所でもない事からランクはCとランク付けされ、報酬も銀貨5枚とかなり少ないものだった。

 俺にとっては、報酬などどうでも良かった。エニグマと話をしてから、呪いを使えるものにいろいろ会う事が重要だと分かったのだ。その中には対になる呪いというものを使えるものに出会える可能性があったからである。

 アーサーの呪いならば、女を男にする呪いを使えるものがいればよいのだ。もし前出会った悪魔族のどちらかが性を反転させる呪いを使っていたなら、捕まえて呪いを重ね掛けするか、かけた本人に解呪してもらうかすればいい事だ。

 5人で初めての依頼だったので、邸宅までの道中は皆緊張して無言であった。
辺りはすっかり真夜中で、森の中では木々の隙間から星々が煌いていた。何故、日が沈んでから来たかというと、部屋の明かりがついたり、気絶したりするのは夜にしか起こっていないからだった。

 城壁から1時間も歩くと問題の邸宅に辿り着いた。
 その庭は何か月か放置されていたのか、草が伸び荒れていた。
 マウリ卿は生前に畑でも耕していたのだろう。一部の土地はその痕跡が疑えた。草が生えておらず、土が列をなして盛り上がっていた。しかし、そこに作物はもうなかった。誰かにひっこぬかれたのか、一定の間隔をあけて穴が空いていたのだ。

 そして問題の邸宅は3階建てで、1人で住んでいたにしてはかなり大きなものだった。
問題の部屋を見上げると、3階の1室の明かりが灯っているのが見えた。どうやら、何かがいるのは確かなようだった。

「で、どうする?」
俺は皆に聞いた。

「ま、まずは、あ、あの部屋に何がいるのかを確かめたいです。」
クロエが提案した。
そうなのだ、今までその明かりの点いた部屋を覗けたものはいないのだ。だが、俺は自信があった。この体は呪いが通じないし、よっぽどの強敵でない限り余裕があるのだ。

「俺が、1人で行って部屋まで確かめて来ようか?」
今回は5人で来たが、Cランクならこんなにも人数はいらなかったかなと思いながら言った。

「いや、ここは私が行こう。報告では、問題の部屋以外は明かりがつかないらしいが、私の光魔法を持ってすれば照らし出すことができる。そうすれば、敵が闇に紛れて何かする事もできまい。」
ソロモンも自分1人で行く構えを見せた。
俺も光魔法を使えるのだが、そこは言わなかった。最近、ソロモンも呪術研究会にやる気を見せてくれているのだ。俺が前に出すぎてもいけない。ここは花を持たせよう。
そんな事を考えているとクロエが口を開いた。

「こ、今回は、み、皆さんで、協力して依頼を達成しようと思います。」
クロエは続けた。

「わ、私と、ドロニアさんとソロモンさんのグループと、せ、先生とアギラさんのグループに分かれて行動しましょう。そ、そうすれば、ど、どちらかが、ピンチになった時に、助ける事ができます。ぜ、全員が、同時に気絶する事もないでしょう。」
クロエは作戦を考えてきていたようだった。
しかし、それを無視して、クロエの提案が終わる前にドロニアが地面に召喚陣を描き、フギンを召喚した。

「 出でよ フギン 」
前に見たカラスが出てきた。

「ちょっと、あの部屋を見て来て。」
ドロニアは外から部屋を使い魔に偵察させようとした。
なるほど。俺は感心した。アーサーにはできない芸当だな。見習ってほしいものだ。

「あ、あ、ちょ、ちょっと、待ってください。」
何故か、クロエは止めようとしていた。
しかし、クロエが言い終わる前にカラスは問題の部屋へと飛び立っていった。

「どうしたんです?」
俺はクロエに聞いた。

「い、いえ、こ、今回は皆で、協力して依頼をしたかったので・・・」
そんな事を考えていたのか。みんなで何かをすれば一体感が生まれて絆ができるからな。だから、自分も参加できるCランクの依頼を受けたのかもしれない。
そして、その願いは予期せぬ方向で叶う事となった。
偵察に向かったカラスが、窓に近づいた時に突然羽ばたきを止めて、落下し始めたのだ。
それを見たドロニアは風魔法を詠唱した。

「 風の精霊よ 銀礫の鎖を断ち切り 解放せよ 浮揚フロート 」
カラスは落下のスピードを緩めた。ドロニアは落下地点まで走り、それを受け止めた。
そして、召喚魔法を解いてフギンを消したようだった。

 それを見て俺たちは無言になった。
 フギンは気絶しただけだったようだが、何か危なそうな感じがした。やはり、俺1人で行った方がいいだろうか。

「ふん。所詮Cランクだろう。私に任せておけ。」
ソロモンが玄関に向かった。

「ま、待ってください。わ、私も行きます。」
クロエがそれに続く。
そして、ドロニアもクロエの後を追った。

「せ、先生たちは、少ししてから来てください。」
クロエは振り返り、俺達に伝えた。

玄関を開けたソロモンは、光魔法を詠唱した。

「 光の精霊よ 恒久の聖光を以って 闇夜を照らせ 発光ルーメン」 
   
「では。行くぞ。」
ソロモンたちは邸宅の中へと消えていった。

俺とティーエ先生は玄関の前で少し待つことにした。先生はずっと何かを考えているようだった。
「先生にCランク依頼にまで来ていただいて、ありがとうございます。」

「えっ、い、い、いや。わ、私も、じゅ、呪術研究会の一員ですから、と、当然です。」
先生は何かに怯えているようだった。

 そこで、俺は気づいたのだ。もしかすると、先生は暗闇が怖いのかもしれない。ここは森の中だし、邸宅の明かりも壊れているらしく、辺りは真っ暗だった。
俺はソロモンと同じように光魔法で辺りを照らすことにした。
俺は発光ルーメンの魔法を使った。

その時である。上の方から物が壊れるような大きい音がしたのだ。
俺は上を見上げた。
先生は俺を押しのけて、玄関から邸宅に入り、階段を駆け上がった。
俺は遅れて、その後を追った。

「クロエさん。ドロニアさん。」
先生は2階へと駆け上がり、3階へと続く階段の前で2人の名前を叫んだ。
3階へと続く階段の下には2人が横たわっており、周りには木片が散乱していた。俺もそこへ行こうと2階へと続く階段を登ろうとした時、アーサーが俺を止めた。

「近づかない方がいいにゃ。」
俺は足を止めた。

先生は何者かに対して攻撃態勢に入ったようだった。魔法の詠唱を始めたのだ。
「 炎精よ 紅蓮の焔を纏いて 顕現…………」
しかし、その魔法の詠唱は最後まで行われることはなかった。
詠唱の途中で先生は気絶してしまったのだ。

「アーサー、何か分かるのか?」
俺には何が何だかさっぱり分からなかった。そもそも、ドロニアが気絶しているのがおかしいのだ。ドロニアの体は呪いが効かないはずである。

「音にゃ。この音は、たぶん近づくとやばいにゃ。昔、聞いたことがあるにゃ。」
音??俺には全然聞こえなかった。

「音なんて、全然聞こえないぞ。」

「人族の耳は2万ヘルツくらいしか聞こえないけど、あっちにはその倍以上の音が聞こえるにゃ。だから、あっちには分かるにゃ。これ以上は耳栓をしなければ、危ないですにゃ。」
ん? 耳栓するだけでいいのか………

「これを詰めればいいにゃ。」
そういうと、アーサーは俺の耳に何かを詰めた。すごいむずむずして、耳かきがしたくなったが我慢した。

「………………」
アーサーが何か言って、時空の中に入っていった。

 俺は皆が倒れているところに向かった。腕を取り、脈を診たが、気を失っているだけのようだった。
3階へと続く階段の途中にはソロモンも倒れていた。他と同じように、気を失っていた。

 俺は問題の部屋の扉の前へと立った。そして、その扉を開いた。

 その中は俺の想像を超える光景が広がっていた。

 大根のようなフォルムをし、ゴボウのような色をした手足のある生き物が、合唱隊のような隊列を組んでいたのだ。
 胴体の部分にはムンクの叫びのような目と口がついていた。
俺が扉を開けると、一斉にその生き物たちは俺の方を向いた。

こ………こいつらは………
前の世界でしか聞いたことがないが、マンドラゴラとかいうやつでは……
確か、引っこ抜いた時の叫び声を聞いたら死んでしまうとかいう……

どうするか………

 俺は右手に魔力を込めた。炎の魔法で全て燃やし尽くすためだ。
 それを見た、マンドラゴラ(仮)たちは全員部屋の隅に集まり、肩を寄せ合い震えだした。
なんだか、可愛いな。うーむ………

 それを見て俺は右手に込めた魔力を消した。
 今まで、誰かを傷つけてきたわけではないし、どうすればいいか分からなかった。話をしたいが、耳栓をしているので出来ないのだ。マンドラゴラ(仮)の口が開いているので、音は発し続けているぽいので、耳栓を外すわけにはいかなそうだった。

 そこで俺はマリオンの事を思い出した。彼女は樹木人族ドライアドという事をあれから聞いたのだ。植物の事は詳しいかもしれない。
 俺は扉を閉めて、マリオンの元へと向かう事にした。4人は念のためマンドラゴラ(仮)達から遠い部屋に置いておくことにした。

「アーサー、出てこい。」
俺は耳に詰まったものを取り出した。ぼろぼろと崩れる感触が指に伝わり、なかなか取り除く事ができなかった。

「はいにゃ。あっちのおかげで助かったようですにゃ。」
アーサーはどや顔をしていた。

「それにしても、何を耳に詰めたんだ?」
俺は耳からぼろぼろと崩れる異物を取り除きながら聞いた。

「ドーナツにゃ。いいものがなかったんで、断腸の思いで手放したにゃ。感謝してほしいにゃ。」
くっ。何てものを詰め込むんだ。ドーナツと聞くと、耳が無性にイライラした。耳かきがしたくてたまらなかった。

「それで、あの音はマンドラゴラという植物の音だったりするのか?」

「………そうにゃ。たしか、そんな名前だった気がするにゃ。でも、ここ最近は聞かなくなったので、すっかり忘れていたにゃ。」
やっぱり、そうだったか。あの音は至近距離で聞いたら、死んだりするのだろうか………
俺は急いでマリオンの寮に向かった。

俺はマリオンの寮の扉をノックした。
「誰だい。」
扉の向こうから、マリオンの声がした。
「アギラだ。」

マリオンは扉を開けてくれた。
「どうしたんだい。こんな時間に。」
マリオンは寝間着の恰好をしていた。

「すまない。手を貸して欲しくて来たんだ。」

「この前の借りもあるし、僕にできることなら何でもするよ。」
俺は今日起こった事を説明した。

「マンドラゴラとは珍しいな。絶滅しかかっていたはずだよ。・・・わかった、僕に任せてよ。事情を聞いてみるよ。着替えるから、ちょっと待ってておくれ。」
どうやら、マリオンはマンドラゴラと話をすることができるようだった。

「おぶって行こうか。」
俺は置いてきた4人が心配だったので、早く戻るために提案した。
「えっ? 恥ずかしいからいいよ。僕も結構、足は速いから、大丈夫だよ。」

「そうか。じゃあ、行こう。」
俺は、邸宅に向かって走り出した。

少しすると、マリオンが俺を呼び留めた。
「ちょ、ちょっと、待ってよ。速すぎだよ。やっぱりおぶってもらう事にするよ。」
マリオンは俺の背中に飛びついた。
俺の背中にはマリオンの大きな胸の感触が伝わって来た。
こんな時に俺は何てことを考えてしまっているんだ。俺の馬鹿野郎。
俺は再び走り出した。

目的の場所には5分もかからず到着する事ができた。
「じゃあ、ちょっと待っててよ。事情を聞いてくるよ。」
そう言って、マリオンは問題の部屋へと向かった。

しばらくすると、マンドラゴラ達を引き連れて戻って来た。
マンドラゴラ達は危険な音を発していないようだった。

「どうやら、そこの土壌の栄養分が足りなくなってきたので、夜にも光合成をして栄養分を作り出すために部屋に入っていたらしい。」
マリオンは、無数に穴の開いた畑を指さした。

「そして、昼間は畑に戻っていたらしいんだ。」

なるほど。だから、畑に穴が空いていたのか。
「土壌の栄養分なら魔法で何とかできるぞ。」
俺は言った。

「『 土壌祝福ベネティクティオ・アンゲリカ 』だね。僕も使えるんだけど。問題は、ここが人間の住む場所の近くって事だね。昔、マンドラゴラの叫び声を恐れた人族が、マンドラゴラを焼却していったという歴史があるんだ。だから、この子たちを誰もいない森へ連れて行ってあげようと思うんだ。いいかな?」
マリオンは聞いた。

「いいんじゃないか。」
特に反対する理由が見当たらなかった。

「そうか。ありがとう。流石だね。やっぱり、アギラは他の人族とは違うね。マンドラゴラが絶滅しかかってから、そのマンドラゴラの効能を知った人族達は1本金貨10枚で取引するようになったんだよ。本当に滑稽な話だよね。」
なん……だと……金貨10枚だと………金貨1枚100万円………つまり1本1000万円………

俺はマンドラゴラ達を無意識に数えた。
マンドラゴラが1本………マンドラゴラが2本………マンドラゴラが3本………

「じゃあ、僕はこの子たちを森に連れて行くよ。おやすみ。」
マリオンと4億円相当のマンドラゴラ達は闇へと消えて行った。

 俺は気絶した4人を2回に分けて、それぞれの寮へと送り届けた。
先生の家はどこか分からなかったので、学校近くの宿をとって、そのベッドに寝かせて、俺は自分の部屋へと戻る事にした。

 俺は布団に入り、マンドラゴラの数を数えながら眠りについた。




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