上 下
66 / 123
第二章 魔導士学園 編

蠅の王・後編

しおりを挟む
 俺は背後に気配を感じて、振り返った。ドロニアも振り返る。
そして、そこにいた者を見て3者3様の反応を示した。

「………ベルゼブブ様………」
その姿を見て、後ろから悲鳴にも似た声が聞こえた。

「あ、あれは、ベルゼブブ………」
その姿を見て、ドロニアは驚愕と焦りの混じった声で呟いた。

「ベルゼブブ? ……あッ………」
その姿を見て、俺は全てを悟り、呆然とした。

 どうやら、俺は気づかずに、この世界で人に似た生命を1キルしようとしていたようだった。
ハエの姿と、今見せている人型の姿のどちらが本当の姿かは分からない。しかし、俺は何の罪悪感もなく、人に似た生命体を殺していたかもしれない事実に考えを巡らせた。そして、その考えが、ベルゼブブの行動に対して、俺の反応を遅らせた。

 その扉の向こうにいるベルゼブブとやらは、口を動かした。そして、いきなりその場から消え去ってしまった。

 背後から物音がしたので振り返ってみると、先程氷で攻撃を仕掛けてきた者の隣に、ベルゼブブは移動していた。

『ん?今どうやって移動したのだ?全く見えなかったぞ………』
そのスピードは俺の目で捉えることできなかった。

「ベルゼブブ様、そのお姿は………?」

「何者かに襲撃を受けた。ひとまず撤退するぞ。回復を計らねばならない。」

「………わかりました。」
2人は撤退しようとしているようだった。

 この依頼は2人をこの工房から追い出せば、工房を正常な状態に戻せるので、俺は2人がこのままどこかに行ってもらうのを待つことにした。

「逃がさない。
  風の精よ 汝との契約に従い 今こそ力を解き放ち 舞い狂え 疾風論舞曲ヴェーチェル・ロンド 」

んん?まだやるのか………

ドロニアが2人を逃がすまいと風の魔法を放った。その風の魔法は風で数羽の鳥の形を作り出し。そのそれぞれが意思を持っているかのように2人に襲い掛かった。

「無駄よ。
  氷精よ 氷の守護で 万難を隔絶せよ 氷壁アイス・ウォール 」

俺達と相手の間に分厚い氷の氷壁が出現した。

 しかし、風の魔法で作られた鳥達はその氷壁を貫通する。そして、遅れて、部屋中に滞空させていた俺の炎の魔法がその氷壁を昇華させ、水蒸気へと変える。

「な………」
女の姿をした悪魔は動揺した。

「 闇の精霊よ 深淵から来りて 食い尽くせ 暗黒星雲ダーク・ネビュラ 」
ベルゼブブはドロニアの放った風の魔法を闇魔法で吸い尽くした。
さらに、追加で魔法の詠唱を開始する。

「 本物の風魔法というものを見せてやろう。
  風神よ りょくからへきへ へきからすいへ その羽ばたきで 精錬せよ 恒星風アルフヘイム 」

 そして、ベルゼブブは俺達に向けて風魔法で攻撃をした。その威力は凄まじいものを感じた。俺は咄嗟に同等の氷魔法を放った。俺は筆記試験の後に勉強したのだ。風魔法には氷魔法が優位性があるという事を。

「 氷の世界ニブルヘイム 」
同等の魔法であっても、優位性のおかげか、俺の氷魔法はベルゼブブの風魔法を押し戻した。

「ばかな……貴様は……まさか魔王……いや……そんなはずは………」
ベルゼブブは訳のわからない事を声にだしながら、次の行動に移ろうとしていた。

「 時空を統べる鍵よ 2つの扉をつなぎ 望郷にいざなえ 」
アーサーが使う時空魔法に似た詠唱文を口にした。時空魔法は無属性であるので、魔力の流れが見えなかった。

それを唱えた瞬間に2人は忽然と部屋から姿を消した。
そして、部屋の中でぶつかり合っていた風魔法と氷魔法は一気に均衡が破れ、部屋中を凍てつかせる。俺は氷魔法を打ち消すべく温度を調節して火の範囲魔法を放った。

『 地獄の業火インフェルノ 』
氷魔法と火の魔法は打ち消しあい、事なきを得る事に成功した。

「…………」
ドロニアは俺の方を見て何かを言いたそうにしていた。
俺の竜人仕込みの魔法の数々を見て驚かしてしまったかもしれない。

「あなた………王なの………?」

えっ。
ベルゼブブが去る間際にそんな事を言ってたような気がするが、断じて俺はそんなものではない。

「いや、違うよ。人族だよ。」

「そう。」
何かあらぬ疑いをかけられているっぽいな………
しかし、これで依頼は達成したといえる。俺たちはクロエのところに戻る事にした。

クロエは工房を出て少し離れたところで待っていた。
「ふ、2人とも無事でよかったです。け、結界がなくなったという事は、う、上手くいったんですか?」

「ああ、悪魔は2匹いたっぽいけど、どこかに逃げて行ったから、ひとまず依頼的にはOKじゃないかな。」
俺はクロエの質問に答える。

「す、すごいです。やっぱり、特待生の方達は違いますね。」
クロエは俺達2人を褒めた。

「私は、ほとんど何もできなかった………」

「えっ、じゃあ、アギラさん1人で?」

「いやいや、そんな事はないよ。3人の力でこの依頼は達成できたと思うよ。」
俺は謙遜した。

「…………」
ドロニアは無言だった。

「わ、私なんて、何もできてないです。」

「そんな事ないよ。結界を気づかれずに通り抜けたおかげで、ずいぶん楽に依頼をこなせた。」

「そ、そう言ってもらえると、ありがたいです。」
クロエは礼を口にした。
そして、クロエの肩に止まっていたドロニアの使い魔である烏は、ドロニアの方に移動した。

「ありがとう。フギン。」
ドロニアが使い魔の烏に礼を言うと、その使い魔は姿を消した。召喚の契約を解いたようだった。

その時、俺のフードの中でアーサーがもぞもぞと動き出した。
「やっと鍛冶の工房に着いたのかにゃ。どういう作戦で行くにゃ。あっちの黄金の右の爪で悪魔をやっつけてやるってのはどうですかにゃ。」
フードの中で大人しくしていると思ったが、俺にまな板を渡した後、ずっと寝ていたようだった。

「いや、今着いたんじゃなくて、もう終わって帰るところだ。」
ドロニアの烏の使い魔を見習ってほしいものだ。

「そうですかにゃ。それは残念ですにゃ。じゃあ、昼ご飯までもうひと眠りする事にしますにゃ。………って、にゃ、にゃ、にゃんだこりゃーーーーにゃ。」
アーサーはフードから飛び出し、叫び声をあげた。

「どうしたんだ?」

「マ、マスター。ど、どういう事にゃ。あっちの、あっちの大切なものが………なくなってますにゃ。」
大切なもの………お気に入りの人形でもどこかに落としたのか?

「こ、これを見てくださいにゃー。」
アーサーは俺の前に後ろ脚を広げてふわふわと飛んできた。
ん?んん?

「どういう事にゃーーー。」
その叫び声は山々にこだまして響いた。

アーサーは、どういうわけかオスからメスへと変わっていた。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~

ふりたけ(振木岳人)
ファンタジー
「……あの子を、シリルの事を頼めるか? ……」  騎士王ボードワンが天使の凶刃に倒れた際、彼は実の息子である王子たちの行く末を案じたのではなく、その後の人類に憂いて、精霊王に「いわくつきの子」を託した。 その名はシリル、名前だけで苗字の無い子。そして騎士王が密かに育てようとしていた子。再び天使が地上人絶滅を目的に攻めて来た際に、彼が生きとし生ける者全ての希望の光となるようにと。  この物語は、剣技にも魔術にもまるで秀でていない「どん底シリル」が、栄光の剣を持って地上に光を与える英雄物語である。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

婚約破棄された悪役令嬢は男装騎士になって推しを護ります!―女嫌いの王太子が溺愛してくるのは気のせいでしょうか―

イトカワジンカイ
恋愛
「私が王都までお守りいたします!殿下は私を男だと思ってますからバレなきゃ大丈夫ですよ」 スカーレットは唖然とする父と義弟にそう言い放った。 事の経緯としては、先日婚約者デニスに婚約破棄された際にテンプレながら乙女ゲー「マジらぶプリンセス」の悪役令嬢に転生したことをスカーレットは思い出す。 騎士の家系に生まれたスカーレットは並みの騎士よりも強いため 「もうお嫁に行けないし、こうなったら騎士にでもなろうかしらハハハハハ…」 と思いながら、実家の屋敷で過ごしていた。 そんなある日、偶然賊に襲われていた前世の推しキャラである王太子レインフォードを助ける。 ゲーム内でレインフォードの死亡イベントを知っているスカーレットは、それを回避するため護衛を引き受けようとするのだが、 レインフォードはゲームの設定とは違い大の女嫌いになっていた。 推しを守りたい。だが女であることがバレたら嫌われてしまう。 そこでスカーレットは女であることを隠し、男装して護衛をすることに…。 スカーレットは女であることを隠し、レインフォードの死亡イベントを回避することができるのか!? ※世界観はゆるゆる設定ですのでご了承ください ※たぶん不定期更新です ※小説家になろうでも掲載

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...